実に久しぶりに「病気と免疫の話」の動画エピソード4をYouTubeにアップしました。
なぜ体を冷やしてはいけないのか? なぜ低体温はよくないのか?
その本当の理由についてお話しています。
10分ちょっとの動画です。よければご視聴下さい。
実に久しぶりに「病気と免疫の話」の動画エピソード4をYouTubeにアップしました。
なぜ体を冷やしてはいけないのか? なぜ低体温はよくないのか?
その本当の理由についてお話しています。
10分ちょっとの動画です。よければご視聴下さい。
日経バイオテクオンライン Vol.3168によると、2019年5月24日に米食品医薬品局(FDA)はスイスのノバルティス社の遺伝子治療薬Zolgensmaを承認しました。
その薬価は、な、な、な、なんと212万5000米ドル(1米ドル=110円で2億3375万円)!!
いやぁ、ブラック・ジャックもびっくらこですよ、ホントに!
この薬、脊髄性筋萎縮症(SMA)という小児の希少疾患に対して、1回の治療で高い効果があるというものです。
SMAは生まれつきある遺伝子に変異があるために起きる遺伝病で、我が国では出生10万人当たり1~2人、推定患者数約1000人という比較的稀な病気です。
出生後まもなくから6ヶ月くらいまでに発症することが多く、歩くことはおろか、座ることもできず、人工呼吸器無しでは2歳まで生きられないという、かなり悲惨な病気です。
私が遺伝病について考えるとき、生まれつきそういう重い障害をもった子を生んでしまった親の苦悩はいかばかりかと思うのです。
もし、それが治るというのなら、ブラック・ジャックにだって、悪魔にだって魂を売ってもいいとすら、親なら思うのではないでしょうか。
SMAでは、既存の治療薬では長年にわたって投与を受けなければならず、10年間治療を続けたとすると、治療費は400万ドル以上かかるとされていました。
ノバルティス社幹部によると、「Zolgensmaは、その半分の費用で済む。効果が高いので費用対効果は十分にある!」と言います。
最終の臨床試験である第III相試験では、21人の患者のうち19人で副作用も無く、効果があった(生存し続けた)といいます。
また、中には立って歩行できるまで回復した子もいたとか。
希少疾患の治療薬というのは、臨床試験をしようにも患者の数が少ないため、精度の高い評価をするのが難しく、また、めでたく承認されたとしても数が売れないわけです。
ですから、単価を高くしないと製薬メーカーの開発モチベーションは上がらないわけなんですね。
今回の米国での薬価決定は、その点にも十分配慮がなされたものと思われます。
我が国においては、小野薬品工業の免疫チェックポイント阻害剤「オプジーボ」が高額の薬価(平均約3800万円/年)で話題になりましたが、その後3回にわたって薬価が見直され、現在では当初の3割以下の約1090万円まで引き下げられました。
このような我が国の行政の対応に対して、製薬メーカーの開発モチベーションの低下を懸念する声も多く聞かれました。
それにしても、米国で人一人の命として2億4千万円の高値がついた薬。我が国ではどうなるのか?
誰が、この治療費を払うのか?
我が国の健康保険と言うと3割負担が一般的ですね。
だったら、この治療を受けるには7200万円を個人で支払わないといけないのか!?
いえ、我が国には高額医療制度があるので(私は制度には詳しくありませんが)、せいぜい数十万円程度でしょう。
むしろ、入院費とか、その他の保険の効かない費用の方が高いくらいだと思いますよ。(間違っていたら、ご指摘お願いします)
Zolgensmaは日本でも承認申請されていますが、まだ承認には至っていません。
承認すると、国は90日以内に薬価を決めなければいけません。
高すぎると国民から驚きと不安の声が上がる、安すぎると製薬メーカーが不満を言う。
一度、薬価が決められると、今後出てくる新薬の薬価決定のひとつの基準になるので、厚労省の審査部会も非常に心を砕くところです。
とにもかくにも、医療の目覚しい進歩のおかげで、助からなかった人が多く助かるようになりました。
今後、その命はほとんどが税金で支えられていくことになるでしょう。
私もアラシク(around sixty)。
遠からず高齢者の仲間入りする身を思えば、若い人に過度の負担をかけないように心がけたいと思うのです。
今回も最後までお読み下さり、ありがとう御座います。
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是非、お読みになった感想やご批判をコメントで下さい。大変励みになります。
昨日(2019年5月22日)保険適用された最強のがん治療法「CAR-T細胞療法」!
薬価は、な、な、なんと3,349万円!
後編では、その仕組みについてお話します。
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T細胞ががん細胞を見つけ出して攻撃できるようになるためには、最低2つの条件が必要でした。
条件1:自己の身分証であるMHC分子の上に提示されたがん抗原(ネオアンチゲン)をT細胞受容体が認識する(第一のシグナル)
条件2:がん細胞表面のB7分子とT細胞表面のCD28分子が結合する(第二のシグナル)
そして、多くのがん細胞は狡猾にも、MHCやB7を消し去っているのでした。
2つのシグナルのうち、ひとつでも欠けていればT細胞は活性化せず、免疫系はがん細胞に手も足も出ません。
人間は狡猾ながん細胞になす術もなく軍門に下るのか?
何か打つ手は無いものか?
がん細胞は2つのシグナルのうちいずれか一方、あるいはその両方を入れさせないような戦略をとっています。
では、これらの2つのシグナルを人為的に強制的に入れ込んでやればいいではないか?
でも、どうやって? MHCもB7も無いんだよね?
これではシグナルの入れようが無いじゃない?
いやいや、上手い手がありました。
いやぁ、こんなことを思いつくなんて、頭のいい人はいるもんですね。
最初に考え付いた人は偉い! 多分、将来ノーベル賞間違い無しだと思う。どこの誰かは知らんけど。。。
一口に「白血病」と言っても、いろんな種類があります。
急性骨髄性なんちゃらとか、慢性リンパ性なんちゃらとか、成人T細胞なんちゃらとか、、、もう、訳が分かりません!
とにかく、白血病にはいろんな種類があって、それぞれに特徴が異なるので、治療法も異なる訳です。
で、そのなかでCAR-T細胞療法の適用となるのが「B細胞性白血病」というもの。
以前のブログで、細胞の分類をするのに、細胞表面に発現するタンパク質の種類を調べると述べました。
免疫細胞の分類には、細胞表面のマーカー分子を調べる
B細胞という種類のリンパ球は、細胞表面にCD19というタンパク質を多量に発現しています。
一方で、他の正常細胞にCD19はほとんどありません。
これはいい! これは使える!
つまり、CD19を標的としたミサイル療法を行えばいいじゃないか!と誰でも考えますよね。
でも、そこまでなら凡人の考えることです。
抗体に抗がん剤をくっ付けたミサイル療法剤も、末期がん患者では、もはや効果は期待できません。
頭のいい人は、その先を行きました!
CD19それ自体は異常なタンパク質ではありません。つまりCD19は「自己」です。
ですから、自然の状態では、私たちの体のなかでCD19を標的とした免疫細胞は存在しないか、あったとしても活性化して攻撃することはないのです。
じゃあ、どうするのかって?
CD19を標的とするような抗体分子を遺伝子工学の技術で作り出す必要があります。
「抗CD19抗体」ですね。
これを作るのは大して造作もありません。多くの抗体医薬品を作るのと同じで、遺伝子工学技術で簡単に作れます。
B細胞性白血病細胞の抗原であるCD19を認識する抗体ができれば、「第一のシグナル」は何とかなりそうですよね。
残された問題は「第二のシグナル」をどうするかです。
B細胞のがん細胞がB7を発現していないとしたら、第二のシグナルをどうやって入れるのか?
ここが頭の使いどころです!
「CAR-T」とはどういう意味か、これまであえて触れませんでした。
多分、なんかの英語の略じゃないかって?
アンタは鋭い! その通りです。
「Chimeric Antigen Receptor – T細胞療法」、すなわち「キメラ抗原受容体T細胞療法」の略なのです。
「キメラ抗原受容体(CAR)」とは何なのか?ってことですよね。
「キメラ」とは、体がヤギ、頭がライオン、尾が毒蛇という、ギリシア神話に登場する想像上の動物「キマイラ」に由来する言葉です。
すなわち生物学で言う「キメラ」とは、別の分子と分子を遺伝子工学的に合体させて作製したもの」という感じで理解して頂ければいいかと思います。
もちろん、自然界には存在しない、人工的に作られたものです。
「キメラ抗原受容体」とはすなわち、キマイラのように、複数の異なるタンパク質分子を合体させて作った、自然界には存在しない抗原を認識する受容体のことです。
さあ、いよいよタネ明かししましょう。
問題はB7とCD28の結合によって生じる第二のシグナルをどうやって入れるか?ってことでした。
抜群に頭のいい人は、こう考えたのです。
がん細胞表面のCD19を認識する抗体分子の一部とT細胞表面に発現しているCD28分子の一部をつなげたキメラ受容体をT細胞の表面に植えつければいいと。。。
抗体の部分は細胞の外に突き出ており、がん細胞表面のCD19に結合することができます。
T細胞表面にある、がん細胞の抗原をMHCともども認識するタンパク質を「T細胞受容体」と言いますが、抗体はT細胞受容体(TCR)と違って、MHCが無くても結合できます。
つまり、がん細胞がT細胞の目を晦まそうとMHCを消しても、抗体をだますことはできないのです。
そして、抗体の根元はT細胞の膜を突き抜けており、細胞内にはCD28の一部があります。
抗体ががん細胞表面のCD19と結合すると、この細胞内のCD28の部分からは、まるでB7と結合したときのように第二のシグナルが発生し、このT細胞を活性化することができるのです。
この抗体とCD28が合体した抗原受容体が、すなわち「キメラ抗原受容体」(Chimeric Antigen Receptor;CAR)なのです。
まずは患者さんから採血して、血液中のT細胞を分離します。
これは、そんなに難しい操作ではありませんね。
次に、培養皿のなかのT細胞にキメラ抗原受容体(CAR)の遺伝子を入れ込んでやらなければならない訳ですが、それにはウイルスベクターを使います。
「ベクター」とは「運び屋」の意味で、細胞内に遺伝子を運ぶ役目を担うので、そう呼びます。
なかでもレトロウイルスというウイルスは、自身の遺伝子を細胞のゲノムの中に滑り込ませ、その細胞が死ぬまで居座り、自身の遺伝子を発現し続ける性質があります。
ベクターDNAにCAR遺伝子を組み込んだものを、培養皿の中のT細胞にふりかけてやると、DNAは細胞に取り込まれ、レトロウイルスと同じようにT細胞のゲノムの中に組み込まれます。
これで、この細胞は死ぬまでCAR遺伝子、すなわちCD19に対する抗体にCD28の一部がつながったキメラ抗原受容体を発現し続け、細胞表面に出すようになるのです。
それを患者の体内に戻すだけで1回の治療は完了です。
上図をもう一度ご覧下さい。
CAR遺伝子を組み込まれたT細胞のキメラ受容体の抗体部分(細胞外側部分)ががん細胞のCD19と結合すると、細胞内部分のCD28から強制的に第二のシグナルが発せられます。
こうしてT細胞は強力な細胞殺傷能力を獲得するのです。
しかも、CD19を発現しない正常細胞には何の害も与えません。
注:がん化していない正常なB細胞もCD19をもっており、そのため正常B細胞も一部破壊され、抗体産生能力が低下するという副作用もあります。
レトロウイルスには、AIDSやがんの原因になるものがありますが、安心してください。
ベクターとして使用されるレトロウイルスDNAでは、そのような病気を起こす遺伝子は破壊されているので、病気になる心配はありません。(100%無いとは言い切れないのですが、可能性は無視できるほど小さいです)
初期のキメラ抗原受容体は、がん細胞のCD19と結合することによって第二のシグナルを生じさせ、そのT細胞の殺傷能力を強力にアップさせるだけでした。
しかし、その後改良が加えられ、現在では、CD19との結合で活性化したT細胞の分裂を促して数を増やすシグナルと、さらにそのT細胞が長生きするシグナルも同時発生させる遺伝子が合体されたキメラ抗原受容体がCAR-T細胞療法に使用されています。
これにより、1回の治療で効果が長続きするわけですね。
CAR-T細胞療法には決定的な欠点があります。
それは、現在のところ、CD19を発現する一部の白血病にしか効かないという事です。
つまり、CAR-T細胞療法で救える命の数には限りがあるということです。
ここが、自然免疫から獲得免疫まで、免疫系全体をアップさせる免疫チェックポイント阻害剤とは決定的に違うところです。
免疫チェックポイント阻害剤にも、効きにくいがん種というのがありますが、それでも次々と色々ながんに適応が拡大しています。
CAR-T細胞療法では、CD19を発現していないがんには、どう逆立ちしたって適応することはできません! 今のところ。
CAR-T療法で全てのがんを治療しようとすると、全てのがん細胞で共通して発現しているネオアンチゲンを見つけなければなりません。
しかし、残念ながら、そのような都合のいいがん抗原は見つかりそうもありません。
今後の研究で色々ながんに効くようになってもらいたいものです。
ちょっと話が逸れますが、お付き合い下さい。
皆さん、敗血症はご存知でしょうね。
本来、無菌であるはずの血液中で大量に病原菌が増え、菌が出す毒素で死に至るのです。
おっと、「毒素で死に至る」というのは正確な表現ではありませんね。
実は、敗血症で死ぬ原因は、毒素で死ぬというよりも、私たち自身の細胞が出す免疫物質が本当の原因です。
細菌感染すると、免疫系はこれを排除しようと様々なサイトカイン(免疫系の情報伝達物質)を大量に放出します。
このサイトカインを受け取った別の免疫細胞も活性化し、さらに大量のサイトカインを放出します。
この連鎖反応により免疫系はフルスロットル状態まで活性化し、病原体と戦うわけです。
この状態を何と呼ぶか? 「急性炎症」ですね。
感染症で発熱するのは、免疫系が頑張っている証拠なのですね。
「炎症」と聞くと、何か「良くないもの」「好ましくないもの」と思われるかもしれませんが、炎症とは免疫系が病気や怪我を治そうとしている状態であって、私たちが生き延びるために無くてはならない大事なものなのです。
ところが、行き過ぎた炎症は、私たちの体にとっては大きな負担です。
過剰な免疫物質の影響を受けて内分泌系と神経系のバランスも崩れ、恒常性が破綻して、様々な臓器に障害が現れ、呼吸不全や血圧低下、血栓、意識混濁などの症状から死に至ることもあります。
これは「サイトカイン放出症候群」(俗に「サイトカインストーム」とも)と呼ばれる状態で、敗血症によって引き起こされます。
恒常性が破綻した状態――それが「病気」
実は、炎症性物質の中でも、インターロイキン6(IL-6)と言う物質が敗血症性ショックの主要な原因となっています。
CAR-T細胞療法では、T細胞の免疫力を強制的に強力にアップさせますので、IL-6やTNFという炎症性サイトカインを大量に放出します。
すなわち、サイトカインストームです。
これにより、敗血症性ショックに似た症状を呈し、稀に死に至る危険性すらあります。
しかし、安心してください。
CAR-T細胞療法の副作用であるサイトカインストームには、IL-6阻害剤である抗体医薬品「アクテムラ」がかなり効果があり、症状の軽減が可能です。
ただし、これがまた高い!
CAR-T療法が3349万円もするのに、さらに副作用の治療に抗体医薬品を使うと、また何百万円単位でお金が飛んで行きます。
画期的な治療法の登場で、これまで死ぬしかなかった人たちが助かるのは喜ばしい一方で、決まって高額な治療費のことを思うと、「日本の将来はどうなるのだろう?」と不安に駆られるのです。。。
今回も最後までお読み下さり、ありがとう御座います。
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是非、お読みになったご意見やご感想、お叱りをコメントでお寄せください。
大変励みになります。
その強力な治療効果のゆえに、今、非常に話題の新規がん治療法が明日(2019年5月22日)、保険適用されます。
薬価はなんと3349万円!(誰が払うの?⇒ほぼ税金!)
「CAR-T(カーティー)細胞療法」
手の施しようのないB細胞性の白血病の50%以上、なかには80~90%に効果があるとの臨床研究報告すらあります。
この数字は、本庶先生がノーベル賞を受賞された「免疫チェックポイント阻害剤」をはるかに凌ぎます。
一方で、この新療法には克服されるべき問題点もあります。
CAR-T療法でもっとも重篤な副作用は「サイトカイン放出症候群」、俗に「サイトカインストーム」とも呼ばれ、その強力な免疫作用が原因で患者自身を死に至らしめるという、いわば「諸刃の剣」です。(本ブログでは、俗称の「サイトカインストーム」を使うことにします)
また、効果があるのは一部の白血病だけで、患者の絶対数は多くはありません。
つまり、このCAR-T細胞療法で助かる命の数には限りがあるのです。
最新の治療法にもメリットとデメリットがあります。
デメリットを理解することは、治療法を選択する上で非常に重要です。
今回は、話題のCAR-T療法の効果の高さと問題点について、2回にわたってお話します。
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免疫系というのは、外敵(非自己)を認識して攻撃、排除する能力を持っています。
免疫系が認識する非自己の物質を「抗原」と呼びます。
一方、がん細胞は元々は自己の細胞です。
とは言え、がん細胞では多くの遺伝子に異常が起きた結果、正常細胞にはない異常なタンパク質(「新生抗原」または「ネオアンチゲン」とも)を細胞表面に発現することが多いものです。
このネオアンチゲンを標的にすれば、正常細胞に害を及ぼさずに、がん細胞だけを破壊できるのではないかというがんの標的療法の概念は古くからありました。
がん細胞のネオアンチゲンを狙い撃つので、俗に「ミサイル療法」とも呼ばれました。
たとえば、ネオアンチゲンを認識する抗体に抗がん剤を結合させたミサイル療法剤というのがあります。
抗がん剤は元来毒です。
多くの抗がん剤が、がん細胞のように増殖の盛んな細胞に高い毒性を示します。
でも、やはり増殖の盛んな毛根や小腸の細胞にも毒性を示すので、毛が抜けたり、激しい下痢や嘔吐などの副作用が現れます。
ここで抗がん剤に抗体をくっつけるとどうなるか?
抗体はがん細胞のネオアンチゲンに結合します。
こうすることで、抗がん剤をがん細胞だけに輸送することが可能になります。
従来の抗がん剤の「じゅうたん爆撃」に対して、ネオアンチゲンという標的にロックオンしたミサイル療法が効果的だというのは理解して頂けるでしょうか。
がんのミサイル療法については過去ブログご参照
たとえ抗体を利用した抗がん剤治療でも、末期がん患者には効果が期待できないケースが多いです。
これは、化学療法(抗がん剤治療)の本質的な限界とも言えます。
そこで近年は、人間自身の免疫力でがんを駆逐する「免疫療法」にシフトしました。
代表的なのは、昨年、本庶佑先生がノーベル賞を受賞した、本ブログで何度もお話している「免疫チェックポイント阻害剤」です。
つまり、我々の体は本来、がん細胞を駆逐できるだけの免疫力を備えているものなのです。
では、なぜこうも多くの人ががんに罹り、命を落とすのか?
免疫チェックポイント阻害剤は過去ブログご参照
我々の体では日夜、免疫系が私たちの体に起きる異常を常に監視しており、異常があれは、それを修復したり、排除をして体の恒常性を維持しています。
この仕組みを「免疫監視機構」と呼びます。
ある細胞に遺伝子異常が起きたとき、免疫系はどのようにして、この異常な細胞を見つけ出すのでしょうか?
がん細胞の表面には異常なタンパク質、すなわちネオアンチゲンが現れます。
これをリンパ球の一種であるT細胞が見つけ出すのです。
T細胞は、細胞表面のT細胞受容体(TCR)が抗原と結合することで異常細胞を認識する。
上の図を見てください。
左のがん細胞の表面には、自己の身分証明書であるMHCというタンパク質のお皿の上にネオアンチゲンが提示されています。
これをT細胞の受容体が結合することで、「コイツは異常な細胞だ!排除せねば」となる訳です。
でも、本当はこれだけではT細胞の活性化は起こらず、がん細胞を攻撃することはできません。
がん細胞の表面には「CD80/86(B7とも)」というタンパク質があります。
抗原(ネオアンチゲン)とT細胞の受容体が結合した上でさらに、がん細胞のB7とT細胞のCD28というタンパク質とが結合する必要があります。
ネオアンチゲンを認識するだけでは不十分で、免疫系というのは二重、三重のチェックを経て機能するようになっています。
つまり、①T細胞受容体ががん細胞のネオアンチゲンと結合して第一のシグナルがT細胞に入る、②がん細胞のB7とT細胞のCD28が結合することで第二のシグナルがT細胞に入る、の二段階を経て初めてT細胞が活性化し、がん細胞を攻撃することができるようになります。(本当は他にも必要なシグナルがありますが、説明の簡略化のため、ここでは省略します)
免疫系というのは、やっためたらと活性化しては具合が悪いので、ダブルチェック、トリプルチェックをして、本当に攻撃していい相手かどうかの確認作業をするのです。
非常に用心深いシステムなのですね。
しかし、がん細胞は非常にしたたかです。
上述のような免疫の仕組みがあるにも関わらず、多くの人ががんに罹り、命を落とすのは、がん細胞が巧みに免疫監視機構の目をくらましているからです。
まず、多くのがん細胞では、自己の身分証明書であるMHCの発現がないか、すごく減っていることがあります。
ネオアンチゲンがT細胞によって異物として認識されるためには、抗原はMHCのお皿の上に乗っかって提示される必要があります。
T細胞はMHCとその上の抗原を同時に認識します。
すなわち、「自己ではあるが、異常なタンパク質を持つ異常な細胞」ということを確認した上で攻撃、排除にかかる訳です。
MHCがなくては、T細胞は活性化しません。
次に、細胞表面にB7を発現していないがん細胞もあります。
T細胞の活性化には、T細胞受容体による抗原認識(第一のシグナル)と、B7とCD28の結合(第二のシグナル)が必要でした。
この第二のシグナルが入らないのですから、T細胞はやはり活性化しません。
さらにです、この第一のシグナルが入った状態で、第二のシグナルが入らないと、このT細胞は、もはや抗原に反応しない「免疫不応答(アナジー)」の状態になります。
アナジーに陥ると、この細胞は、対がん戦線において戦力として期待できません。
制御性T細胞(Treg)は過剰な免疫反応を抑えてくれるT細胞です。
私たちの体には誰にでも自分に反応する免疫細胞が存在しています。
にもかかわらず自己免疫疾患にならないのは、Tregがそれらの免疫細胞の活性化を抑えてくれているからです。
Tregが免疫細胞を抑える仕組みにはいくつかありますが、そのひとつがT細胞のCD28が働かないようにすることです。
Tregの働きについては過去ブログご参照
がん細胞は狡猾にも、Tregを味方につけ、T細胞の活性化を抑えているのでした。
「なぁ、Tregのオッちゃん。あそこにごっつう元気なT細胞がおんねんけど、ウザいから、ちょっと黙らせてくれへんかいな?」
「なんやて? ホンマや、わかった、任しとき!」
オッちゃんは、喜んでT細胞のCD28を無力化するのでした。
というわけで、T細胞を抑えるのが仕事のTregのオッちゃんは、まんまとガン細胞の口車にのるのでした。
なんて頭がいいのでしょう?
でも、人間だって負けてはいません。
人間は、このがん細胞の狡猾さの裏をかく方法を編み出したのでした。
それがCAR-T細胞療法なのです!
今回は、CAR-T細胞療法を理解するための予備知識として、ここまでにしておきましょう。
次回、CAR-T細胞療法がなぜにそれほどまでに強力に効くのか? 問題点は何か? 解決策は用意されているのか? についてお話します。
お楽しみに (^^)
今回も最後までお読み下さり、ありがとう御座います。
★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆彡
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昨日(2019年5月13日)のNHKニュースです。
北海道の礼文島で発掘された、約3800年前の女性の縄文人のほぼほぼ完全な状態の骨格。なかでも臼歯のDNAの保存状態が極めて良好で、そこから全遺伝子情報、すなわち30億個ものDNAの塩基配列の解読に成功したというのです!
死んだ歯の細胞のわずかな量のDNAから全ゲノム配列の解析が可能なのも、1994年ノーベル化学賞受賞の遺伝子増幅技術「PCR法」があったればこそです。
PCR法については過去ブログご参照
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今回の解析の結果から、縄文人は東南アジア系の人と遺伝子レベルでの類似性が高く、現代日本人は縄文人の遺伝子を約10%引き継いでいることが分かりました。
北海道のアイヌ人や九州、四国、沖縄諸島など南方の日本人には、肌が浅黒く、彫りが深い、縄文人の特徴を色濃く示す人が多いですよね。
縄文人の祖先は約1万年前頃から、ミクロネシアなどの南方の東アジア地域から数千年をかけて木彫りの船で、それこそ命がけで台湾~沖縄諸島を経由して日本列島に到達したと考えられています。
彼らは農耕を知らず、狩猟採集の生活をしていました。
その後、朝鮮半島~対馬列島のルートから農耕技術をもった、いわゆる弥生人が渡来し、一部は先住の縄文人と混血して現在の日本人に至っています。
現代日本人には飲酒に弱い人が他人種に比べて圧倒的に多いですね。
その理由は、アルコール代謝に関わる遺伝子の一部に変異のある人が多く、そのような人たちは肝臓でうまくアルコールを無毒化できないからです。
そして、先住日本人である縄文人は、遺伝子解析の結果から飲酒に強く、耳垢は湿っていたといいます。
このことは一体何を意味するのでしょうか?
アルコール代謝に関わる遺伝子の変異については過去ブログをご参照
これに変異のある人は日本人のほか、朝鮮半島やモンゴル人にも多くいます。
1999年ころの研究により、この遺伝子変異は数千年前に内モンゴルの一部の人に発生し、集団の中で広がっていき、その人たちの一部が朝鮮半島を経て日本に渡来したため、朝鮮や日本にお酒の飲めない人が多いことが分かりました。
いわゆる弥生人には酒に弱いタイプのALDH2遺伝子が多いわけですね。
ところで、貴方の耳垢は湿ってますか? 乾いてますか?
耳垢が湿っているか乾いているかにどんな意味があるのでしょうか?
調べてみましたがよく分かりません。
ただ、どうやら耳垢が湿っているのが人間としてのプロトタイプのようです。(以下のサイトご参照)
耳垢が湿っているか、乾いているか、はたったひとつの遺伝子の変異による
一部の動物種を除いて、哺乳動物の耳垢は湿っているのが普通。
人も古代人の耳垢は皆湿っていて、数万年前にたったひとつの遺伝子の変異によって耳垢の乾いた人が出現したというのです。
その場所はバイカル湖の辺り。
ALDH2遺伝子変異が発生した場所と非常に近いですね。
お酒に弱く、耳垢の乾いた人間というのは、ごく最近に発生した新人類。
すなわち、「最も進化した人類」と言えるのかもしれません。
下戸で耳垢が乾いているそこの貴方。喜びましょう(笑)
白人至上主義者なんか、白人が最も進化した人種なんて思い込んでるみたいですが、ヨーロッパ人やアフリカ人よりも、私たち日本人を含む一部のアジア人の方が酒に弱く、耳垢が乾いている人が圧倒的に多いのだよ!と声を大にして言いたい!(笑)
お前はどうなんだって?
私の耳垢は乾いていますが、残念ながら大の酒好きですよ(笑)
今回もお読み頂きありがとうございます。
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是非、お読みになったご意見やご感想、お叱りをコメントでお寄せ下さい。
大変励みになります。
皆さま、ご無沙汰しております。
今日、中学校の野球大会で球審をしてきました。
どうやら2年半を経て、ようやくイップスが克服できたようです。
まだ、力むとピッチャーに届かない低い球になったりしますが、たぶん大丈夫。
嬉しいので、イップスについて書いた過去ブログを再リンクします。
1995年
阪神淡路大震災の時、私は神戸の会社に勤めていました。
壊滅的な街の状況のなか毎日通勤し、日常生活を取り戻すのに心の支えとなったものがありました。
当時、オリックス・ブルーウェーブとイチローの活躍が、どれほど市民に勇気を与えたか!
当時の私の体験を交えながら書いています。
えっ? イップスと震災に何の関係があるのかって?
それは読んで頂ければ分かります。
興味深く読んで頂けると思います。
今回も最後までお読み頂き、ありがとう御座います。
実に久しぶりに「がんシリーズ」をお送りします。
今回の話は、普段の生活の中で皆さんが出来るちょっとしたことでがんを防ぐ、あるいはがんに勝つために大切なことをお伝えしますので、是非お読みください。
最新の医学研究で分かってきたことなのですが、本当に簡単なことなので、役に立つと思います。
★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆彡
よく「体温が1℃上がると免疫力は○倍にアップ」なんて耳にしますね。
誰がどういう方法で免疫力を数値化したのか知りませんが、これって本当なんでしょうか?
間違いなく本当です。
私たちの体の細胞やタンパク質は37℃付近で効率的に機能するように出来ています。
なので、体の恒常性の維持機能が働いて、暑い夏でも寒い冬でも、体温をこの好ましい温度に保とうとします。
「恒常性の維持」については過去ブログご参照
免疫細胞もこのくらいの温度で一番元気!
ですから、寒い冬には体を冷やさないことはとても重要なのです。
夏でも冷たいものの摂りすぎは、決して好ましいことではありません。
気をつけなはれや!(年がら年中冷えたビールばっか飲んでるクセに、エラそうに言うな!笑)
低体温の人は、やはり免疫が弱いと考えて良いでしょう。
じゃあ、低体温の人はどうすれば良いのかって?
う~~ん。それは私には分かりません。
漢方とかカプサイシンとか、いいのかな?
専門家にご相談ください。(チョー無責任!)
がん細胞は42℃以上の温度でほとんど死滅します。
また、正常細胞よりも低い35℃くらいを好みます。
だから間違いなく体温は高いほうがいい!
とは言っても、42℃以上まで体温が上がると完全に病気だし、そもそも死んでしまいますが。。。
温泉なんかを利用した「温熱療法」。これは最近の研究結果からすると、効果が期待できると言っていいでしょう。
体を温め、体温を高く保つこと。
これによって、がん細胞に不利な環境を作り、元気な免疫力でもって叩く!!
ベストな戦略です!
ではここで、低温環境がいかにガンに有利であるかお話しましょう。
質問です。
22℃と30℃。どっちの環境で暮らしたいですか?
30℃? なんで? 南の島でのんびり暮らしてみたいって?
いや、そういうことじゃなくって、単純に環境温度だけの問題としてお考えください。
何かで聞きましたが、人間が一番快適と感じる温度は22℃だそうな。
そうですよね。暑すぎず、寒すぎず、それくらいが一番過ごしやすいです。
でもですね、がん細胞にとっても22℃は「楽園」なのですねー。
実験動物を飼育するときの温度って22℃くらいがスタンダードですね。
実験動物の飼育設備では、温度変化などの環境条件を可能な限り一定に保っています。
さて、こういう実験結果があります。
膵臓がんのマウスを2つのグループに分けます。
Aグループは22℃、Bグループは30℃で飼育します。20日後にはどうなったか?
マウスを22℃で飼育すると、30℃よりもがんの増殖が速い!
マウスのがんの塊は日を追うごとにどんどん大きくなります。
ところが、30℃(Bグループ)で飼育したマウスのがん細胞の増殖は遅く、20日後には、がんの塊の大きさは22℃(Aグループ)の7割程度に抑えられたのです。
ここで抗がん剤を使うとどうなるか?
30℃飼育ではがん細胞の増殖はさらに抑えられ、がんの塊の大きさは22℃/抗がん剤なしのマウスの4割程度にまで抑えられました。
抗がん剤治療に加えて、体を温める温熱療法なんかの併用効果が期待できるという結果です。
摂氏22度!
超快適な温度に思えて、実はこれは我々哺乳動物にとっては「ストレス」だというのです。
名付けて「コールドストレス」!
低い環境温度で体温を維持することは、実は私たちの体には大きな負担なのです。
コールドストレスが私たちの体に及ぼす影響はこうです。
低い環境温度にいると、体温を維持するために基礎代謝が上がります。
体内で盛んにエネルギーを燃やしている状態ですね。
その結果、ノルアドレナリンなどのストレスホルモンの放出が増えます。
ノルアドレナリンは神経伝達物質の一種で、交感神経を優位にして活動的になります。
抗うつ薬にSNRIという種類の薬がありますが、これはうつ患者で低下したノルアドレナリンを増やす狙いがあります。
逆にノルアドレナリンが過剰に働くと攻撃性が増すことも示されています。
過剰な神経伝達物質が凶悪犯罪の原因?
また、ノルアドレナリンはストレスホルモンと呼ばれるだけあって、異常に高い状態が続くと血糖値や血圧の上昇などを引き起こし、様々な生活習慣病のリスクを高めることになります。
さらに、ストレスホルモンの上昇が血管新生を促進することも解っています。
がん細胞は活発に増殖する分、正常細胞よりも多くの栄養分と酸素を必要とします。
そこで、これらを自分に優先的に取り込むため、ストレスホルモンの力を借りて血管内皮細胞の増殖因子を増やして、自分達の周りに新たに血管網を作り出します。
こうして、酸素と栄養を横取りし、供給を確保しているのです。
対して、正常細胞には十分な酸素と栄養が行きわたりません。
こうして、末期のがん患者は衰弱していくのです。
コールドストレス!
快適に感じるからといって、体に良い訳ではない。
病気のときも健康なときも体を冷やさないこと。
体温を上げることが大切です。
だから沖縄の人って長寿なの、かな?
老後は南の島に引っ越そう、かな、、、ブツブツ、、、
今回も最後までお読み下さり、ありがとう御座います。
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是非、お読みになったご意見やご感想、お叱りをコメントでお寄せください。
大変励みになります。
Dr.やまけんで~す(^^)
「病気と免疫の話」第1話、「ヒトはなぜ病気になるのか?」の動画です。私自ら語っています。
う~~ん、「低音のいい声」とか「低っくい幽霊みたいな声」とも言われたナレーションをお楽しみください(^^)
皆さま
ブログって、基本文章だし、文章読むの面倒くせえし、文章じゃよく分からんし。。。
そこで、こんなの始めました。
ナレーション入り動画です。
これまでブログでお話してきたような内容を、パワポのナレーション入り動画でお話しています。
なんと、私の生声も聴けますよ(そんなん、別にええってか?)
TouTubeにアップしていきますので、観て頂けたら幸いです。
んでもって、感想やご批判を頂けたら、サルみたく喜ぶことでしょう(^^)
宜しくお願い致します。
やまけん
今月初めは「これでも師走か?」というような陽気が続きましたが、やっと冬らしくなって来ましたね。
薄手の掛け布団で寝ていたら、見事に風邪をひいてしまいました。皆さんも体調管理にはくれぐれもお気をつけ下さい。
でも、なんで布団かけないで寝ると風邪ひくんだろ。布団には感染防御機構が備わっているの、かな?(笑)
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かつて精神疾患は、「怠けている」「甘えている」「気合が足りない」とか言われて、かかったことのない人には、なかなか理解してもらえませんでした。
現在でも、「心の病気」とか言って、体の病気とは何か別物のように捉えられている傾向があって、いまだにそれが、一部で無理解の原因になっているように思います。
「心の病気」と「体の病気」は、まったく違うものなのでしょうか?
現在では、ドーパミンやセロトニンなどのモノアミン系神経伝達物質のバランス異常が多くの精神疾患の原因になっていることが分かっており、このことが明らかに、精神疾患が生理的機能異常による「病気」であることを示しています。
モノアミン系神経伝達物質が少なくなると、うつなどの神経疾患の原因になります。
一方で近年、これらの物質が過剰になると、攻撃性が増し、犯罪に走りやすくなることも指摘されています。(過去ブログご参照)
さて、過去ブログでお話したとおり、我々の体には「神経系」「内分泌系」「免疫系」という3つの系があり、これらが相互にバランスを取り合って身体機能の恒常性を維持(ホメオスタシス)しています。
この3つの系のひとつが不調に陥ると、それが他の系にも悪影響を及ぼして恒常性が破綻し、病気になります。
神経伝達物質というと「神経系」ですね。
神経系のバランスが崩れて精神疾患にかかるのはもっともなこと。
でも、神経疾患が神経系だけの問題かというと、そうではありません。
たとえば、ドーパミンやセロトニンの元になる前駆物質の大半は腸内細菌が作っています。
腸内細菌叢の変化が性格にまで影響していることは以前のブログでお話しました。
腸内細菌叢のバランスは腸管免疫と密接な関係にあります。
免疫系が不調になると腸内細菌叢も乱れ、それが心の調子にも大きな影響を与えているわけです。
心の病気は神経系だけの問題ではないのですね。
近年、うつなどの精神疾患の人の血中で、免疫系の伝達物質であるサイトカインのバランスが崩れていることが分かって来ました。
なかでも炎症性サイトカインの代表格であるインターロイキン6(IL-6)が異常に増えており、IL-6を阻害する方法がうつの治療に有効かもしれないと言うのです。
IL-6は多くの炎症性疾患で増加が認められ、強い炎症反応の引き金となって、いろいろな悪さをしています。
例えば関節リウマチ
そこで、IL-6を抑える薬が登場しました。抗体医薬品です。
本ブログの熱心な読者の方ならご存知かと思いますが、悪さをする物質を抑えるのに抗体医薬品が多く使われています。
(先だってノーベル賞を受賞した本庶先生の免疫チェックポイント阻害剤も抗体医薬品です)
事実、抗IL-6抗体は関節リウマチ対して高い効果を示します。
繰り返しになりますが、「神経系」「内分泌系」「免疫系」は互いに連携しながら体の恒常性を維持しています。
その連携の不調が原因となって様々な生体内物質のバランスが変化し、その影響が臓器や組織に現れた結果が、いわゆる「体の病気」の状態です。
でも、ここまで述べてきたように、多くの精神疾患においても生体内物質のバランスが崩れており、それが脳に影響を及ぼして多くの精神疾患の原因となっているのです。
体内の様々な物質のバランスの変化の影響が、他の臓器や組織ではなく、脳を含む中枢神経系に及んだ結果が精神疾患なのであり、心と体の病気の大元の原因が共通していることが多々あるのだということが分かって来ました。
こう考えると、「心の病気」と「体の病気」とを分けて考えることに、あまり意味がないように思えます。
そして、誰でも体の病気になり得るように、誰もが心の病気になり得るということなのです。
近い将来、リウマチの薬が精神疾患の治療に使われたりするかもしれませんね。
今回も最後までお読み下さり、ありがとう御座います。
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偶然? 必然? 棚からぼた餅?
科学者の偉大な業績のなかには、偶然の産物や単なる幸運に見えるものも多くあります。
しかし、ノーベル賞を受賞するような研究者は、偶然の出来事や予想外・期待はずれの結果から、より重要な真理を見出す能力を例外なく持っているものです。
そのような能力を「Serendipity」と呼びます。
たぶん、貴方にも私にもありますよ(^^)
過去ブログと内容が重なるところもありますが、まとめてお読みいただくと、科学の裏側で展開されるドラマのおもしろさをあらためて感じ取って頂けるのではと思います。
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2018年のノーベル生理学・医学賞受賞の免疫チェックポイント阻害剤「オプジーボ」は、免疫細胞表面のPD-1というタンパク質に結合する抗体です。
このPD-1遺伝子を発見したのは、当時、本庶研の大学院生だった石田靖雅先生(現奈良先端科学技術大学院大学准教授)です。
研究者たちが新しい遺伝子なんかを発見すると、自己の業績をアピールするかのごとく、できるだけ印象的な名前を付けるものです。
命名権は発見者の特権というわけです。
そして、その名称が他の研究者の論文で引用されたりすると、研究者達の間で認知され、定着していきます。
当時、石田先生と本庶先生らは免疫細胞のアポトーシス(細胞の自殺)の研究を行っており、その中で見つけたこの遺伝子をアポトーシス関連遺伝子であるとしてPD(Programed Death;プログラムされた細胞死)-1と名付け、論文発表しました。
私は、本庶先生や石田先生が、PD-1のことを早まってアポトーシス関連遺伝子だと誤認したのだろうと思っていましたが、奈良先端大のホームページによると、石田先生自らによって「アポトーシスに重要な役割を果たすものであって欲しい、という願いをこめてPD-1と名付けた」と書かれています。
しかしですね、PD-1遺伝子の発見を報告した石田先生らの論文の要約の最後には、「これらの結果は、PD-1遺伝子の活性化が古典的なタイプのプログラムされた細胞死に関与している可能性を示唆するものである」と書かれています。
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/1396582/
これはやはり、勇み足で結論を出してしまったという感はぬぐえません。
期待どおりアポトーシスに重要な働きをする新しい遺伝子を発見した!と思っていたら、実は間違っていた!なんて分かったら、たいていの人はひどく落胆してしまうのではないでしょうか。
しかも、間違った結論を論文で発表してしまった。
普通の人だったら、「もうPD-1のことは忘れたい」。そんな風に思ったりするかもしれません。
しかし、ここが本庶先生の本庶先生たるゆえん。
「ほんなら、この遺伝子はいったい何をしてるんや? 構造(イムノグロブリン・スーパーファミリーの一員)からして、重要な遺伝子に違いない!」と、PD-1の機能解明の研究を続けたのです。
その後は私のブログで何度もご紹介している通り!
期待はずれの結果にも落胆しない。それどころか、逆に、その結果の重要性を見抜き、追究を続けた結果がノーベル賞につながったのです。
PD-1の具体的な機能については、まだまだ分からないことも多く、石田先生は今も奈良先端大でPD-1の研究を続けておられます。
いやぁ、驚きました! 私が敬愛する審良(あきら)静男先生
私に向かってこう言ってのけた人がいたのです。。。
「(当時の)審良研なんか、ただのノックアウトマウス製造工場ですよぉ~」(な、な、な、なんちゅうことを!!)
確かに、当時の審良先生の研究室では、次から次へといろいろな遺伝子を破壊したノックアウト(KO)マウスを作製していました。
まだ、ヒトやマウスの遺伝子の機能があまり分っていなかった当時、KOマウスの作製は、遺伝子の機能解明に非常に有効な手段でした。
そして、様々なKOマウスを作っていたからこそ、マウスのトール様受容体のほとんどの謎を審良先生が解明できたのだと言えます。
大学院生:「アキラせんせぇ~。このマウス変です。LPS(菌の内毒素)打ってもじぇんじぇん死にましぇ~ん」
審良:「なに!? なんでや? ほな、もうしゃあないな。そんなマウスはほっといてええから、実験続けてくれ!」とはならなかったのですね。
「これはいったいどういうことか?? 破壊したこの遺伝子(MyD88)に関連した重要な何かがあるに違いない!」
審良先生ご自身、「別にマウスのトール様受容体を探していたわけではない」、「LPSを打っても死なないKOマウスの発見は、まったくの偶然だった」と著書に書いておられます。
ノーベル賞は逃したものの、論文の被引用回数世界一のタイトルを何度も獲得されています。
研究者が自身の論文で他者の論文を引用するとき、特に引用論分の数に限りがあるときは、より重要な論文を厳選して掲載するものです。
被引用回数世界一とは、世界中の研究者達から業績が認められた「研究者の中の研究者」、「世界王者」ということなのです。
このお話は最近のブログで詳しく書いていますが、serendipityの観点からちょっと付け加えさせてください。
血栓症の予防薬「ワーファリン」は、かつては強力な殺鼠剤でした。
血を固まりにくくするので、これを食べたネズミは内出血を起こして死にます。
アメリカ陸軍のとある兵隊さんが、このスーパー殺鼠剤を大量に飲んで自殺を図りました。
でも、ワーファリンに即効性はありません。
内出血を起こすには何時間から十何時間もかかります。
ワーファリンはビタミンKと拮抗する作用が分かっていましたから、機転の利く医師が大量にビタミンKを投与し、ワーファリンの効果を中和したのです。
兵隊さんは一命を取り留めました。
このお医者さんもナイスプレーですが、他に実にSerendipityに溢れた人がいたのでしょうね。
この偶然の出来事から、ワーファリンはビタミンKの量とバランスをうまく取れば、内出血を起こすことなく血液の凝固能をコントロールする薬になると気が付いた人がいたはずなのです。
どこの誰かは知らねども。
ノーベル賞をあげたい!
アメリカで初めて医薬品承認されてから60年以上。
今でも広く使われている良薬です。
これも過去ブログでご紹介していますが、「DNA二重らせん構造モデル」誕生前夜にハイライト!
ワトソンとクリックが、DNAがらせん構造であるとの確信を持つに至るまでには紆余曲折がありました。
そして、彼らの最後の手段は、ボール紙を切り抜いて作ったDNAの部品の模型をいじりまくって、ああでもない、こうでもないと、実験データに合うDNAの構造を探し当てることでした。
DNAの部品はわずかに3種類。糖とリン酸と塩基。
4種類の塩基の構造は、ワトソンが化学の教科書を見て、ボール紙を切り抜いて模型を作りました。
塩基は平面構造なのでボール紙で不都合ありません。
ある日、化学者のジェリー・ドナヒューが、偶然ワトソンの「オモチャ」に目をとめました。
「おい、ジム坊や。ボール紙で作ったお前さんの塩基、構造間違ってるで」
「ええっ!? 間違ってるって、化学の教科書の通りに作ったんやで?」
「せやから、その教科書がほとんど全部間違ってるいうことやねんがな!」
教科書が間違っている??
これは最近分かったことなので、化学者でも知らない人は多く、なので改訂されていないほとんどの教科書が間違っているとドナヒューは言います。
この幸運な指摘がなかったら、二重らせん構造の発見もなかったし、ジム坊やは今日も延々とボール紙のオモチャと格闘を続けていることでしょう。(んな訳ないか^^)
この薬の効果・効能については説明の必要はないでしょうね。あまりにも有名ですから。
ですが、以下の事実は知らない方も多いのではないでしょうか。
実はこのお薬。心臓疾患の治療薬として開発されました。
治験(実際に患者に投与して、効果と安全性を検証する人体実験)を行いましたが、どうにも効果が確認できません。
治験断念! 何百億という大損害です。
「治験やめま~す。ついては、被験者の皆さんがお持ちの残りの治験薬を回収しま~す」イエイ(^^)v
ところが、「ヤダッ! オレ返さねッ」という人が続出したのです。
それも男ばっか。女性は一人もおらず。
どういうことよこれ??
バイアグラには思わぬ副作用があったのです。
皆さん、薬の副作用というと、悪いものと考えてしまうのではないでしょうか。
「副作用」に対して、「主作用」という言葉があります。
本来狙った作用が「主作用」。狙ったのと違う作用が「副作用」
治験では安全性の検証は非常に重要です。
ですから、どんな些細な「有害事象情報」もできるだけ多く集めます。
下痢した、食欲が落ちた、イライラする、モノを破壊したい衝動をとめられない(笑)、、、、などなど。
とにかく、薬にどんな不都合があるのか分からないため、「有害」な情報はなんでも集めるのです。
バイアグラの男性機能の改善作用。これは副作用です。
しかし、悩める男性にとっては悪いどころか、大いなる福音です。有害なんてとんでもない。
また、男の尊厳にかかわる微妙な問題だけに、被験者も治験担当医に伝えていなかったのでしょう。
治験担当医も製薬会社の治験担当者も誰も知らなかった。
知っていたのは被験者本人だけ。
いや、被験者の奥さんやパートナーは知ってたかも。
「一体どうしたのよ、あなた!? 最近凄いわね?ウフッ💕」ってか?(^^)
いや、マジそうだったかもね(笑)
大損害どころか思わぬブロックバスター!
これは全くの偶然以外の何ものでもない!
Serendipityも何もあったもんじゃあない!
(勝手に)「タナからぼた餅大賞」あげます(^^)
こんなこともあるんですなぁ~
菌ってガラスのシャーレ(ふた付きのお皿)に寒天の培地を流し込んで固めて、その上に菌の液を蒔いてふ卵器に入れておくと、目視できるほどに増えます。
寒天培地って栄養分豊富ですから、カビなんかを混入させると、培地がカビだらけになって、肝心の菌の観察ができなくなるんですよね。
こんな余計なものを混入させることを「コンタミ」といって、実験手技の上手じゃない人なんかはしょっちゅうコンタミさせて、実験を台無しにしてくれます。
まあ、実験室の衛生環境によっちゃ、コンタミするときはするんですけどね。
英国のフレミング先生の研究室も汚かったそうですな。
1928年のある日、「あー、やってもうた。アオカビやッ!」ポイッ!
とはならなかったのですね。
Dr. Alexander Fleming (1881 – 1955)
「ん? なんやこれは??」
培地一面に生えるはずの黄色ブドウ球菌。
ところが、カビが生えている周辺だけ菌が増えていないのです。
その後、様々な微生物から様々な抗生物質が発見されました。
現在では、人工的に合成された抗菌物質もあります。
多剤耐性菌の発生や菌交代症(抗生物質の影響で腸内細菌の組成が大きく変わってしまう)の問題などありますが、以後、何十億人という人の生命を救ってきました。
これこそ(勝手に)「Serendipity大賞」!
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私も些細なことも見逃さず、真理をつかめるようになりたいと思います。
今日もラーメン屋さんで、「なんで関東のラーメンって、シャキシャキモヤシじゃなくって、クタクタホウレンソウなの?」と思うのです。
これには何か重大な意味があるに違いない!
しかし、この根源的な命題に対する回答はにわかには得られそうにもないので、とりあえずシャキシャキモヤシをトッピングして、今日もおいしく頂きましたとさ(^^)
今回も最後までお読み下さり、ありがとう御座います。
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是非、お読みになったご意見やご感想、お叱りをコメントでお寄せください。
大変励みになります。