目次:
① 抗がん剤は本来「毒」!
② 「がん細胞特異的」な治療薬ってあるの?
③ 分子標的薬の具体例
④ 分子標的薬の最大の問題点
⑤ 抗体医薬の未来と国民医療費
※ 筆者注:一般的に分子標的薬は、がん治療において、がん細胞の分子を標的にしたものを指すことが多いようです。しかし、がん以外の疾患、がん細胞以外の分子を標的にしたものも、分子標的薬に含めることもあります。本ブログ記事では、後者の立場にて書かせていただきます。
がんシリーズに戻らせて頂きます。第5弾です。
大幅に追記いたしました。オレンジ色の部分がそうです(2017.06.05)
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① 抗がん剤は本来「毒」!
ほとんどの医薬品には副作用があります。
薬に本来期待する作用を「主作用」、期待しない作用を「副作用」と言います。
薬については、主作用が現れる濃度が低くて、副作用が現れる濃度がそれよりもずっと高い場合は都合がいいです。
ところが、主作用と副作用の現れる濃度が近いと、これは問題です。
期待する効果を得るには、ある程度の副作用のリスクも覚悟しないといけないことになります。
そのような代表が抗がん剤でしょう。
抗がん剤に期待する主作用としては、当然、がん細胞を殺すことでしょう。
でも、多くの抗がん剤が、正常細胞をも殺す副作用が出て、患者さんはつらい思いをするのです。
なぜ抗がん剤には副作用の出るものが多いのか?
それは、抗がん剤が「抗がん」と言いながら、正常細胞をも殺す「毒」だからです。
多くの抗がん剤は、増殖の盛んな細胞を殺すものであり、がん細胞だけを選んで殺す薬ではないということです。
つまり、「がん細胞特異的」ではありません。
抗がん剤は、正常細胞の中でも増殖の盛んな毛根や小腸の上皮細胞、骨髄細胞なども殺します。
それで、脱毛や吐き気・下痢、骨髄抑制(白血球が減ります)などの副作用が現れるのです。
② 「がん細胞特異的」な治療薬ってないの?
あります! 「分子標的薬」というのがそれです。
がんになる仕組みは、今ではかなり詳しく分かっています。
がん細胞では、色々な遺伝子の変異によって、タンパク質の働きが異常になり、細胞増殖の制御が破たんしています。
ですから、どのような遺伝子、どのようなタンパク質に異常があるのかを調べることによって、そのがん細胞の特徴を見つけ出すことができます。
特徴が見つかれば、そこを特異的に攻撃するのです。
これが「分子標的薬」の考え方です。
いわば、従来の抗がん剤が、むやみに爆弾を投下するじゅうたん爆撃であるのに対して、分子標的薬は、ターゲットにロックオンしてピンポイント攻撃する「ミサイル療法」と例えられます。
これだと、理論的には正常細胞には影響が出ないはずです。
実際には、まったく副作用がないわけではありませんが、がんの性質や患者の体質によっては、非常に高い効果を上げることができます。
③ 分子標的薬の具体例
分子標的薬には、特定の分子(ほとんどの場合、タンパク質)に結合することで、その分子の働きを阻害するものが多いです。
分子標的薬には、特定の分子と特異的に結合する能力が必要ですが、「特異的な結合」というと、本ブログを熱心にお読み頂いている読者の方でしたら、何かを思いつくに違いありません。
そう、「抗体」です。
分子標的薬には、抗体を利用した「抗体医薬」が多いですね。
我々人類は、遺伝子工学と細胞工学の技術により、望みのタンパク質を大量に作り出す能力を得ました。
抗体というのは、B細胞という免疫細胞が作り出すタンパク質です。
ですから、B細胞から所望の抗体の遺伝子を取り出し、別の細胞に組み込みます。
さらに、人為的に遺伝子改変を加えて、自然界には存在しないような、自然の性能をさらに高めたり、性質を修正したタンパク質を作り出すこともできます。
でかいタンクで、抗体遺伝子を組み込んだ動物細胞(チャイニーズ・ハムスターというネズミの一種の卵巣細胞が使われることが多いです)を高密度で培養します。
細胞は、培養液中にたくさんの抗体を放出するので、その培養液から抗体を高純度に精製して抗体医薬は作られます。
チャイニーズ・ハムスター
例えば、「上皮成長因子受容体」(EGFR)というタンパク質は、細胞の増殖を盛んにする働きがありますが、大腸がんや非小細胞肺がんなど、様々ながんの細胞で、このタンパク質が過剰に作られています。
これは、本ブログ【034】でお話した、細胞増殖を調節する「アクセル」が目いっぱい踏み込まれた状態ですね。
034【どのようにして細胞に遺伝子の異常が蓄積するのか?】がん(その2) - Dr.やまけんの【いつまでも健康に過ごすために大切なこと】
これでは細胞が過剰に増殖するのも頷けますね。
では、この過剰なEGFRの働きを抑えてやれば、がん細胞の増殖を止められるのではないか?
こんな発想から、EGFRに結合して、その働きを阻害する抗体医薬品が開発されました。
(特定の製薬会社の製品を宣伝したくはないのですが)具体的な例を挙げると、アービタックスとかがあります。
他には、ある種の白血病でよくみられる染色体の異常により、Bcr-Ablという完全に異常な遺伝子が出現することがあります。
Bcr-Ablは細胞増殖のアクセルを加速させます。
抗体医薬ではありませんが、この遺伝子の働きを阻害することでがん細胞を殺すグリベックというのがあります。
Bcr-Ablは正常細胞には存在しないので、がん細胞特異的な作用が期待できます。
他にもたくさんのがんに対する分子標的薬が実用化されていますが、あまりに多すぎて、正直、私も覚えきれません(笑)
④ 分子標的薬の最大の問題点
分子標的薬の最大の問題点は、一部の特定のガンにしか効果がないということです。
アービタックスは、EGFRが過剰に発現している種類のガンにしか効果が期待できませんし(あらかじめ、がん細胞におけるEGFRの発現量を検査します)、グリベックは、フィラデルフィア染色体をもつ白血病にしか効きません(他の一部のがん種にも適用になっていますが、限定的です)。
理想的には、全てのガンに共通した特徴を見つけ出し、そこをピンポイント攻撃するような抗体医薬ができればいいのですが、残念ながら、それは実現されていませんし、今後も、非常にハードルの高い課題であると思われます。
やはり抗体医薬品であり、免疫細胞のブレーキペダルである「PD-1」を標的とした「免疫チェックポイント阻害剤」は、人間本来の免疫力を引き出すことでガンをやっつけるものです。(以下の過去ブログご参照)
021【免疫力の本来のパワー(その3)】「免疫力だけで末期ガンから生還できる!!」 - Dr.やまけんの【いつまでも健康に過ごすために大切なこと】
免疫力を増強すれば、どんな人にでも、どんな種類のガンにでも効果が期待できそうに思います。
しかし、実際には、同じような病態のがん患者に見えても、効く人と効かない人がいますし、効きやすい癌種(メラノーマ、肺がん、腎臓がん、ホジキンリンパ腫など)もあれば、効きにくい癌種(すい臓がん、前立腺がん、大腸がんなど)もあります。
このような分子標的薬の効きやすさ、効きにくさを事前に見分けることが、今後の重要な課題であり、現在、それに向けた研究が精力的に行われています。
⑤ 抗体医薬の未来と国民医療費
抗体医薬などの分子標的薬は、がん以外でも、関節リウマチなどの自己免疫疾患で効果を上げています。。
リウマチの強い炎症反応の原因である炎症性サイトカイン(TNF-α、IL-6など)の働きを抑える抗体医薬品が多く実用化されています。
分子標的薬は、病気発症の分子レベルでのメカニズムの理解が進んだことから実現した、新しい概念に基づく治療薬であり、今後、より病気に特異的で効果の高いものが次々と開発されるでしょう。
画期的ながん免疫療法薬、「免疫チェックポイント阻害剤」も抗体医薬ですが、この薬、な、なんと、一人分で2000万円とも3000万ともかかると言われています。
高額療養費制度(私は法律や制度には詳しくありませんので、詳しくは触れません)が改正されたとは言え、国民医療費高騰への影響はどうなるのでしょうか?
今後、抗体医薬をはじめ、タンパク質でできた新規な生物製剤が次々に登場することでしょう。
それによって多くの患者さんが救われるようになるのでしょうけれども、それが本当に良いことなのか?
「高度高齢化による高齢患者の増加⇒高額な先端医療技術の登場⇒国民医療費の継続的な増加⇒医療経済の破たん」という悪い流れを加速させるのではないかと懸念されます。
そう考えると、ここでやはり同じ結論に立ち返るのです。
出来ることなら、「病気にならずに歳を重ねたい」と。。。
今回も最後までお読み頂き、ありがとう御座います。
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