Dr.やまけんの【いつまでも健康に過ごすために大切なこと】

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078【本当に当たるの??】巷にあふれる遺伝子リスク診断

目次:

1.今はやりの遺伝子検査

2.実例 ―遺伝子型と体質との明確な関係―

3.「後ろ向き試験」と「前向き試験」

4.結論 ―前向き試験で実証されたものは、まだ少ない―

 

ウォ~~~ッ! なな、なんと、今年も今日と明日で終わりではないか!!

早い! 早すぎる!!

あまりに早すぎて、今年1年、何をしたのかもよく覚えていない!!

結局、何もしなかった、という事か?(笑)

 

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1.今はやりの遺伝子検査

 

「遺伝子検査」でググってみると、出るは、出るは、大手の健康食品会社から聞いたことのないところまで。。。

多いのは「肥満リスク」診断で、洋梨形だとか、リンゴ型だとか、バナナ型だとか。。。

だから何だと言うのだ!?

そんなことより、このブログ読んで、食事と運動に気を付ければよろしっ!!

 

まあ、これくらいなら「占い」みたいなもんで罪はないけど、別のあるサイトでは「がん38項目」、「生活習慣病19項目」、「その他病気38項目」、「体質130項目」を調べるとある!

そんなことができるのか!?

がんの38項目は、具体的には、大腸がん、乳がん、子宮頸がん、前立腺がん等々。

いかにも医学的知見に基づいた格調高い検査のように宣伝してますな。

まあ、ガンは比較的遺伝子異常と発病リスクとの間にある程度の関係があることは示されていますが、これなんかはどうですか? アルツハイマー病とか筋委縮性側索硬化症(ALS)とか?

こんな原因や発病メカニズムすら、まだ十分には理解できていない難病が、遺伝子の型だけで占えるとでも??

そんなことより、このブログ読んで、食事と運動に気を付ければよろしっ!!(くどい!)

 

かつては私も、遺伝子万能主義で、「遺伝子を理解すれば、ほとんどの現象が解明できる」と信じていました。

いずれ遺伝子検査で、病気のなりやすさや予後の良否の予測、その人に適合した薬の選択まで、遺伝子検査で判断できるようになると信じて研究に打ち込んでいました。

5年後、10年後には、病院で当たり前のように遺伝子検査が行われる時代が来ると。。。

ところがギッチョン、実際に5年、10年、否15年経ちましたが、そんな時代はついにやってきませんでしたよ。。。(涙)

事実、医療現場で遺伝子検査が行われる機会は、今現在でも非常に限られています。

 

2.実例 ―遺伝子型と体質との明確な関係―

 

ヒトのゲノム(全遺伝子のセット)は個人差があります。

人それぞれ個性があり、体質や性格が異なるように、遺伝子にも差があるのです。

個人間のゲノムの差は約0.1%です。

つまり、DNAのGATCの並びが1000個あれば、1個の割合で個人間で違いのあることになります。

 

DNAの、たった一つの塩基の差であっても、体質や病気のなりやすさに大きな影響が出る場合も、実際に珍しくはありません。

例えば、よく知られたところでは、アルコール代謝に関わる遺伝子の、たった一つの塩基の差が、上戸か下戸かを決めるのに関わっています。

 

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アルコール(エタノール)は身体にとっては毒ですので、これを代謝・分解する酵素があります。

まずエタノールは、アルコール脱水素酵素によって、いったん、アセトアルデヒドに変換されます。このアセトアルデヒドは毒性が強く、頭痛や吐き気など、二日酔いの症状を引き起こします。

次に、アルデヒド脱水素酵素によって、アセトアルデヒドが無害な酢酸に変換され、尿として排出されます。

この、アルデヒドから酢酸への変換を行っているアルデヒド脱水素酵素のうち、ALDH2という遺伝子のタイプが、飲酒に強いかどうかに深く関わっています。

 

下の図の通り、ALDH2遺伝子の差は、DNA配列のたった一つの塩基の違いです。

1か所だけ、”G”のところが”A”になっています。

この”A”のタイプのALDH2酵素は、アルデヒド代謝能が弱いのです。

 

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人はみな、基本的に同じ遺伝子を2個ずつ持っています。

ひとつはお父さんから引き継いだもの、もうひとつはお母さんからです。

この二つのALDH2遺伝子がどちらも”G”型の人(”G/G”)は普通に飲めます。

“G/A”型の人はほどほどに。そして、”A/A”型の人はほとんど飲めない、とまあ、単純に説明するとこうなります。

 

ALDH2遺伝子のタイプの違いと、飲酒に対する強さとの関係について調べようとしたら、どうすればいいでしょうか?

簡単ですね。

飲酒の「強い/弱い」は本人も自覚している場合が多いでしょうし、また、科学的に調べるのであれば、一定量のアルコールを摂取したのち、血中のアルコール濃度の下がり具合を調べればいいのです。

より正確に、アルデヒド脱水素酵素であるALDH2の影響を調べるのなら、血中のアセトアルデヒド濃度を調べればいいですね。

ALDH2がうまく働かないと、血中のアセトアルデヒド濃度はいつまでも高い状態が続くでしょう。

これによって、ALDH2の遺伝子型と、アセトアルデヒド代謝能との関係を強く示唆することが可能です。

 

ところが、アルツハイマーだとか筋委縮性側索硬化症(ALS)などの難病と遺伝子型との間に明確な関係があるのかどうかを調べようとすれば、これはちょっと、いや相当難儀ですよ。

 

3.「後ろ向き試験」と「前向き試験」

 

ネット上で、ガンから各種生活習慣病、その他の様々な「体質」まで予測できると喧伝されている遺伝子検査。

これらは本当に科学的エビデンスに基づいているのでしょうか?

 

ある病気と遺伝子型との間に関連があると報告している論文の数々。

しかし、それらの論文の研究手法の多くが、「後ろ向き試験」によるものです。

何ですか、その「後ろ向き」って? 後ろ向きがあるのなら、「前向き」もあるのですか?

答は「Yes」です。

 

後ろ向き試験とは、大体以下のような研究手法です。

同じくらいの年齢、例えば、そろそろ生活習慣病になりやすい40~50代の人たちをたくさん集めてきます。

性差の影響を排除するために、性は男なら男ばかり、女性なら女性ばかりを集めることもありますし、男女混じっていることもあります。

それらの人たちを肥満と肥満でないグループに分けます。

肥満のグループは、さらに「リンゴ型」、「洋梨形」、「バナナ型」に分けます。

これで4つのグループが出来ました。

さて、これらの人たちのありとあらゆる遺伝子の型を片っ端から調べるのです。

そして、肥満と非肥満の人たちとの間で、遺伝子の型に違いのあるものを血眼になって探します。

さらに、肥満の人でも、リンゴとか洋梨とかバナナとか、体形に特徴的な遺伝子がないかを探します。

ネットで見られるような大体の遺伝子検査サービスは、このようにして見つけられた遺伝子を調べるものです。

このように、既に病気(肥満)にかかっている人とそうでない人を集めてきて違いを調べる。これが「後ろ向き試験」です。

「後ろ向き試験」で得られる結果は、「肥満とそうでない人との間には、この遺伝子に差があった」とか、「リンゴ型の人は、この遺伝子の型が多かった」。ただそれだけです。

それらの遺伝子の機能と肥満になるメカニズムとの関係など、ほとんどの場合調べられていません。

つまり、このような方法で「リンゴ型に多かったのは、この遺伝子」とされたものも、実はたまたま偶然に「多かった」だけで、肥満とは何の関係もないということも否定できないのです。

 

では、上記のようにして見つけられた遺伝子型が、ある特定の病気のなりやすさに本当に関係があるのかどうかを証明するには、どうすればいいのでしょうか?

ひとつの答は、「前向き試験」を行うことです。

 

「後ろ向き試験」では、既に肥満の人を集めて、肥満でない人との遺伝子型の差を片っ端から調べました。

その結果発見されたものが偶然の産物でないことを証明するには、その遺伝子型を持つ人たちを集めて来て、将来、本当に肥満になるかどうか、その遺伝子型を持たない人よりも明らかに肥満になる確率が高いかどうか、を観察し続けなければなりません。

将来予測が本当に当たるかどうかを調べる。これが「前向き試験」です。

当然、疾患によっては、何年も、何十年も観察を続けなければ答は出ないことになります。

 

遺伝子型とアルコール代謝との関係を調べるのは簡単です。結果はすぐに出ます。

でも、発病に長期を要する生活習慣病や、患者数の極端に少ない難病となると、遺伝子型との関係を「前向き試験」で証明するのは、もう容易なことではありません。

多くの患者の協力が欠かせないことはもちろんですが、追跡調査を続ける医師/研究者にも大変な忍耐が求められます。

 

4.結論 ―前向き試験で実証されたものは、まだ少ない―

 

文献を調べたところ、前向き試験によって、特定の疾患の発症リスクと遺伝子型との間に明確な関連のあることが実証された例は、まだまだ少ないようです。

それを、あたかも遺伝子検査で大概の事が分かるとの誤解を与えるような宣伝には???なのです。

 

かつて我が国でも、何十万人もの日本人の遺伝子配列の違いを調べる国家プロジェクトが行われましたが、期待されたような成果は挙げられませんでした。

やはり、多くの場合、遺伝子の配列のみでは説明のつかないことが多いのです。

遺伝子の配列が正常だから、その遺伝子が正常に機能しているとは限りません。

遺伝子の働きを制御するシステムに異常があれば、遺伝子は正常に働かないからです。

「遺伝子の働きを制御するシステム」と言っても、それは複雑・精緻です。

専門用語を並べてみても、「シグナル伝達」、「タンパク質リン酸化酵素」、「転写因子」、「DNAメチル化」、「ヒストン・アセチル化」、「マイクロRNA」・・・云々といくらでも並べ立てることができます。

これらをすべて調べるなど、ほぼ不可能ですからね。

 

それでも、しかし、あゆみは緩やかですが、同じ病気の患者に、判で押したような画一的な治療を行う、これまでの「レディメイド」の医療から、患者個々の個性を見て、その人に合った医療を施す、いわゆる「テーラーメイド医療」の実現は確実に進んでいくでしょう。

 

「イリノテカン」という抗がん剤がありますが、この薬に副作用を示しやすい人を、遺伝子検査によって予測することが10年以上も前から医療現場で行われており、この検査には保険もききます。

遺伝子の配列のみから、患者の薬に対する反応を予測できる数少ない例です。

 

https://www.medicallibrary-dsc.info/safety/topotecin/material/pdf/TOP7AT1205.pdf

イリノテカンとUGT1A1遺伝子多型に関する説明書 

 

今後、個々の患者に合った薬や治療法の選択の幅が広がっていくことで、患者を不要の副作用に苦しませることなく、また医療費の削減にもつながることが期待されます。

そのためには、大規模な「前向き試験」による調査・研究が欠かせないのです。

 

 

今年最後のブログ、、、実にまじめに締めたぞ!

 

 

今回も最後までお読み下さり、ありがとう御座います。

来年もよろしくお願い致します。

皆さま、良い年をお迎えください。

 

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