目次:
1.「20世紀の黒死病」AIDSの発見とHIV発見秘話
3.HIVの感染メカニズム
4.ここでちょっとひと休み ~CCR5の変異体を持つ人はHIVに感染すらしない?~
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1.「20世紀の黒死病」AIDSの発見とHIV発見秘話
1981年、アメリカで全く原因不明で、通常では見られないような珍しい感染症や腫瘍を多発する、明らかに臨床上、これまでに知られていない病気の患者が多数発見されました。
この病気が特に注目をひいた理由が、患者の多くが、ゲイか薬物乱用者であったことです。
このような、特殊な人たち(ゲイは、当時ではまだ「特殊」な人たちとの認識でしたから)に限定して発症するこの病気の原因は何なのか?
まったくミステリーです。
この病気では、明らかに免疫力が落ちている免疫不全状態であり、そのため「後天性免疫不全症候群」(AIDS)と名付けられました。
病気の発生状況から見て、感染症であることに疑いの余地はありませんでしたが、予防法や治療法はおろか、原因となる病原体すら不明のまま、全米に急速に広まっていきました。
誰にもそれを止めることができない様に、いつしか「二十世紀の黒死病」と呼ばれるようになりました。
対策のためには、まずは何よりも原因となる病原体の同定が「焦眉の急」です。
それに名乗りを上げたのが、フランス・パスツール研究所のリュック・モンタニエと、米国のウイルス学者で、近年、ヒト成人T細胞白血病の原因ウイルスを発見し、勢いに乗るロバート・ギャロです。
1983年、モンタニエとギャロが、ほぼ同時期にAIDS患者から原因ウイルスを発見したと発表しました。
果たして二人のうち、どちらがAIDSの原因ウイルスの発見者なのか?
この発見は、ノーベル賞受賞確実と言われる偉業です。
なんと、この問題は、科学の世界の手を離れ、当時の米仏両国の大統領を巻き込んでの外交問題にまで発展しました。
故意か過失か? ギャロのウイルス発見には不正があるとの指摘を当時のレーガン米大統領が認め、名実ともに、リュック・モンタニエらが「ヒト免疫不全ウイルス」(HIV)の発見者として世界的に認められ、彼らはHIV発見の業績により、2008年、ノーベル生理学・医学賞を受賞しました。
HIVの発見の後、世界中の研究者により、急速にウイルスの遺伝子やタンパク質の構造と機能、感染様式、病状の進展メカニズムなどの研究が進められました。
「HIV感染症」と「AIDS(免疫不全症候群)」とは同義ではありません。
HIVに感染して、何年にも及ぶ無症候の期間を経た後に、免疫力の低下に伴った様々な症状を発症してはじめて「AIDS」です。
HIVの感染経路は、主には血液を介したものです。
ウイルスが血液の中に侵入すれば、高率で感染が成立します。
薬物乱用者に患者が多かったのは、1本の注射器を複数の人で共用したことが原因です。
しかしAIDSは、薬物の注射、輸血、汚染された血液製剤の投与などと言う人為的な行為による感染を除けば、人間の自然な行為による感染様式からは、淋病や梅毒などと同じ「性感染症」に分類されます。
ウイルスは精液の中に多量に存在します。
ゲイなどが行うアナルセックスでは、腸内壁の粘膜が傷つきやすく、ウイルスがその傷口から容易に血液内に侵入します。
通常の異性間の性行為でも、男性・女性のどちらが感染者であっても、相手に感染させる可能性があります。
特に不特定多数の相手と、コンドームを使わないで行う性行為は、極めて感染のリスクが高いでしょう。
1987年に、日本で初めての女性のAIDS患者が亡くなったという報道で、日本中が大騒ぎになりました。
それまで日本人は、米国のAIDS蔓延の状況を「対岸の火事」とみる人が多かったのですが、実は日本政府は、大変な危機感を持っており、HIVの侵入を水際で防ぐべく、各医療機関や保健所におけるAIDS患者発生の情報に目を光らせていたのです。
この報道により、「対岸の火事」から一転、いつかは訪れる、一人目の患者が死んだに過ぎないのに、もう日本中にAIDSが蔓延するのではないかと、みな大騒ぎでしたよ。
この辺の日本人の急変ぶりって、結構、滑稽に思えますね。
悪いのは、冷静さを欠いたマスコミの狼狽ぶりとも見える、煽り方です。
cgi2.nhk.or.jp
HIV感染など、飛沫感染するインフルエンザと違って、自身の行動を慎めば防げる病気なんですよ。。。
でも、まあ、「対岸の火事」で無関心だったのが、一挙に多くの人の関心をひいたのですから、それはそれでいいのかなぁ。
3.HIVの感染メカニズム
さて、ここからは、HIVが体内に侵入した後、どのように細胞に感染して、どのように病状が進んでいくのか、そのメカニズムを見てみましょう。
ここからの話を理解して頂くには、これまでに過去ブログでお話ししてきた内容を理解して頂かないと分かりにくい点があるかもしれません。
適宜、過去ブログのリンクを張りますので、復習しながらお読みください。
HIVは主にヘルパーT細胞に感染することは、過去ブログ【020】でお話ししました。
takyamamoto.hatenablog.com
なぜ、ヘルパーT細胞に感染するのかと言うと、HIVの表面にある糖タンパク質が、ヘルパーT細胞の特異的細胞マーカー分子であるCD4タンパク質に結合することが、感染の第一段階だからです。
CD4のない細胞には決して感染できません。
細胞マーカー分子については、以下の過去ブログでお話ししています。
takyamamoto.hatenablog.com
まず、HIV表面の糖タンパク質が、ヘルパーT細胞の表面のCD4分子に結合します。
下の図の中のglycoproteinというのが糖タンパク質です。グリコは糖、プロテインはタンパク質ですね。
HIVの構造
CD4はHIVの主たる受容体ですが、HIVの糖タンパク質がCD4に結合するだけでは感染は成立しません。
なぜなら、HIVの感染の成立には、補助受容体と呼ばれる別のタンパク質が必要だからです。
その一つがCCR5というヘルパーT細胞表面のタンパク質です。
HIVの糖タンパク質とCD4が結合したところに、このCCR5タンパク質も結合し、それで初めて感染が成立します。
その後、ヘルパーT細胞の細胞膜とHIVの外側の膜(エンベロープ)とが融合を起こし、HIVウイルス粒子内のゲノムRNAとウイルスのタンパク質が、ヘルパーT細胞の細胞質内に取り込まれることによって侵入します。
さて、細胞内に侵入を果たしたウイルスは、まもなく活動を始めます。
どう活動を始めるか?
過去ブログ【042】でRNAウイルスであるラウス肉腫ウイルスの話をしました。
takyamamoto.hatenablog.com
このウイルスが、従来では想像できなかったようなことをやってのけるというお話でした。
それ以前は、生物学の「中心的な教義(セントラル・ドグマ)」というものがあり、それには絶対に例外はないと考えられていました。
その当時の理論ではこうです。
生命活動と言うのは、DNAからメッセンジャーRNA(mRNA)、mRNAからタンパク質が作られる、「DNA⇒mRNA⇒タンパク質」という流れから成り立ち、これは絶対的である!と。
ところが、米国のテミンと水谷は、ラウス肉腫ウイルスのウイルスRNA(vRNA)が細胞に侵入すると、vRNAから相補的なDNA(cDNA)に写し取られる「逆転写」が行われることを発見したのです。
すなわち、「vRNA⇒cDNA⇒mRNA⇒タンパク質」です。
この、セントラル・ドグマを崩壊させたvRNAからcDNAへの逆転写反応を行うRNAウイルスをレトロウイルスと呼びます。
ラウス肉腫ウイルスもHIVもレトロウイルスです。
逆転写の結果できたウイルス由来のDNAは、その後、なな、なんと、細胞の核に侵入し、その細胞のゲノム(その細胞自身のDNA)内に組み込まれてしまうのです。
この組み込まれたウイルスのDNAはどうなるのか?
なんと恐ろしいことに、このウイルスのDNAは貴方の細胞の遺伝子の一部として機能し、細胞の分裂とともに複製され、娘細胞に引き継がれていくのです。
今からウイルスのDNAは、貴方自身のDNAなのですよ!
この、貴方の細胞の遺伝子の一部となったウイルスのDNAからは、ウイルスのmRNAが合成され、それからウイルスのタンパク質が作られ、貴方のヘルパーT細胞のなかでウイルスの増殖が行われるのです。
そして、増幅したウイルスは、次々と細胞表面から芽が出るように外に出ていき、別のヘルパーT細胞に感染するのです。
貴方の細胞に入り込んだウイルスのDNA、これを「プロウイルス」と呼びますが、これはもう二度と取り除くことはできません。
貴方は、このプロウイルスを細胞の中に抱え込んだまま、一生を過ごさねばならないのです!!
4.ここでちょっとひと休み ~CCR5の変異体を持つ人はHIVに感染すらしない?~
本ブログ【025】で、HIVに感染してもAIDSを発症しない人や、そもそもHIVに感染すらしない人がいることをお話ししました。
takyamamoto.hatenablog.com
しかし、その仕組みについては全くお話ししませんでした。
HIVの感染を成立させるには、ヘルパーT細胞の表面上にCD4とCCR5というタンパク質のあることが必要不可欠です。
ところが、ごく一部ですが、CCR5に変異のある人がいます。
この変異のあるCCR5は、CCR5Δ(デルタ)32と呼ばれますが、このCCR5Δ32を持つ人はHIVに感染すらしないのです。
すなわち、HIVの感染成立には、T細胞側に、主受容体CD4の他に、副受容体CCR5の発現が必須なのですが、CCR5Δ32はHIVの副受容体として機能しないのです。
残念ながら、HIVに感染すらしないCCR5Δ32は、日本人を含むアジア人には多くありません。
一方、ヨーロッパ系の白人には比較的多くいるのです。
同じく、過去ブログ【025】でお話しした、HIVに感染しても、AIDSを発症しない「エリート・コントローラー」。
takyamamoto.hatenablog.com
こちらは、免疫の型であるHLAが、特定の型を持っている人であることが分かっています。
HIVに感染しても、HIVウイルス感染細胞を早期に発見し、やっつける免疫力を元々持っている人たちです。
「なんで一部の人だけなのか?」、「みんながそうだったら、だれもAIDSにならずに済むのに。。。」
それはそうですが、そうはいかないのです。
このHIVに対するエリート・コントローラーの人。HIV感染には滅法強いのですが、なんと西ナイルウイルス感染には弱いことが分かっています。
免疫は多様性を求めてきました。その結果、人間一人ひとりの免疫は違うのです。
もし、免疫応答能力が、全人類同じだったとしたらどうなると思いますか?
もしそうなら、ひとつの疫病に対する人間の反応は、皆同じです。
それが致死的な疫病であったなら、皆死にます。その結果、人類絶滅です。
でも実際は、そんなことにはなりません。
HIVに強い人もいれば、その他の感染症に強い人もいる。
でも、その一方で、他の感染症には弱い。
「ある感染症には滅法強いが、他のある感染症には弱い」
我々人類は、そのような多様性を持った個人の集団なのです。
それによって、いかに強力な疫病が発生しても、誰かが必ず生き延び、そのために人類が絶滅するようなことはなく、種の繁栄を追求していくものなのです。
次回予告:
細胞内に侵入したHIVのウイルスRNAは、cDNAに逆転写されて、なな、なんと、我々のゲノムの中に滑り込み、プロウイルスとなりまた。
こうなると、私たちの細胞からプロウイルスを追い出すことは不可能なのです。
我われはこのまま、HIVの成すがままに身をゆだねるしか成すすべはないのか?
しかし、最新のHIV感染症の治療法の進歩は、「20世紀の黒死病」を克服しつつあります。
次回以降、見事に私たちのゲノムに侵入を果たしたHIVがAIDSを引き起こす仕組みと、最新の治療法についてお話しします。
今回も最後までお読み頂き、ありがとう御座います。
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