Dr.やまけんの【いつまでも健康に過ごすために大切なこと】

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054【ヒトの制御性T細胞の存在を証明した病気とは?】「IPEX症候群」

目次:

① 号外【免疫学史上最大の謎??に挑む】の補足です

② Tregの「マスター遺伝子」Foxp3

③ 生まれつき制御性T細胞を作れない病気

④ Treg研究の今後の展望

 

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① 号外【免疫学史上最大の謎??に挑む】の補足です

 

2017年6月9日の号外にて、坂口志文先生は、ご自分が発見した免疫を抑制するT細胞に名前を付けるに際して、「敢えて『サプレッサーT細胞』の呼称を避けたのではないか?」と推測しました。

号外【免疫学史上最大の謎??に挑む】「サプレッサーT細胞」は何処へ消えた? - Dr.やまけんの【いつまでも健康に過ごすために大切なこと】

 

実はその後、志文先生のロングインタビュー記事を見つけました。

その中で志文先生は、ご自分の生い立ちから、制御性T細胞発見に至るまでの20年近くにもわたるイバラの道のりについて詳しく語っておられます。

brh.co.jp

 

これを読まずに記事を書いたとは、悔恨の極み!

しかし、この記事によって、やはり私の推測通りだったことが分かりました。

 

多田先生らが唱えたサプレッサーT細胞は、志文先生にすれば、非常にご都合主義的で、不自然で、無理があり、とても普遍的な理論には思えなかったようです。

サプレッサーT細胞の研究に執心する研究者たちは見当違いを探している、志文先生はそのように思っていたようです。

 

サプレッサーT細胞が否定され、多くの研究者が免疫抑制する細胞の探索から離れていった後も、志文先生は免疫を抑制する細胞の存在を信じていました。

初めてそのことを示唆する論文を発表したのが1985年のことです。

ほとんど反響がなく、自分の研究費の獲得や研究場所を探すにしても、「まだそんな胡散臭いことをしているのか?」と邪険にされるのがオチでした。

免疫学の世界的権威と言われている人ですら、「免疫を抑制する細胞」と聞いただけで、頭から完全否定する始末です。

「オレのは『サプレッサーT細胞』とは別物! 一緒にしないでくれ!」と叫んでも、誰も聞いてくれない、誰も相手にしてくれない、そんなだったようです。

 

そりゃあ、「サプレッサーT細胞」と名付けるはずもありませんよね。

まったく腑に落ちました!

 

② Tregの「マスター遺伝子」Foxp3

 

志文先生は、1995年に決定的な論文を発表します。

www.ncbi.nlm.nih.gov

しかし、これまた反響なし。

 

志文先生は最初、この論文に確固たる自信をもって、Natureに投稿しました。

が、完全な門前払い

STAP細胞がそうであったように、「科学に対する冒涜」くらいに思われたのかもしれません。

その他、著名な雑誌に投稿しますが、どこも反応は芳しくなく、結局、この歴史的な論文は、Journal of Immunologyという免疫学では屈指の雑誌ではありますが、やっとこさ掲載してもらえたということでした。

 

とにかく、当時の免疫学者たちの「免疫を抑える細胞」への偏見と差別は凄まじく、志文先生の業績がやっと評価され始めたのは、新世紀になってからのことでした。

 

制御性T細胞(Treg)の最も重要な遺伝子にFoxp3(ふぉっくすぴーすりー)というのがあります。

T細胞にはTregの他にヘルパーとかキラーとかがありますが、その赤ちゃんである前駆T細胞と言うのは、まだどのT細胞になるのか決まっていません。

逆に言うと、どのT細胞にもなり得ます。

 

前駆T細胞がある刺激を受けて、Foxp3遺伝子が起動することによってTregに「変身」します。(この変身を「分化」と言います)

Foxp3が発現すればTregになりますし、TregならばFoxp3が発現しています。

T細胞がTregであることを決定づけるこの遺伝子は、Tregの「マスター遺伝子」と呼ばれています。

 

さて、志文先生らによって示されたTregという細胞。これは、マウスでの話です。

ヒトのTregの存在は、21世紀に入っても、未だ証明されていませんでした。

それどころか、まだマウスのTregの存在すら疑う人も多く、志文先生一派以外に、ヒトのTregを探している研究者なんか、世界中にほとんどいなかったのではないでしょうか?

それに、ヒトの研究はスッゴク難しいのです。

 

志文先生らは、マウスの胸腺を切り取ったり、脾臓からT細胞を採り(当然マウスは死にます)、あるT細胞の集団を除去して別のマウスに移入したり、除いた細胞をもう一度戻したり、そのような実験を10年以上にもわたって重ねました。

切ったり、採ったり、戻したり、移したり。わざと病気にしてみたり、また治して見せたり。。。

こんな実験、どう逆立ちしたって、人間では出来っこありません

じゃあ、ヒトのTregの存在は、どのようにして証明すればいいのか??

 

ここで偶然的な(必然的か?)出来事が起こります。

 

③ 生まれつき制御性T細胞を作れない病気

 

IPEX(あいぺっくす)症候群という、非常に珍しい病気があります。

この病気は遺伝病ですが、これまで国内で報告されているのは、わずかに8家系だそうです。

症状は、生まれて間もなくか2、3歳になったころから、過剰な免疫反応によると思われる湿疹、貧血、血小板減少、腎炎など自己免疫性と思われる様々な症状に加え、難治性の下痢症を示すのが特徴です。

重篤な腸疾患や感染症(敗血症)のために、乳幼児期の間に死ぬことがほとんどと言います。

 

この病気、原因は不明でしたが、伴性劣性遺伝することが知られていました。

 

f:id:takyamamoto:20170628163304p:plain

 

「伴性劣性遺伝」とは難しい言葉ですが、性染色体のうちのX染色体に原因となる遺伝子異常があるケースで起こります。

女性の性染色体の組合せはXXです。

この異常な遺伝子を有しているX染色体をxで表しましょう。

保因者であるXxの女性は発症しません。もう一つのX染色体が正常に機能しているからです。

そして、もし、保因者である女性の子供が男の子の場合、母親から2分の1の確立で異常のあるx染色体が受け継がれます。

男の性染色体の組合わせはXYです。

不幸にして異常のあるxを母親から引き継いでしまうとxYとなるので発症してしまうのです。男の場合、正常なXを持っていませんから。

女性は保因者であっても発症はせず、その子供が男の子の場合に2分の1の確立で発症する、このような遺伝様式のことを「伴性劣性遺伝」と言います。

他に伴性劣性遺伝する病気としては、良く知られたところでは血友病と赤緑色覚異常色盲)があります。

これらも、女性には症状が出ません。

 

ちなみに、私の父は赤緑色覚異常です。ですからxYですね。

その子供が男の子であった場合、父親からは絶対にYを引き継ぐので、赤緑色覚異常にはなりません。

女の子の場合は、絶対に異常のあるxを引き継いでXxとなりますので、発症はしませんが、「保因者」になるのですね。

幸いにして、私は弟と二人兄弟で、姉妹がいません。

ですから、父の赤緑色覚異常の遺伝子は、これで途絶えることになったのですね。

えっ? 「まだ分からないぞ」って? そうかなぁ~。

 

話をTregに戻します。

ヒトのTregの存在を認めざるを得ないような大きなブレークスルーが、2001年に起こりました。

IPEX症候群の原因遺伝子が、なんとFoxp3であることが分かったのです。

X-linked neonatal diabetes mellitus, enteropathy and endocrinopathy syndrome is the human equivalent of mouse scurfy. - PubMed - NCBI

The immune dysregulation, polyendocrinopathy, enteropathy, X-linked syndrome (IPEX) is caused by mutations of FOXP3. - PubMed - NCBI

 

生まれつきFoxp3に異常があるということは、もし、ヒトでもマウスと同じようにFoxp3が機能すると仮定すれば、IPEX症候群患者はTregを作れないことになります。

そうだとすれば、自己免疫疾患や免疫バランスの破たんによって起きる様々な症状を呈するのも当然で、ヒトのTregの存在を仮定した場合、Foxp3遺伝子の異常とから、見事にIPEX症候群の原因が説明できる訳です。

Foxp3遺伝子の機能とTregができる仕組み、そして病気の発症まで、バラバラの状況証拠が見事に1本の線につながったのです。

 

ここに来て、ようやく多くの研究者がTregに注目するようになりました。

 

なんと、志文先生が「(サプレッサーT細胞とは異なる)免疫を抑える細胞」の存在を信じるようになってから20年近くの歳月が流れていました。

 

④ Treg研究の今後の展望

 

Tregの働きを理解して、それを医療に応用しようという試みが始まっています。

志文先生ご自身も、がんに対する免疫力の増強、臓器移植の拒絶反応の抑制、iPS細胞による再生医療などへの応用に期待をかけておられます。

 

IPEX症候群などのような遺伝病、特に全身に症状の出る遺伝病の治療は、現在の遺伝子治療の技術を持ってしても、まだまだ難しいのですが、病気の原因が解明されれば、治療法の開発に向けてのドライビング・フォース(原動力)になります。

 

志文先生はおっしゃいます。

今や、免疫学の流れは大きく3つ

「樹状細胞」、「トール様受容体」、そして「制御性T細胞」だと。

「樹状細胞」と「トール様受容体」はノーベル賞を受賞しました(2011年、生理学・医学賞)。

だったら、後は「制御性T細胞」っきゃないっしょ。

志文先生の「単独受賞」を期待しています (*^^)v

 

 

今回も最後までお読み頂き、ありがとう御座います。

 

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