偶然? 必然? 棚からぼた餅?
科学者の偉大な業績のなかには、偶然の産物や単なる幸運に見えるものも多くあります。
しかし、ノーベル賞を受賞するような研究者は、偶然の出来事や予想外・期待はずれの結果から、より重要な真理を見出す能力を例外なく持っているものです。
そのような能力を「Serendipity」と呼びます。
たぶん、貴方にも私にもありますよ(^^)
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本庶佑:アポトーシス関連遺伝子との誤認から一転ノーベル賞!
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審良静男:「ノックアウトマウス製造工場」の工場長(失礼!)から研究者が選んだ「研究者の中の研究者」へ!
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ワーファリン:害獣を殺す「毒」から人を生かす「薬」へ! 殺鼠剤から生まれた良薬
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ジェームズ・ワトソン:DNA二重らせん構造モデル! 化学の落第生が世紀の大発見に至った本当の理由
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バイアグラ:治験失敗薬が取り戻させた男の自信と尊厳
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アレクサンダー・フレミング:カビのコンタミ! 初歩的実験ミスが人類を細菌感染症の脅威から救った!!
過去ブログと内容が重なるところもありますが、まとめてお読みいただくと、科学の裏側で展開されるドラマのおもしろさをあらためて感じ取って頂けるのではと思います。
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1.本庶佑:アポトーシス関連遺伝子との誤認から一転ノーベル賞!
2018年のノーベル生理学・医学賞受賞の免疫チェックポイント阻害剤「オプジーボ」は、免疫細胞表面のPD-1というタンパク質に結合する抗体です。
このPD-1遺伝子を発見したのは、当時、本庶研の大学院生だった石田靖雅先生(現奈良先端科学技術大学院大学准教授)です。
研究者たちが新しい遺伝子なんかを発見すると、自己の業績をアピールするかのごとく、できるだけ印象的な名前を付けるものです。
命名権は発見者の特権というわけです。
そして、その名称が他の研究者の論文で引用されたりすると、研究者達の間で認知され、定着していきます。
当時、石田先生と本庶先生らは免疫細胞のアポトーシス(細胞の自殺)の研究を行っており、その中で見つけたこの遺伝子をアポトーシス関連遺伝子であるとしてPD(Programed Death;プログラムされた細胞死)-1と名付け、論文発表しました。
私は、本庶先生や石田先生が、PD-1のことを早まってアポトーシス関連遺伝子だと誤認したのだろうと思っていましたが、奈良先端大のホームページによると、石田先生自らによって「アポトーシスに重要な役割を果たすものであって欲しい、という願いをこめてPD-1と名付けた」と書かれています。
しかしですね、PD-1遺伝子の発見を報告した石田先生らの論文の要約の最後には、「これらの結果は、PD-1遺伝子の活性化が古典的なタイプのプログラムされた細胞死に関与している可能性を示唆するものである」と書かれています。
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/1396582/
これはやはり、勇み足で結論を出してしまったという感はぬぐえません。
期待どおりアポトーシスに重要な働きをする新しい遺伝子を発見した!と思っていたら、実は間違っていた!なんて分かったら、たいていの人はひどく落胆してしまうのではないでしょうか。
しかも、間違った結論を論文で発表してしまった。
普通の人だったら、「もうPD-1のことは忘れたい」。そんな風に思ったりするかもしれません。
しかし、ここが本庶先生の本庶先生たるゆえん。
「ほんなら、この遺伝子はいったい何をしてるんや? 構造(イムノグロブリン・スーパーファミリーの一員)からして、重要な遺伝子に違いない!」と、PD-1の機能解明の研究を続けたのです。
その後は私のブログで何度もご紹介している通り!
期待はずれの結果にも落胆しない。それどころか、逆に、その結果の重要性を見抜き、追究を続けた結果がノーベル賞につながったのです。
PD-1の具体的な機能については、まだまだ分からないことも多く、石田先生は今も奈良先端大でPD-1の研究を続けておられます。
2.審良静男:「ノックアウトマウス製造工場」の工場長(失礼!)から研究者が選んだ「研究者の中の研究者」へ!
いやぁ、驚きました! 私が敬愛する審良(あきら)静男先生
私に向かってこう言ってのけた人がいたのです。。。
「(当時の)審良研なんか、ただのノックアウトマウス製造工場ですよぉ~」(な、な、な、なんちゅうことを!!)
確かに、当時の審良先生の研究室では、次から次へといろいろな遺伝子を破壊したノックアウト(KO)マウスを作製していました。
まだ、ヒトやマウスの遺伝子の機能があまり分っていなかった当時、KOマウスの作製は、遺伝子の機能解明に非常に有効な手段でした。
そして、様々なKOマウスを作っていたからこそ、マウスのトール様受容体のほとんどの謎を審良先生が解明できたのだと言えます。
大学院生:「アキラせんせぇ~。このマウス変です。LPS(菌の内毒素)打ってもじぇんじぇん死にましぇ~ん」
審良:「なに!? なんでや? ほな、もうしゃあないな。そんなマウスはほっといてええから、実験続けてくれ!」とはならなかったのですね。
「これはいったいどういうことか?? 破壊したこの遺伝子(MyD88)に関連した重要な何かがあるに違いない!」
審良先生ご自身、「別にマウスのトール様受容体を探していたわけではない」、「LPSを打っても死なないKOマウスの発見は、まったくの偶然だった」と著書に書いておられます。
ノーベル賞は逃したものの、論文の被引用回数世界一のタイトルを何度も獲得されています。
研究者が自身の論文で他者の論文を引用するとき、特に引用論分の数に限りがあるときは、より重要な論文を厳選して掲載するものです。
被引用回数世界一とは、世界中の研究者達から業績が認められた「研究者の中の研究者」、「世界王者」ということなのです。
3.ワーファリン:害獣を殺す「毒」から人を生かす「薬」へ! 殺鼠剤から生まれた良薬
このお話は最近のブログで詳しく書いていますが、serendipityの観点からちょっと付け加えさせてください。
血栓症の予防薬「ワーファリン」は、かつては強力な殺鼠剤でした。
血を固まりにくくするので、これを食べたネズミは内出血を起こして死にます。
アメリカ陸軍のとある兵隊さんが、このスーパー殺鼠剤を大量に飲んで自殺を図りました。
でも、ワーファリンに即効性はありません。
内出血を起こすには何時間から十何時間もかかります。
ワーファリンはビタミンKと拮抗する作用が分かっていましたから、機転の利く医師が大量にビタミンKを投与し、ワーファリンの効果を中和したのです。
兵隊さんは一命を取り留めました。
このお医者さんもナイスプレーですが、他に実にSerendipityに溢れた人がいたのでしょうね。
この偶然の出来事から、ワーファリンはビタミンKの量とバランスをうまく取れば、内出血を起こすことなく血液の凝固能をコントロールする薬になると気が付いた人がいたはずなのです。
どこの誰かは知らねども。
ノーベル賞をあげたい!
アメリカで初めて医薬品承認されてから60年以上。
今でも広く使われている良薬です。
4.ジェームズ・ワトソン:DNA二重らせん構造モデル! 化学の落第生が世紀の大発見に至った本当の理由
これも過去ブログでご紹介していますが、「DNA二重らせん構造モデル」誕生前夜にハイライト!
ワトソンとクリックが、DNAがらせん構造であるとの確信を持つに至るまでには紆余曲折がありました。
そして、彼らの最後の手段は、ボール紙を切り抜いて作ったDNAの部品の模型をいじりまくって、ああでもない、こうでもないと、実験データに合うDNAの構造を探し当てることでした。
DNAの部品はわずかに3種類。糖とリン酸と塩基。
4種類の塩基の構造は、ワトソンが化学の教科書を見て、ボール紙を切り抜いて模型を作りました。
塩基は平面構造なのでボール紙で不都合ありません。
ある日、化学者のジェリー・ドナヒューが、偶然ワトソンの「オモチャ」に目をとめました。
「おい、ジム坊や。ボール紙で作ったお前さんの塩基、構造間違ってるで」
「ええっ!? 間違ってるって、化学の教科書の通りに作ったんやで?」
「せやから、その教科書がほとんど全部間違ってるいうことやねんがな!」
教科書が間違っている??
これは最近分かったことなので、化学者でも知らない人は多く、なので改訂されていないほとんどの教科書が間違っているとドナヒューは言います。
この幸運な指摘がなかったら、二重らせん構造の発見もなかったし、ジム坊やは今日も延々とボール紙のオモチャと格闘を続けていることでしょう。(んな訳ないか^^)
5.バイアグラ:治験失敗薬が取り戻させた男の自信と尊厳
この薬の効果・効能については説明の必要はないでしょうね。あまりにも有名ですから。
ですが、以下の事実は知らない方も多いのではないでしょうか。
実はこのお薬。心臓疾患の治療薬として開発されました。
治験(実際に患者に投与して、効果と安全性を検証する人体実験)を行いましたが、どうにも効果が確認できません。
治験断念! 何百億という大損害です。
「治験やめま~す。ついては、被験者の皆さんがお持ちの残りの治験薬を回収しま~す」イエイ(^^)v
ところが、「ヤダッ! オレ返さねッ」という人が続出したのです。
それも男ばっか。女性は一人もおらず。
どういうことよこれ??
バイアグラには思わぬ副作用があったのです。
皆さん、薬の副作用というと、悪いものと考えてしまうのではないでしょうか。
「副作用」に対して、「主作用」という言葉があります。
本来狙った作用が「主作用」。狙ったのと違う作用が「副作用」
治験では安全性の検証は非常に重要です。
ですから、どんな些細な「有害事象情報」もできるだけ多く集めます。
下痢した、食欲が落ちた、イライラする、モノを破壊したい衝動をとめられない(笑)、、、、などなど。
とにかく、薬にどんな不都合があるのか分からないため、「有害」な情報はなんでも集めるのです。
バイアグラの男性機能の改善作用。これは副作用です。
しかし、悩める男性にとっては悪いどころか、大いなる福音です。有害なんてとんでもない。
また、男の尊厳にかかわる微妙な問題だけに、被験者も治験担当医に伝えていなかったのでしょう。
治験担当医も製薬会社の治験担当者も誰も知らなかった。
知っていたのは被験者本人だけ。
いや、被験者の奥さんやパートナーは知ってたかも。
「一体どうしたのよ、あなた!? 最近凄いわね?ウフッ💕」ってか?(^^)
いや、マジそうだったかもね(笑)
大損害どころか思わぬブロックバスター!
これは全くの偶然以外の何ものでもない!
Serendipityも何もあったもんじゃあない!
(勝手に)「タナからぼた餅大賞」あげます(^^)
こんなこともあるんですなぁ~
6.アレクサンダー・フレミング:カビのコンタミ! 初歩的実験ミスが人類を細菌感染症の脅威から救った!!
菌ってガラスのシャーレ(ふた付きのお皿)に寒天の培地を流し込んで固めて、その上に菌の液を蒔いてふ卵器に入れておくと、目視できるほどに増えます。
寒天培地って栄養分豊富ですから、カビなんかを混入させると、培地がカビだらけになって、肝心の菌の観察ができなくなるんですよね。
こんな余計なものを混入させることを「コンタミ」といって、実験手技の上手じゃない人なんかはしょっちゅうコンタミさせて、実験を台無しにしてくれます。
まあ、実験室の衛生環境によっちゃ、コンタミするときはするんですけどね。
英国のフレミング先生の研究室も汚かったそうですな。
1928年のある日、「あー、やってもうた。アオカビやッ!」ポイッ!
とはならなかったのですね。
Dr. Alexander Fleming (1881 – 1955)
「ん? なんやこれは??」
培地一面に生えるはずの黄色ブドウ球菌。
ところが、カビが生えている周辺だけ菌が増えていないのです。
その後、様々な微生物から様々な抗生物質が発見されました。
現在では、人工的に合成された抗菌物質もあります。
多剤耐性菌の発生や菌交代症(抗生物質の影響で腸内細菌の組成が大きく変わってしまう)の問題などありますが、以後、何十億人という人の生命を救ってきました。
これこそ(勝手に)「Serendipity大賞」!
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私も些細なことも見逃さず、真理をつかめるようになりたいと思います。
今日もラーメン屋さんで、「なんで関東のラーメンって、シャキシャキモヤシじゃなくって、クタクタホウレンソウなの?」と思うのです。
これには何か重大な意味があるに違いない!
しかし、この根源的な命題に対する回答はにわかには得られそうにもないので、とりあえずシャキシャキモヤシをトッピングして、今日もおいしく頂きましたとさ(^^)
今回も最後までお読み下さり、ありがとう御座います。
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是非、お読みになったご意見やご感想、お叱りをコメントでお寄せください。
大変励みになります。