目次:
1.世界初の抗HIV薬の開発者は日本人!
2.どうやってウイルスの増殖を防ぐのか?
3.付きまとう副作用と薬剤耐性の問題
4.HAART(ハート)療法の登場
5.ちゃんと飲まないんだったら、飲まない方がまし
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1.世界初の抗HIV薬の開発者は日本人!
HIVに関する研究の進展の速さには凄まじいものがありました。
1981年に米国で複数のAIDS患者が発見され、1983年にはフランスのモンタニエらがHIVを発見、1985年には早くも最初の抗HIV薬「アジドチミジン(AZT)」が開発され、1987年3月に米国発売、同11月には日本発売となっています。
病気の原因究明から治療薬開発が行われ、こんなにも早く実際に医療現場に投入された例を他に知りません。
AZTは1960年代から既に抗がん剤として使われていた比較的古い薬です。
この薬に抗HIV作用があることを見出したのは、現・熊本大学教授の満屋裕明先生です。
治療薬の開発は、動物での効果と安全性、ヒトでの効果と安全性についての膨大なデータ取得が必要で、ある病気に対する効果が期待される候補物質を見出してから、10年、15年とかかるのが普通です。
そんな調子では、HIVが世界中に蔓延してしまい、薬が開発されたころには手の打ちようがなくなってしまっていることでしょう。
延焼してから消火器を持ってきても手遅れです。
当時、米国立がん研究所の研究員だった満屋先生は、ゼロから新規に薬を開発していたのでは、この未曽有の危機に対応できないと考えられたのでしょう。
既存薬の中からHIVに対する効果のあるものを探索したようです。
既存薬なら安全性についてもデータが豊富にある訳で、審査・承認も早いはずです。
米国政府もそのつもりでした。
2.どうやってウイルスの増殖を防ぐのか?
さて、いったいどうやったらHIVをやっつけることができるでしょう?
HIVだけに効果を示して、人間には悪さをしない(副作用がない)、そんな薬であることが望ましいのは言うまでもありません。
皆さん、抗生物質はご存知ですね。
ヒトに影響を与えず、ある種の細菌の発育・増殖だけをストップさせることができます。
その理屈はと言うと、抗生物質には様々なタイプがありますが、例えば、細菌は「細胞壁」という堅い殻で覆われています。
人間の細胞には、薄い「細胞膜」があるだけで、こんな殻は被っていません。
ですから、細菌がこの細胞壁を作る仕組みだけを妨げるような薬であれば、細菌の増殖だけを止めることができます。
実際に、細胞壁合成に関わる酵素を阻害する抗生物質があります。
次にウイルスの話をしましょう。
本ブログ【036】で、ヘルペスウイルスには特効薬があるというお話をしました。
ヘルペスウイルスはDNAウイルスですが、自身のDNAを合成するのに「チミジン・キナーゼ」と言う酵素が必須で、自分でチミジン・キナーゼ遺伝子を持っています。
人間は自身のDNA合成にチミジン・キナーゼなんて必要ありません。
ですから、チミジン・キナーゼの働きを邪魔すると、ウイルスには致命的ですが、人間はヘッチャラなのです。
代表的な抗ヘルペス薬に「アシクロヴィル」がありますが、副作用も少なく、よく効く非常にいい薬ですね。
満屋先生が見出したAZTは、アシクロヴィルに構造も考え方も良く似ています。
アシクロヴィルはヘルペスウイルスに特異的なチミジン・キナーゼを阻害する薬ですが、AZTはHIVに特異的な逆転写酵素を阻害します。
人間は逆転写なんかしませんから、逆転写酵素を阻害されたってヘッチャラだという訳です。
アシクロヴィルとAZTは、ウイルス特有の酵素を標的にしたDNA合成阻害剤と言う点で、原理もよく似ています。
このように、抗ウイルス薬として既に実績のある薬と同じ戦略を取ることが最も近道だと、満屋先生は考えられたのではないでしょうか。(私の推測です)
ヒトでもウイルスでも、DNAは「ヌクレオチド」とい物質を材料にして、ヒトならDNA合成酵素、レトロウイルスなら逆転写酵素の働きによって合成されます。
ヌクレオチドには「塩基」と言う物質が含まれていますが、この塩基にはグアニン(G)、アデニン(A)、チミン(T)、シトシン(C)の4種類があります。
したがって、ヌクレオチドにも4種類ある訳です。
DNA合成酵素や逆転写酵素が、この4種類のヌクレオチドを、次々と鎖状につなげていくことで、なが~~~いDNAが出来上がります。
図の①を見て下さい。
それぞれのヌクレオチドには、別のヌクレオチドと手をつなげられるように、ジグソーパズルのような凸と凹があります。(あくまでも例えです)
これによってヌクレオチドが、DNA合成酵素の働きによって、Gの次にA、その次にまたG、その次にC、と言う具合に、左から右へ次々と連結されていきます。
ここにAZTがあるとどうなるか。
AZTは、チミン(T)の代わりにHIVの逆転写酵素に取り込まれやすい性質があります。
そして、ここがミソなのですが、AZTには凸はありますが、凹がありません。(オォッ!)
図の②を見て下さい。
Gの次にA、その次にG、その次にC、そして、本来は次にTなのですが、HIVの逆転写酵素は、人間のDNA合成酵素よりも100倍もAZTを取り込みやすいのです。
Tの代わりにAZTがはまり込むと、AZTのお尻には凹がありませんので、逆転写酵素が次のAをつなげようとしても、どうにもつながらない、という訳です。
本来のDNAの材料であるdTTPと抗HIV薬AZTの類似性
上の図で、本来のDNAの材料であるチミン(dTTP)とAZTの構造が非常に似ていることが分かるでしょう。
ヒトのDNA合成酵素は、この違いを比較的見分けることができるのですが、逆転写酵素には、見分けがつきにくいのですね。
3.付きまとう副作用と薬剤耐性の問題
AZTは、抗がん剤として古くから使われていたため、安全性についても、前もって分っていた通り、やはり骨髄抑制(白血球や血小板が減る)という副作用は避けられません。
ヒトのDNA合成酵素が、HIVの逆転写酵素に比べればAZTを取り込みにくいとはいえ、骨髄の造血幹細胞など、増幅の盛んな細胞では、やはり問題が出ます。
それよりも大きな問題は、この薬を長く使っているうちに、ウイルスが耐性(薬が効かない)を獲得することです。
なぜ、耐性が現れるのか?
一般的にRNAウイルスは変異しやすいのですが、レトロウイルスは特に、逆転写酵素の正確性が悪いために、自ずと遺伝子配列が変異しやすいのです。
ウイルスが増殖しているうちに、何らかの変異体が現れたとします。
遺伝子の変異と言うのは、たいがいは生存に不利なことが多く、変異体が生き残ることは多くありません。
ところが抗ウイルス薬を使っている状態で、たまたま偶然にその薬に強い変異体が現れたらどうなるか?
その変異体が、たとえ100億個中のたった1個であっても、抗ウイルス薬がある環境では、他の99億9999万9999個のウイルスよりもずっと生存に有利です。
そんな中で、この変異体が数を増やし、幅を利かせるようになるのです。
これが耐性株の出現です。
そんな訳で、抗HIV薬がたった1種類ではすぐに役に立たなくなります。
もっと、耐性株が出現しにくい薬はできないものか?
その後、別のタイプの逆転写酵素阻害剤や、他のウイルスの酵素、例えば、プロテアーゼやインテグラーゼというHIV特有の酵素の阻害剤などが次々と開発されました。
4.HAART(ハート)療法の登場
HAARTとは、Highly Active Anti-Retrovirus Therapy(「高力価抗レトロウイルス療法」とでも訳せるでしょうか)の略です。
抗HIV薬開発の初期のころから、複数の薬を併用することで、耐性株の出現をある程度抑えられることが分かっていました。
HAART療法では3~4種類の薬を併用します。
特に、上述のプロテアーゼ阻害剤が登場したことで、非常に治療高率のよいHAART療法が可能になったとのことです。
どの薬を組み合わせるか? 組合せの考え方はいくつかあるようですが、医師でも薬剤師でもない私には詳しいことは分かりませんので、シッタカしては書きません。
詳しくは、下のようなガイドラインがあります。
http://www.hivjp.org/guidebook/hiv_7.pdf
HAART療法の目的は、血液中のウイルスを検出限界以下にまで減らすことです。
検出限界以下とはどういうことか?
HIV感染者の血液中には、無症候時期であっても、1cc中になんと数千個から数万個もウイルスがいます。それこそウジャウジャです。
(だから感染者の血液に直接触れることは、非常に危険です)
この血液中のウイルスの数と言うのは、遺伝子増幅技術PCR法(1993年、ノーベル化学賞受賞)で測定することが可能です。
PCR法の原理図 ひとつのDNAが二つ、二つが四つ、四つが八つ、八つが・・・あとは自分で計算して(笑)
PCR法は非常に感度の高い測定技術で、血液1cc中50個のウイルスまで検出できます。
と言うことは、1cc中に20個とかだと検出できない可能性があるということです。
これが、「検出限界以下」のレベルです。
ですから、PCR法の結果が陰性だったからと言って、ウイルスが全くいないという訳ではありません。
HAART療法では、現代の最も感度の高い検出技術をもってしても検出できないくらいの低レベルまでHIVを少なくすることが目的です。
前回お話したように、ゲノムの中に入り込んだプロウイルスを排除することは出来ません。
免疫が落ちるとプロウイルスが暴れ始めますので、治療を受けつつ、体調管理には十二分に気を付けます。
そうしてウイルスの活動を抑え、ウイルスと宜しく付き合って長く生きていくのです。
これによって、従来は早ければ3年、長くても10数年だったHIV感染者も、著しく延命することができるようになりました。
5.ちゃんと飲まないんだったら、飲まない方がまし
HAART療法を成功させる上で最も重要なことは、定められた通りキチンと薬を飲むこと、飲み続けること、です。
キチンと飲んでいれば、偶然の変異によって耐性株が出現しても、他の薬で抑えられます。
HAART療法において非常によろしくないのは飲み忘れです。
飲み忘れが多く、血液中の薬の濃度が低い状態がよろしくない。
薬が効くか効かないかという、うっす~~~い状態では、偶然出現した耐性変異株を充分には抑えられません。
返って、低濃度の薬がある状態では、変異体の方が他のウイルスよりも断然有利なため、数を増やして優位になります。
飲み忘れが多いと、こうして生き残り続けた耐性株が、HAARTで使われている別の薬に対する耐性をも獲得し、非常に厄介な「多剤耐性株」の出現につながります。
HAART療法で耐性株が出現したら、耐性を示した薬を他の薬剤に切り替える訳ですが、似たような作用を示す薬もあり、決して選択肢は多くないようです。
本人に治療への自覚があり、飲み忘れをしないように積極的に努力する意思があり、また実行できること。これを「アドヒアランス」と言うそうですが、HAART療法の成否は、患者のアドヒアランスにかかっていると言っても過言ではありません、と言うことです。
今回も最後までお読み頂き、ありがとう御座います。
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