昨日(2019年5月22日)保険適用された最強のがん治療法「CAR-T細胞療法」!
薬価は、な、な、なんと3,349万円!
後編では、その仕組みについてお話します。
目次:
1.前編のおさらい
2.上手い手があった!
3.見つかったがん細胞の目印
4.第二のシグナルをどうやって入れる?
5.「キメラ」って何?
6.種明かし
7.具体的な手順
8.進化したキメラ抗原受容体
9.CAR-T細胞療法の限界!
10.敗血症は病原菌の毒が原因ではないって!?
11.サイトカインの嵐から命を守れ!
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1.前編のおさらい
T細胞ががん細胞を見つけ出して攻撃できるようになるためには、最低2つの条件が必要でした。
条件1:自己の身分証であるMHC分子の上に提示されたがん抗原(ネオアンチゲン)をT細胞受容体が認識する(第一のシグナル)
条件2:がん細胞表面のB7分子とT細胞表面のCD28分子が結合する(第二のシグナル)
そして、多くのがん細胞は狡猾にも、MHCやB7を消し去っているのでした。
2つのシグナルのうち、ひとつでも欠けていればT細胞は活性化せず、免疫系はがん細胞に手も足も出ません。
人間は狡猾ながん細胞になす術もなく軍門に下るのか?
何か打つ手は無いものか?
2.上手い手があった!
がん細胞は2つのシグナルのうちいずれか一方、あるいはその両方を入れさせないような戦略をとっています。
では、これらの2つのシグナルを人為的に強制的に入れ込んでやればいいではないか?
でも、どうやって? MHCもB7も無いんだよね?
これではシグナルの入れようが無いじゃない?
いやいや、上手い手がありました。
いやぁ、こんなことを思いつくなんて、頭のいい人はいるもんですね。
最初に考え付いた人は偉い! 多分、将来ノーベル賞間違い無しだと思う。どこの誰かは知らんけど。。。
3. 見つかったがん細胞の目印
一口に「白血病」と言っても、いろんな種類があります。
急性骨髄性なんちゃらとか、慢性リンパ性なんちゃらとか、成人T細胞なんちゃらとか、、、もう、訳が分かりません!
とにかく、白血病にはいろんな種類があって、それぞれに特徴が異なるので、治療法も異なる訳です。
で、そのなかでCAR-T細胞療法の適用となるのが「B細胞性白血病」というもの。
以前のブログで、細胞の分類をするのに、細胞表面に発現するタンパク質の種類を調べると述べました。
免疫細胞の分類には、細胞表面のマーカー分子を調べる
B細胞という種類のリンパ球は、細胞表面にCD19というタンパク質を多量に発現しています。
一方で、他の正常細胞にCD19はほとんどありません。
これはいい! これは使える!
つまり、CD19を標的としたミサイル療法を行えばいいじゃないか!と誰でも考えますよね。
でも、そこまでなら凡人の考えることです。
抗体に抗がん剤をくっ付けたミサイル療法剤も、末期がん患者では、もはや効果は期待できません。
頭のいい人は、その先を行きました!
4.第二のシグナルをどうやって入れる?
CD19それ自体は異常なタンパク質ではありません。つまりCD19は「自己」です。
ですから、自然の状態では、私たちの体のなかでCD19を標的とした免疫細胞は存在しないか、あったとしても活性化して攻撃することはないのです。
じゃあ、どうするのかって?
CD19を標的とするような抗体分子を遺伝子工学の技術で作り出す必要があります。
「抗CD19抗体」ですね。
これを作るのは大して造作もありません。多くの抗体医薬品を作るのと同じで、遺伝子工学技術で簡単に作れます。
B細胞性白血病細胞の抗原であるCD19を認識する抗体ができれば、「第一のシグナル」は何とかなりそうですよね。
残された問題は「第二のシグナル」をどうするかです。
B細胞のがん細胞がB7を発現していないとしたら、第二のシグナルをどうやって入れるのか?
ここが頭の使いどころです!
5.「キメラ」って何?
「CAR-T」とはどういう意味か、これまであえて触れませんでした。
多分、なんかの英語の略じゃないかって?
アンタは鋭い! その通りです。
「Chimeric Antigen Receptor – T細胞療法」、すなわち「キメラ抗原受容体T細胞療法」の略なのです。
「キメラ抗原受容体(CAR)」とは何なのか?ってことですよね。
「キメラ」とは、体がヤギ、頭がライオン、尾が毒蛇という、ギリシア神話に登場する想像上の動物「キマイラ」に由来する言葉です。
すなわち生物学で言う「キメラ」とは、別の分子と分子を遺伝子工学的に合体させて作製したもの」という感じで理解して頂ければいいかと思います。
もちろん、自然界には存在しない、人工的に作られたものです。
「キメラ抗原受容体」とはすなわち、キマイラのように、複数の異なるタンパク質分子を合体させて作った、自然界には存在しない抗原を認識する受容体のことです。
6.種明かし
さあ、いよいよタネ明かししましょう。
問題はB7とCD28の結合によって生じる第二のシグナルをどうやって入れるか?ってことでした。
抜群に頭のいい人は、こう考えたのです。
がん細胞表面のCD19を認識する抗体分子の一部とT細胞表面に発現しているCD28分子の一部をつなげたキメラ受容体をT細胞の表面に植えつければいいと。。。
抗体の部分は細胞の外に突き出ており、がん細胞表面のCD19に結合することができます。
T細胞表面にある、がん細胞の抗原をMHCともども認識するタンパク質を「T細胞受容体」と言いますが、抗体はT細胞受容体(TCR)と違って、MHCが無くても結合できます。
つまり、がん細胞がT細胞の目を晦まそうとMHCを消しても、抗体をだますことはできないのです。
そして、抗体の根元はT細胞の膜を突き抜けており、細胞内にはCD28の一部があります。
抗体ががん細胞表面のCD19と結合すると、この細胞内のCD28の部分からは、まるでB7と結合したときのように第二のシグナルが発生し、このT細胞を活性化することができるのです。
この抗体とCD28が合体した抗原受容体が、すなわち「キメラ抗原受容体」(Chimeric Antigen Receptor;CAR)なのです。
7.具体的な手順
まずは患者さんから採血して、血液中のT細胞を分離します。
これは、そんなに難しい操作ではありませんね。
次に、培養皿のなかのT細胞にキメラ抗原受容体(CAR)の遺伝子を入れ込んでやらなければならない訳ですが、それにはウイルスベクターを使います。
「ベクター」とは「運び屋」の意味で、細胞内に遺伝子を運ぶ役目を担うので、そう呼びます。
なかでもレトロウイルスというウイルスは、自身の遺伝子を細胞のゲノムの中に滑り込ませ、その細胞が死ぬまで居座り、自身の遺伝子を発現し続ける性質があります。
ベクターDNAにCAR遺伝子を組み込んだものを、培養皿の中のT細胞にふりかけてやると、DNAは細胞に取り込まれ、レトロウイルスと同じようにT細胞のゲノムの中に組み込まれます。
これで、この細胞は死ぬまでCAR遺伝子、すなわちCD19に対する抗体にCD28の一部がつながったキメラ抗原受容体を発現し続け、細胞表面に出すようになるのです。
それを患者の体内に戻すだけで1回の治療は完了です。
上図をもう一度ご覧下さい。
CAR遺伝子を組み込まれたT細胞のキメラ受容体の抗体部分(細胞外側部分)ががん細胞のCD19と結合すると、細胞内部分のCD28から強制的に第二のシグナルが発せられます。
こうしてT細胞は強力な細胞殺傷能力を獲得するのです。
しかも、CD19を発現しない正常細胞には何の害も与えません。
注:がん化していない正常なB細胞もCD19をもっており、そのため正常B細胞も一部破壊され、抗体産生能力が低下するという副作用もあります。
レトロウイルスには、AIDSやがんの原因になるものがありますが、安心してください。
ベクターとして使用されるレトロウイルスDNAでは、そのような病気を起こす遺伝子は破壊されているので、病気になる心配はありません。(100%無いとは言い切れないのですが、可能性は無視できるほど小さいです)
8.進化したキメラ抗原受容体
初期のキメラ抗原受容体は、がん細胞のCD19と結合することによって第二のシグナルを生じさせ、そのT細胞の殺傷能力を強力にアップさせるだけでした。
しかし、その後改良が加えられ、現在では、CD19との結合で活性化したT細胞の分裂を促して数を増やすシグナルと、さらにそのT細胞が長生きするシグナルも同時発生させる遺伝子が合体されたキメラ抗原受容体がCAR-T細胞療法に使用されています。
これにより、1回の治療で効果が長続きするわけですね。
9.CAR-T細胞療法の限界!
CAR-T細胞療法には決定的な欠点があります。
それは、現在のところ、CD19を発現する一部の白血病にしか効かないという事です。
つまり、CAR-T細胞療法で救える命の数には限りがあるということです。
ここが、自然免疫から獲得免疫まで、免疫系全体をアップさせる免疫チェックポイント阻害剤とは決定的に違うところです。
免疫チェックポイント阻害剤にも、効きにくいがん種というのがありますが、それでも次々と色々ながんに適応が拡大しています。
CAR-T細胞療法では、CD19を発現していないがんには、どう逆立ちしたって適応することはできません! 今のところ。
CAR-T療法で全てのがんを治療しようとすると、全てのがん細胞で共通して発現しているネオアンチゲンを見つけなければなりません。
しかし、残念ながら、そのような都合のいいがん抗原は見つかりそうもありません。
今後の研究で色々ながんに効くようになってもらいたいものです。
10.敗血症は病原菌の毒が原因ではないって!?
ちょっと話が逸れますが、お付き合い下さい。
皆さん、敗血症はご存知でしょうね。
本来、無菌であるはずの血液中で大量に病原菌が増え、菌が出す毒素で死に至るのです。
おっと、「毒素で死に至る」というのは正確な表現ではありませんね。
実は、敗血症で死ぬ原因は、毒素で死ぬというよりも、私たち自身の細胞が出す免疫物質が本当の原因です。
細菌感染すると、免疫系はこれを排除しようと様々なサイトカイン(免疫系の情報伝達物質)を大量に放出します。
このサイトカインを受け取った別の免疫細胞も活性化し、さらに大量のサイトカインを放出します。
この連鎖反応により免疫系はフルスロットル状態まで活性化し、病原体と戦うわけです。
この状態を何と呼ぶか? 「急性炎症」ですね。
感染症で発熱するのは、免疫系が頑張っている証拠なのですね。
「炎症」と聞くと、何か「良くないもの」「好ましくないもの」と思われるかもしれませんが、炎症とは免疫系が病気や怪我を治そうとしている状態であって、私たちが生き延びるために無くてはならない大事なものなのです。
ところが、行き過ぎた炎症は、私たちの体にとっては大きな負担です。
過剰な免疫物質の影響を受けて内分泌系と神経系のバランスも崩れ、恒常性が破綻して、様々な臓器に障害が現れ、呼吸不全や血圧低下、血栓、意識混濁などの症状から死に至ることもあります。
これは「サイトカイン放出症候群」(俗に「サイトカインストーム」とも)と呼ばれる状態で、敗血症によって引き起こされます。
恒常性が破綻した状態――それが「病気」
実は、炎症性物質の中でも、インターロイキン6(IL-6)と言う物質が敗血症性ショックの主要な原因となっています。
11.サイトカインの嵐から命を守れ!
CAR-T細胞療法では、T細胞の免疫力を強制的に強力にアップさせますので、IL-6やTNFという炎症性サイトカインを大量に放出します。
すなわち、サイトカインストームです。
これにより、敗血症性ショックに似た症状を呈し、稀に死に至る危険性すらあります。
しかし、安心してください。
CAR-T細胞療法の副作用であるサイトカインストームには、IL-6阻害剤である抗体医薬品「アクテムラ」がかなり効果があり、症状の軽減が可能です。
ただし、これがまた高い!
CAR-T療法が3349万円もするのに、さらに副作用の治療に抗体医薬品を使うと、また何百万円単位でお金が飛んで行きます。
画期的な治療法の登場で、これまで死ぬしかなかった人たちが助かるのは喜ばしい一方で、決まって高額な治療費のことを思うと、「日本の将来はどうなるのだろう?」と不安に駆られるのです。。。
今回も最後までお読み下さり、ありがとう御座います。
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是非、お読みになったご意見やご感想、お叱りをコメントでお寄せください。
大変励みになります。