Dr.やまけんの【いつまでも健康に過ごすために大切なこと】

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088【「ヒトゲノム計画」のその後】終わってみて、何かいいことあったのかい?

目次:

1.「アポロ計画」より、はるかに高くついた?

2.全部分かったとして、それで何かいいことあるの?

3.「1000ドルゲノムシーケンス」を実現した技術革新!

4.既に何千人もの日本人のゲノム情報が登録されている!

5.人間は神の領域に踏み込もうとしているのか?

 

ゲノムについては、このブログでも何度が触れていますね。

ゲノムとは、ある生物種がもつ遺伝子(基本的にDNA)の全体のことです。

ヒトでは、一つひとつの細胞の核の中にGATCの4種類の塩基の並び(塩基配列)が30億個もあります。

この30億もの文字の並び(400字詰め原稿用紙で実に750万枚!)を全て解読しようというのが、この国際プロジェクトの全てにして唯一の目的です。

 

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1.「アポロ計画」より、はるかに高くついた?

 

この30億もの文字列を解読するのに、当時の技術で、どれくらいの時間と費用がかかるのか、想像できるでしょうか?

 

「ヒトゲノム計画」は、日米英などが1990年に30億米ドルの予算を組んで幕が切って落とされた、一大国際プロジェクトでした。

30億塩基で30億ドルですから、一塩基1ドルと言うわけですね。非常に切りのいい金額で分かりやすいです。

目標期間は15年。2005年の完了を目指して始められました。

 

過去ブログでも詳しくお話した遺伝子増幅技術「PCR法」の普及や、塩基配列解析の自動化が進むなどして、解読作業が効率化されたため、目標より2年早い2003年(奇しくもワトソンとクリックによるDNAの「二重らせん構造モデル」の提唱から50周年)に全配列が決定され、プロジェクトが完了しました。

 

PCR法については以下の過去ブログをご参照

takyamamoto.hatenablog.com

 

とは言え、費用は当初の予想をはるかに超えて膨大になりました。

お金の価値は当時とは違いますが、一説には、「アポロ計画」をはるかにしのぐ金額だったとの噂もあります。(あくまでも噂レベルです)

ちなみにウィキによると、17回ロケットを打ち上げ、6度の月面着陸を成功させたアポロ計画の全費用は200億ドル以上にのぼったとあります。

 

2.全部分かったとして、それで何かいいことあるの?

 

よく「遺伝子」と言いますが、古典的な遺伝子の定義は「タンパク質のアミノ酸配列を規定した領域」のことです。

DNAの塩基配列は一見デタラメに見えますが、タンパク質のアミノ酸の配列がGATCの文字列の組合せで指定されていることと、遺伝子の始まりと終わりを示す配列が分かっているので、今では、コンピュータを使って、長大な塩基配列のデータの中から、タンパク質の配列を指定しているゲノム上の領域、すなわち「遺伝子」が存在する領域を予測することができます。

しかしそれは、タンパク質のアミノ酸配列が分かるだけであって、そのタンパク質の機能まで正確に予測することは困難です。

機能が分からなければ、やはりそれはただの文字列に過ぎないのではないか?

莫大な資金を投じて、文字列だけを全部解読して一体何が分かるってのか? 何かいいことでもあるのか?

 

全部読んでみた結果、研究者や専門家たちを驚かせたことのひとつは、人間の遺伝子のおおよその数が分かったことでしょう。

プロジェクト前は、ヒトの遺伝子の数は5万個とも10万個とも15万個とも予測されていました。

ところが蓋を開けてみると、、、多かったのか?少なかったのか?

実は、ヒトの遺伝子の数は3万個にも満たなかったのです。

これは驚きでした。

これほどまでに複雑な生命体である人間が、これほど少ない数の遺伝子で生きていけるとはっ❗️

 

本論に戻りましょう。

プロジェクトが始まる前から、ヒトゲノム計画の意義について様々な意見がありましたが、次のような対極的な指摘がありました。

指摘1:ヒトの病気と遺伝子との関わり合いの解明など、人類の幸福と生命科学の発展に大きく寄与する。

指摘2:所詮はただの文字列。たくさんの人のゲノムを比較解析しないと、また、遺伝子の機能が分からないと、重要なことはほとんど何もわからない。

 

ヒトゲノム計画が終了してちょうど15年。果たしてどちらが正しかったのか?

「どちらも正しかった」が正解でしょうか。

 

指摘2のとおり、遺伝子と病気などとの関わり合いについては、多くの人で比較しないと分かりません。

ところが、ヒトゲノム計画の終了後、2000年代の後半からゲノム解析の技術が超飛躍的進歩を見せたのです。

現在では、「1000ドルゲノムシーケンス」といって、10万円程度で人ひとりの全ゲノム配列を解読することが出来ます。それも、わずか数日で!

 

ですから、現在の「ヒトゲノム計画」に対する評価は、指摘1のとおりと言ってもいいでしょう。

なぜなら、現在では実際に、何百人、何千人ものゲノムを網羅的に比較解析し、特定の病気に関与する遺伝子などが見つけられているのですから。

 

takyamamoto.hatenablog.com

暴力犯罪者800人のゲノム解析で「犯罪遺伝子」を発見!?

 

3.「1000ドルゲノムシーケンス」を実現した技術革新!

 

ひとつには、コンピュータによる膨大な配列データ解析の精度とスピードの向上があります。

そしてもうひとつ、非常に革命的な技術革新が「次世代シーケンサー(Next Generation Sequencer;NGS)」と呼ばれる、高速自動塩基配列解読装置の登場です。

このNGSは、生命科学分野にパラダイムシフトを起こすほどのインパクトがあったと言っていいでしょう!

 

イルミナ社の次世代シーケンサーの1機種

 

NGSでは1回の解析で、30億どころか1兆以上もの塩基配列を読み取ってしまいます。それもわずか1日!(これこそパラダイムシフト!)

NGSからアウトプットされた膨大な配列データをコンピュータで解析するのに要する時間を含めても、人ひとりのゲノム配列の決定が数日で完了します。

ですから、何百人ものゲノムの比較解析を行う研究なんてのも、それほど造作もないことなのですね。

 

上記の「指摘2」のように、ヒトゲノム計画の意義について否定的に考えた人たちだけでなく、ほとんどの専門家が、ヒトゲノム計画の完了後に、これほどの技術革新が起こるとは予想していなかったのではないでしょうか?

 

ちょっと古いですが、NGSについての分かりやすい記事がありましたので、リンクしておきます。

tech.nikkeibp.co.jp

 

4.既に何千人もの日本人のゲノム情報が登録されている!

 

NGSで市場をリードする米国のイルミナ社などが「100ドルゲノムシーケンス」、つまり100ドルまでのコストダウンを目指して技術開発にしのぎを削っています。

そうなってくると、医療の現場で、病気の診断や、患者ごとに最適な治療方法を決定するなどの目的で、全ゲノム解析が行われるようになるのでしょうか?

 

ゲノム配列は基本的に一生変わることがありませんので、一度解析すれば二度と行う必要がありません。

調べられたあなたのゲノム配列情報はデータバンクに登録され、必要なときにはいつでも情報を引き出すことが出来るようになるのかもしれません。

自宅からでも、病院の診察室の端末からでも。。。

 

以下の理化学研究所のプレスリリースにあるように、既に何千人もの日本人のゲノム配列情報がデータバンクに登録されており、研究への協力の同意の得られた人たちの情報が、様々な研究に有効に利用されています。

全ゲノムシークエンス解析で日本人の適応進化を解明 | 理化学研究所

 

現在、更なるコストダウンを目指すだけでなく、更なる高速化を目指した「次々世代シーケンサー」(「第三世代シーケンサー」とも)の開発が行われています。

この分野の技術革新はとどまるところを知りません。

 

5.人間は神の領域に踏み込もうとしているのか?

 

しかし、そんなに速くしてどうするんですかね?(は~やいことはいいことだ♪ってか?)

あらゆる生物種のゲノムを丸裸にして、生命の神秘を解き明かし、神の領域にまで踏み込もうというのでしょうか?

 

また、人間のゲノムの比較解析が進むにつれ、「優秀」な遺伝子と「劣等」な遺伝子なんかが見つかったりとか、現在ではタブー視されている「優生学」が復活したりして。。。

つまり、ゲノム解析から、優秀な人間と、そうでない人間に区別されたりとか。。。

 

以下の過去ブログでお話した通り、いまや人類は、生物のゲノムを思いのままに自由に改変する技術(「ゲノム編集」と「遺伝子ドライブ」)を手にしつつあります。

いや、もう既に「手にした」と言ってもいいのかもしれません。

「優秀」といわれる遺伝子を人間の受精卵に入れ込むことなど、現在の技術では、もはや造作もないことなのです。

倫理観と道徳心に欠けた人たちが、これらの技術を濫用するとどういうことになるのか?

最悪の絶望的なシナリオに付き、再度、以下の記事をお読み頂けると幸いです。(自分でも「力作」と思っている記事です)

takyamamoto.hatenablog.com

 

今回も最後までお読み下さり。。。

いやいや、このまま暗い感じで記事を終えると、なんだか後味悪いですよね(笑)

では、トリビアなウンチクをひとつ。

 

ヒトゲノム計画では、一人の人のゲノムが解析されたのではなく、各国のプロジェクトチームが、それぞれに別個の人のゲノムサンプルを使っていました。

なので、人種すら異なる複数の人の配列情報をつなぎ合わせたモザイクというか、キメラ(キマイラ)というか、、、そういう全ヒトゲノム配列だったのです。

 

キマイラ(山羊の胴体にライオンの頭、毒蛇の尻尾をもつギリシャ神話の動物)

 

個人が特定された、完全に一人の人間の全ゲノム配列が世界で始めて公開されたのは、あのDNA二重らせん構造モデルのジェームズ・ワトソン博士その人のものだったのです。2007年のことでした。

ちゃんちゃん♪

 

 

今回も最後までお読み下さり、ありがとう御座います。

今度は本当に終わり(^^)

 

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