目次
1.血清でウイルス感染症が治るという大きな誤解!
2.抗体にできることと、できないこと
3.「抗体依存性細胞障害活性(ADCC)」って??
4.ADCCを利用した抗体医薬品の実例
今回も専門用語がいくつか出てきますが、そんなの読んだ次の瞬間に忘れて下さい。(笑)
でも、この記事を読み終わるまで忘れて欲しくないのが「ADCC」と言う言葉です。(読み終わったら忘れて下さって結構です)
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1.血清でウイルス感染症が治るという大きな誤解!
過去ブログ【025】で、ゴルゴ13がエボラウイルスに感染したエピソードについて少しだけ触れました。さすがのゴルゴ13もこれまでか!?
ゴルゴが絶対死なないことはみな承知。では、どうやって助かったのか!? 気になりますよねぇ~。
えっ? 気にならないって?
気にしてくださいよ(笑)
あらすじをお話しします。
密猟されたエボラウイルスに感染したサルたちが客船の荷物室の檻から逃げ出し、乗り合わせていたゴルゴが唾を吐きかけられました。
乗客の中にはすでに発症した者も。
医療設備が限られた船内では、船医にも手の施しようがありません。
治療を受けさせようにも、陸地はまだ遠い。
そしてゴルゴにも発症の兆候が!
陸に近づいたとき、ゴルゴは注射器や試験管など、わずかな医療器具を奪って船を脱出して上陸。
捕まえた感染サルから血液を採り、車の車輪を遠心機代わりにして血清を分離し、自身に注射して一命を取りとめたのです。
ゴルゴはそのサルを檻に閉じ込めたまま姿を消しました。
このゴルゴが残したサルの血清のおかげで、他の感染者も助かったという美談です。
一方、米国の映画「アウトブレイク」。
毒性はエボラ以上、感染力はA型インフルエンザ以上と言う最恐ウイルス!
原因はやはり密猟で米国内に持ち込まれた感染サル。
感染した住民を救うには、この中和抗体を持っている宿主のサルを捕まえるしか方法がない!
ついに、このサルの捕獲に成功!
この時、主人公(たぶんレネ・ルッソだったと思う)は言いました、「これで血清が合成できる!」
ちょい待ち! 血清は合成できんやろ!
ムチャ言うたらアカンでアンタ。
このセリフを正確に言い直すなら、「これで抗体が作製できる!」だな。
でも、本当はこのセリフも間違っているのです。
特定のウイルスに対する抗体を新たに作るには、細胞工学と遺伝子工学の技術を駆使して、実は何ヶ月もかかるのです。
医薬品レベルの品質をとなると、何年もかかりますね。
その間に皆お陀仏ですよ。
2.抗体にできることと、できないこと
大体この手の話は、最後に血清をゲットして事態収拾ってのが多いです。
この血清で、いや正確には血清中に含まれる「抗体」でウイルス感染症が治るという大きな誤解!
抗体はウイルス感染症の予防には有効ですが、既に細胞に感染した場合には抗体は基本的には無力なのですよ、実は!!
過去ブログ【055】で、HIVがどうやって細胞に感染するのかについてお話ししました。
HIVの表面には糖タンパク質と言うのがあり、これがヘルパーT細胞の表面のCD4というタンパク質に結合するのが感染の第一歩だということでした。
もし、この糖タンパク質に結合する抗体ができたら、結合することにっよってウイルスの糖タンパク質とCD4との結合を邪魔することができます。
これによってウイルス感染を防ぐことができるのです。
(ハイッ、もうCD4は忘れて下さい)(笑)
このような、ウイルスの感染力を失わせる作用を「中和」と言います。
そして、中和作用を持つ抗体を「中和抗体」と言います。
ワクチン打ちますよね。
ワクチン接種によって中和抗体ができると、ウイルス感染を予防することができるという訳です。
それから、毒蛇に噛まれたりしたら、ウマの血清を打ったりしますよね。
あれは、蛇毒に対する中和抗体(毒性をなくす抗体)を作らせたウマの血清なのです。
(ハイッ、もう「中和」のことは忘れましょう)
抗体と言うのは細胞の中には入っていけません。
ですから、既に細胞の中に侵入したウイルスに対しては全くの無力なのです。
そのようなウイルス感染細胞に、免疫系はどう対処するのか?
主にはキラーT細胞の働きによります。
ウイルス感染細胞の表面には、ウイルスの抗原が出現しています。
キラーT細胞がこの抗原を見つけると、直接、この感染細胞に結合して、活性酸素やタンパク分解酵素を相手の細胞内に注入して殺します。(だからキラーT細胞と言います)
ところが、ところがです。
それでは、抗体がウイルス感染細胞に対してまったく役に立たないかと言うと、必ずしもそうではありません。
3.「抗体依存性細胞障害活性(ADCC)」って??
難しい言葉ですが、しばらく「ADCC」と言う言葉を覚えておいて下さい。
ウイルス感染細胞をやっつけるのは、主にはキラーT細胞ですが、なかにはキラーT細胞が対処できない感染細胞もあります。
そこで、そんなキラーT細胞が苦手とする感染細胞に対処する、別の方法が用意されているのです。
それがADCC(抗体依存性細胞障害活性)です。
どんな細胞であれ、ウイルスに感染していたら、多かれ少なかれ、細胞の表面にウイルスの抗原が出ています。
この抗原に対する抗体ができたら、当然、この抗体は感染細胞表面のウイルス抗原に結合します。
この感染細胞のウイルス抗原に結合した抗体を目印にして、別の免疫細胞が攻撃をかける仕組み。
これが「ADCC(抗体依存性細胞障害活性)」です。
下の図が分かりやすいと思います。
図ではがん細胞になっていますが、ウイルス感染細胞でも理屈は同じです。
感染細胞の表面にはウイルスの抗原が出ています。
抗体が、この抗原に結合します。
さらに、この抗原に結合した抗体目がけて、ナチュラルキラー(NK)細胞などが攻撃を仕掛ける仕組みです。
「ゴルゴ13」でも「アウトブレイク」でも、ウイルスに感染したサルの血清を打てば治るとの前提のお話しですね。
サルの血清をウイルス感染患者に打つとどうなるか?
たぶん、サルの血清中の抗体が、患者の感染細胞表面のウイルス抗原に結合するでしょう。
そして、その感染細胞に結合した抗体をNK細胞が認識して感染細胞を破壊する・・・。
ゴルゴも助かり、他の患者も助かり、メデタシ、メデタシ。。。
ところがどっこい、そうはならないのですねぇ。
4.ADCCを利用した抗体医薬品の実例
実は、サルの抗体が感染細胞のウイルス抗原に結合しても、ヒトのNK細胞は、このサルの抗体を認識できません。
ADCCという仕組みにおける抗体とNK細胞の間には「種特異性」があり、違う動物種の抗体では役に立たないのです。
つまり、ADCCでは、感染細胞に結合した抗体は、ヒトの抗体でなければならないのです。
ですから当然、サルの血清を打っても、ADCCが働かないので、ゴルゴも誰も助からない! みんなお陀仏なのです。
まあ、中にはエリート・コントローラーがいて、生き残る人もいるかもしれませんが。。。
(エリート・コントローラーについては、やはり過去ブログ【025】をお読みください)
実際に、このADCCを利用した抗体医薬品があります。
ある種の乳がんでは、HER2(「ハーツー」と読みます)というタンパク質を発現しています。
このHER2タンパク質に対する抗体がハーセプチンです。
この薬を使うには、まず、その患者の乳がんが、HER2をたくさん発現しているタイプかどうかを検査します。
HER2のない乳がんには効かないことが分かっているからです。
乳がん細胞表面のHER2タンパク質に、抗HER2抗体であるハーセプチンが結合します。もちろん、ハーセプチンはヒト型の抗体です。
そして、これを患者のNK細胞などが認識して結合し、ADCCの仕組みによってがん細胞を破壊するというものです。
漫画ぐらいならいいですが、本格的な映画や小説では、もう少しリアリティを持たせて頂きたいものですな。
今回も最後までお読み下さり、ありがとう御座います。
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