目次:
① 「免疫チェックポイント阻害剤」は誰にでも有効という訳ではない!
② どんながんに効きやすいかが解ってきた!?
③ どうやったら、簡単にDNA修復遺伝子に異常があるのかどうかを調べられるのか?
④ 壊れたガードレールを探せって??
⑤ 21世紀のがん治療は「免疫力」!
10回はやると言いていた「がん」シリーズですが、8回で息切れしてお休みしてしまいました。
断言したからには男の子! 何が何でもやるぞッ!
久しぶりの9回目をお届けします。
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① 「免疫チェックポイント阻害剤」は誰にでも有効という訳ではない!
本ブログ【021】にて、今期待の「免疫チェックポイント阻害剤」のお話をしました。
なにせ、「手術」「抗がん剤」「放射線」の3大療法に見放された末期のメラノーマ(悪性黒色腫)で4割の人が延命するのですから、画期的な薬です!
でも、4割と言うことは、皆が皆、これで治る訳ではありません。
それはそうです。まだこの世に、誰にでもがんに効く薬なんてありません。
ましてや末期の患者さんに対してですから。
なので、過度に期待するのではなく、今一度、冷静になって、この薬の問題点について考えてみる必要があります。
免疫チェックポイント阻害剤にも、いくつかの問題点があります。
人間本来の免疫力を引き出す薬ですから、元々免疫力の落ちている高齢者には、それほど効果は期待できないようです。
また、重度の自己免疫疾患の人にこれを使うのは、自己免疫疾患の病状を悪化させるリスクがあります。
② どんながんに効きやすいかが解ってきた!?
メラノーマは悪性度の高いがんではありますが、「免疫チェックポイント阻害剤」が比較的効きやすいがんです
しかし、悪性度にかかわらず、がんの種類によっては、効きにくいものもたくさんあります。
この違いはどこにあるのか?
高額な薬ですから、あらかじめ効きやすい人とそうでない人とを見分けられると、非常に有効です。
そのことはまだ、ほとんど分かっていませんが、ひとつのヒントが15年10月放送のNHKの「クローズアップ現代」で示されていました。
実は、この薬が効きにくいと言われる大腸がんにも関わらず、中にはよく効く人のいることがわかったのです。
それが「リンチ症候群」と呼ばれる、家族性(すなわち遺伝性)の大腸がんなのです。
このリンチ症候群については、がんシリーズ(その3)でお話しました。
是非もう一度おさらいを。
リンチ症候群は、がんの原因となる遺伝子の変異を修復する遺伝子、すなわちDNA修復遺伝子に生まれつき変異のある人が発症しやすい家族性腫瘍です。
DNA修復遺伝子は、遺伝子の故障を修理する「修理工」です。
その修理工が故障したら、いったい誰がその修理工を修理するのか?という先天性のがんなのですね。
リンチ症候群患者の大腸がんに、なぜ免疫チェックポイント阻害剤がよく効くのか?
そのメカニズムは、まだほとんど分かっていないようです。
とにかく、免疫チェックポイント阻害剤が効きやすいかどうか、本当にこの「DNA修復遺伝子の異常」が「カギ」なのでしょうか?
③ どうやったら、簡単にDNA修復遺伝子に異常があるのかどうかを調べられるのか?
さてさて、DNA修復遺伝子に変異があるのは、何も先天的なリンチ症候群だけではありません。
後天的な原発性がんの多くでDNA修復遺伝子に変異がみられます。
つまり、がん患者のがん組織を採って(生検)、DNA修復遺伝子に変異があるかどうかを調べて、そのような人に免疫チェックポイント阻害剤が効くかどうかを調べればいいのです!!
過去ブログ【035】でお話しましたが、リ・フラウメニ症候群ならp53遺伝子を、家族性乳がんならBRCA1とBRCA2のふたつの遺伝子の塩基配列を調べれば、変異のあるなしが分かります。
実際それで、アンジーのBRCA1遺伝子の変異が見つかりました。
035【遺伝するガン「家族性腫瘍」】がん(その3) - Dr.やまけんの【いつまでも健康に過ごすために大切なこと】
ところが一口でDNA修復遺伝子と言いますが、実は種類がたくさんあるのです。
例えばMsh2、Mlh1、Msh6、PMS1、、、それから、それから、ええ~っと、ええ~っと。。。
とにかく何種類もあるので、こんなんいちいちDNA配列の検査なんかしてられん訳ですわい。
じゃぁどうするのか?
たとえ、よく効くことが分かっていても、それを検査することが難しいんじゃ、しょうがないんじゃないの!?
いや、いい手があります。
DNA修復遺伝子の機能異常のために、DNAに変異が起きても修復できないということは、DNAの変異は放置されたまま残ります。
ですから、変異が起こって修復されずに放置されている現場を押さえれば、それを状況証拠として、間接的にDNA修復遺伝子の機能異常が疑われます。
じゃあ、ゲノム(遺伝子の全部)のどこを探せば修復されずに放置されたままの現場を押さえられるというのか?
60億もある塩基配列のどこをどう探せばいいのか?
太平洋でメダカを探すようなもんですよ。ハロウィンの日に渋谷でウォーリーを探すようなもんでしょう(泣)
④ 壊れたガードレールを探せって??
安心して下さい。スッゴク簡単な方法があります。
ガードレールに車がぶつかって壊れたら、修理に来ますよね(車じゃなくって、ガードレールの話ですよ)。
もし、修理屋さんが働けなくなったら、壊れたガードレールは修理されずにほったらかしになります。
だから、壊れたガードレールがいつまでも修理されずに放置されていたとしたら、それは修理屋さんがどうにかなってしまった、と言うふうに考えることができる訳です。
なので、そういう壊れたまま放置されたガードレールがたくさん見つかれば、修理屋さんに、とても具合の悪いこと、つまり「ご不幸」が起きてしまったということが分かるわけですよ。
わっかるかなぁ? 分かんねぇだろうな~(でんでん調)
なので、日本中の道路の壊れたまま修理されていないガードレールを探す訳ですが、貴方ならどこを探しますか?
どこを探せばいいか、分かります?
答えは、スッゲェ車がぶつかりやすいところです。
某国道の急カーブの先にある人家前のガードレールとか、山道の狭くて曲がりくねったところで、ローリング族(知ってます? ローリング族って?)がドリフトで攻めるコーナーの立ち上がりの外側部分のガードレールとか(具体的には六甲山のドライブウェイとか旧阪奈道路がそれだな)、そう言うところです。
それから、首都高や阪神高速の急カーブ部分で合流する地点なんて、まさにガードレール損傷のホットスポットですよ!
実は、ゲノムにもそういう壊れやすいホットスポットがあります。
つまり、スッゴク塩基配列に変異が起こりやすい場所がたくさんあり、それがどこにあるのか、ほとんど分っているため、そのような部分の遺伝子配列を集中的に異常が無いかを調べればいいわけです。
ガードレールが壊れやすい場所で、壊れたらちゃんと修理されてるのかどうかを監視するように、DNAに異常が起こりやすいところを監視して、修復されているかどうかを確かめることによって、DNA修復遺伝子がちゃんと働いているのか否か、が分かるというのでありまする。。。
こんな下手なたとえ話でお分かり頂けます? 心配だなぁ。
DNAの4種類の塩基(G, A, T, C)のうちCとAが何度も繰り返している配列部分があります。
例えば、(CA)の2塩基が3回繰り返されたCACACAみたいな感じです。
この繰り返しが数回から数十回、時に百回以上に及ぶ部分があります。
このような繰り返し配列は「マイクロサテライト」と呼ばれ、その繰り返し回数は人ごとに一定です。
このマイクロサテライトの特徴として、細胞の分裂に伴ってDNAが複製されるときに「滑り」やすく、繰り返し回数が変わりやすいということがあります。
でも、DNA修復遺伝子が正常に機能していれば、この「滑り」は修復されるので、この繰り返しの回数が変わることはありません。
しかし、DNA修復遺伝子がうまく機能しないと、そのまま修復されずに放置され、この回数が長くなったり、短くなったりするのです。
下の図を見て下さい。
マイクロサテライト部分のDNAを電気泳動した図です。
DNAは、図の上方から下に向かって、電気の引き付ける力によって寒天の中を移動します。
短いDNAほど早く(より下の方に)、長いほどゆっくりと移動するので、この移動度によってDNAの長さが分かります。
電気泳動では、DNAの位置は黒いバンドとして現れます。
図のNは正常な大腸の組織のマイクロサテライトのDNAのバンドの位置。Tは大腸がん細胞のマイクロサテライトのDNAのバンドの位置です。
正常な場合は、繰り返し回数が一定ですから、長さも一定なので、バンドは一本です。
でも、がん細胞では、正常細胞と同じ長さのバンドに加え、短いバンドも見られますね。
正常な長さのメインのバンドの少し上に、薄っすらとバンドらしきものが観られますね。
もしかしたら、長くなったマイクロサテライトを持つがん細胞も少しあるのかも知れません。
これが、短くなったり、長くなったり、異常を起こしているのに、修復されずに放置されたまんまのマイクロサテライトDNAなのです。
このように、マイクロサテライトの長さを一定に保てない状態を、「マイクロサテライト不安定性」といって、これはDNA修復遺伝子の異常の証拠となり、このようながん患者さんを対象に免疫チェックポイント阻害剤が効くのかどうかを検証すればいいのです。
それに第一、この検査法は非常に簡単なので、DNA修復遺伝子異常の研究に、とっても有効なのです。
ほんと、ちょっとした装置さえあれば、中学校の理科室でもできる程度のものなのですから。。。
⑤ 21世紀のがん治療は「免疫力」
2015年、非常に権威のある医学雑誌「The New England Journal of Medicine」から、大腸がんの他、胆道がん、子宮内膜がん、小腸がん、胃がんなどについて、マイクロサテライト不安定性のあるがんと、ないがんとで、免疫チェックポイント阻害剤の効果を検証した論文が発表されました。
果たして、リンチ症候群と同様に、マイクロサテライト不安定性の大きいがん、それも大腸がんに限らず、DNA修復遺伝子に異常があるであろう多くの後天性のがんで、免疫チェックポイント阻害剤が有効であると報告されました。
まあ、ひとつの画期的な論文も、他者が追試・再現できなければ、本当かどうかは断言できません。
「断言」はもう少し待ちましょう、
今後も様々な研究により、免疫チェックポイント阻害剤が有効ながんの特徴が明らかにされていくことでしょう。
まさにこれからのがん治療は「免疫力」!
21世紀のがん治療のキーワードは「免疫力」といっても過言ではないのではと思うのです。
今回も最後までお読み頂き、ありがとう御座います。
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