Dr.やまけんの【いつまでも健康に過ごすために大切なこと】

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092【「コールドストレス」体を冷やしてはいけない本当の理由】がん(その12)

実に久しぶりに「がんシリーズ」をお送りします。

今回の話は、普段の生活の中で皆さんが出来るちょっとしたことでがんを防ぐ、あるいはがんに勝つために大切なことをお伝えしますので、是非お読みください。

最新の医学研究で分かってきたことなのですが、本当に簡単なことなので、役に立つと思います。

 

目次:

1.低体温はホントに良くない

2.がん細胞は高温に弱い

3.気温22℃と30℃ どっちで暮らしたい?

4.低温環境の弊害

5.結論

 

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1.低体温はホントに良くない

 

よく「体温が1℃上がると免疫力は○倍にアップ」なんて耳にしますね。

誰がどういう方法で免疫力を数値化したのか知りませんが、これって本当なんでしょうか?

間違いなく本当です。

私たちの体の細胞やタンパク質は37℃付近で効率的に機能するように出来ています。

なので、体の恒常性の維持機能が働いて、暑い夏でも寒い冬でも、体温をこの好ましい温度に保とうとします。

 

takyamamoto.hatenablog.com

「恒常性の維持」については過去ブログご参照

 

免疫細胞もこのくらいの温度で一番元気!

ですから、寒い冬には体を冷やさないことはとても重要なのです。

夏でも冷たいものの摂りすぎは、決して好ましいことではありません。

気をつけなはれや!(年がら年中冷えたビールばっか飲んでるクセに、エラそうに言うな!笑)

 

低体温の人は、やはり免疫が弱いと考えて良いでしょう。

じゃあ、低体温の人はどうすれば良いのかって?

う~~ん。それは私には分かりません。

漢方とかカプサイシンとか、いいのかな?

専門家にご相談ください。(チョー無責任!)

 

2.がん細胞は高温に弱い!

 

がん細胞は42℃以上の温度でほとんど死滅します。

また、正常細胞よりも低い35℃くらいを好みます。

だから間違いなく体温は高いほうがいい!

とは言っても、42℃以上まで体温が上がると完全に病気だし、そもそも死んでしまいますが。。。

温泉なんかを利用した「温熱療法」。これは最近の研究結果からすると、効果が期待できると言っていいでしょう。

 

体を温め、体温を高く保つこと。

これによって、がん細胞に不利な環境を作り、元気な免疫力でもって叩く!!

ベストな戦略です!

 

ではここで、低温環境がいかにガンに有利であるかお話しましょう。

 

3.気温22℃と30℃ どっちで暮らしたい?

 

質問です。

22℃と30℃。どっちの環境で暮らしたいですか?

30℃? なんで? 南の島でのんびり暮らしてみたいって?

いや、そういうことじゃなくって、単純に環境温度だけの問題としてお考えください。

 

何かで聞きましたが、人間が一番快適と感じる温度は22℃だそうな。

そうですよね。暑すぎず、寒すぎず、それくらいが一番過ごしやすいです。

でもですね、がん細胞にとっても22℃は「楽園」なのですねー。

 

実験動物を飼育するときの温度って22℃くらいがスタンダードですね。

実験動物の飼育設備では、温度変化などの環境条件を可能な限り一定に保っています。

 

さて、こういう実験結果があります。

膵臓がんのマウスを2つのグループに分けます。

Aグループは22℃、Bグループは30℃で飼育します。20日後にはどうなったか?

 

www.ncbi.nlm.nih.gov

マウスを22℃で飼育すると、30℃よりもがんの増殖が速い!

 

マウスのがんの塊は日を追うごとにどんどん大きくなります。

ところが、30℃(Bグループ)で飼育したマウスのがん細胞の増殖は遅く、20日後には、がんの塊の大きさは22℃(Aグループ)の7割程度に抑えられたのです。

 

ここで抗がん剤を使うとどうなるか?

30℃飼育ではがん細胞の増殖はさらに抑えられ、がんの塊の大きさは22℃/抗がん剤なしのマウスの4割程度にまで抑えられました。

抗がん剤治療に加えて、体を温める温熱療法なんかの併用効果が期待できるという結果です。

 

4.低温環境の弊害

 

摂氏22度!

超快適な温度に思えて、実はこれは我々哺乳動物にとっては「ストレス」だというのです。

名付けて「コールドストレス」

低い環境温度で体温を維持することは、実は私たちの体には大きな負担なのです。

 

コールドストレスが私たちの体に及ぼす影響はこうです。

低い環境温度にいると、体温を維持するために基礎代謝が上がります。

体内で盛んにエネルギーを燃やしている状態ですね。

その結果、ノルアドレナリンなどのストレスホルモンの放出が増えます。

ノルアドレナリン神経伝達物質の一種で、交感神経を優位にして活動的になります。

抗うつ薬SNRIという種類の薬がありますが、これはうつ患者で低下したノルアドレナリンを増やす狙いがあります。

逆にノルアドレナリンが過剰に働くと攻撃性が増すことも示されています。

 

takyamamoto.hatenablog.com

過剰な神経伝達物質が凶悪犯罪の原因?

 

また、ノルアドレナリンはストレスホルモンと呼ばれるだけあって、異常に高い状態が続くと血糖値や血圧の上昇などを引き起こし、様々な生活習慣病のリスクを高めることになります。

 

さらに、ストレスホルモンの上昇が血管新生を促進することも解っています。

がん細胞は活発に増殖する分、正常細胞よりも多くの栄養分と酸素を必要とします。

そこで、これらを自分に優先的に取り込むため、ストレスホルモンの力を借りて血管内皮細胞の増殖因子を増やして、自分達の周りに新たに血管網を作り出します。

こうして、酸素と栄養を横取りし、供給を確保しているのです。

対して、正常細胞には十分な酸素と栄養が行きわたりません。

こうして、末期のがん患者は衰弱していくのです。

 

5.結論

 

コールドストレス!

快適に感じるからといって、体に良い訳ではない。

病気のときも健康なときも体を冷やさないこと。

体温を上げることが大切です。

 

だから沖縄の人って長寿なの、かな?

老後は南の島に引っ越そう、かな、、、ブツブツ、、、

 

 

今回も最後までお読み下さり、ありがとう御座います。

 

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是非、お読みになったご意見やご感想、お叱りをコメントでお寄せください。

大変励みになります。

 

 

Dr.やまけんの「病気と免疫」の話第1話

Dr.やまけんで~す(^^)

「病気と免疫の話」第1話、「ヒトはなぜ病気になるのか?」の動画です。私自ら語っています。

う~~ん、「低音のいい声」とか「低っくい幽霊みたいな声」とも言われたナレーションをお楽しみください(^^)

 

youtu.be

 

 

Dr.やまけんの「病気と免疫の話」動画始めましたよ~ん

皆さま

 

ブログって、基本文章だし、文章読むの面倒くせえし、文章じゃよく分からんし。。。

そこで、こんなの始めました。

 

www.youtube.com

 

ナレーション入り動画です。

これまでブログでお話してきたような内容を、パワポのナレーション入り動画でお話しています。

なんと、私の生声も聴けますよ(そんなん、別にええってか?)

 

TouTubeにアップしていきますので、観て頂けたら幸いです。

んでもって、感想やご批判を頂けたら、サルみたく喜ぶことでしょう(^^)

 

宜しくお願い致します。

 

やまけん

091【「心の病気」と「体の病気」は別物ではない】

今月初めは「これでも師走か?」というような陽気が続きましたが、やっと冬らしくなって来ましたね。

薄手の掛け布団で寝ていたら、見事に風邪をひいてしまいました。皆さんも体調管理にはくれぐれもお気をつけ下さい。

でも、なんで布団かけないで寝ると風邪ひくんだろ。布団には感染防御機構が備わっているの、かな?(笑)

 

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かつて精神疾患は、「怠けている」「甘えている」「気合が足りない」とか言われて、かかったことのない人には、なかなか理解してもらえませんでした。

現在でも、「心の病気」とか言って、体の病気とは何か別物のように捉えられている傾向があって、いまだにそれが、一部で無理解の原因になっているように思います。

「心の病気」と「体の病気」は、まったく違うものなのでしょうか?

 

現在では、ドーパミンセロトニンなどのモノアミン系神経伝達物質のバランス異常が多くの精神疾患の原因になっていることが分かっており、このことが明らかに、精神疾患が生理的機能異常による「病気」であることを示しています。

モノアミン系神経伝達物質が少なくなると、うつなどの神経疾患の原因になります。

一方で近年、これらの物質が過剰になると、攻撃性が増し、犯罪に走りやすくなることも指摘されています。(過去ブログご参照)

 

takyamamoto.hatenablog.com

 

さて、過去ブログでお話したとおり、我々の体には「神経系」「内分泌系」「免疫系」という3つの系があり、これらが相互にバランスを取り合って身体機能の恒常性を維持ホメオスタシスしています。

この3つの系のひとつが不調に陥ると、それが他の系にも悪影響を及ぼして恒常性が破綻し、病気になります。

 

takyamamoto.hatenablog.com

 

神経伝達物質というと「神経系」ですね。

神経系のバランスが崩れて精神疾患にかかるのはもっともなこと。

でも、神経疾患が神経系だけの問題かというと、そうではありません。

たとえば、ドーパミンセロトニンの元になる前駆物質の大半は腸内細菌が作っています。

腸内細菌叢の変化が性格にまで影響していることは以前のブログでお話しました。

 

takyamamoto.hatenablog.com

 

腸内細菌叢のバランスは腸管免疫と密接な関係にあります。

免疫系が不調になると腸内細菌叢も乱れ、それが心の調子にも大きな影響を与えているわけです。

心の病気は神経系だけの問題ではないのですね。

 

近年、うつなどの精神疾患の人の血中で、免疫系の伝達物質であるサイトカインのバランスが崩れていることが分かって来ました。

なかでも炎症性サイトカインの代表格であるインターロイキン6(IL-6)が異常に増えており、IL-6を阻害する方法がうつの治療に有効かもしれないと言うのです。

 

www.m3.com

 

IL-6は多くの炎症性疾患で増加が認められ、強い炎症反応の引き金となって、いろいろな悪さをしています。

例えば関節リウマチ

そこで、IL-6を抑える薬が登場しました。抗体医薬品です。

本ブログの熱心な読者の方ならご存知かと思いますが、悪さをする物質を抑えるのに抗体医薬品が多く使われています。

(先だってノーベル賞を受賞した本庶先生の免疫チェックポイント阻害剤も抗体医薬品です)

事実、抗IL-6抗体は関節リウマチ対して高い効果を示します。

 

takyamamoto.hatenablog.com

 

繰り返しになりますが、「神経系」「内分泌系」「免疫系」は互いに連携しながら体の恒常性を維持しています。

その連携の不調が原因となって様々な生体内物質のバランスが変化し、その影響が臓器や組織に現れた結果が、いわゆる「体の病気」の状態です。

でも、ここまで述べてきたように、多くの精神疾患においても生体内物質のバランスが崩れており、それが脳に影響を及ぼして多くの精神疾患の原因となっているのです。

 

体内の様々な物質のバランスの変化の影響が、他の臓器や組織ではなく、脳を含む中枢神経系に及んだ結果が精神疾患なのであり、心と体の病気の大元の原因が共通していることが多々あるのだということが分かって来ました。

こう考えると、「心の病気」と「体の病気」とを分けて考えることに、あまり意味がないように思えます。

そして、誰でも体の病気になり得るように、誰もが心の病気になり得るということなのです。

 

近い将来、リウマチの薬が精神疾患の治療に使われたりするかもしれませんね。

 

 

今回も最後までお読み下さり、ありがとう御座います。

 

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是非、お読みになったご意見やご感想、お叱りをコメントでお寄せください。

大変励みになります。

 

 

号外【Serendipity!】貴方も持ってる!失敗から大逆転する才能!

偶然? 必然? 棚からぼた餅?

科学者の偉大な業績のなかには、偶然の産物や単なる幸運に見えるものも多くあります。

しかし、ノーベル賞を受賞するような研究者は、偶然の出来事や予想外・期待はずれの結果から、より重要な真理を見出す能力を例外なく持っているものです。

そのような能力をSerendipityと呼びます。

たぶん、貴方にも私にもありますよ(^^)

 

  1. 本庶佑アポトーシス関連遺伝子との誤認から一転ノーベル賞

  2. 審良静男:「ノックアウトマウス製造工場」の工場長(失礼!)から研究者が選んだ「研究者の中の研究者」へ!

  3. ワーファリン:害獣を殺す「毒」から人を生かす「薬」へ! 殺鼠剤から生まれた良薬

  4. ジェームズ・ワトソン:DNA二重らせん構造モデル! 化学の落第生が世紀の大発見に至った本当の理由

  5. バイアグラ:治験失敗薬が取り戻させた男の自信と尊厳

  6. アレクサンダー・フレミング:カビのコンタミ! 初歩的実験ミスが人類を細菌感染症の脅威から救った!!

 

過去ブログと内容が重なるところもありますが、まとめてお読みいただくと、科学の裏側で展開されるドラマのおもしろさをあらためて感じ取って頂けるのではと思います。

 

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1.本庶佑アポトーシス関連遺伝子との誤認から一転ノーベル賞

 

2018年のノーベル生理学・医学賞受賞の免疫チェックポイント阻害剤「オプジーボ」は、免疫細胞表面のPD-1というタンパク質に結合する抗体です。

このPD-1遺伝子を発見したのは、当時、本庶研の大学院生だった石田靖雅先生(現奈良先端科学技術大学院大学准教授)です。

 

研究者たちが新しい遺伝子なんかを発見すると、自己の業績をアピールするかのごとく、できるだけ印象的な名前を付けるものです。

命名権は発見者の特権というわけです。

そして、その名称が他の研究者の論文で引用されたりすると、研究者達の間で認知され、定着していきます。

 

当時、石田先生と本庶先生らは免疫細胞のアポトーシス(細胞の自殺)の研究を行っており、その中で見つけたこの遺伝子をアポトーシス関連遺伝子であるとしてPD(Programed Death;プログラムされた細胞死)-1と名付け、論文発表しました。

私は、本庶先生や石田先生が、PD-1のことを早まってアポトーシス関連遺伝子だと誤認したのだろうと思っていましたが、奈良先端大のホームページによると、石田先生自らによって「アポトーシスに重要な役割を果たすものであって欲しい、という願いをこめてPD-1と名付けた」と書かれています。

bsw3.naist.jp

 

しかしですね、PD-1遺伝子の発見を報告した石田先生らの論文の要約の最後には、「これらの結果は、PD-1遺伝子の活性化が古典的なタイプのプログラムされた細胞死に関与している可能性を示唆するものである」と書かれています。

https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/1396582/

これはやはり、勇み足で結論を出してしまったという感はぬぐえません。

 

期待どおりアポトーシスに重要な働きをする新しい遺伝子を発見した!と思っていたら、実は間違っていた!なんて分かったら、たいていの人はひどく落胆してしまうのではないでしょうか。

しかも、間違った結論を論文で発表してしまった。

普通の人だったら、「もうPD-1のことは忘れたい」。そんな風に思ったりするかもしれません。

 

しかし、ここが本庶先生の本庶先生たるゆえん。

「ほんなら、この遺伝子はいったい何をしてるんや? 構造(イムノグロブリン・スーパーファミリーの一員)からして、重要な遺伝子に違いない!」と、PD-1の機能解明の研究を続けたのです。

その後は私のブログで何度もご紹介している通り!

takyamamoto.hatenablog.com

 

期待はずれの結果にも落胆しない。それどころか、逆に、その結果の重要性を見抜き、追究を続けた結果がノーベル賞につながったのです。

 

PD-1の具体的な機能については、まだまだ分からないことも多く、石田先生は今も奈良先端大でPD-1の研究を続けておられます。

 

2.審良静男:「ノックアウトマウス製造工場」の工場長(失礼!)から研究者が選んだ「研究者の中の研究者」へ!

 

いやぁ、驚きました! 私が敬愛する審良(あきら)静男先生

私に向かってこう言ってのけた人がいたのです。。。

「(当時の)審良研なんか、ただのノックアウトマウス製造工場ですよぉ~」(な、な、な、なんちゅうことを!!)

 

確かに、当時の審良先生の研究室では、次から次へといろいろな遺伝子を破壊したノックアウト(KO)マウスを作製していました。

まだ、ヒトやマウスの遺伝子の機能があまり分っていなかった当時、KOマウスの作製は、遺伝子の機能解明に非常に有効な手段でした。

そして、様々なKOマウスを作っていたからこそ、マウスのトール様受容体のほとんどの謎を審良先生が解明できたのだと言えます。

 

大学院生:「アキラせんせぇ~。このマウス変です。LPS(菌の内毒素)打ってもじぇんじぇん死にましぇ~ん」

審良:「なに!? なんでや? ほな、もうしゃあないな。そんなマウスはほっといてええから、実験続けてくれ!」とはならなかったのですね。

「これはいったいどういうことか?? 破壊したこの遺伝子(MyD88)に関連した重要な何かがあるに違いない!」

 

審良先生ご自身、「別にマウスのトール様受容体を探していたわけではない」、「LPSを打っても死なないKOマウスの発見は、まったくの偶然だった」と著書に書いておられます。

takyamamoto.hatenablog.com

 

ノーベル賞は逃したものの、論文の被引用回数世界一のタイトルを何度も獲得されています。

研究者が自身の論文で他者の論文を引用するとき、特に引用論分の数に限りがあるときは、より重要な論文を厳選して掲載するものです。

被引用回数世界一とは、世界中の研究者達から業績が認められた「研究者の中の研究者」、「世界王者」ということなのです。

 

3.ワーファリン:害獣を殺す「毒」から人を生かす「薬」へ! 殺鼠剤から生まれた良薬

 

このお話は最近のブログで詳しく書いていますが、serendipityの観点からちょっと付け加えさせてください。

takyamamoto.hatenablog.com

 

血栓症の予防薬「ワーファリン」は、かつては強力な殺鼠剤でした。

血を固まりにくくするので、これを食べたネズミは内出血を起こして死にます。

 

アメリカ陸軍のとある兵隊さんが、このスーパー殺鼠剤を大量に飲んで自殺を図りました。

でも、ワーファリンに即効性はありません。

内出血を起こすには何時間から十何時間もかかります。

ワーファリンはビタミンKと拮抗する作用が分かっていましたから、機転の利く医師が大量にビタミンKを投与し、ワーファリンの効果を中和したのです。

兵隊さんは一命を取り留めました。

 

このお医者さんもナイスプレーですが、他に実にSerendipityに溢れた人がいたのでしょうね。

この偶然の出来事から、ワーファリンはビタミンKの量とバランスをうまく取れば、内出血を起こすことなく血液の凝固能をコントロールする薬になると気が付いた人がいたはずなのです。

どこの誰かは知らねども。

ノーベル賞をあげたい!

 

アメリカで初めて医薬品承認されてから60年以上。

今でも広く使われている良薬です。

 

4.ジェームズ・ワトソン:DNA二重らせん構造モデル! 化学の落第生が世紀の大発見に至った本当の理由

 

これも過去ブログでご紹介していますが、「DNA二重らせん構造モデル」誕生前夜にハイライト!

 

ワトソンとクリックが、DNAがらせん構造であるとの確信を持つに至るまでには紆余曲折がありました。

takyamamoto.hatenablog.com

 

そして、彼らの最後の手段は、ボール紙を切り抜いて作ったDNAの部品の模型をいじりまくって、ああでもない、こうでもないと、実験データに合うDNAの構造を探し当てることでした。

DNAの部品はわずかに3種類。糖とリン酸と塩基。

4種類の塩基の構造は、ワトソンが化学の教科書を見て、ボール紙を切り抜いて模型を作りました。

塩基は平面構造なのでボール紙で不都合ありません。

 

ある日、化学者のジェリー・ドナヒューが、偶然ワトソンの「オモチャ」に目をとめました。

「おい、ジム坊や。ボール紙で作ったお前さんの塩基、構造間違ってるで」

「ええっ!? 間違ってるって、化学の教科書の通りに作ったんやで?」

「せやから、その教科書がほとんど全部間違ってるいうことやねんがな!」

 

教科書が間違っている??

これは最近分かったことなので、化学者でも知らない人は多く、なので改訂されていないほとんどの教科書が間違っているとドナヒューは言います。

 

この幸運な指摘がなかったら、二重らせん構造の発見もなかったし、ジム坊やは今日も延々とボール紙のオモチャと格闘を続けていることでしょう。(んな訳ないか^^)

 

5.バイアグラ:治験失敗薬が取り戻させた男の自信と尊厳

 

この薬の効果・効能については説明の必要はないでしょうね。あまりにも有名ですから。

ですが、以下の事実は知らない方も多いのではないでしょうか。

 

実はこのお薬。心臓疾患の治療薬として開発されました。

治験(実際に患者に投与して、効果と安全性を検証する人体実験)を行いましたが、どうにも効果が確認できません。

治験断念! 何百億という大損害です。

 

「治験やめま~す。ついては、被験者の皆さんがお持ちの残りの治験薬を回収しま~す」イエイ(^^)v

 

ところが、「ヤダッ! オレ返さねッ」という人が続出したのです。

それも男ばっか。女性は一人もおらず。

どういうことよこれ??

バイアグラには思わぬ副作用があったのです。

 

皆さん、薬の副作用というと、悪いものと考えてしまうのではないでしょうか。

「副作用」に対して、「主作用」という言葉があります。

本来狙った作用が「主作用」。狙ったのと違う作用が「副作用」

 

治験では安全性の検証は非常に重要です。

ですから、どんな些細な「有害事象情報」もできるだけ多く集めます。

下痢した、食欲が落ちた、イライラする、モノを破壊したい衝動をとめられない(笑)、、、、などなど。

とにかく、薬にどんな不都合があるのか分からないため、「有害」な情報はなんでも集めるのです。

 

バイアグラの男性機能の改善作用。これは副作用です。

しかし、悩める男性にとっては悪いどころか、大いなる福音です。有害なんてとんでもない。

また、男の尊厳にかかわる微妙な問題だけに、被験者も治験担当医に伝えていなかったのでしょう。

 

治験担当医も製薬会社の治験担当者も誰も知らなかった。

知っていたのは被験者本人だけ。

いや、被験者の奥さんやパートナーは知ってたかも。

「一体どうしたのよ、あなた!? 最近凄いわね?ウフッ💕」ってか?(^^)

いや、マジそうだったかもね(笑)

 

大損害どころか思わぬブロックバスター!

これは全くの偶然以外の何ものでもない!

Serendipityも何もあったもんじゃあない!

(勝手に)「タナからぼた餅大賞」あげます(^^)

 

こんなこともあるんですなぁ~

 

6.アレクサンダー・フレミング:カビのコンタミ! 初歩的実験ミスが人類を細菌感染症の脅威から救った!!

 

菌ってガラスのシャーレ(ふた付きのお皿)に寒天の培地を流し込んで固めて、その上に菌の液を蒔いてふ卵器に入れておくと、目視できるほどに増えます。

寒天培地って栄養分豊富ですから、カビなんかを混入させると、培地がカビだらけになって、肝心の菌の観察ができなくなるんですよね。

こんな余計なものを混入させることを「コンタミ」といって、実験手技の上手じゃない人なんかはしょっちゅうコンタミさせて、実験を台無しにしてくれます。

まあ、実験室の衛生環境によっちゃ、コンタミするときはするんですけどね。

 

英国のフレミング先生の研究室も汚かったそうですな。

1928年のある日、「あー、やってもうた。アオカビやッ!」ポイッ!

とはならなかったのですね。

 

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Dr. Alexander Fleming (1881 – 1955)

 

「ん? なんやこれは??」

培地一面に生えるはずの黄色ブドウ球菌

ところが、カビが生えている周辺だけ菌が増えていないのです。

これが世界初の抗生物質ペニシリン」の発見です。

 

その後、様々な微生物から様々な抗生物質が発見されました。

現在では、人工的に合成された抗菌物質もあります。

多剤耐性菌の発生や菌交代症(抗生物質の影響で腸内細菌の組成が大きく変わってしまう)の問題などありますが、以後、何十億人という人の生命を救ってきました。

 

これこそ(勝手に)「Serendipity大賞」!

 

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私も些細なことも見逃さず、真理をつかめるようになりたいと思います。

今日もラーメン屋さんで、「なんで関東のラーメンって、シャキシャキモヤシじゃなくって、クタクタホウレンソウなの?」と思うのです。

これには何か重大な意味があるに違いない!

しかし、この根源的な命題に対する回答はにわかには得られそうにもないので、とりあえずシャキシャキモヤシをトッピングして、今日もおいしく頂きましたとさ(^^)

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今回も最後までお読み下さり、ありがとう御座います。

 

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是非、お読みになったご意見やご感想、お叱りをコメントでお寄せください。

大変励みになります。

 

 

やったかみたか!! 本庶佑先生ノーベル賞おめでとう御座います!

本庶佑先生、本当におめでとう御座います(^^)

坂口志文先生が共同受賞されなかったことは、私はノーベル賞選考委員会に抗議を申したい気持ちです。

でも、本庶先生。本当に、本当に、おめでとう御座います。

【10月2日ノーベル生理学・医学賞受賞者発表!】坂口志文先生、本庶佑先生、か?

またまた今年もこの季節がやってまいりました(^^)

2018年のノーベル生理学・医学賞の受賞者発表は10月1日夕方(日本時間)です。

 

今年こそ、制御性T細胞の発見者・坂口志文(しもん)先生と、新規ながん免疫療法(免疫チェックポイント阻害)の発見者・本庶佑(ほんじょたすく)先生のダブル受賞だろうが!

 

昨年は(私にとっては)残念な結果でしたが、ちょうど1年前のブログをリンクしますので、よろしければ前祝いにお読み下さい(^^)

 

takyamamoto.hatenablog.com

 

090【ワーファリン誕生秘話】害獣を殺す「毒」から人を生かす「薬」へ

目次:

  1. 血栓症を予防するワーファリン

  2. 全米屈指の名門、ウィスコンシン大学

  3. 奇病!「スイートクローバー病」

  4. 特定された原因物質

  5. 殺鼠剤「ワーファリン」命名の由来

  6. 殺鼠剤で自殺を試みるも死に切れず!

  7. 殺鼠剤で死なないスーパーラット

  8. 飲み忘れても、決して一度に2回分を飲んではいけない!

  9. その後、スイートクローバー病はどうなったの?

  10. スイートクローバー病の牛には、この食材を食べさせろ!

 

今回は軽~い読み物です。

 

お盆休みにアメリカに行ってきました。娘といっしょにです。

19年前に単身赴任で住んでいた懐かしの場所を再訪。

ウィスコンシン州のマディソンと言う、日本人にはあまり馴染みのない街ですね。(ちなみに、映画「マディソン郡の橋」は何の関係もありません)

日本人はあまりいませんが、いるとすれば、ウィスコンシン大学の留学生など、大学関係者でしょうね。

 

この場所に来てみて、あることを思い出しました。

この大学で生まれた有名な薬のことです。

血液をサラサラにする薬「ワーファリン」(「ワルファリン」とも)

今回は、このワーファリンの誕生秘話です。

 

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1.血栓症を予防するワーファリン

 

心臓に人工弁をつけている人や心房細動(不整脈)のある人は、血液の流れが乱れるので、血管の中で血が固まりやすくなります。

この血の塊、つまり「血栓」が体のあちこちにとんでって血管が詰まるのが血栓症

脳で詰まると「脳梗塞」、心臓で詰まると「心筋梗塞」を起こして命に関わります。

それを防いでくれるのがワーファリンで、60年以上も使われ続けている良い薬です。

でも、飲む量が多すぎると、血が固まりにくくなって、脳出血などのリスクが高まるので、飲み方には気を使う難しい面もあります。

 

2.全米屈指の名門、ウィスコンシン大学

 

アメリカ旅行に話が戻りますが、娘が私に尋ねました。「ウィスコンシンって何が有名?」

何が有名かって、ウィスコンシンの名物とかかい?

う~~ん、牛か? チーズか? それから、それから、ええ~っと、あとはビールくらいか?

そう、ウィスコンシンは農業、特に酪農とビールの州で、あと、これといったものはプロアメフトチームのグリーンベイ・パッカーズMLBミルウォーキー・ブルワーズ、それにウィスコンシン大学くらいのもので、他にはこれと言って何もありません。

 

このウィスコンシン大学は、アメリカの州立大学の中でも屈指の名門で、ノーベル賞受賞者を多数輩出し、スポーツでも全米屈指の強豪!

まさに「文武両道」の名門校なのです。

 

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2018年8月15日 ウィスコンシン大学マディソン校にて

 

3.奇病!「スイートクローバー病」

 

1920年代。北米で牛がバタバタと死ぬ奇病が発生しました。

解剖してみると、体中で内出血を起こしていました。

これは伝染病なのか!?

 

数年後には、どうやら飼料として与えていた腐ったスイートクローバー(シナガワハギ)を食べた牛が死んでいることが分かってきました。

しかし、なぜ死に至るほどの内出血を起こすのか? 詳しい原因は長らく不明でした。

 

この奇病は酪農州であるウィスコンシンの農家には死活問題です。

腐ったスイートクローバーを与えなければ良いわけですが、雪の積もる冬季には、どうしてもサイロで長期保存した牧草を食べさせなければならず、この病気のリスクは完全には避けられません。

 

ここで一人の研究者が立ち上がりました。

ウィスコンシン大学の生化学者、カール・パウル・リンク博士(1901~1972)です。

 

 

4.特定された原因物質

 

「スイート」ってくらいだから、スイートクローバーってのは、バニラに似た甘い芳香がして、家畜が好んで食べるそうです。

この独特の芳香は、クマリンと呼ばれる化学物質によるもので、今では大量に合成され、香料として利用されています。

リンクは、大量の腐ったスイートクローバーから様々な成分を抽出し、ついに動物に内出血を起こさせ、死に至らしめる物質を突き止めたのです。1940年のことでした。

 

その物質とはジクマロール

スイートクローバーを腐らせる微生物の作用で、クマリンからジクマロールが大量に作られていたのでした。

 

血液が固まるにはビタミンKが必要です。

ジクマロールは、このビタミンKの働きをジャマして血液を固まりにくくしていた、言い換えると、出血しやすくしていたことが分かりました。

 

こいつはいい! こいつは使える!

何がいいの? どう使えるの? ねえってば⁇

 

なんと、翌年の1941年には、ジクマロールは殺鼠剤として販売されたのでした。

これを食べたネズミは、目の網膜で内出血を起こし、視力が落ちるので明るいところに出てきて死ぬといいます。

つまり、ネズミ駆除の効果が目に見えるわけですねぇ。

本当にこいつはいい!

 

1948年。リンクは、このジクマロールを改良して、出血作用をさらにパワーアップさせた恐怖のスーパー殺鼠剤を作り出すことに成功しました。

これこそが「ワーファリン」です。

 

5.殺鼠剤「ワーファリン」命名の由来

 

ワーファリンの特許は、リンクが所属していた Wisconsin Alumni Research Foundation(「ウィスコンシン同窓研究基金」とでも訳せるのでしょうか?)が保有していました。

この頭文字「WARF」とクマリン(coumarin)のお尻の「arin」とをつなげてWarfarin(ワーファリン)と名付けられたのでした。

 

最初は害獣を「殺す」ための毒だったのですが、その後、人を「生かす」ための薬として使われるようになります。

薬として使われるようになったキッカケを調べてみると、どうも偶然から生まれたようですね。

 

6.殺鼠剤で自殺を試みるも死に切れず!

 

スーパー殺鼠剤「ワーファリン」

 

1951年。アメリカ陸軍の兵隊さんが、このスーパー殺鼠剤を大量に飲んで自殺を図りました。

でも、死ねませんでした。

ワーファリンは即効的には効きません。飲み始めは、効果が出るまで時間がかかります。

ワーファリンはビタミンKの働きをジャマすることが分かっていました。

この兵隊さんは、医師の機転で大量のビタミンKが投与されて一命を取りとめたようです。

 

この一件から偶然にも、ワーファリンはビタミンKの量とのバランスを取れば、命を落とすような出血を起こすことなく、凝固能をコントロールできることが分かったのです。

そして、早くも1954年には、抗凝固剤としてアメリカで医薬品承認されたのでした。

 

7.殺鼠剤で死なないスーパーラット

 

ずいぶんと昔のことですが、ワーファリンを食べても死なないラットが話題になったようです。

20年以上も前、NHKの特集番組のなかで「スーパーラット」と呼ばれて以来、学者の間ですら「スーパーラット」の呼称が定着したようです。

 

スーパーラットがワーファリン抵抗性をもつ原因は分かっています。

過去ブログで、ミクソーマウイルスに感染しても死なない「スーパーラビット」や、HIVに感染すらしない「スーパーヒューマン」がいることを紹介しましたが、これと同じです。

takyamamoto.hatenablog.com

 

ヒトにも動物にも多様性があります。

ビタミンKの代謝に重要な働きをしている遺伝子「VKORC1」

実のところ、ワーファリンはこの遺伝子の働きをジャマするのです。

そして、ワーファリンの効かないスーパーラットは、特別な型のVKORC1遺伝子を持っていることが分かっています。

この型のVKORC1遺伝子にはワーファリンは効かないのです!

これは人間も同じです。

 

VKORC1以外にも、ワーファリンの効き目に影響する遺伝子がいくつかあって、その遺伝子の型が違うために、ワーファリンの効き目は、人によって結構差があるのです。

たとえば、人並みの量では効き目が弱く、多めに飲まないといけない人もいれば、逆に少なめにしないと、出血のリスクが高まって危険だったりする人もいます。

なので、お医者様は一人ひとりの患者に対して、血液の固まり具合(血液凝固能)を検査しながら、患者ごとに最適なワーファリン量を決めているのです。

 

8.飲み忘れても、決して一度に2回分を飲んではいけない!

 

ワーファリンの投与量は一人ひとり適切に調節されています。

誤って多めに飲んでしまうと、効き目が強すぎて出血しやすくなるので、非常に危険です。

なので、飲み忘れに気づいても、絶対に一度に2回分を飲んではいけません!

1回くらい飲み忘れても、ワーファリンの効果は数日続くので問題ありません。

飲み忘れよりも、飲みすぎのほうが危険だということを憶えておいてください。

まあ、そこんところは、お医者様や薬剤師などのおっしゃることを良く守ってくださいね。

 

9.その後、スイートクローバー病はどうなったの?

 

えっ!? 一体どうなったのでしょうね?

ネットで調べても、その後のスイートクローバー病の顛末を書いている人はいないので、私は知りません。(そんな無責任な)

 

リンク博士は当初、ウィスコンシンの酪農家の助けになりたくて、この病気の原因究明に立ち上がったのでした。

ところがこの話は、病気の原因物質の発見から一転、殺鼠剤への応用、そして医薬品の承認へと展開していき、スイートクローバー病問題がどうなったのかは、ネットを調べてみても分かりませんでした。

 

でも大丈夫! 現代医学は既にこの病気を克服している、、、はずです。

 

10.スイートクローバー病の牛には、この食材を食べさせろ!

 

ワーファリンを服用している人が食べることを固く禁じられている食べ物があります。

何だと思います?

 

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ワーファリンを大量に飲んで自殺しようと思っても、ビタミンKを打たれれば死のうにも死ねません。

そのくらいビタミンKはワーファリンの効果をチャラにする作用が強いのです。

納豆はビタミンKが非常に豊富な食材です。

ですから、納豆を食べるとワーファリンが効かなくなるのです。

ワーファリン服用者が、どうしても納豆を食べたいと言うのなら、自分の命と引き換えにする覚悟がいりますね。

 

スイートクローバー病の原因物質ジクマロールもワーファリンと同じです。

なので、スイートクローバー病の牛には納豆を食べさせればいい!

ってか、ビタミンKを打てばいいのですよ。

たぶんね (^^)

 

 

今回も最後までお読み下さり、ありがとう御座います。

 

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是非、お読みになったご意見やご感想、お叱りをコメントでお寄せください。

大変励みになります。

 

 

089【イタ~い帯状疱疹に水ぼうそうワクチン??】ヘルペスウイルス(その1)

目次:

  1. 帯状疱疹水ぼうそうと同じウイルスが原因

  2. ヘルペスウイルスは二度と体から追い出せない!

  3. 最近まで発見されなかった8番目のヘルペスウイルス

  4. 水ぼうそうワクチンを開発したのは私の先生

  5. 水ぼうそうには二度とかからないのに、どうして帯状疱疹になるのか?

  6. 帯状疱疹の予防に水痘ワクチン

  7. 帯状疱疹にかかっても薬がある

 

中年以降の大人がかかる病気、帯状疱疹(たいじょうほうしん)」

五十路を過ぎたら要注意です!

私は経験ありませんが、すっごく痛いらしいですね。

痛くて眠れないほどとか、外出もままならないとか、QOL(生活の質)を著しく損なうようです。

でもあれの予防に水ぼうそうのワクチンが効くって知ってました?

どういうわけ? 水ぼうそうって子供がかかる病気でしょ??

なのに、なんで大人の病気の帯状疱疹に効くわけ??

 

帯状疱疹にならないかと心配な方は、少しお時間を頂いて読んでみてください。

 

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1.帯状疱疹水ぼうそうと同じウイルスが原因

 

中年以降の大人がかかる病気「帯状疱疹」。

実はこの病気、子供がかかる水ぼうそう(水痘)と同じウイルスが原因です。

なのでこのウイルス、「水痘帯状疱疹ウイルス」と呼ばれます。

 

お子さんをお持ちの方ならご存知だと思いますが、はしかと同じで、水ぼうそうは一度かかると免疫ができて、普通は二度とはかかりません。(二度かかることも稀にはありますが。。。)

水ぼうそうにはワクチンが有効です。

ワクチンで免疫を作らせてやると、ほとんどの場合、水ぼうそうにかからずに済みます。

水痘ワクチンは効果が高く、重篤な副作用もほとんどなく、非常に有効なワクチンなのです。

 

水痘帯状疱疹ウイルスはヘルペスウイルスの仲間です。

ヒトに感染するヘルペスウイルスには8種類あり、そのうちのひとつです。

ヘルペス感染症は、口周りに発疹(ほっしん)が出たり、赤くはれ上がったりして痛む「口唇ヘルペス」と、主に性交渉で男性も女性も性器に感染する「性器ヘルペス」が一般にも良く知られていますね。

いずれも、健康状態がよければ、それほど問題にならない感染症なのですが。。。

 

2.ヘルペスウイルスは二度と体から追い出せない!!

 

断言します!(今回の「断言」!)

世の中には全くの「病気知らず」、というか、まったく何の病原体にも感染していない人なんて、まず、たったの一人もいない!、、、はずです。

どんなに健康自慢の人でも、知らず知らずのうちに様々な病原体に侵されているものなのです。

そのような病原体の代表がヘルペスウイルス。

ほとんどの人は、8種類のヘルペスウイルスのうち、複数種類に感染しており、一見健康に見えても、体内にはヘルペスウイルスが確かに存在しているのです。

 

ヘルペスウイルスの最大の特徴は「潜伏感染」することです。

「潜伏」ってくらいだから、体の中で息を潜めてじっとしているのか?

その通りです。普段は隠れるようにして大人しくしています。

ところが、宿主(「しゅくしゅ」、あるいは「やどぬし」と読んでもかまいません)がストレスや体調不良などが原因で免疫力が落ちると、がぜん暴れ出すのです。

宿主の体調の良し悪しを見計らって暴れ出すので、このようなウイルスの再活性化による感染を日和見(ひよりみ)感染」と言います。

 

一部のヘルペスウイルスには良い薬があり、暴れるウイルスの勢いを止めて、症状を沈静化することはできますが、残念ながら体から完全に追い出すことはできません。

勢いを削いで、元通り大人しく「潜伏感染状態」にお戻り頂くだけです。

つまりは、一生ヘルペスウイルスとうまく付き合って、共存して生きていくしかありません。

 

3.最近まで発見されなかった8番目のヘルペスウイルス

 

1980年代初頭に突如現れた20世紀の黒死病「AIDS」!

 

takyamamoto.hatenablog.com

 

AIDS患者に非常に珍しい種類の皮膚ガンが頻発することが分かりました。

それまでも、悪性腫瘍などで免疫が落ちている患者に稀にみられた「カポジ肉腫」

非常に珍しいガンであったため、研究がそれほど進んでおらず、長らく原因は不明でした。

ところが、AIDS患者で頻発することから注目され、盛んに研究されるようになった結果、新種のウイルスが関連していると分かったのです。

 

当初、この新しく発見された謎のウイルスは、便宜的に「カポジ肉腫関連ウイルス」と呼ばれましたが、その後、遺伝子配列が解明された結果、ヘルペスウイルスの一種であることが分かったのでした。

そこで晴れて、8番目のヒトヘルペスウイルスということで「ヒトヘルペスウイルス8型(HHV-8)」という立派なお名前を襲名したのでした。

HHV-8は、有史以前からの永きにわたって、滅多に悪さをすることなく、ひっそりと人間の体内に潜んで来たため、AIDSという病気が流行するまで人間様に見つからずにいたのでした。

 

普段は大人しい(潜伏感染)。でも、免疫が極端に落ちると暴れ出す(再活性化、日和見感染)。

この「潜伏感染」と「日和見感染」がヘルペスウイルスに共通した最大の特徴です。

 

4.水ぼうそうワクチンを開発したのは私の先生

 

繰り返しますが、水ぼうそうワクチン(水痘ワクチン)は効果が高く、その上、重篤な副作用が非常に少ないワクチンの優等生です。

子供の水ぼうそうの予防確率は、なんと、ほぼ100%!

ゆえに、このワクチンはWHOが認めた世界中で使われている唯一の水痘ワクチンなのです!

 

ウイルスのワクチンには、生きているけれども病原性を弱めたものや、弱めただけでは不安とばかりに、完全に殺して感染力をなくしたもの、あるいは、ウイルスの成分の一部を使って作ったものだったりと、様々なタイプがあります。

水痘ワクチンは、生きてはいますが、病原性を弱めた「弱毒化ワクチン」ですね。

この弱毒化ワクチンって、どうやって作ったのでしょう?

 

同じウイルスでも、様々な人に感染しているウイルスは、病原性や感染力など、それぞれ微妙に性質が違うものです。

つまり、水痘やインフルエンザが流行っても、一人ひとりに感染したウイルスの性質は、遺伝子配列のレベルで微妙な差があるものなのです。

このように、同じウイルスでも由来が違うがために、微妙に性質や遺伝情報の異なるウイルスの系統のことを「株(かぶ)」と言います。

 

病原性は低いけれども、免疫をつける力は強い!

こんなウイルス株が弱毒化ワクチンには理想的ですよね。

この、世界で唯一の水痘ワクチンに使われている水痘帯状疱疹ウイルスの株は、まさにそんな理想的なウイルス株なのです。

 

この水痘ワクチンに使われているウイルス株を樹立したのは、元大阪大学名誉教授の故・高橋理明(みちあき)先生。

高橋先生は、あっちで水ぼうそうにかかった子供が出たと聞けば駆けつけ、水ぶくれの内容物を採って研究室に持ち帰っては、それをシャーレ(実験皿)の細胞にふりかけて培養しました。

 

宿主である患者が違えばウイルスの性質も微妙に違う!

つまり、ウイルスの「株」が違うわけです。

高橋先生は、たくさんの水ぼうそう患者の子供から、たくさんのウイルス株を集めてきて、その中からワクチン製造に適した株を捜し求めたのです。

特別な条件でウイルスの培養を繰り返し、そうすることでさらにウイルス株の性質が変化し、そのなかから、病原性が弱まって免疫をつける力の強い理想的な新たなウイルス株が現れる、、、かもしれない。

 

そんなウイルス株が必ず得られる確証などありません。

確率はと言うと、宝くじを当てる様なもので、成果が出るかどうかも分からない、根気のいる気の滅入る仕事です。

そうして高橋先生が見つけたウイルス株が「岡株(おかかぶ)」と呼ばれる、世界で唯一の水痘ウイルスワクチン株なのです。

 

なんで「岡株」と呼ばれるのか?

たぶん、岡さんという方の子供さんから取ったウイルス株だったのでしょう。

病原ウイルスの株の名称は、ウイルスが採られた患者さんの姓がつけられることが多いものです。

おたふくかぜのワクチンに使われた「ウラベ株」

当時、大阪の豊中市の団地に住んでいらした占部(うらべ)さんちのお子さんの耳の下の腫れ物から採られたウイルス株だそうです。

占部株を樹立された私の恩師(山西弘一大阪大学名誉教授)から直接お聞きした話ですので、間違いありません。

 

さて、実はこの高橋先生。私が阪大にいたときの研究室の教授だったのです。

つまり私は、高橋研究室の出身です。

 

高橋先生は、なんか昭和天皇みたいな感じの方で、口数が少なく、私たち研究生や大学院生なんかと屈託なく話をするでもなく、高橋先生と二人っきりなんかになると、さっぱり会話が弾まないので、先生の前でどう振舞えばいいのか?なんて戸惑っていたことなどが思い出されます。(笑)

そんなに偉い先生だと知ったのは、研究室に入って何ヶ月も経ってからだったと思います。

だって、誰も高橋先生の業績の話なんて、してくんなかったんだものなー。

 

現在では、多くのワクチンが世界中に普及し、昔に比べると感染症の脅威が格段に減りました。

特に高橋先生の水痘ワクチンは、その効果と安全性の点から高い評価を受け、世界中で使われています。

このことを記念して2006年、日本ワクチン学会は「高橋賞」を設立し、毎年、感染症予防の分野で優れた業績をあげた人たちに授与されています。

 

5.水ぼうそうには二度とかからないのに、どうして帯状疱疹になるのか?

 

水ぼうそうにかかると、水痘帯状疱疹ウイルスに対する免疫ができて、普通は二度と水ぼうそうにはかかりません。(二度かかることもあります)

二度とはかからないと言っても、免疫によってウイルスを完全に撃退したわけではなく、水痘帯状疱疹ウイルスは一生に渡って、私たちの体の中に潜んでいるのです。

 

子供のとき、はじめて水痘帯状疱疹ウイルスに感染すると、全身でウイルスが増えて、そのせいで体中に水ぶくれができます。

この水ぶくれの中はウイルスでいっぱいです。

やがて、症状が治まるとウイルスも消えていきますが、一部は神経節を隠れ蓑にして潜伏感染するのです。

私たちが元気で、免疫力が強い間はそこ(神経節)で大人しくしています。

しかし、ストレスや病気や加齢で免疫力が落ちると、知覚神経の走りに沿ってウイルスが増殖し始めます。(強い日光に当たるのも要注意!)

なので、神経に沿うように皮膚が帯状に腫れ上がり、直接、知覚神経を刺激するので、ひどく痛むのです。

 

6.帯状疱疹の予防に水痘ワクチン

 

まずは、子供のときに水痘ワクチンを打つべきでしょう。

水ぼうそうをほぼ100%防いでくれ、当然、帯状疱疹になることも、まずありません。

 

中年以降の大人も、帯状疱疹を予防するために水痘ワクチンを打つとよいでしょう。

たとえ、子供のときに水ぼうそうにかかったことがあって、免疫ができているとしてもです。

否、水ぼうそうにかかったことがあるからこそ、帯状疱疹になる可能性があります。

2016年3月、厚生労働省帯状疱疹の予防を目的に、50歳以上の成人に水痘ワクチンを打つよう勧告を出しています。

 

帯状疱疹予防で打つワクチンは、水痘予防を目的に子供に打つワクチンと、まったく同じものです。

子供の水痘予防では普通、二度ワクチンを打ちますが、大人の帯状疱疹予防では一度で十分です。

一度ウイルスに感染しているのですから、元々免疫ができており、加齢と共に落ちてきた免疫を再度増強してやるのが大人の水痘ワクチン接種の目的です。

元からある免疫を増強するのが目的なら、一度の接種で十分なのです。

これで高い確率で帯状疱疹を予防できますし、もし、かかったとしても軽症で済みます。

 

普通、帯状疱疹にかかると、二度かかることは稀です。

これは、免疫が落ちたところでウイルスが暴れ出し(再活性化)、帯状疱疹を発症するわけですが、これによって水痘帯状疱疹ウイルスに対する免疫が再度増強されるからです。

稀に二度かかる人もいますが、たいていの場合、二度目は一度目より軽症で済むことが多いようです。

でも、できれば一度だってかかりたくありませんよね。だって、超イタイそうですからね!

それに、一部の患者さんでは帯状疱疹が治まっても、知覚神経がひどくダメージを受けたせいで、神経痛の重い後遺症に苦しむことになる人もいます。

 

是非、ワクチン接種を考えてみてください。

 

7.帯状疱疹にかかっても薬がある

 

帯状疱疹には比較的良く効く薬があります。

代表的なのが「アシクロビル」という薬で、静脈注射や飲み薬や塗り薬があります。

これは、水痘帯状疱疹ウイルスが増えるのになくてはならない遺伝子(チミジンキナーゼ遺伝子)の働きをジャマします。

一方、私たち人間が生きていくのに、この遺伝子は必要ありません。

なので、薬でこのウイルスの遺伝子をシャットアウトしても人間には影響がなく、ウイルスの増殖だけを阻止することができる優れモノなのです。

こういうタイプの抗ウイルス薬の仕組みについては、過去ブログでお話しています。

 

takyamamoto.hatenablog.com

 

ただ、どんな薬でもそうですが、万人に効くものではありません。

なかには効きにくい人、あるいは効きにくいタイプのウイルス株もいますので、やはり予防に努めるのに越したことはないですね。

 

どんな人でも潜伏感染しているヘルペスウイルス。

そして、ヘルペスは宿主である貴方の免疫力が落ちるときがチャンスと、虎視眈々と狙っており、そのときが訪れるまで、何十年も我慢強く息を潜めているのです。

 

ですから、ヘルペス日和見感染予防に限りませんが、健康維持のために何よりも重要なのが日頃からの免疫力の維持です。

過去ブログも参考に、日頃から免疫力の維持向上に努めてくださいね。

 

 

今回も最後までお読み下さり、ありがとう御座います。

 

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是非、お読みになったご意見やご感想、お叱りをコメントでお寄せください。

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号外【DNA二重らせん構造発見物語】盗んだデータでノーベル賞!?

目次:

  1. ワトソン博士はバードウォッチャー

  2. DNAの構造を解明するには、どうすればいい?

  3. ウィルキンスとの出会い

  4. ウィルキンスの悩み

  5. 決め手になったデータは盗んだもの!?

  6. 果てしのない模型いじり

  7. そしてノーベル賞

  8. ロージィとウィルキンスとノーベル賞

  9. 誰か一人が欠けても100年に一度の大発見はなかった!

 

「ウイルス発がん説」、「がん遺伝子」、「逆転写酵素」、「iPS細胞」、「遺伝子増幅技術PCR法」と、ノーベル賞の中でも特に生命科学の常識を一変させたような偉業の裏に、泥臭い人間物語があったことを、このブログでも何度となく紹介して来ました。

 

takyamamoto.hatenablog.com

50年先を行っていた男!「ウイルス発がん説とがん遺伝子の発見」

 

takyamamoto.hatenablog.com

偉大なるフランシス・クリックの敗北!「逆転写酵素の発見」

 

takyamamoto.hatenablog.com

山中先生の苦闘!「iPS細胞」

 

takyamamoto.hatenablog.com

カノジョとのドライブからノーベル賞!?「遺伝子増幅技術PCR法の発明」

 

さて今回は、20世紀の生命科学史上最大の発見、DNAの「二重らせん構造モデル」。

その息を呑むようなあまりの美しさに魅せられ、本ブログのカバー写真には、このモデルを描いたイラストを使わせて頂いています。

 

米国のジェームズ・ワトソン博士と英国のフランシス・クリック博士が、Natureで論文発表したのが1953年。

その業績により、ワトソンとクリックは1962年にノーベル生理学・医学賞を受賞しました。

 

この二人に加えてもう一人、同賞を共同受賞した研究者がいたのをご存知でしょうか。

英国のモーリス・ウィルキンス博士です。

でも、ワトソンとクリックの伝説的な偉業に比べると、ウィルキンスのことについては、あまり一般的には知られていないようです。

 

ワトソンは後年、彼自身の記憶と記録(恩師や両親に送った手紙など)を頼りに、この偉大な発見に至るまでの数年間の経緯を回想録に書き記して出版しています。(この本は世界的なベストセラーとなりました)

この著書によると、3人のこの業績の陰には、やはり研究者同士の誠に泥臭い人間物語があったのです。

 

この著書で驚かされたことのひとつは、どうやらワトソンとクリックが二重らせん構造モデルに行き着くに当たって、彼ら自身は何らの実験データも得ていなかったらしいことです。

そして極め付け! 中でも驚きのエピソードは、二人をらせん構造に導いた決定的なデータを、他人から「盗んだ!」とワトソン自身が告白していることなのです。

 

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ワトソンの著書「The Double Helix」(左)と邦訳本「二重らせん」(右)

 

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1.ワトソン博士はバードウォッチャー

 

ジェームズ・ワトソン博士はシカゴ生まれの米国人。

22歳の若さで博士号を取得した秀才です。

いまでこそ、分子生物学の伝説的巨人ですが、もともと彼は鳥類学者でした。

秀才ではありましたが、論理的思考はそれほど得意ではなく、数学も物理も化学も苦手。

彼がいかに化学の劣等生であったのかは、化学実験で何度か爆発事故を起こしたエピソードを著書の中で自慢げに(笑)披露していることからもうかがえます。

そんな彼のことを、相棒のクリックは、親愛の念をこめて「バードウォッチャー」と揶揄していました。

 

一方のクリックは物理屋さんで、戦時中は英国海軍で機雷などの兵器の開発に従事していました。

彼は数学に強い理論派で、秀才と言うよりは、天才肌の人でした。

当時、生物に関心を抱く物理学者は多く、クリックもその一人でした。

終戦後、彼は得意な物理学の手法で生命現象を解明したいと考えていたのでした。

天才的でありながら、戦争もあって、まだ博士号も取れていなかったのですが、それには彼の特異な性格も原因していました。

 

そんな二人が出会ったのは、ワトソンが留学してきた英国のケンブリッジ大学キャベンディッシュ研究所でした。

1951年の秋、ワトソン23歳、クリック35歳。

このひとまわりも歳の違う米国人と英国人の二人は、なぜだか妙に気が合い、DNAこそが遺伝物質であり、構造が解明できれば、そのことを確実に証明できるという考えを同じくしていることをお互いに知り、意気投合したのでした。

 

2.DNAの構造を解明するには、どうすればいい?

 

ハイ、この第2章は少しばかり技術的な話ですので、興味のない方は次の第3章まで読み飛ばしていただいて結構です。

実際、私も、この第2章には全然興味も御座いません(笑)

冗談ですよ。是非、お付き合いください(^^)

 

私、この分野は全く皆目解らないのですが、DNAやタンパク質などの巨大分子の構造を決定する方法として、X線回折法というのがあります。

まずは、構造決定したい物質の純度を上げて、結晶を作らせなければなりません。

この結晶化が難しく、ワトソンたちも相当苦労しました。

 

さて、苦労の末、質の高い結晶が出来たとします。

結晶の中では、単一の物質が規則正しく配列しているため、X線を当てると構造に応じて特定の方向にX線が進路を変えて進みます(回折現象)。

後ろにフィルムを置いておくと、回折したX線がこれを感光させ、その物質の構造に特有の模様をフィルム上に描きます。

ところが、この模様が物質のどういう構造を反映しているのか?回折像の解析が物凄く難しいようなのです。

これには物理と数学の知識が必須です。

いい写真が撮れても、にわかに構造が分かる訳ではありません。

これほどまでに、結晶のX線回折による構造決定は「修羅の道」なのです。

 

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X線回折の原理(ウィキペディアから拝借)

 

当時、キャベンディッシュ研究所の所長を務めていたのは、X線回折による構造解析の基礎理論を確立したノーベル賞受賞者、ローレンス・ブラッグ卿でした。

さらに同研究所には、ワトソン、クリックと同じ1962年に、X線回折によるヘモグロビン蛋白の構造決定によりノーベル化学賞を受賞することになる、ジョン・ケンドルーとマックス・ペルツもいたのです。

キャベンディッシュ研究所にX線回折の世界的権威がこれだけ一堂に会していたとは、当時、世界中の他のいかなる場所にもなかったことでしょう。

ワトソンがDNAの構造決定を目的に、留学先にキャベンディッシュを選んだのは、誠に賢明だったと言うしかありません。

この人たちの援助を受けて、きっとDNAの構造決定もサクサク進んだに違いありません。

 

3.ウィルキンスとの出会い

 

ところがどっこい、うさぎさん。事はそう甘くは運びませんでした。

 

相棒のクリックは気難しいお天気屋。

数週間、実験に集中したかと思うと、次の数週間はまったく実験台に向かわず、論部読みに没頭し、思索にふけるという風でした。

それで新しいアイデアなんかを思いつくと、そのアイデアがいかに素晴らしいかを大声で研究所中に吹聴してまわり、皆を辟易させる天賦の才の持ち主だったのです。

頼りになる時は、めっぽう頼りになる。

しかし、ウザい時は、所長のブラッグ卿ですら所長室から姿をくらますくらいにウザったい。

 

一方のバードウォッチャーはというと、物理も数学もからっきしダメときたもんだ。

独学でX線回折を勉強したりしましたが、全然身につかず、関連の学会に参加しても、発表内容がチンプンカンプンだったと、著書の中で告白しています。

ワトソンは実際に、何度もDNAの結晶化を試みましたが、回折実験に使えるような質の高い結晶はなかなか作れませんでした。

結晶化には、きっと熟練の「匠の技」みたいなのが必要で、素人がちょっと聞きかじった知識と技術で簡単に出来るようなシロモノではなかったのでしょう。

 

その間、クリックはというと、X線の回折写真が出来上がったら「俺様が解析してやるぜっ!」とばかりに、ワトソンが出来のいい写真を持ってくるのをひたすら待つというありさま。

「俺様キャラ」のクリック自身が結晶作りに汗を流すということはしなかったようですな~。

 

ケンドルーやペルツも、ワトソンに有益なアドバイスはしますが、結局はワトソン本人が自力で結晶を作るしかありませんでした。

それはそうです。ケンドルーにしてもペルツにしても、ノーベル賞級の困難な仕事を抱えていたのですからね。

 

キャベンディッシュに来る以前、ワトソンは、イタリアの学会でDNA結晶のX線回折の研究成果についての発表を聞いたことがありました。。

淡々と話す彼の発表内容は他の誰よりも群を抜いて素晴らしく、スクリーンに映し出されたX線回折の写真も、これまでに見たことがないほど鮮明なものでした。

 

ワトソンは彼を捕まえて話をする機会を得、一緒にDNAの研究がしたいと思うほどに惚れ込んでしまったのでした。

しかし彼は、ワトソンとの食事が終わると、「もう行かなくては」と別れの言葉を残して、そそくさとホテルに帰って行きました。

ワトソンの想いは彼には届かず、片想いの悲恋に終わったのです。

この人物こそ後年、ワトソン、クリックとノーベル賞を共同受賞することになるキングス・カレッジ・ロンドンのモーリス・ウィルキンスその人だったのです。

 

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Maurice Hugh Frederick Wilkins(1916年12月15日~2004年10月5日)

 

4.ウィルキンスの悩み

 

ワトソンにとって幸運だったのは、ウィルキンスとクッリクは、もともと同じ物理学者で、お互いにDNAに関心があり、汽車でわずか2時間の距離のキングス・カレッジ・ロンドンとキャベンディッシュにいるという共通項の多さから旧交があったのです。

そんな訳で、ワトソンはクリックと共に、時には一人でしばしばキングス・カレッジのウィルキンスを尋ねるようになりました。

 

そんなある日、ウィルキンスがキャベンディッシュにやって来たときのこと。

ひと通りDNAについての意見交換をした後に、ウィルキンスは二人に赤裸々に自分の悩みについて話し始めました。

今、彼の頭の中は、ある女性のことで占められていて、仕事も手につかないといいます。

でもそれは、その女性に恋したなどという艶(つや)やかな話ではありませんでした。

彼が助手として雇った女性研究者が非協力的というか、ボスである自分に反抗的で、彼女のデータすら見せてくれないというのです。

なので、彼女の仕事がどこまで進んでいるのか、皆目分からないと言います。

ただでさえ研究がうまく進んでいないというのに、彼女との人間関係にホトホト憔悴しきっている、かわいそうなウィルキンスなのでした。

 

その女性研究者、ロザリンド(ロージィ)・フランクリンは、結晶作りとX線回折写真の技術が抜群で、その腕を買ってウィルキンスは彼女を助手として採用したのでした。

もちろん、DNAの構造解析の仕事を加速するためです。

 

当時の科学界は男性社会で、どんなに優秀でも、女性を一人前の研究者と認めない風潮があったようです。

ロージィはとても才気ばしった性格で、独立心と自意識が旺盛で、そのために博士号も取得している自分を助手としてしか扱わないウィルキンスに反発していたようでした。

 

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Rosalind Elsie Franklin(1920年7月25日~1958年4月16日)

 

後日のこと、ワトソンがウィルキンスの研究室でロージィと対峙!

「DNAはらせん構造だ!」と主張するワトソンと、「らせんを示す証拠などない!」と言い張るロージィとが口論になり、感情の高ぶったロージィがワトソンの鼻先に詰め寄ると言う事態が勃発!

なんと無謀にもジミー坊やは、いくつも歳上のおプライドの高いお姉さまに、「もう少しお利口だったら、DNAがらせんだと言うことくらい理解できるだろう!」的なことを口走ってしまったのです。(怖)

そら、怒るわな。。。

彼女のあまりの剣幕に気圧(けお)されたワトソンは、ほうほうの体(てい)で部屋から逃げ出し、廊下でウィルキンスと鉢合わせ。

そのとき、ワトソンはウィルキンスに言いました。「モーリス、今やっと君の気持ちが分かったよ」

 

ワトソンは著書の中で、ロージィが自己制御の出来ないヒステリックな女性であったかのように描写しています。

誤解のないように言っておきますが、ワトソンが描写したロージィ像は、当時の若きアメリカ人青年ジムが受けた彼女に対する率直な印象に過ぎないと言うことです。

そのことは、ワトソン自身が認めています。また、彼女が優れた科学者であったことも。そして、結構いいナオンだったことも。

しかしながら、世界的ベストセラーとなった高名なワトソンの著書のために、ロージィの人柄に対する誤解が世界中に広まったと、彼女の死後、その名誉を回復しようとする人たちが著書を出し、生前のロージィの真の姿を伝えています。

 

5.決め手になったデータは盗んだもの!?

 

そんなある日、ワトソンはウィルキンスから呼び出されました。是非、見せたいものがあると言います。

ウィルキンスは、ワトソンに一枚のX線回折写真の写しを見せました。

なんとそれは、ウィルキンスがロージィの留守中に、彼女が撮影したDNA結晶のX線回折写真をこっそり持ち出し、コピーを取ったものだというではあ~~りませんかっ!(そんなん、ありか!?)

 

明らかなる不正!!

高名なるノーベル賞受賞者のワトソンが、過去に自ら不正をした事実を、なんと自身の著書の中で臆面もなく告白しているのですよ!!

それも、ノーベル賞受賞対象の偉大な業績に直接関わる不正なのですよッ!!

(この件については、後にロージィとの間で和解したようです)

 

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あまりにも有名なフランクリンが撮影したB型DNA結晶のX線回折写真(こいつを盗んだ!)

 

どうどうどう。

気持ちを落ち着かせて、話を元に戻しましょう。

その写真の回折パターン(上図)を見せられて、さすがのワトソンもらせんを確信しました。

彼は、帰りの汽車の中で、昼間見た写真の回折パターンを、記憶に頼って新聞の切れはしに模写していました。

この模写から、DNAのより正確な構造を予測するには、賢人クリックの頭脳が頼りです。

 

そして今、クリックが長いあいだ待ち望んでいたものが、まさに彼の目の前にあります。

彼は、その新聞の切れはしを見て、彼が一番知りたかったこと、すなわちDNAの塩基のハシゴの間隔とらせんの直径をザッと計算したのです。

これから、DNAのらせんが、どれくらいの間隔でひと巻きしているのかが分かります。

そして、計算から予測された直径にDNAの三つのパーツであるリン酸と糖と塩基を規則正しく収納させなければならないという、絶対条件も分かりました。

これらは、とんでもなく重要な情報で、DNAの構造決定に向けて、二人に大きな前進をもたらしたのです。

 

となると、彼らが次にやるべきことは何か?

それは、「らせん」であることを大前提として、DNAが取り得る構造の分子模型を作ることだったのです。

それも、二本のDNA鎖が互いにねじれ合った「二重らせん構造」です。

 

なぜ二重かって? ワトソンの直感です。

理論家のクリックは、「理論上は三重らせんも四重らせんもあり得る」と言いましたが、ワトソンは、陰と陽、プラスとマイナス、オスとメス、生物を含めて自然はあらゆるものが「対」になっており、シンプルなはずだと考えたのです。

そして、その彼の直感は、見事彼らを勝利に導いたのでした。

 

6.果てしのない模型いじり

 

DNAが糖、リン酸、塩基の3つの部品から出来ていることは分かっていました。

これら3つの部品の構造もです。

DNAが、これら3つのパーツのいずれかの組合せでできていることは明らかで、その無限とも思える組合せの中から、二重らせんを見事に形作る唯一の構造を見つけ出すことができれば、彼らの頭上に栄冠が輝きます。

 

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DNAの3つの部品。糖(S)、リン酸(P)、塩基(G、A、T、C)の構造

 

ワトソンたちは、この3つのパーツのブリキ製の模型をたくさん作ったのです。

大学内の工作室に発注したのですが、ワトソンの設計図どおりに手作業でブリキ板を切り出し、ハリガネをねじ曲げ、ハンダ付けしたりするのですから、納品にはそれなりに時間がかかります。

ブリキのパーツが出来上がるまでの間、彼らが何もせず手をこまねいていたのかと言うと、そうではありません。

ワトソン自ら厚紙を切り抜いて、糖、リン酸、塩基のパーツを作って、どう組み合わせたら二重らせん構造に収まるか、ああでもない、こうでもないと、日がな一日パーツを組み合わせるという模型いじりに興じたのです。

(模型いじり? これが世紀の大発見をもたらした「科学」なんすかね?)

 

「これだッ!」というパーツの組合せが出来上がるたびに、ワトソンはクリックを呼びつけます。

クリックは、ワトソンが組み立てた模型の前で険しい顔をして腕を組み、ときおり模型の分子間の距離を定規で測ったりしています。

その様子を不安そうな面持ちで見守るワトソン。

そして、そのたびにクリックからダメ出しされるのがオチでした。

「この構造は、熱力学的にあり得ない」とか、なんとかかんとか、ってな具合ですな。

 

ロージィの写真の模写を見る、ずっと前。そう一年以上も前のこと。

彼らは、十分なデータがない状態で、すでに模型作りを始めていました。

ある日、クリックも「これならいいだろう」とワトソンにOKを出して、さあ、いよいよ模型をお披露目だと言うことで、ウィルキンスやロージィに見てもらったことがありました。

ウィルキンスは無表情。

その彼の表情を、不安そうにのぞき込むワトソンとクリック。

一方、ロージィの眼が見開かれました。

「なんなのこれは! こんなのがDNAであるはずないじゃないっ!!」

キャベンディッシュくんだりまでやって来て無駄骨だったとばかりに、毒まき散らして(笑)帰って行ったとさ。

 

この一件以来、クリックは慎重になりました。

この時の二人の失策は、所長のブラッグ卿の耳にも入るところとなり、卿を小おどりさせることとなりました。

卿は日頃、30代半ばにもなるというのに、まだ博士号すら取れない輩が天才づらして何にでも首を突っ込み、研究所中をかき回した挙句に何の成果ももたらしたことのないクリックを苦々しく思っていたのです。

クリックには、DNAなんてものに熱を上げないで、まずは博士号を取るための本来の研究テーマに集中して欲しい。これはブラッグ卿の親心でもありました。

一方のクリックにしてみれば、DNAが何の頭文字かも知らない前時代の遺物のような老人に、これ以上、自分にDNAの仕事をやめさせるための口実を与える訳にはいきません。

 

クリックは、少しでも疑念のあるモデルについては、納得いくまで検証しました。

しかし、100%の確信を持って「これだ!」と言えるものは見つけることができません。

 

7.そしてノーベル賞

 

こんなことを無為に繰り返していたある日、偶然にもワトソンは決定的なヒントを得ます。

これこそが、模型いじりから彼らをノーベル賞に導いた極めつけの情報でした!

 

ワトソンからDNAの模型を見てくれてと頼まれた化学者、ジェリー・ドナヒューが、ワトソンの塩基の模型の構造が間違っていると指摘したのです。

「ええっ!? 化学の教科書に載ってる通りに模型を作ったんやでッ!」

「だ、か、らぁ、教科書に載っている塩基の構造が、ほとんど全部間違ってるんだよねー。うんうん、知らないの君?」

「な、な、なんやとぅ? 教科書が間違ってるなんて思いもせえへんかったど!なんじゃそりゃあ〜!」

それが本当だとして、じゃぁ、なんでこの男だけがそのことを知っているんだ? こいつが教科書が間違ているって証拠を持っているってのかよ??

ドナヒューは、実際のDNA分子の中で、塩基が教科書に載っているような構造を取りえないことと、その理由について説明しました。

これは最近分かったことなので、多くの化学者がまだ知らないし、修正されていない古い教科書は全部間違っているのだと。。。

 

つまり、間違った構造の模型をいくらいじくり回しても、正しい答えにたどり着けるはずもなかった訳です。

化学の落第生、ワトソン君の面目躍如!

ワトソンは、化学の専門知識がなかったために、何日もの時間をムダに浪費したのでした。

否、クリックも知らなかったわけですから、仕方ありません。

 

彼はさっそく、ドナヒューが正しいと教えてくれた構造の塩基の模型を厚紙で作り、また、ああでもない、こうでもないと、模型いじりを再開しました。

それはまるで、幼児のブロック遊びと同じに見えました。

そしてついに、ワトソンの頭にビビッと来るものがありました。

あの有名な二重らせん構造の組合せに出くわしたのです。

 

塩基のGとC、AとTが向かい合って対を作ることで必然的に二重らせん構造になる。

これは全てがシックリくる!

これまでに知られているあらゆるDNAの性質とも矛盾しない。

つねにGとC、AとTの数が同じと言う「シャルガフの経験則」も完璧に説明できる!

親細胞の遺伝情報をどうやって正確に複製して、分裂後の娘細胞に受け継がせることができるのかも!!

そして何よりも、ロージィの回折写真と矛盾しない!

 

しかし、ワトソンはそれでも不安でした。

ドナヒューに自分の思いつきについて話し、何か不都合があるかと尋ねました。

彼が「いや、大丈夫だ」と答えたときには、天にも登る心地がしました。

ついに自分は、生命の造形物の姿を見出したのだと!

 

今までのモデルはどれも、自分でも「ちょっと無理があるな」と感じるものばかりでした。

そして、そのようなものは決まってクリックからダメ出しを食らって、あるものは瞬殺されてきたのでした。

しかし、今度のは違う! ワトソンには確信に近いものがありました。

 

さっそく、クリックを呼びつけます。急いで来いと。

今度はワトソンも自信満々!

しかし、相変わらずクリックは苦虫噛み殺した顔で模型のあちらこちらに定規を当てたりしています。

その様子を見て、またもや不安に駆られるワトソン。

わずかな時間が、永遠に続くかとすら思うほど、長く感じられます。

やはり、今度も自分は間違っているのか!?

その時、クリックの表情がゆるみました。そして、感情が爆発しました。

「やったなジム!ついにやったんだーッ!!」

 

今、二人の目の前には、厚紙ではなく、精密に作られたブリキ製のパーツからなる精緻な二重らせん構造の模型が威風堂々、誇らしげにその姿をさらしています。

 

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二重らせん構造の模型とJames Dewey Watson(1928年4月6日~)(左)、Francis Harry Compton Crick(1916年6月8日~2004年7月28日)(右) 相変わらずクリックは定規を手にしていますね(笑)計算尺かな?

 

全てが完璧! 全てが理論通りの数値に当てはまる!

 

ウィルキンスがやって来て、「おめでとう」と祝福してくれました。

ワトソンとクリックは、ロージィにも来て見てくれるように頼みました。

今度こそ彼女を屈服させ、「ざま見ろ」と言ってやりたい心境だったのでしょうか?

否、彼女に見てもらうことこそ試金石!

 

ロージィは険しい顔で模型を凝視しています。

この時は、さすがのクリックも胃の腑が締めつけられるような思いで彼女を見つめます。

そしてついに、ロージィの口が開かれました。

「こんなに美しいものが、間違いであるはずがないわ」

 

目の前にあるそのモデルは、生命がこれほどまでにシンプルで美に溢れたものかと、万人にため息をつかせるほどの完璧な調和を表現していたのです。

 

8.ロージィとウィルキンスとノーベル賞

 

その後、ワトソンはアメリカに帰国しました。

キャベンディッシュに残ったクリックは、ロージィと親交を深めました。

ロージィはクリックに、よく仕事上のアドバイスを求めたようです。

二人は互いに認め合うよき友人になっていました。

やがてロージィは体調不良を訴えます。

卵巣がんに侵されていたのです。

1958年、37歳の若さで逝ってしまいました。

 

ノーベル賞は故人には授与されません。

その代わり、といってはウィルキンスには失礼ですが、彼はワトソン、クリックと共に1962年にノーベル生理学・医学賞を受賞したのです。

 

takyamamoto.hatenablog.com

珍事! 故人にノーベル賞授与!

 

ロージィは、DNAの仕事の他にもタバコモザイクウイルスの構造決定など、結晶化学者として傑出した業績を残しています。

彼女が優秀な科学者であったことは疑いようもありません。ワトソンもそのことは認めています。

彼女は一人前のひとりの科学者として認めてもらいたかっただけなのです。

自分の業績を正当に評価してもらいたかった。。。

ですが、当時の社会の女性に対する不当な扱いの前に、高い知性と自尊心を備えた彼女は男性社会との苦闘の路を選んだのでしょう。

 

一方のウィルキンスはと言うと、ワトソンの著書では、ロージィのことに頭を悩ます内向的で神経質で慎重な研究者のイメージです。

しかしながら、当初、ワトソンはウィルキンスの知性の高さと落ち着いた物腰に惚れ込み、彼と仕事をすることを切望するほど、非常にいい印象を持っていたのも事実です。

ロージィと同様、ワトソンの著書で描かれたウィルキンス像もまた、若きアメリカ人青年ジムが受けた印象に過ぎなかったわけです。

 

二重らせん構造発見の話題になるたびに、ワトソンとクリックが並び称されるのに対して、ウィルキンスのことが取り上げられることは、ほとんどありません。

これは、良くも悪くもエキセントリックなワトソンとクリックのキャラクターに対して、ワトソンの著書によって固定化されたウィルキンスの地味なイメージのせいなのでしょうか?

実際にも、ウィルキンスは高い知性を備えた優秀な科学者だったとワトソンも書いている一方で、クリックからすれば、ウィルキンスはDNAに賭ける情熱も自分たちほど熱くなく、「金の卵を手にしていながら、何をぐずぐずしているんだ!」と蹴りを入れたくなるような、おっとりな性格だったようですね。

 

9.誰か一人が欠けても100年に一度の大発見はなかった!

 

  • 自分達ではDNA結晶のX線回折データを取得できなかったワトソンとクリック
  • 高品質の回折写真を撮りながら、DNAがらせん構造だと思い至らなかったロージィ
  • 不正にコピーしたロージィの写真をワトソンに見せたウィルキンス
  • 新聞の切れはしから、DNAのらせん構造の詳細を知ったクリック
  • らせんは二重構造だと直感したワトソン
  • 化学の教科書が間違っていることをワトソンに教えたドナヒュー

 

科学の進歩は、ひとりの人間の抜群な頭脳さえあれば良いと言うものではないのですね。

ロージィの腕、ワトソンの直観力、クリックの頭脳、ウィルキンスの確信犯的行動(笑)。そして、たまたま居合わせたドナヒューの見識。

その他の些末にも思えるような人々の営みと出来事。

これら一つひとつのことは一見別々の事象のようで、実は点と点を結ぶ一本の線。つながった結果の偉業だったのです。

この点と線のどれか一つでも欠けていれば、この偉業はなかったでしょう。

 

その中で、ロージィとウィルキンスの人間関係は不幸でしたが、ロージィの貢献が素晴らしかったことは疑いようもありません。

私を含めた多くの人が、ロージィが存命だったらノーベル賞を受賞しただろうと考えてしまうのです。

そういう意味で、ウィルキンスはもっとも不遇なノーベル賞受賞者かもしれません。

しかし、彼が誰よりもいち早くDNAの結晶解析に着手し、その仕事を進めるためにロージィを雇い、その結果がノーベル賞につながったことも、また真実なのです。

 

 

今回も最後までお読み下さり、ありがとう御座います。

 

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是非、ご意見やご感想、お叱りをコメントでお寄せ下さい。

大変励みになります。

 

 

088【「ヒトゲノム計画」のその後】終わってみて、何かいいことあったのかい?

目次:

1.「アポロ計画」より、はるかに高くついた?

2.全部分かったとして、それで何かいいことあるの?

3.「1000ドルゲノムシーケンス」を実現した技術革新!

4.既に何千人もの日本人のゲノム情報が登録されている!

5.人間は神の領域に踏み込もうとしているのか?

 

ゲノムについては、このブログでも何度が触れていますね。

ゲノムとは、ある生物種がもつ遺伝子(基本的にDNA)の全体のことです。

ヒトでは、一つひとつの細胞の核の中にGATCの4種類の塩基の並び(塩基配列)が30億個もあります。

この30億もの文字の並び(400字詰め原稿用紙で実に750万枚!)を全て解読しようというのが、この国際プロジェクトの全てにして唯一の目的です。

 

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1.「アポロ計画」より、はるかに高くついた?

 

この30億もの文字列を解読するのに、当時の技術で、どれくらいの時間と費用がかかるのか、想像できるでしょうか?

 

「ヒトゲノム計画」は、日米英などが1990年に30億米ドルの予算を組んで幕が切って落とされた、一大国際プロジェクトでした。

30億塩基で30億ドルですから、一塩基1ドルと言うわけですね。非常に切りのいい金額で分かりやすいです。

目標期間は15年。2005年の完了を目指して始められました。

 

過去ブログでも詳しくお話した遺伝子増幅技術「PCR法」の普及や、塩基配列解析の自動化が進むなどして、解読作業が効率化されたため、目標より2年早い2003年(奇しくもワトソンとクリックによるDNAの「二重らせん構造モデル」の提唱から50周年)に全配列が決定され、プロジェクトが完了しました。

 

PCR法については以下の過去ブログをご参照

takyamamoto.hatenablog.com

 

とは言え、費用は当初の予想をはるかに超えて膨大になりました。

お金の価値は当時とは違いますが、一説には、「アポロ計画」をはるかにしのぐ金額だったとの噂もあります。(あくまでも噂レベルです)

ちなみにウィキによると、17回ロケットを打ち上げ、6度の月面着陸を成功させたアポロ計画の全費用は200億ドル以上にのぼったとあります。

 

2.全部分かったとして、それで何かいいことあるの?

 

よく「遺伝子」と言いますが、古典的な遺伝子の定義は「タンパク質のアミノ酸配列を規定した領域」のことです。

DNAの塩基配列は一見デタラメに見えますが、タンパク質のアミノ酸の配列がGATCの文字列の組合せで指定されていることと、遺伝子の始まりと終わりを示す配列が分かっているので、今では、コンピュータを使って、長大な塩基配列のデータの中から、タンパク質の配列を指定しているゲノム上の領域、すなわち「遺伝子」が存在する領域を予測することができます。

しかしそれは、タンパク質のアミノ酸配列が分かるだけであって、そのタンパク質の機能まで正確に予測することは困難です。

機能が分からなければ、やはりそれはただの文字列に過ぎないのではないか?

莫大な資金を投じて、文字列だけを全部解読して一体何が分かるってのか? 何かいいことでもあるのか?

 

全部読んでみた結果、研究者や専門家たちを驚かせたことのひとつは、人間の遺伝子のおおよその数が分かったことでしょう。

プロジェクト前は、ヒトの遺伝子の数は5万個とも10万個とも15万個とも予測されていました。

ところが蓋を開けてみると、、、多かったのか?少なかったのか?

実は、ヒトの遺伝子の数は3万個にも満たなかったのです。

これは驚きでした。

これほどまでに複雑な生命体である人間が、これほど少ない数の遺伝子で生きていけるとはっ❗️

 

本論に戻りましょう。

プロジェクトが始まる前から、ヒトゲノム計画の意義について様々な意見がありましたが、次のような対極的な指摘がありました。

指摘1:ヒトの病気と遺伝子との関わり合いの解明など、人類の幸福と生命科学の発展に大きく寄与する。

指摘2:所詮はただの文字列。たくさんの人のゲノムを比較解析しないと、また、遺伝子の機能が分からないと、重要なことはほとんど何もわからない。

 

ヒトゲノム計画が終了してちょうど15年。果たしてどちらが正しかったのか?

「どちらも正しかった」が正解でしょうか。

 

指摘2のとおり、遺伝子と病気などとの関わり合いについては、多くの人で比較しないと分かりません。

ところが、ヒトゲノム計画の終了後、2000年代の後半からゲノム解析の技術が超飛躍的進歩を見せたのです。

現在では、「1000ドルゲノムシーケンス」といって、10万円程度で人ひとりの全ゲノム配列を解読することが出来ます。それも、わずか数日で!

 

ですから、現在の「ヒトゲノム計画」に対する評価は、指摘1のとおりと言ってもいいでしょう。

なぜなら、現在では実際に、何百人、何千人ものゲノムを網羅的に比較解析し、特定の病気に関与する遺伝子などが見つけられているのですから。

 

takyamamoto.hatenablog.com

暴力犯罪者800人のゲノム解析で「犯罪遺伝子」を発見!?

 

3.「1000ドルゲノムシーケンス」を実現した技術革新!

 

ひとつには、コンピュータによる膨大な配列データ解析の精度とスピードの向上があります。

そしてもうひとつ、非常に革命的な技術革新が「次世代シーケンサー(Next Generation Sequencer;NGS)」と呼ばれる、高速自動塩基配列解読装置の登場です。

このNGSは、生命科学分野にパラダイムシフトを起こすほどのインパクトがあったと言っていいでしょう!

 

イルミナ社の次世代シーケンサーの1機種

 

NGSでは1回の解析で、30億どころか1兆以上もの塩基配列を読み取ってしまいます。それもわずか1日!(これこそパラダイムシフト!)

NGSからアウトプットされた膨大な配列データをコンピュータで解析するのに要する時間を含めても、人ひとりのゲノム配列の決定が数日で完了します。

ですから、何百人ものゲノムの比較解析を行う研究なんてのも、それほど造作もないことなのですね。

 

上記の「指摘2」のように、ヒトゲノム計画の意義について否定的に考えた人たちだけでなく、ほとんどの専門家が、ヒトゲノム計画の完了後に、これほどの技術革新が起こるとは予想していなかったのではないでしょうか?

 

ちょっと古いですが、NGSについての分かりやすい記事がありましたので、リンクしておきます。

tech.nikkeibp.co.jp

 

4.既に何千人もの日本人のゲノム情報が登録されている!

 

NGSで市場をリードする米国のイルミナ社などが「100ドルゲノムシーケンス」、つまり100ドルまでのコストダウンを目指して技術開発にしのぎを削っています。

そうなってくると、医療の現場で、病気の診断や、患者ごとに最適な治療方法を決定するなどの目的で、全ゲノム解析が行われるようになるのでしょうか?

 

ゲノム配列は基本的に一生変わることがありませんので、一度解析すれば二度と行う必要がありません。

調べられたあなたのゲノム配列情報はデータバンクに登録され、必要なときにはいつでも情報を引き出すことが出来るようになるのかもしれません。

自宅からでも、病院の診察室の端末からでも。。。

 

以下の理化学研究所のプレスリリースにあるように、既に何千人もの日本人のゲノム配列情報がデータバンクに登録されており、研究への協力の同意の得られた人たちの情報が、様々な研究に有効に利用されています。

全ゲノムシークエンス解析で日本人の適応進化を解明 | 理化学研究所

 

現在、更なるコストダウンを目指すだけでなく、更なる高速化を目指した「次々世代シーケンサー」(「第三世代シーケンサー」とも)の開発が行われています。

この分野の技術革新はとどまるところを知りません。

 

5.人間は神の領域に踏み込もうとしているのか?

 

しかし、そんなに速くしてどうするんですかね?(は~やいことはいいことだ♪ってか?)

あらゆる生物種のゲノムを丸裸にして、生命の神秘を解き明かし、神の領域にまで踏み込もうというのでしょうか?

 

また、人間のゲノムの比較解析が進むにつれ、「優秀」な遺伝子と「劣等」な遺伝子なんかが見つかったりとか、現在ではタブー視されている「優生学」が復活したりして。。。

つまり、ゲノム解析から、優秀な人間と、そうでない人間に区別されたりとか。。。

 

以下の過去ブログでお話した通り、いまや人類は、生物のゲノムを思いのままに自由に改変する技術(「ゲノム編集」と「遺伝子ドライブ」)を手にしつつあります。

いや、もう既に「手にした」と言ってもいいのかもしれません。

「優秀」といわれる遺伝子を人間の受精卵に入れ込むことなど、現在の技術では、もはや造作もないことなのです。

倫理観と道徳心に欠けた人たちが、これらの技術を濫用するとどういうことになるのか?

最悪の絶望的なシナリオに付き、再度、以下の記事をお読み頂けると幸いです。(自分でも「力作」と思っている記事です)

takyamamoto.hatenablog.com

 

今回も最後までお読み下さり。。。

いやいや、このまま暗い感じで記事を終えると、なんだか後味悪いですよね(笑)

では、トリビアなウンチクをひとつ。

 

ヒトゲノム計画では、一人の人のゲノムが解析されたのではなく、各国のプロジェクトチームが、それぞれに別個の人のゲノムサンプルを使っていました。

なので、人種すら異なる複数の人の配列情報をつなぎ合わせたモザイクというか、キメラ(キマイラ)というか、、、そういう全ヒトゲノム配列だったのです。

 

キマイラ(山羊の胴体にライオンの頭、毒蛇の尻尾をもつギリシャ神話の動物)

 

個人が特定された、完全に一人の人間の全ゲノム配列が世界で始めて公開されたのは、あのDNA二重らせん構造モデルのジェームズ・ワトソン博士その人のものだったのです。2007年のことでした。

ちゃんちゃん♪

 

 

今回も最後までお読み下さり、ありがとう御座います。

今度は本当に終わり(^^)

 

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087【「丸山ワクチンの真実」がん(その11)】着想から70年以上!末期がんから生還した人、数知れずも、いまだ未承認の「元祖がん免疫療法剤」

目次:

1.ワクチンでガンが治るって?

2.がん免疫療法の祖、丸山博士は皮膚科医

3.結核ワクチンが、なぜハンセン病にも効くのか!?

4.腫瘍免疫学を半世紀以上先取りしていた偉人

5.口コミで広がった丸山ワクチン

6.承認治療薬を目指して

7.不当な「不承認」

8.製薬行政の「大人の事情」って?

9.条件を満たせば、丸山ワクチンの治療は誰でも受けられる

 

丸山ワクチン」ってご存知ですか?

聞いたことくらいはあります?

どんな印象を持ちます?

ワクチンでガンが治るなんて、それも末期がん患者が治るなんてうさん臭い?

まあ、そんなところかなと思います。

 

丸山ワクチン」は世界初のがんワクチンです。

その考え方は斬新でした。

斬新すぎて、返って受け入れられにくかったのかもしれません。

 

免疫力でガンを治す!

免疫チェックポイント阻害剤に先立つこと60年!

丸山先生がご存命なら、ノーベル賞を受賞しても全然おかしくない!!

丸山先生のコンセプトが正しかったことは、21世紀の医学研究が証明しています。

 

※ 本ブログ記事は、丸山ワクチンの抗腫瘍効果を保証するものではありません。臨床試験にて「効果なし」との報告も多くあり、その効果は科学的には未だ証明されていません。

 

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1.ワクチンでガンが治るって?

 

ワクチンというのは、感染症の予防で使用される予防接種ですよね。

細菌やウイルスに対する免疫力をつけさせてやることで、感染症を予防するものです。

 

「がんワクチン」

がんは感染症ではありませんよね。

なのにワクチンでガンが治る?

 

本ブログの熱心な読者の方はよくご存知のことと思いますが、本来、我々の体は、自身の免疫力でガンをやっつけられるだけの強力な治癒力を備えているものなのです。

その人間が本来持つ免疫力を引き出すのが、ひとつは「免疫チェックポイント阻害剤」であり、あるいは私がよく話題にしてきた自然免疫を強力に誘導する「βグルカン」なのですが、この両者がなぜガンによく効くのかが理解されるようになったのは、やっと今世紀に入ってからです。

しかし、戦後間もなく、既にこのことに気がついた、誠に先見の明をもった医学者がいたのです。

丸山千里(ちさと、私の娘と同じ名前です)博士その人です。

 

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丸山 千里(1901年~1992年)

 

2.がん免疫療法の祖、丸山博士は皮膚科医

 

丸山先生は皮膚科医でした。

太平洋戦争も激しさを増す1944年、丸山先生は結核のワクチンを作ろうとしていました。

当時、結核のワクチンとしては、細菌学の祖、ロベルト・コッホが1890年に開発したツベルクリンがありましたが、あまりにも副作用が強く、ワクチンとしては決して有効とは言えませんでした。

当時の日本人の死因第一位は圧倒的に結核

なんとかこの疾病を防ぐすべはないものか!?

 

コッホが開発した結核ワクチンは、結核菌の抽出物からできたものでした。

免疫というのは、病原体の物質に対して免疫を作るのですから、病原体の抽出物を注射して免疫を惹起する。この考え方はワクチンの基本です。

ではなぜ、これほどまでに副作用が強いのか?

丸山先生は、コッホのワクチンには結核菌由来の毒性の強い物質が含まれていると考え、その有害物質を特定し、取り除く研究を日夜続けていました。

しかし、その研究は困難を極めました。

寝ても覚めてもそのことばかり。家庭も顧みず研究に没頭する日々。

それもこれも、ひとりでも多くの命を救いたいがためでした。

 

3.結核ワクチンが、なぜハンセン病にも効くのか!?

 

試行錯誤すること3年。

研究に没頭するうちに戦争は終わっていました。

そして、ついに研究は成功。

動物実験で副作用の出ない結核ワクチンの開発に成功したのです!

 

結核の患者によく効き、ツベルクリンよりも断然副作用が少ないのでした。

ワクチンというと「予防」とお思いかもしれません。

しかしワクチンは、発症したあとからでも免疫力を増強することで、病気を回復させるものもあります。

 

皮膚科医の丸山先生はハンセン病患者も診ていました。

な、なんと、結核ワクチンである丸山ワクチンは、なぜかハンセン病患者にもよく効いたのです。

ハンセン病はらい菌によります。

結核菌に対する免疫は結核菌のみに有効で、他の菌に効果があるはずありません。

これは当時の免疫に関する経験則では常識でした。

はしかに対する免疫が水疱瘡に無力なのと同じです。

なぜ丸山ワクチンハンセン病にも効くのか?

理由は分かりませんが、とにかく丸山先生はハンセン病患者も注意深く観察しました。

 

4.腫瘍免疫学を半世紀以上先取りしていた偉人

 

当時、東京・東村山のハンセン病患者専門の療養施設には1300人もの患者がいましたが、ある日、丸山先生は、施設にこれだけのハンセン病患者がいながら、ほとんどガン患者がいないことに気がついたのです。

なぜ???

そこで、丸山先生はご自身が診ている結核患者についても調べてみました。

やはり、ほとんどガン患者はいなかったのです。

なぜ? なぜ?? Why??? ホワ~イ????

 

丸山先生は考えました。

ハンセン病患者に結核ワクチンが効くはずがない。結核にせよ、ハンセン病にせよ、病原菌に感染している状態であることが、ガンにはならない原因なのではないか? 理由は解らないが。。。」

ここが丸山先生の凄いところ。誠に先見の明です。

 

ほんの数十年前まで、いや、21世紀に入ってからも、「アレルギー疾患の人は免疫が過剰なので、ガンや感染症にかかりにくい」とか、逆に「感染症の人は免疫が落ちているから、ガンにかかりやすい」なんてことを平気で言う人がいました。

そんなことはありません。いや、むしろ大間違いです。

感染症にかかりながらも、ガンにもならない人は少なくないのです!

このことについては、以下の過去ブログで詳しくお話しています。

takyamamoto.hatenablog.com

 

過去ブログでお話したとおり、免疫は「強いか弱いか」という、シーソーのような二元的なバランスで成り立つものではないのです。

当時の免疫の常識に囚われることなく、早くもそのことに気づいた丸山先生は、まさしく偉大だったと思います。

まことに半世紀以上、時代を先取りしていた人です。

 

5.口コミで広がった丸山ワクチン

 

結核菌であれ、らい菌であれ、何らかの病原菌に感染していると、ガンになりにくい。

自分のワクチンは結核菌から抽出したもの。

これを接種すれば、結核菌やらい菌に感染したのと同じ効果を与えて、ガンを抑制するのではないか!

丸山先生は、自身の思いつきを確かめたくって仕方ありませんでした。

でも、ひとりでできることは限られています。

そこで、全国の病院・医院を回り、自分の発見と自身の考えを説いて、協力者を募りました。

 

丸山先生の話に強い関心を示したひとりの医師がいました。

彼は急性リンパ性白血病の少年を診ていました。

それも、大きな大学病院で抗がん剤治療を受けたものの、もはや打つ手なしと見放された子です。

その医師も半信半疑だったことは言うまでもありません。

でも、他に何ら手立てはないのです。

失うものは何もありません。

 

その患者に丸山ワクチンを各日で打ちました。

なんと、少年は1年で退院出来るまでに回復したのです。

こうして少年は、丸山ワクチンで末期ガンから生還した「症例第1号」になったのです。

 

でも丸山先生は、この1例だけで浮かれることはありませんでした。

その後、丸山先生は、多くのお医者様の協力を得て、丸山ワクチンの評価を続けました。

喜びの患者の声は、患者から患者へ! 驚きの医師の声は、医師から医師へ!

全国から、丸山ワクチンに最後の望みを託した患者さんたちが、丸山先生を頼んでやって来るようになったのです。

 

6.承認治療薬を目指して

 

1966年7月になってようやく、丸山先生は、「結核菌体抽出物による悪性腫瘍の治療について」という臨床報告をしました。

イタリアのフィレンツェで行われた国際癌学会でも発表し、大きく注目されました。

 

そして日常に戻れば、結核菌を培養して抽出液を調製する作業と、全国からやって来るがん患者に向き合う日々をひたすら続けるのでした。

丸山先生は70歳を超える年齢になっていました。

丸山先生の息子さんたちは、もし父親に万が一のことがあれば、丸山ワクチンが永遠に失われることを危惧していました。

製薬メーカーにノウハウを譲れば、丸山ワクチンは生き続けることができます。

しかし、人の命を盾にとって利益を得るような製薬メーカーの手に渡れば、いい金儲けの道具にされるだけではないか?

丸山先生は迷っていました。

しかし、息子さんたちは、僅かな希望をこの薬にかける多くの患者さんのため、幻の薬に終わらせないようにと丸山先生を説得しました。

 

丸山先生が選んだのは、中堅の新興製薬メーカーでした。

ゼリア新薬工業

丸山先生が、なぜこの会社を選んだのか? いろいろ調べましたが分かりませんでした。

利益第一主義の大手製薬メーカーに不信の念があったのでしょうか?

 

ゼリア新薬丸山ワクチンの権利を得たことを受けて、報道が過熱しました。

日本国内はもとより、海外からも丸山ワクチンを求めて患者が殺到したのです。

丸山先生に協力する医師や医療機関からも、続々と臨床データが発表されました。

様々なガン種において、手の施しようのない末期がん患者で5割を越える5年生存率を示す結果が続々と報告されたのです。

これは驚くべき数字です。

単純に数字を比較できるものではないのですが、もしかすると「免疫チェックポイント阻害剤」よりもすごいかも知れない!

しかも、副作用はほとんどなし!

 

7.不当な「不承認」

 

1976年。丸山先生は、数々の驚くべき臨床データを含めた著書を発表しました。

その著書の中で、丸山先生は、「丸山ワクチンは、放射線療法や化学療法との併用よりはむしろ、単独で使用してこそ効果がある」と言ってのけたのです。

これは、医学会や製薬業界に非常に強い不快感を与えたようです。

丸山先生のこの本は、一般の人の興味を惹きましたが、一方で丸山ワクチンの「悲劇の始まり」ともなったようなのです。

なぜなら、これ以降、一日も早く治療薬として国の承認が欲しいと願い、丸山先生がガン関連の学会で最新の成果を発表すると、学会の重鎮から「こんなうさん臭い薬で人心を惑わすことはやめるべきだ」というようなことまで言われる始末なのでした。

同年11月。ゼリア新薬は当時の厚生省に「抗悪性腫瘍剤」として承認申請をしましたが、国はなかなか丸山ワクチンの効果を認めようとはしません。

「提出されたデータでは効果は確認できない」として、何度も何度も追加のデータの提出を求めては、ダラダラと承認を引き伸ばしました。

 

1981年8月。ついに厚生省は「不承認」を決定したのです。

ところが、ここが役所のよく分からんところです。

「引き続き有効性を検証するため」として、「有償治験薬」としたのです。

「有償治験薬」って何じゃ?

ホンマに「何?」ですね。

 

普通、治験(実際に患者さんに薬を投与して効果や安全性を検証する、端的に言えば「人体実験」)と言えば、患者が費用を負担することは一切ありません。

ほとんどすべての費用は申請する製薬メーカーが負担するものです。

これは極めて異例な扱いです。

なぜ患者が治験の費用の一部を負担しないといけないのか?

確かに、たとえ有償でも「丸山ワクチン」を投与して欲しいと望む患者さんは後を立たなかったのは事実です。

国が、そういう人たちに配慮したのでしょうか?

「却下」した薬でも、望む人には与えられるようにと。

いや、うがったところでは、どうしても丸山ワクチンを治療薬として認められない大人の事情があったのかもしれません。

しかし、それでは丸山ワクチンを必要としている多くのガン患者さんからの謗り(そしり)は免れない。

それなら、「有償治験薬」という名目で、「完全に却下した訳ではない」とアピールしたかったのではないのでしょうか?

 

8.製薬行政の「大人の事情」って?

 

以下は、ネットに書き込まれた多くの人の見解をまとめた上での推論に過ぎません。そのことを事前にお断りした上で書かせていただきます。

 

丸山ワクチンの承認申請以前には、いや、その後でも、副作用が強く、効果もそれほど顕著でない抗がん剤が多く承認されてきました。

そこに驚くべき効果と副作用の少ない丸山ワクチンの承認申請があったわけです。

抗ガン作用のメカニズムはほとんど不明。でも効き目は凄い!

もし、こんな怪しいものでほとんどのガンが治ってしまったら、これまでの抗がん剤はいったい何だったのか?

承認した国も、使用を推奨した医学会もメンツ丸潰れです。

いや、潰れるのはメンツだけでは収まりません。

抗がん剤を主力製品にしている大手製薬メーカーまでも潰れかねません。

経済界・産業界が打撃を被ります。

 

のらりくらりと承認を避けながらも、必要とする患者からは決して取り上げはしなかった。

ネットで世論の論調を読んでいると、おおかた上のような事情の様に読み取れます。

 

9.条件を満たせば、丸山ワクチンの治療は誰でも受けられる

 

ゼリア新薬の申請から42年が経過した現在。丸山ワクチンはいまだ承認されていません。

しかし、現在でも、「有償治験」に参加する意思がある患者は誰でも(治験対象患者の条件を満たせば)、丸山ワクチンの投与を受けられるのです。

でも、気になりますよね。

先進医療みたいな特別な治療法って、全国でも一部の医療機関でしか受けられないですよね。

丸山ワクチンの投与を受けられる医療機関って、全国でどれくらいあるんですか?

実は、がん治療を行っている医療機関であれば、全国のほとんどすべての医療機関で投与を受けられるそうです。

そして、気になる費用は1ヶ月分1万円弱!

なんと、1年でも10万円程度です。

 

治療薬として厚労省から未だに承認されておらず、もちろん保険適用もされていないわけです。

でも、それが一月1万円ってどういうことですか???

これで末期ガンから生還できるかもしれないとの希望が持てるの?

それだったら、厚労省の承認なんて必要ないですよね?

 

でも、承認薬でないことのデメリットもあります。

ひとつには、丸山ワクチンの正しい情報が、それを必要としている人に伝わりにくいということです。

打つ手のなくなった患者に、諸手を挙げて丸山ワクチンを薦める医師も、そう多くはないでしょうし。

 

丸山ワクチンのオフィシャルサイトがあります。

丸山ワクチン・オフィシャルサイト

 

また、医療機関によっては、ホームページで丸山ワクチンの情報を取り上げているところも少なくありませんので、検索してみて下さい。

 

この記事が、情報を必要としている方々のお役に立てれば幸いです。

 

 

今回も最後までお読み下さり、ありがとう御座います。

 

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