Dr.やまけんの【いつまでも健康に過ごすために大切なこと】

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085【「感じの悪い」笑顔を見るとストレスがたまる】

笑顔の素敵な貴方に(笑)

今回は、会社の人が教えてくれた心理学の論文の内容を紹介します。

 

www.natureasia.com

 

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皆さん、「笑顔」が持つパワーって絶大ですよね。

「私は貴方の味方ですよ」、「貴方は大丈夫です」、「頑張ってね」、「応援しています」といった理解や承認の意を示す笑顔は、相手に安堵感と親密感と自信を与えます。

ところが、心理学では、必ずしも笑顔がいいことばかりでなく、返って相手にストレスを与え、時に相手との人間関係にも大きな影響を及ぼすこともあるというのです。

そう、相手の健康を害するような、悪い影響すら与えると言うのです。

なんで笑顔が???

 

以前から、前向きな言葉がけが相手にいい影響を与えることは知られていました。

たとえば、スピーチのあとで人から、「良かった」、「おもしろかった」、「話がうまい」なんてい言われるとまんざらでもないですよね。

極度のあがり症の私が、人前で話す前にやっている「アンカリング」という手法は、過去に他人から頂いた前向きな言葉がけによって自己暗示をかけることで、自信を強化するテクニックです。

他人からの暖かい応援の言葉は、本当にありがたいものだと思いますよ。

 

takyamamoto.hatenablog.com

アンカリングについては、過去ブログをご参照下さい

 

逆に「良くなかった」と追い討ちをかけるような言葉は、本人が思う以上に相手に精神的ダメージを与えるようです。

たとえ、相手が欠点を修正することで、もっと良くなると思ったとしてもです。

特にその人の立場が、上司や先生や親など、相手よりも立場が強い場合ほど、その影響は顕著だと、この論文では述べられています。

ですから、会社でも学校でも家庭でも、特に子供なんかには、欠点を修正させる教育ではなく、長所を褒めて伸ばすべき、というのが現在の一般的な考え方のようですね。

 

このような「言語」による働きかけは、視床下部-下垂体-副腎軸」という人体で最も重要なストレス応答系に影響を及ぼすそうです。

ストレスによる様々な生理機能の変化、心拍数の増加、血管の収縮と血圧の上昇、呼吸の深度と回数の変化などは、副腎から放出される「コルチゾール」などのストレスホルモンが自律神経に働きかけて起きるものです。

 

さて、耳から入る言葉の影響が良く研究されている一方で、眼から入る「笑顔」が相手にどんな心理的影響を与えるのかと言うと、あまり研究結果は多くなかったのだそうです。

そこが今回の研究の動機のようですね。

この論文では、90名の男子学生を被験者にして、いくつかの種類の「笑顔」が与える心理学的影響について調べられています。

 

「笑顔」なら、何でも相手にいい影響を及ぼすのかと言うと、そうでもないらしく、人間は「誠実な」笑顔と「不誠実な」笑顔を無意識に識別し、精神的な影響を受け、その結果、さらに身体的影響にも及ぶのだそうです。

身体的影響とはどういう意味か?

それはすなわち、ストレスなどの悪影響を与え、病気すらもたらすかもしれないという事のようですね。

 

今回の研究では、笑顔を①行動を強化する「報酬」の笑顔②脅威がなく社会的な絆を促進または維持する「親和」の笑顔③社会的地位に基づいて不承認を示唆する「優越」の笑顔、の3つに分けるとして、それぞれの笑顔に対する被験者の反応を、唾液中のストレスホルモン、コルチゾールの濃度を測定することで評価しています。

唾液にコルチゾールが多いほど、ストレスを強く受けている証拠というわけですね。

 

この3つの種類の笑顔の定義について、あまり具体的な説明はないのですが、①ならば会社の上司が部下に「頑張れよ」て笑顔で激励するような場合でしょうか。「結果を出せば、報われるぞ」という「報酬」の笑顔。

②ならば、同僚や近しい人から「大丈夫だよ。応援してるから」ってな笑顔でしょうか。相手を心から思いやる「親和」の笑顔。

そして問題の③は、笑顔で「ダメ」と言われるような場合ですが、往々にして、会社の上司や先生など、その人の方が相手より地位の高い場合に当てはまる、「優越」の笑顔というわけのようです。

 

この第三の「優越」の笑顔に対して、被験者の唾液中のコルチゾール濃度は有意に増加したという結果です。

つまり、笑顔で「ダメ」ですが、これが相手のことを思っての「ダメ」ならまだしも、その人に「俺の方が上」とか、「決定権は俺にある」なんて「優越」の意識を感じさせる場合に、相手に強いストレスを与えるようです。

「作った笑顔」というのは、相手に不誠実な「感じ悪さ」が伝わるのですね。

 

ストレスは、一時的に身体の生理機能に変化を及ぼすだけでなく、特に長期的なストレスの持続は、脳卒中心筋梗塞など循環器系疾患のリスクだけでなく、うつ病などの精神疾患の発症率も高めます。

感じの悪い上司の下で働かなければならない人たち。

ただひたすら、日々のストレスに耐えるしかない。。。

そうして、2年3年、5年10年。。。

 

うつ病患者の自殺率の高さは、わが国では非常に深刻な社会問題になっています。

そう、「感じの悪い笑顔」が他人を病気にし、極端に言うと死に追いやる可能性もあるということですね。

だから、上司や先生だからって、「上から目線」は禁物なのですね。

いかん、いかん。。。

反省、反省。。。

 

他人に優しい笑顔を心がけたいものです。

しかし、「これがけっこうむずかしい」(クレヨンしんちゃん調)

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今回も最後までお読み下さり、ありがとう御座います。

 

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是非、お読みになったご意見やご感想、お叱りをコメントでお寄せ下さい。

大変励みになります。

 

 

084【臨床検査について考えてみよう(その2)】次世代のがん検診「リキッド・バイオプシー」

目次:

1.「スクリーニング検査」の具体例

2.どうして、病気の人を正しく「病気」と判定し、異常のない人を正しく「異常なし」と判定できないの?

3.「感度」と「特異度」

4.便潜血検査に代わる大腸がんのスクリーニング検査は現れるのか?

5.「リキッド・バイオプシー」でがんを見つける!

6.「100ドルゲノムシーケンス」と「AI」によるがん検診の実現

 

前回の続き、「臨床検査」の2回目です。

 

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1. 「スクリーニング検査」の具体例

 

疑わしきグレーなヤツらを片っ端から逮捕する「スクリーニング検査」

 

腫瘍マーカー」というのがあります。

正常な細胞では作られないタンパク質が、細胞ががん化することで異常にたくさん作られて、一部は血液中に入るので、血中の濃度を測定することで検査できます。

多くの腫瘍マーカーが、がんの進行に伴って上昇するので、がんの進行の程度や治療効果を知るのに測定されるほか、検診でがんの疑いのある人を見つけるために測定されます。

 

例えば、PSAという腫瘍マーカー

前立腺がんで血中濃度が上昇する、非常によい腫瘍マーカーです。

健常な人では、だいたい2ng/ml以下で、基準値は4ng/ml未満です。

ですので、4ng/ml以上だと、前立腺がんの疑いありとして逮捕されるのです。

でもですね、下の表を見ていただければ分かるとおり、4ng/ml以上の人を精密検査しても、やはり前立腺がんではなかった、という人も結構いるのですね。

 

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4~10ng/ml未満はグレーな人たち。この人たちのうち、前立腺がんが見つかる確立は25~30%。

つまり、70~75%の人が前立腺がんでもないのに、無実の罪を疑われて、精密検査を受ける羽目になるって訳です。

 

PSAが10ng/ml以上の人は「陽性」です。

それでも、前立腺がんが見つかる確率は50~80%ですね。

 

どうしてこういうことになるのかって言うと、PSAは前立腺がん以外にも、前立腺肥大症や前立腺炎でも上がることがあるのです。

体の外から何らかの刺激やストレスを受けても上がります。

運動しても射精しても上がることがあるそう。

 

前立腺がんでない、そういう人たちも嫌疑をかけられて、逮捕されるのです。

疑わしきは捕まえて、詳しく詮議する。

これが検診(健診)におけるスクリーニング検査の基本理念といってもいいでしょう。

 

2.どうして、病気の人を正しく「病気」と判定し、異常のない人を正しく「異常なし」と判定できないの?

 

最近は、あまり車に搭載している人を見ませんね。

オービス(自動速度違反取締装置)の電波を検出する装置。

 

あれって、ホント役に立たないですよね。

電波の検出感度を調節するダイアルがあるのですが、感度を上げすぎると敏感になりすぎて、いろんな電波に反応するのか、始終ピーピー鳴りっぱなし。

うるさいし、だいたいどれがオービスの電波なのか分からないので、感度を落とすと、今度はオービスの間近まで近づいたところでいきなり鳴り出す始末。

ビックリして、慌ててブレーキ踏もうとしたその刹那に「バチッ」! 時すでに遅し!(トホホ)

(夜撮られた人の話によると、本当に「バチッ」と音が聞こえそうなくらいに、目もくらむような発光をするそうですね)

 

感度が高すぎても、低すぎても、具合が良くない。

これと同じことが検診(健診)のスクリーニング検査でも言えるのです。

一人でも多く疑わしい人を捕まえようと、感度を上げる(基準値を下げる)と、異常のない多くの人まで捕まえてしまって、確定診断のための精密検査が大変です。

かといって、感度を下げる(基準値を上げる)と、今度は、病気の人を見落とす確率が高まります。これではスクリーニング検査の意味がありません。

 

3.「感度」と「特異度」

 

病気の人を正しく「病気」と判定する確率「感度」と言います。

一方、異常のない人を正しく「異常なし」と判定する確率「特異度」といいます。

感度、特異度とも100%の検査法が理想ですが、検診や健診で簡易に使える検査法で、そのようなものはなかなかないのが現実で、だからどうしても、疑わしい人を多く拾い上げ、後から精密検査で確定診断をするという手順になるのです。

 

例えば、大腸がん検診で実施される「便潜血検査」。

これは、がんによる出血と痔による出血を全く識別できません。

単に、便に血が混じっていれば「陽性」ですから。。。

私も一昨年、予想通り便潜血陽性となり、大腸内視鏡検査を受けましたよ。

結果は「キレイな大腸してますね」

(苦しかったな~ もうゴメンだよ)

 

便潜血検査の感度と特異度がどのくらいなのか調べてみましたけど、よく分かりませんでした。

随分前、ある大腸専門の外科の先生が、便潜血陽性の人で大腸がんが見つかるのは5割にも満たない、とかおっしゃっていたように記憶しています。

 

検診(健診)で引っかかって、精密検査しても大半が異常なし。

こんなの「大いなる無駄」、それこそ「医療費の無駄使い」じゃないのか?

でも、大腸がん検診では、便潜血検査以外に費用が安く、簡単に検査できる方法がないのですから、使い続けるしかありません。

大腸がんを一人見落とすと、その後にかかる医療費は膨大になり、手遅れで発見されれば、その人と周囲の人に悲劇が訪れるのですから。

 

4.便潜血検査に代わる大腸がんのスクリーニング検査は現れるのか?

 

出血なんて、がんに特異的でも何でもありませんよね。

大腸がんに特異的な腫瘍マーカーで、安く簡単、確実に検査できる方法が切望されてきました。

 

90年代に入って、遺伝子増幅技術PCR法の発展によって、遺伝子レベルでの高感度な検査が可能になりました。

 

takyamamoto.hatenablog.com

PCR法については、上の過去ブログご参照

 

そこで考えられたのが、便中から大腸がん細胞由来の異常なDNAやRNAを検出するという方法です。

がん細胞の変異したDNAや、正常な細胞が発現しないRNAを検出するのです。

 

でもですね。これが想像以上にものすごっく難しくって、20年以上経った現在でも実用化には至っていません。

なぜなら、便というのは大半が腸内細菌や大腸から脱落した死んだ自身の細胞です。

もう、ウンコはというと、細菌や自身の細胞のDNAやRNAでまみれているのです。

その中から、ごく微量のがん細胞由来の異常なDNAやRNAを正しく見つけ出すというのは、これはもう想像以上に修羅の道だったのです。

 

5.「リキッド・バイオプシー」でがんを見つける!

 

検診や、その後の精密検査でがんだと確定診断されたとします。

その次にお医者様がしなければならないのは、どの程度進行したがんなのか? どのような性質のがんなのか? 適した治療法は何か? ということを判断しなければなりません。

でも、そのためには「検体検査」とか「画像診断」では往々にして不十分なことがあります。

では、そのために何をしなければならないか?

それは、直接がん組織を採取して、がん細胞の性質を調べるのです。

「生検」とか「バイオプシー」とか呼ばれますね。

 

でも、このバイオプシー。場合によっては簡単ではないし、患者の心身にとっても大きな負担を負わせます。

例えば、肝臓がんなら肋骨の間から針を刺したり、前立腺がんなら直腸の中からやはり針を刺したり。。。

考えただけでゾッとします。

 

近年、遺伝子検査技術の進歩とともに期待されているのが「リキッド・バイオプシー」

「リキッド」は「液体」、「バイオプシー」は「生検」。

これまでの「生検」とは、個体である臓器組織を採取することでした。

でも、「リキッド・バイオプシー」とは、まさに「液体」。

それは、固体の臓器組織ではなく、液体である「血液」のことを意味しています。

 

先述したように、がん細胞が産生する異常なタンパク質が血中に入るので、血液を採取して、それを測定してがんの診断に応用するのが「腫瘍マーカー」。

実は、タンパク質だけでなく、がん細胞そのものや、がん細胞由来のDNAも血液中に入り、体中を循環していることが、もう随分と前から知られていました。

それぞれ「血中循環腫瘍細胞」「血中循環腫瘍DNA」と呼ばれます。

だとすれば、体に針を刺したりしなくっても、採血するだけで、がん細胞やがん細胞由来のDNAの検査ができるのではないか?

これが「リキッド・バイオプシー」の考え方です。

 

6.「100ドルゲノムシーケンス」と「AI」によるがん検診の実現

 

生検、内視鏡

こういった患者の心身に負担を強いる「侵襲度」の大きい検査ではなく、採血程度で済むような、より低侵襲な検査によって、より情報量の多い検査が可能になるかもしれません。

 

ただ、リキッド・バイオプシーの最大の問題は、がんに関連した異常なDNAを検出すると言っても、がんに関連したDNAの異常と言ったら、それはもう、星の数ほどもあるのかと言うくらい、多種多様なのです。

リキッド・バイオプシーによるがんの検診なり、確定診断なりを実現するためには、これまでに見出された、がん関連の遺伝子異常のパターンを漏れなく検出できる技術が求められます。

がん関連の遺伝子異常のパターンってどのくらいあるのか?

それはもう、何百万、何千万通りの膨大な数に上るでしょう。

そんなことが検診レベルで可能なのか?

 

近年、人一人のゲノム解析を、わずか1万円程度で出来るようにするという、いわゆる「100ドルゲノムシーケンス」の実現が目指されています。

わずか100ドルでゲノムの配列が決定されたからと言って、60億塩基対もある膨大なゲノム情報をどうやって解析し、がん診断に活用するのか?

この大きな問題の解決のために、「ビッグデータ」を超短時間で解析する「AI」の活用に期待がかかっています。

 

そして、AIでは、ビッグデータを扱う能力だけでなく、医者によって見立てが異なると言ったことが無くなることが期待されます。

医療用AIには、過去のあらゆる医学論文が登録されます。

AIは、短時間でこれら膨大な情報を閲覧し、検査結果と照合して正しい診断、正しい治療方針を下すことが可能になると期待されます。

過去全ての論文を読んで憶えている医者なんているわけないですからね。

とてもAIにはかないません。

 

あと何年かかるのか? 私には分かりませんが、実用化に向けた研究が世界中で進められています。

 

そうすると、いずれ医者も弁護士も判事も要らなくなるのでしょうね。

人間にしか出来ない仕事って、一体何が残るのでしょうねー。

やっぱり人の心に寄り添うような仕事?

いやいや、もしかしたら、人生相談もAIにし、AIがセラピストの仕事もしてしまうかもしれませんよ。

もしかしたら政治家だってAIが。。

 

でも、考えてみれば怖い気もします。 

それって、ウルトラセブンの「第四惑星の悪夢」みたいな悲観的な世界ですよ。

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と言っても、ご存じない方も多いと思うので、「第四惑星の悪夢」については、以下をご参照下さい。

50年も前に人類の行き着く先を予言した、子ども向け番組の枠におさまらない、近未来SFの傑作として名高いエピソードです。

 第四惑星の悪夢 (だいよんわくせいのあくむ)とは【ピクシブ百科事典】

 

まあ、こんな風にはならないことを祈るのみです。

(最後で、ちょっと脇道にそれちゃいました)

 

 

今回も最後までお読み下さり、ありがとう御座います。

 

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是非、お読みになったご意見やご感想、お叱りをコメントでお寄せ下さい。

大変励みになります。

 

083【臨床検査について考えてみよう(その1)】「要精密検査」で精密検査を受けたのに「異常なし」だって?

目次:

1.「臨床検査」って?

2.検診で「要精密検査」。でも、面倒だから行きたくないんだけど。。。

3.死を覚悟した私の実体験

4.検診で「要精密検査」。でも、精密検査では異常なしってこと、結構あります

5.疑わしきは全員逮捕! 「スクリーニング検査」とは?

6.がんの宣告を恐れる人の心理

7.陽性? 陰性? スクリーニング検査で、どこで線引きするか?

次回予告:

 

超最先端の神の技術「ゲノム編集」から一転、皆さんにとって、とっても身近な、皆さんが病院で受ける「臨床検査」のお話をしましょう。病院で受ける検査。あれです。

「いつまでも健康に生きるために大切な事」

なんか久しぶりに、本ブログの初心に戻ったような感じですね。

 

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1. 「臨床検査」って?

 

体調に変化を感じたら病院に行きますよね。

お医者様は問診し、胸の音を聞き、喉や首のリンパ節の腫れを診、血圧を測ります。

それで診断がつかなければ、疑われる病気の当たりをつけ、その見立てが正しいかどうかを確かめるため必要な検査をします。

どんな病気なのか、どこがどの程度悪いのか、適した治療法は何か、などを判断するために必要な検査。

これが「臨床検査」です。

 

「臨床検査」は大きく2つに分類されます。

ひとつは「生理機能検査」と呼ばれ、患者の体を直接調べる検査で、例えば、レントゲンやCT、エコーなど、画像で診断するもの、胃カメラなどの内視鏡で直接目で見るもの、心電図や脳波など、物理的データで示されるものなどがあります。

もうひとつは、「検体検査」と言って、患者の体ではなく、患者から採取された「検体」を検査する方法です。検体としてポピュラーなのは断然、血液と尿ですね。

皆さんも健康診断に行けば、尿と血液は必ず採られるでしょう?

他に検体となるのは、喀痰(かくたん)、鼻水、便、唾液などは採取が容易なので、使われることが多いです。

あまり多くはありませんが、疑われる病気に応じて採取される検体に、脳髄液(これは採取には、かなりの危険が伴います)、膣ぬぐい液(性感染症など)、肺胞洗浄液(気道感染症など)などがあります。

疑われる病気に応じて、様々なものが「検体」として人体から採取され、検査されます。

 

2.検診で「要精密検査」。でも、面倒だから行きたくないんだけど。。。

 

とある地方自治体が実施したアンケートで、がん検診を受けない人たちに、受けない理由を聞きました。

 

回答の上位に来たのは、1.面倒、2.健康に自信あり(根拠のない自信だなぁ。アホだよ、この人たち)、3.忙しい、でした。

まあ、「自分に限っては大丈夫」とか、「病気になったら、その時はその時」くらいに思っているのでしょう。

こういう人たちは、自分の健康問題に関して、間違いなく意識が薄いですね。

 

これらに次ぐ回答は、なんと「異常が見つかるのが怖いから」でした。

病気かも知れないけれども、それでも知るのが怖い。それなら知らない方が幸せ。

少なくとも、「否応なく、病気の恐怖を思い知らされるまでの間は」という条件付きですがね。

でも、私には、こういう人たちの気持ちはよ~く分かります。

いや、分かるような気がします。

なぜなら、私にも同じような経験がありますから。

 

3.死を覚悟した私の実体験

 

過去の本ブログでも書きましたが、もう一度お話しますね。

私の長女も今は大学3年生。ということは、もう20年以上も前の話です。

 

私たちの第一子である長女が妻のお腹にいるときでした。

会社の検診を受けたのですが、人事部から「もう一度検査を受けるように」と言われました。

理由を聞きましたが「知らない」と言います。とにかくもう一度、病院に行くようにとのことです。

怪訝に思いながら病院に行きました。

そこで、お医者様から言われたのは、血液細胞の検査で「異形細胞が認められる」ということでした。

 

形の異常な血液細胞

当時、臨床診断薬メーカーの研究開発部門に務めていた私には、そのことが意味することは至極明白でした。

白血病の疑いです。

 

もう一度採血されました。

血液細胞の検査というのは、血液検体から血球細胞を分離して、固定処理や染色処理を施して標本を作り、その後に顕微鏡下で資格を持った検査技師が、直接目で見て判定します。

ですので、結果が出るまで時間がかかるのです。

ただでさえ時間がかかる検査なのに、その時はゴールデンウィーク前で、検査会社もお休みです。

結果が出るのはGWの後です。

 

それまでの約2週間。せっかくのGWというのに、私は陰々滅々たる思いで過ごさねばなりませんでした。

「ああ、この子は父親の顔も知らないテテなし子になってしまうのか」と、まだ生まれてもいない娘を不憫に思うと同時に、自身の死に対する恐怖と戦っていました。

世間がGWに浮かれていると言うのに、私は常にどんよりとして気が晴れず。晴れるはずもありませんが。。。

 

そして、検査結果を聞きに行く日がやってきました。

もし、なんともなかったのなら、紙切れ一枚で知らせてくればいいこと。検査の結果は「陰性」だったと。

でも、会社は結果を聞きに病院に行けと言います。

直接、先生が私に結果を通達する?

いや、それは間違いなく悪い結果だ。でなかったら、紙切れで知らせればいいはず。

私は死を覚悟しました。

覚悟したと言っても、不安でいっぱい。病院に向かう私の歩は、地を踏みしめている感覚がなく、目の前の風景はグラグラ、ユラユラと揺れていました。

そして、待合室で呼ばれて、診察室に入るよう言われたとき。

気を失いそうで、自分の足で歩いて診察室のドアまで行けるのかどうか。行けたとしてもドアをノックして入室できるのだろうかと思うほどの心の動揺。

 

果たして先生の口から出た言葉は、、、

「陰性」

前回の結果は「アーチファクト(人為的な要因による誤判定)」だったろうとのことでした。

 

私は幸いにも、これまで大きな病気をしたことがありません。

病気の経験がない人には、なかなか病気で苦しむ人の気持ちは分からないのだろうと思います。

でも、この経験によって、短い期間でしたが、私は病気への不安、死に対する恐怖を味わいました。

とても得難い経験でした。

もうずいぶん前の事ではありますが、あの時の気持ちを忘れないよう、時々思い返しては、病気の人の気持ちを考えるようにしています。

 

4.検診で「要精密検査」。でも、精密検査では異常なしってこと、結構あります

 

上記の自治体のアンケートは、がん検診を受けなかった人を対象として、なぜ検診を受けないのかを聞いた結果ですが、検診や健診(あっ、「検診」と「健診」の違いについては別の機会があればお話ししますが、今は「大差ない」ものとお考えいただいて差し支えないでしょう)を受けて「要精密検査」という結果を受けても、精密検査を受けない人も結構いるようです。

その理由はというと、上のアンケート結果と似たようなものでしょう。

「がんを宣告されるのが怖い」

分かります。すっごく分かります。

 

一方で、まったく別の理由によって、精密検査を「受けに行かなくなった」人もいるのではないでしょうか。

というのも、検診(健診)で何かの検査項目が陽性になり、忙しいなか、せっかく休みを取って精密検査を受けに行っってやったのにも関わらず、結果は「異常なし」!

「なんやて!?ふざけんな!!」

そんな経験をした人はたくさんいるでしょう。

 

異常がなかったのだから、喜ばしいことなのですが、忙しい中、せっかく精密検査に「行ってやった」のに、異常なしとは何事か!!

そんなら、最初から「陽性」とか、「要精密検査」とか言うな!!と言うわけです。

そして、何度かそんなことがあると、「どうせ今回も、何の異常もないんだろ?」ってなオオカミ少年状態になり、以後、一切、精密検査に行かなくなるのです。

 

私もありました。

便潜血検査で「陽性」が出て、「要精密検査」。大腸内視鏡検査を受けましたよ。

朝から夕方近くまでつぶれてしまいますね。

結果は異状なし。

先生からは、「きれいな大腸してますね」とお褒めの言葉を頂きました。(ウフッ)❤

 

たぶん、精密検査で異常がなかった人には、誰にでもそう言ってるんじゃないかと思いますね。

中には、「異常ないのなら、初めから精密検査なんかに呼びつけるな! 忙しんだ、こちとらはよ!!」と逆切れする人もいるかもしれないので、検査したお医者さんとしても、その予防線を張っているのかもしれません。

 

それはともかく、検診(健診)で「陽性」、「要精密検査」と言われて、精密検査を受けた結果は「異常なし」。

なんでこんなことが普通に頻繁に起こるのでしょうか?

それは、検診(健診)が、疑わしい人を出来る限り見逃さず拾い上げることを目的とした「スクリーニング検査」だからです。

 

5.疑わしきは全員逮捕! 「スクリーニング検査」とは?

 

「スクリーニング検査」とは、ネットの「コトバンク」によると、「大勢の人の中から『そのの疑いのある人』を早く発見し、早期の適切な治療や病気のコントロールにつなげるための検査です。多くの場合、結果は『疑わしい』というもので、さらに詳しい検査をする必要があります。」

 

疑わしい人を残らず拾い上げて、更なる精密検査で病気の有る無しを確定する。それが「スクリーニング検査」

だから、グレーの人もすべて逮捕しておき、その後のさらなる詳細な捜査で白黒をハッキリさせるわけです。

それで白と分かれば、「きれいな大腸ですね」とご機嫌取りの言葉をかけられて、晴れて無罪確定となるわけですな。(笑)

 

検診(健診)で陽性となっても、精密検査の後、異常なしと分かる人は結構いる訳です。

それでは、労多くして実少ないような気もします。

精密検査をするお医者さんや技師さんにしても大変だし、第一、病気でもない多くの人に費用のかかる精密検査を実施して、医療費の無駄使いのようにも思えます。

だいたい、そもそもの話として、「検診(健診)の検査一発で、病気か病気でないかがハッキリ分かればいいじゃないか!!」と申される御仁も多いででしょう。

でも、検診(健診)では、そうもいかないのです。

 

6.がんの宣告を恐れる人の心理

 

下のリンクのサイトでは、大腸がん検診である「便潜血検査」で陽性と出ても、精密検査を受けなかった人にアンケートを取り、精密検査を受けなかった理由について聞き取りをしています。

kenken.or.jp

 

多かった理由は、「忙しい」。次いで「痔があるから」。

そう、便潜血検査は、それが大腸がんによる出血なのか、痔によるものなのか、一切識別できません。

私も小さな「ぢ主」ですが、やはり便潜血検査で陽性と出て、精密検査を受けろと言われたときに「どうせ痔のせいやろ」と思うと、あの苦痛を伴う大腸内視鏡検査を受けるのは、非常におっくうでしたね。

だって、あの検査って、胃カメラと同様、お医者さんの腕によって、楽と苦が大きく分かれるし。。。

 

そして、次いで多い理由が、やはり「大腸がんと宣告されるのが怖い」というものです。

上のリンクのサイトにもあるように、「父親が大腸がんで亡くなっているから、自分も多分大腸がんだろう。だから病院へ行くのが怖い」と言う人がいたとか。

この気持ちは分からないでもありません。

でも、だからこそ、貴方がリスクの高い人だからこそ、早期発見が何よりも重要で、そのための検診なのです。

今この恐怖を乗り越え、真の勇気をふり絞らないと、この人に待っているのは、「確実なる死の恐怖」ってこともあり得ます。

「あの時、勇気を出して精密検査に行っていれば、、、」なんて後悔しても、後の祭りなんですよ。

 

知るのが怖いのは分かります。

私は、実際にがんになったことはありませんし、だからもちろん、がんを宣告された経験もありません。

でも、上記の体験をした私には、少しは分かるような気はします。

再検査の結果を聞きに行った時の私の混乱ぶりと言ったら、そう、歩いていても、まともに歩いている感覚すらなかったのですから。。。

自身を制御することすら難しかった。。。

 

そう。私が再検査の結果を聞きに病院に行った時の事。20年以上たった今でも鮮明に思い出せます。

なんとか診察室のドアをノックして入室し、先生の前に座って、先生の口元だけを見ていました。とても先生の目なんて見られませんでしたよ。もう、恐ろしくって。。。

そして、先生の口からどんな言葉が発せられるのか?

もう、心臓はバクバクです。

死の宣告の確率はどのくらいか? 50/50? コイントスのようなもの?

自分の運命はさいの目に委ねるしかない?

すべては神の思し召し? すべては天命?

 

よく「走馬燈」とか言いますが、そのようなイメージが、本当に走馬燈のようにグルグルと私の頭のなかを駆け巡っていたのです。

そして、「アーチファクトだった」と聞いた瞬間に私の心を包み込んだ、言いようもなく大きな安堵感。

 

7.陽性? 陰性? スクリーニング検査で、どこで線引きするか?

 

検診(健診)とはスクリーニング検査です。

疑わしい人を出来るだけ多く炙り出すのが、その最大の目的です。

 

でもですね。

そのために、ちょっとしたことで嫌疑をかけると、誰でも彼でも「逮捕」ってことになりますよね。

とりあえず逮捕して、後でよく調べる。

それでは、後のご詮議が大変です。

それでもやはり、「(確証はないけれど)疑わしい」と言う者を拾い上げ、とりあえず「逮捕」するのが、検診(健診)によるスクリーニング検査の基本なのです。

 

厳しく逮捕すれば、精密検査する人が増えて、検査する側は大変です。 

じゃあ、逮捕するかしないか、どこで線引きすればいいのでしょうか?

 

逆に取り締まりを緩くすれば、再検査は減りますが、「黒」の人、つまり、本当に病気の疑いがある人を多く見逃すかもしれません。

 

厳しくしても、緩くしても「一長一短」

そこのところが、スクリーニング検査の悩ましいところなのです。

次回以降、実際の検査項目、例えば腫瘍マーカーを例に挙げて、その辺りを具体的にお話します。

 

次回予告:

  • スクリーニング検査で疑わしきを全て捕まえると、一体どうなるのか?

  • なぜ、一回の検診(健診)で病気を確定できないのか?

  • 検査で、病気の人を正しく病気と判定する確率「感度」、病気でない人を正しく病気ではないと判定する確率「特異度」とは?

 

 

今回も最後までお読み下さり、ありがとう御座います。

 

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是非、お読みになったご意見やご感想、お叱りをコメントでお寄せ下さい。

大変励みになります。

 

 

082【そんなに凄いの?「ゲノム編集」(その3)】「悪魔の所業」か「神の御技」か!?「クリスパー・キャス9」が可能にした「遺伝子ドライブ」

目次:

1.「遺伝子ドライブ(Gene Drive)」とは?

2.「メンデルの遺伝の法則」を復習しよう

3.神の技術が「遺伝子ドライブ」を可能にした!

4.「遺伝子ドライブ」で何が出来る?

5.SFホラーか!? 「遺伝子ドライブ」の原理

6.実用化が近い「遺伝子ドライブ」の応用例

7.「クリスパー・キャス9」の最大の問題点

8.「遺伝子ドライブ」がもたらす恐怖のシナリオ!

 

当初、前・中・後編の3回にわたってお送りしようと思っていた「ゲノム編集」ですが、4回以上のシリーズになりそうですので、3回目の今回のタイトルを「その3」とさせて頂きました。

 

それから、前回の「次回予告」とは大きく内容が変わっています。

ご了承下さい。

 

あっ、それから、以下の動画を先にご覧になって頂いてもいいでしょう。(日本語字幕つき)

動画の説明は、分かりやすいですよ。

 

www.ted.com

 

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1.「遺伝子ドライブ(Gene Drive)」とは?

 

世の中には、悪魔的に頭のいい人がいるものですね。

こんなことを考えつくなんて、本当に恐ろしい!

キャーー!

 

今回、「ゲノム編集」の記事を書くに当たって、最新情報を含め、一からゲノム編集を勉強し直しました。

その中で、とてつもなく恐ろしい技術があることを知ったのです。

人類の幸福と発展に資する技術であることは間違いないのですが、使い方を誤ると取り返しの付かないことになる、まさしく「諸刃の剣」!

39億年の長きにわたって築き上げられた自然の生態系をメチャクチャに破壊し、二度と元に戻せなくなるかもしれない。それも数年という、超短期間のうちに!

 

その名を「遺伝子ドライブ(Gene Drive)」

 

いや、名前ぐらいは聞いたことがありましたが、どんな技術なのか、何のために使えるのか、具体的には全く承知していませんでした。

勉強はしてみるもんです。

 

ウィキによると、「遺伝子ドライブとは、特定の遺伝子あるいは遺伝子群が偏って遺伝する現象」とあります。

また、「一定範囲の個体群、または生物種全体を遺伝的に改変する有効な手段」とも。

でも、こんな説明では、よく分かりませんよね。

実にさらりとした、無機質なウィキの説明ですが、そこには実に恐るべき真実が隠されているのです。

 

2.「メンデルの遺伝の法則」を復習しよう

 

ヒトの染色体は23組。

それぞれ父親と母親からひとつづつ引き継いだ2本の染色体がセットになっています。

この2本ずつの染色体は、互いに同等なので、「相同染色体」と呼ばれます。

相同なそれぞれの染色体には、同じ遺伝子が含まれています。

基本的に同じ遺伝子を2個ずつ持っているわけで、「相同遺伝子」と呼ばれます

 

この「相同染色体」あるいは「相同遺伝子」の片方が子供に伝わる確率は1/2です。

「メンデルの遺伝の法則」の基本のキですね。

 

ヒトの性別の遺伝について考えてみましょう。

23組のヒトの染色体のうち、性染色体XとYだけは互いに大きく構造が異なっており、厳密には「相同」とは言えません。

でも、メンデルの法則について考えるとき、性別は非常に分かりやすいので、例に挙げて考えます。

 

ヒトの性別は、性染色体の組み合わせで決まります。

XXならオンナ、XYならオトコです。

子供がオトコであろうと、オンナであろうと、母親からはX染色体しか受け継げません。

ですから、子供がオンナかオトコかは、ひとえに父親からX染色体を受け継ぐか、Y染色体を受け継ぐかで決まります。

父親からXを引き継ぐ確率も、Yを引き継ぐ確率も、(ほぼほぼ)50%です。

つまり、オンナが生まれる確率も、オトコが生まれる確率も、(ほぼほぼ)50%ということです。

ですから、何世代を経ようと、男女の比が変わることはありません。

 

ですが、仮定の話として、もし、父親からYを引き継ぐ確率を60%、70%に引き上げることができたらどうなるか?

もし、Yを100%引き継ぐとしたら、時間はかかりますが、世代を経るうちにオンナは減っていき、ついには世界はオトコだらけになってしまうのであった!!

(あんまり魅惑的な世界ではないな)笑

 

このように、ある遺伝子が偏った比率で後世に伝わる現象。

これが「遺伝子ドライブ」なのだよ!!

(知らんかったクセに、えらそーに言うな)

 

3.神の技術が「遺伝子ドライブ」を可能にした!

 

こんなこと、人間が自然な生殖、つまり自然なセックスをしている限り、起こりっこありません。

しかし、人為的にこの「遺伝子ドライブ」を引き起こすことが、技術的に可能であることを示唆したイギリスの科学者がいました。

2003年のことです。

(この人が、悪魔的に頭のいい人ですよ!)

 

技術的な可能性は示したものの、当時の技術では、ある特定の遺伝子を、ある生物種の中で偏った比率で効率的に伝播させることは容易ではありませんでした。

しかし、2013年、この「遺伝子ドライブ」を、一気に現実のものにするような革新的技術が登場したのです。

それはまたしても、神のハサミ「クリスパー・キャス9」

 

クリスパー・キャス9を遺伝子ドライブに応用することを考え出したのは、現ハーバード大の研究者。 

この人も悪魔的だな!

 

でもこの方、自ら発案した遺伝子ドライブ技術について、その使い道を誤るとえらいことになると警鐘を鳴らす世界的オピニオン・リーダー でもあり、とても倫理観の高い科学者なのです。

 

4.「遺伝子ドライブ」で何が出来る?

 

さっきから、「悪魔の技術」だとか、「諸刃の剣」だとか、悪し様に言って、やたらと恐怖心を煽っていますが、もちろん、科学は人類の幸福に資するべきものです。

「遺伝子ドライブ」が、どんないいことに応用できるのか挙げてみましょう。

 

例えば、

などだと言います。

 

なんか、とっても世の中の役に立つようですね。

それも、以前の科学技術では、とうてい不可能と思われていたことばかりです。

「遺伝子ドライブ」素晴らしい!

「遺伝子ドライブ」LOVE❤

 

現在、ある国では、国をあげたプロジェクトとして、「遺伝子ドライブ」で有害外来種の撲滅を図ろうとしています。

先にヒトの性別を取り上げて例示したとおり、クリスパー・キャス9を使ったゲノム編集により、オスしか生まれないように外来種を改変し、その改変外来種を少数、野に放つのです。

この改変外来種が、自然界で繁殖を繰り返せば繰り返すほど、どんどんメスが減っていき、ついには撲滅に追い込めるという考えです。

(オスばっかりかぁ。ある意味、むごい仕打ちだよな)

 

5.SFホラーか!? 「遺伝子ドライブ」の原理

 

「遺伝子ドライブ」の原理について、例えば、遺伝病を根絶する方法について考えてみましょう。

 

あっ、ここからはちょっと小難しいので、飛ばして6から読んで下さっても結構ですよ。

 

過去ブログで、「ウェルナー症候群」という遺伝病を取り上げたことがありました。

 

takyamamoto.hatenablog.com

 

ウェルナー症候群は、正常でないWRN遺伝子を2つとも親から受け継ぐことで発症します。

下の図では、両親ともに、正常でないWRN遺伝子(赤色小文字のw)をひとつずつ持っているとします。

 

f:id:takyamamoto:20180129200250p:plain

 

それぞれの親から、正常なWRN遺伝子(青色大文字のW)と正常でないWRN遺伝子を子供が引き継ぐ確率は、いずれも50%です。メンデルの法則ですね。

ですから、それぞれの親から正常でないWRN遺伝子を受け継いで、正常でない遺伝子を2つとも持つ確率は1/4です。

ヒトが自然な生殖をする限り、メンデルの法則に則り、この確率が変わることはありません。

ですから、ウェルナー症候群は、この世から永遠になくなることは無いのです。

 

ゲノム編集技術では、受精卵の正常でない遺伝子を、正常な遺伝子に入れ替えることは、そう難しくありません。

ゲノム編集と遺伝子ドライブとで、遺伝病である「ウェルナー症候群」を駆逐する作戦をシミュレートしてみましょう。

 

正常でないWRN遺伝子を2つ持った受精卵があるとします。

このまま生まれると、将来、ウェルナー症候群を発症する可能性があります。

まず、この受精卵にゲノム編集により、2つの正常でないWRN遺伝子の片方を、正常なWRN遺伝子と入れ替えてやります。

ですが、このとき、同時に別の2つの遺伝子も一緒に組み込むところが「遺伝子ドライブ」のミソです。

その2つとは、なんと「クリスパー」と「キャス9」の遺伝子なのです。

 

まずは、通常の手順に従い「クリスパー・キャス9」で正常ではないWRN遺伝子の片方を切断します。(図A)

このとき、「クリスパー」と「キャス9」と「正常なWRN遺伝子」が一列に並んだ「DNAカセット」も、いっしょに受精卵の核の中に注入してやります。(図B)

そして、うまい具合に、片方の正常でないWRN遺伝子を、上記の「DNAカセット」に置き換えることに成功しました。

図Bの中で「相同組換え」という言葉が出てきますが、これは後で説明します。

 

f:id:takyamamoto:20180129200354p:plain

 

この受精卵は、母親のお腹の中に戻され、分裂を繰り返しながら分化し、人間の形になっていきます。

このときに、胎児の一つひとつの細胞の中では、実に恐ろしいことが起きているのですよ。

これはもう、背筋も凍るような「SFホラー」の世界です。

でも、これは、SFみたいな架空の話ではなく、今この時も、世界のどこかで実験が行われている超現実なのですよ~~~っと。

キャーーーー!!

 

おっと、取り乱してしまいました。申し訳ありません。

図の説明に戻りましょう。

 

受精卵の片方の染色体に、正常なWRN遺伝子とともに組み込まれた「クリスパー」と「キャス9」の遺伝子。

もちろん、この2つの遺伝子は、分裂を始めた細胞一つひとつの中で生きています。

組み込まれた「クリスパー」遺伝子からは、特定の遺伝子配列を見つけ出す「クリスパーRNA」が、そして、「キャス9」遺伝子からは、二本のDNA鎖をぶった切る「DNA切断酵素」が作られます。

細胞の中で作られたクリスパーが、どんなDNA配列を標的にしているのかと言うと、実は、WRN遺伝子そのものなのです。

 

一つひとつの細胞の、もう一方のWRN遺伝子は元のまま。つまり正常ではありません。

細胞内で作られた「クリスパー・キャス9」が、この正常でない方のWRN遺伝子を切断するのです。(図C)

 

ここから、ちょっとややこしくなります。

しちめんど臭いと思われる方は、どうぞ飛ばして読んでください。

 

私たちヒトから細菌に至るまで、細胞にはゲノムの損傷を修復する機能が備わっています。

ひとつには、難しい言葉ですが「相同組換え」という修復の方法があります。

2つある片方の遺伝子が損傷した場合、もうひとつの正常な相同遺伝子のコピーをとって、損傷部分と入れ替えることで元通りに修復します。

もうひとつの正常な相同遺伝子のコピーを使って組み換える。

すなわち「相同組換え」です。

 

f:id:takyamamoto:20180129200539p:plain

 

いま、「クリスパー・キャス9」によって、正常でないWRN遺伝子が破壊されました。

細胞は、相同遺伝子の配列のコピーを作って、これを修復しようとします。

ところが、相同なもう一つのWRN遺伝子には、「クリスパー」と「キャス9」という、余計な2つの遺伝子も一緒に並んでいます。

正常な相同遺伝子のWRNとともに、この2つの余計な遺伝子も、相同組換えによって、破壊されたWRN遺伝子と置き換えられるのです。(図D)

このときに、互いの遺伝子配列と同じ部分、つまり相同な配列部分(図の黒いボックスH1とH2)を「のりしろ」にして組み換えるのです。

つまり「相同組換え」ですね。

 

どうです? これで、2つの相同遺伝子とも、正常なWRN遺伝子に変換されました。

ただし、「クリスパー」と「キャス9」という、お邪魔な遺伝子も一緒です。(図E)

 

分かります?

生きて分裂する細胞の中で、「クリスパー・キャス9」によって導入された「クリスパー・キャス9」遺伝子から「クリスパー・キャス9」が作られて、その「クリスパー・キャス9」が、もう片方の正常でないWRN遺伝子をゲノム編集した結果、もう片方にも「クリスパー・キャス9」を入れ込むのです。

???

ついて来れます?

 

「クリスパー・キャス9」で「クリスパー・キャス9」を入れて、そんでもって、また「クリスパー・キャス9」を入れ込む。

まるでロシアの入れ子人形「マトリョーシカ」みたい。

きゃぁぁぁぁぁ!!

 

f:id:takyamamoto:20180129200833p:plainマトリョーシカ

 

この「クリスパー・キャス9」の連鎖反応が、ある生物種で特定の遺伝子を猛烈なスピードで伝播させる原動力、すなわち「Driving Force」になるのです。

これが、「遺伝子ドライブ」の恐るべきパワーです。

 

これによって正常化したWRN遺伝子は、その子供にも受け継がれます。

もはや子孫にウェルナー症候群という病気が遺伝する心配はありません。

たとえ、正常でないWRN遺伝子を持つパートナーとの間に子供が出来ても、ゲノム編集を施された片方の親から受け継がれた「クリスパー・キャス9」遺伝子が、パートナー由来の正常でないWRN遺伝子を、生きた細胞の中で自動的に正常なWRN遺伝子に、次々と置き換えていくのです。「クリスパー・キャス9」遺伝子ともども。。。

キャーーーーーー!!

おっと、また取り乱してしまいました。失礼!

 

この処置を、出来るだけたくさんの正常でないWRN遺伝子を持つ受精卵に施し続ければ、ウェルナー症候群はどんどん減っていき、いずれ撲滅できます。

何十世代もかかりますが。。。

ただ、「クリスパー」と「キャス9」という余計な遺伝子を一生背負ったままです。

そして、この余計な遺伝子は、永々と子孫にまで伝えられるのです。

 

「クリスパー」と「キャス9」は、もともと細菌由来の遺伝子です。ヒトにはありません。

細菌の遺伝子を導入され、病気を克服した人類!

これで病気からは救われますが、これはもう、明らかに遺伝子改造人間ですよね。

別の生物種、細菌由来の遺伝子を導入された人間!

ドクター・モローの島」や「ザ・フライ(ハエ男)」の上を行く超現実!!

キャ~~~~~~~!!(もう、えェってッ!)

 

こんなことが許されるのでしょうか?

私には分からない。。。。

 

あっ、実は、遺伝病を遺伝子ドライブで駆逐するのは、何十世代、何世紀もかかりますので、現実的ではありません。

それに、やはり、クリスパー・キャス9の遺伝子が、WRNが正常な人にも広まるので、やはりよろしくありません。

ただ、遺伝子ドライブの恐ろしさをお伝えするのに良い題材かな?っと思って例示しました。 

 

6.実用化が近い「遺伝子ドライブ」の応用例

 

「遺伝子ドライブ」の応用で、もっとも実用化に近く、そして、人類の幸福に大きく貢献しそうなのが、マラリアの撲滅です。

いやいや、マラリア原虫にゲノム編集して、遺伝子ドライブで撲滅しようということではありません。

マラリアを媒介する蚊を、ゲノム編集でマラリアが寄生できないように改変し、遺伝子ドライブで、このマラリアに耐性を持つ蚊を一気に広めようというのです。

 

「遺伝子ドライブ 画像」の画像検索結果

 

下の「Nature」の日本語記事にあるように、蚊を遺伝子改変することによって、マラリアが寄生できないように出来ることは、以前から分かっていました。

でも、それを効率よく自然界に広める方法がなかったのです。

この問題に、一気に解決の目処を与えたのが「クリスパー・キャス9」による「遺伝子ドライブ」です。

 

遺伝子ドライブでマラリアと闘う | Nature ダイジェスト | Nature Research

 

ゲノム編集してマラリアに耐性を持たせた蚊を、少しばかりマラリアの多い地域に放つだけ。

ライフサイクルの短い蚊のこと。うまくいけば、遺伝子ドライブによって、数年で野生型の蚊を、遺伝子改変した蚊に置き換えられると予測する研究者もいます。

 

この話は、冒頭でリンクした動画でも説明されていますね。

 

7.「クリスパー・キャス9」の最大の問題点

 

これまであえて触れませんでしたが、「クリスパー・キャス9」には、克服されるべき大きな欠点があります

 

過去の2回の記事で、「クリスパー・キャス9」によるDNA切断の精度が極めて高いかのような印象を、読者の皆さんに与えてしまったのかもしれません。

実は、「クリスパー・キャス9」の精度、つまり切断する配列に関する正確度は、特にヒトへのゲノム編集の応用を考慮した場合、決して高いとは言えません。

 

端的に言うと、「クリスパー・キャス9」は、狙った遺伝子配列以外の場所でもDNAを切ってしまう可能性が結構高いのです。

これを「オフターゲット効果」と言います。

標的を正しく切る、これが「オンターゲット」。標的以外の、切ってはいけないところを切ってしまう、これが「オフターゲット」と言うわけです。

 

これは特に、標的DNAの配列と非常によく似た配列が別の場所にある場合、「クリスパー・キャス9」は、その場所を見誤って切ってしまう可能性があるということです。

クリスパーRNAの配列とマッチするかどうかで標的DNAを見つけるのですが、他の場所で似たDNAの配列があって、それが塩基一つか二つくらいの違いであると、切ってしまうことがあるのです。

「オフターゲット効果」の頻度はと言うと、細胞の種類や標的DNAの配列によって大きな差があり、一概には言えないようです。

 

もし、上述のウェルナー症候群の「遺伝子ドライブ」で、「クリスパー・キャス9」がWRN遺伝子以外の場所で、オフターゲット的にゲノムを切って、そこにある遺伝子を破壊するようなことがあれば、一体どうなるか?

それがもし、がん抑制遺伝子であったなら、ウェルナー症候群からは開放されますが、一方で、遺伝性のがんになる可能性が出てくるのです。

「遺伝子ドライブ」では、全ての細胞に「クリスパー・キャス9」が組み込まれているのですから、全ての細胞で、オフターゲット効果によって間違った遺伝子を全て切り終えるまで切り尽くします。

キャーーーー!!(もうよろしい!)

その結果は明らかですよね。

この人が子供を作ることによって遺伝性のがんが広まります!

 

現在、オフターゲット効果を減らすべく、コンピューターによるクリスパーRNAのデザイン・アルゴリズムの開発や、キャス9酵素の改良が盛んに行われています。

 

ヒトの受精卵でゲノム編集を「やっちまった」国もありますが、以上のような現在の技術的限界の側面からも、「クリスパー・キャス9」の精度が「十分安全」と言えるレベルまで改善されるまで、ヒトへの「クリスパー・キャス9」の応用は慎重に考えるべきです。

もちろん将来、ヒトの病気の治療法開発の為に研究を行うのであれば、ヒト受精卵で「オフターゲット」の効率を検証することも重要でしょう。

そういう意味では、ヒト受精卵を用いたゲノム編集の実験は、避けて通れないとも考えられます。

ヒト受精卵実験の問題をどう規制するのか?どこで線引きするのか?

とても難しい問題です。

 

8.「遺伝子ドライブ」がもたらす恐怖のシナリオ!

 

ゲノムに組み込まれた「クリスパー・キャス9」遺伝子によって、生物が「生きたまま」ゲノム編集され続ける「遺伝子ドライブ」!

キャァ・・・(ええかげん、やめとこか?)

 

考えただけで空恐ろしい!

使い方を誤れば、とんでもないことになります。

 

前回の記事で、遺伝子改変した「優生人類」の作出も可能な域に達しつつあると言いました。

もし、「オフターゲット効果」の問題が克服されたなら、ますますヒト受精卵へのゲノム編集をやりたくなる研究者・科学者がきっと現れるでしょう。

 

人間に遺伝子的に優れた形質を導入することによって生み出されるであろう「優生人類」

これに「クリスパー・キャス9」による「遺伝子ドライブ」を応用すると、世代を経るにしたがって、その優生人類を増やしていくことが出来るのは、上述したとおりです。

ヒト受精卵のゲノム編集研究を適切に規制しないと、どういうことになるか?

その最悪のシナリオのひとつとして、真剣に以下のような事態を憂慮する人もいます。

 

大金を払えば、自由に、望みのままに受精卵を操作し、デザイナー・ベイビーを作ってくれるサービスを提供する企業が現れるかもしれません。

こんなサービスが受けられるのは、一部の裕福層だけでしょう。

ゲノム編集によって生まれた金持ちの子供は頭がよく、スポーツも出来るのですから、もともと親が金持ちである上に、さらに自身の社会的地位も上がっていきます。

そして、「遺伝子ドライブ」によって、その子供も、さらにその子供も「優生人類」。一族郎党「優生人類」です。

社会では、一部の優生人類が幅を利かせ、富と権力を意のままにするかもしれません。

そして、遺伝子改変された「優生人類」と、改変されていない「野生型人類」に区別されるようになるかも知れません。

おいしい仕事、いいポジションはすべて優生人類に持って行かれ、スポーツ競技で上位につけるのも、すべて優生人類。

プロスポーツ選手やオリンピック選手、医者、弁護士、政治家はみ~んな優生人類!

ついには、遺伝子改変されていない「野生型人類」は、アパルトヘイトのように生活の場も隔離され、職業選択の自由も結婚の自由も奪われる。

完全に二極化した差別社会。

 

これまでのどんな差別社会よりも悲惨かもしれません。

なぜなら、「誰もが同じ人間」という意識の芽生えによって、これまで多くの差別問題が克服されて来ましたが、この未来世界では、その前提が成り立たない!

なぜなら、遺伝子改変された「優生人類」は野生型の人間、つまり遺伝子改変されていない普通の人間とは、明らかに同じではないのですから。。。この事実は誰も否定できない。

 

なんか、「銀河鉄道999」の世界を思い出しましたよ。「機械人間」。金持ちだけが得られる永遠の体。そして、虐げられる生身の人間たち。

 

f:id:takyamamoto:20180129201439p:plain哲郎の宿敵「機械伯爵」(「銀河鉄道999」より)

 

いや、決してSF漫画の世界ではなく、真剣にこのような未来を憂える人が少なからずいるのです。

こんなことをさせないためには、私たちはどうすればいいのか?

 

「神の御技」か「悪魔の力」か!?

「遺伝子ドライブ」は、病気の根絶や、外来種の駆除による生態系の修復など、不可能を可能にする非常に強力な技術ではあるのです。

強力過ぎるが故に、問題は如何に正しく使うか!

 

我々人類は、大きな過ちを犯すことがないほど十分に賢明なのか?

いや、きっとそうであると信じたい。

 

 

今回も最後までお読み下さり、ありがとう御座います。

 

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是非、お読みになったご意見やご感想、お叱りをコメントでお寄せ下さい。

大変励みになります。

 

 

081【そんなに凄いの?「ゲノム編集」(中編)】ゲノム編集の実際

目次:

1.具体的にゲノム編集するにはどうすればいい?

2.神のハサミ「クリスパー・キャス9」とは!?

3.「神のハサミ」の作り方レシピ

4.ハサミで切って遺伝子を破壊するだけでも色々できる

5.ゲノム編集によるHIV感染症の治療

6.ゲノム編集したのかどうか? 見分けることは極めて難しい!

7.ヒト受精卵のゲノム編集をいかに規制すべきか?

次回予告:

 

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1.具体的にゲノム編集するにはどうすればいい?

 

前回の「前編」で、ゲノム編集を動画のフィルムの編集に例えました。

ゲノム編集について理解するのなら、フィルム編集に例えて考えると非常に解りやすいです。

 

フィルム編集するとき、実際にひとコマひとコマの絵を見て、編集したい場所を探しますね。

まずは、ハサミで切るべき正確な場所を見つけ出さなければなりません。

ゲノム編集でも同じことです。

細胞の中にある30億ものDNAの配列の中から、たった1ヶ所、自分が切りたいと思う場所を探して見つけなければなりません。

でも、フィルムと違うところは、ゲノムの配列は人の目では見えないということです。

どんな高性能の顕微鏡を使っても、塩基のGATCの並びは判別できない!

では、どうやって、その場所を見つけるのか?

人には見つけられません。その代わりに道具を使います。

所望のDNA配列を探し出す「探査装置」のようなものです。

「装置」といっても機械ではありません。

その正体は「RNA分子」です。

RNAがDNAの特定の配列を(自動的に)見つけ出してくれるのです。

実は、「クリスパー・キャス9」のうち、「クリスパー」というのは、特定のDNA配列を見つけ出す機能をもったRNAのことを指すのです。

 

さて、RNAであるクリスパーは、切るべき場所を見つけると、DNAのその場所にくっつきます。

でも、クリスパーは、どうやって標的のDNA配列を見つけることができるのか?

元々RNAというものは、DNAの塩基配列をコピーして作られます。

写真に例えれば、RNAはDNAを鋳型にして写し取られた「ポジ(プリント)」のようなもの。

そしてDNAは、ポジであるRNAを作るための「ネガ」のようなもの。

ネガとポジはピッタリと合うのです。

まるで、朱印船の「割符」のように。

だから、相手を間違うことはありません。(基本的に)

う~~~ん。若い人には、「ネガ」とか「ポジ」とか、分っかるかな~~? 分かんねぇだろうな~~(でんでん調)

えっ? 「でんでん」も分かんねぇって?(笑)

朱印船や割符は、学校で習いましたよね?

 

さて、切るべき場所は見つけ出しました。次にはDNAを切らねばなりません。

ハサミの登場です。

このDNAを切るハサミはタンパク質、つまり酵素です。

標的であるDNA配列に結合したクリスパーを目印にしてDNA切断酵素がやってきて、その場所で二本鎖のDNAをぶった切る。

このDNA切断酵素こそ「キャス9」なのです。

 

2.神のハサミ「クリスパー・キャス9」とは!?

 

もうお分かりでしょう。

神のハサミ「クリスパー・キャス9」とは、特定のDNA配列を見つけ出すRNA分子と、DNAをぶった切る切断酵素とを合わせて、そう呼びます。

 

過去ブログでもお話しましたが、もう一度説明を。

DNAは普通、二本の鎖が互いにねじれあって結合した二重らせん構造をとっています。

この二本の鎖の間は、塩基という物質が互いに対を成して結合しています。

DNAの塩基には4種類ありますが、この「対」を作るのには大原則があるのです。

4種類の塩基、グアニン(G)、アデニン(A)、チミン(T)、シトシン(C)ですが、必ずGとC、TとAが向かい合って手をつなぎ、対になります。

このGとC、TとAの対というのも、「割符」のように形が定まっており、ペアの相手を間違えることは、まずありません。

 

f:id:takyamamoto:20180128112951p:plain

DNAの塩基対形成の大原則 

 

RNAもDNAと非常によく似た構造をしており、やはり塩基は4種類。

でも、DNAと違うのは、チミン(T)の代わりにウラシル(U)という塩基を持っているのです。

そして、RNAのUは、DNAのTと同様、やはり相手の鎖のAと対を作るのです。

 

この「塩基対」の原理に従って、RNAであるクリスパーは、自分の20個ほどの塩基の配列とピッタリ対を作ることの出来る標的DNAの配列を、30億塩基対ものゲノムの中を探し、見つけ出すのです。

30億のGATCから成る、一見デタラメな文字列の中から、たった20文字の特異な文字列を探し出す。

これがどれほど困難な事か!!

 

30億字というと、400字詰め原稿用紙で750万枚ですよ。

750万枚の原稿用紙に、ただひたすら、一見無意味に思えるGとAとTとCの文字が書き連ねられている。

もし貴方が、この750万枚の原稿用紙の中から、特異な20文字の配列を探し出せと言われたなら、どれくらいの時間がかかりますかね?

何ヶ月? それとも何年?

いやいやいや。。。1日1000枚ペースでも7500日(20年以上)!

最初の1万枚くらいまでで見つかれば超ラッキー!!てなもんです。

これはもう、「太平洋でメダカ一匹探すようなもの」ですよねぇ。

でも、驚くべきことにクリスパーは、わずか数秒から、せいぜい数十秒!!でこの作業を完了させます。

凄くないですか? その能力恐るべし!クリスパー!!

 

下の図は、ある論文から拝借したものですが、クリスパーがゲノム上の標的DNA配列に結合し、それにキャス9が結合して、特定の場所で標的DNAを切ろうとしているところです。

RNAであるクリスパーの赤い塩基配列部分が、クリスパーが探し出すべき標的DNAの塩基配列に完全にマッチしているのですね。

クリスパーの青い塩基配列の部分は、DNA切断酵素であるキャス9が結合する「足場」の役割を果たします。

 

f:id:takyamamoto:20180128113216p:plain

Zhang et al., Molecular Therapy: Nucleic Acids, Vol.9, p.230 (2017)から無断転載(見逃して 笑)

 

キャス9は、標的DNAに結合したクリスパーを目印にして結合し、ここでDNAをぶった切るのです。

クリスパーの赤と青の境目の辺り、標的DNAの黄緑色の部位を、キャス9は正確に2本の鎖ともども切断してしまいます。

そしてキャス9は、クリスパーが結合していないところでは、決してDNAを切断しません。

これは絶対的な法則であり、ゲノム編集が極めて正確である所以です。

 

3.「神のハサミ」の作り方レシピ

 

どうやって「神のハサミ」を作るのかって?

これはもう簡単です!

神様が作ったハサミだから、ひたすらお祈りして下さい。(冗談ですよ)

 

もとえ 

いや、別に大層なことじゃぁありません。

 

キャス9は原始的(?)な遺伝子組換え技術で作ります。

キャス9はタンパク質ですから、その遺伝子、つまりDNAを遺伝子工学のごくごく基本的な方法で大腸菌の中に導入して作らせます。

その大腸菌を大量に培養すれば、大量のキャス9を作ってくれます。

あとはキャス9を精製してきれいにするだけ。

でも、手っ取り早くは、試薬屋さんから買えますので、お買い求めください。

 

クリスパーは短いRNAですから、これはもう、機械で自動的に作れます。化学合成ですね。

いや、研究者は自分では合成しません。

いくらでも合成を請け負ってくれる業者があるので、希望の塩基配列をメールで送るだけ。

そう、標的DNAの切りたい場所の塩基配列を調べて、それをもとにクリスパーの20前後の塩基配列を決めます。

1週間くらいで出来ますし、費用もわずか数万円ですね。

 

こうして別々に作ったクリスパーとキャス9をいっしょに溶液に溶かしてハイッ、「神のハサミ」の出来上がり。

キューピー3分クッキングよりも簡単ですね。

 

受精卵なら、この水溶液を細いガラスの針で注入して、後は待つだけ。

「クリスパー・キャス9」が所望の場所で勝手にDNAを切ってくれます。

その辺の作業の実際の様子も、前回リンクした「クローズアップ現代」の動画を観れば、とても簡単だと分かるでしょう。

受精卵に液を注入するための「マイクロ・インジェクション」の装置と顕微鏡さえあれば、中学生にだって出来ますよ。本当に。

 

4.ハサミで切って遺伝子を破壊するだけでも色々できる

 

筋肉ムキムキのマダイも肉牛も、作り方は、クリスパー・キャス9でたったひとつの遺伝子をぶった切っただけです。

ぶった切ることで、その遺伝子は破壊され、機能しなくなります。

そして受精卵は、何事もなかったかのように、正常に分裂を始めます。

牛の場合は、お母さんの子宮に戻す必要がありますね。

本当の母親、つまり卵子を採取した牛でなくても、他のメス牛、つまり借り腹でもOK。

 

ここで破壊したのは、ミオスタチンという遺伝子。

これは筋肉が付き過ぎるのを抑える遺伝子だそうです。

これを壊すことによって、筋肉が良くつき、魚も牛も筋骨隆々になるというのです。

そして、なんとこのミオスタチン遺伝子。ヒトにもあると言います。

これを人間に応用したらどうなるか?

これはもう、金メダリストの量産が可能になるのではないか?

究極の遺伝子ドーピングですよね。

 

私は、筋肉をつけるのなら、いい筋肉をしている人が持っているいい筋肉を作る遺伝子や、頭を良くしたいのなら、頭のいい人が持っている頭が良くなる遺伝子を、凡人のゲノムにONしてやらなければならないのだと思っていました。

しかし、ミオスタチンのように、特定のひとつの遺伝子をOFFすることによっても、このように生物の体に望みの性質を与えることができるというのですから、これは正直、意外でした。

だいたい、遺伝子をONするよりもOFFする方が技術的には断然簡単です。

 

クローズアップ現代」で研究者が実演していたように、ひとつの受精卵を処理する時間といったら、熟練した人なら数分しかかかりません。

つまり、ゲノム編集技術による遺伝子OFFは、技術的なハードルが低いというか、もはや「ハードルはない」と言っても過言ではないのです。

あまりに簡単すぎて怖いくらいです。

 

5.ゲノム編集によるHIV感染症の治療

 

米国の臨床試験で、ゲノム編集技術がHIV感染症の治療で効果を挙げています。

 

過去ブログで、HIVに感染すらしない人がいることをお話ししました。

 

takyamamoto.hatenablog.com

 

HIVはヘルパーT細胞に感染しますが、ウイルスの感染が成立するには、細胞の表面にCCR5というタンパク質が発現している必要があります。

このCCR5に元々変異があり、HIVに感染すらしない人が存在するのです。

じゃあ、すでにHIVに感染した患者で、このCCR5遺伝子を破壊したらどうなるのか?

ウイルスは完全に排除できないかもしれないけれども、ウイルスの増殖を有効に抑えることはできるんじゃないか?

 

米国の臨床試験では、患者の血液からリンパ球(T細胞はリンパ球の一種です)を取り出し、ゲノム編集によってCCR5遺伝子を破壊し、そしてまた、患者の血液に戻してやったのです。

たった、これだけです。

これまで、薬を飲んでてもヘルパーT細胞の減少をなかなか食い止められなかったのが、このリンパ球のゲノム編集治療を1回受けると、その後数ヶ月にわたってヘルパーT細胞の数が回復したと言います。

HIV薬も減らすことができたので、悩みのタネだった不快な副作用も減り、QOL(生活の質)は著しく改善したと言います。

 

この治療法では、患者の体内の全てのヘルパーT細胞を、CCR5が破壊された細胞と置き換えられるわけではありません。

だから、HIVを患者の体から完全に排除できるわけではないのです。

でも、この遺伝子改変ヘルパーT細胞は、患者の体内でHIVに感染することなく生き続け、免疫機能を維持してくれることでしょう。

 

この臨床試験のその後の経過については、私はフォローしていません。

CCR5遺伝子を破壊されたT細胞も、やがては死んでいき、そうすると再度の治療が必要になるのかもしれません。

でも、数ヶ月に1度か数年に1度、病院に行って採血してもらい、後日、点滴みたいに静脈から遺伝子破壊された細胞を体内に戻すだけ。

患者にしても、体や生活への負担は極めて小さいと言えるでしょう。

 

そしてまた、患者の細胞の遺伝子を操作するなんて、従来の再生医療みたく、極めて高度な先進医療のように見えて、実は非常に簡単で、低コストなのです。

 

6.ゲノム編集したのかどうか? 見分けることは極めて難しい!

 

ボディビルダーの見事な肉体。

あれは、トレーニングや食事で、誰でもああなるというものではないでしょう。

ああなるには、やはり、それなりの素地、つまり遺伝的な素質・体質というものが必要なはずです。

 

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若き日のシュワちゃん

 

そう仮定すると(あくまでも仮定の話です)、あのような人たちは、そうでない人たちとの間で、遺伝子的に違いがあるという事が考えられます。

それは、もしかしたら、あの人たちは、もともと生れつきミオスタチン遺伝子に変異があって、機能していないのかもしれないのですね。

とすれば彼らは、自然に存在する「変異体」、つまり「ミュータント」だという事になります。

 

「ミュータント」というと、SFに出てくるエスパーみたいなウソっぽさを感じるかもしれませんが、私が言っているのは、単にヒトには多様性があり、なかには稀な遺伝子型を持つ人がいるという事に過ぎません。

そのような稀な遺伝子型を持つ生物個体を「変異体」、すなわち「ミュータント」と呼ぶのです。

超能力はミュータントの必須条件ではありませんので、ご注意を。

 

例えば、日本では縁起物の白蛇。

あれは、メラニン色素を作る遺伝子が働かない変異体、つまり自然に存在する変異体です。

白ウサギや白いマウス。

あれも同じで、「アルビノ」と呼ばれる色素欠乏の変異体ですね。

実は、いろいろな動物にアルビノが存在しますが、自然界では珍しいものです。

白ウサギや白マウスは、そのような稀な個体を人間が捕まえて交配して増やし、愛玩用や実験用としたのですね。

だから、沢山いて、珍しくもなんともなくっても、元を正せば変異体です。

 

さて、筋骨隆々の人たちは、ミオスタチン遺伝子が働かない「変異体」だと仮定します。(仮の話です)

これは、ミオスタチン遺伝子の塩基配列を調べれば分かります。

超簡単です。

 

さて、ある国が、ゲノム編集によってヒトの受精卵のミオスタチン遺伝子を破壊し、重量挙げ選手に仕立て上げ、なんとオリンピックで金メダルを取ってしまいました。

明らかな不正ですよね。

じゃあ、この選手がゲノム編集によってミオスタチン遺伝子を破壊されたのかどうか、遺伝子検査によって証明することができるでしょうか?

これはかなり難しいのです。

なぜ?

 

これまでマウスなど、ごく一部の種でしか作出できなかった遺伝子改変動物。

前編で、この作製効率はとても低いと言いました。

そのため、マウスの受精卵のゲノムに新たな遺伝子を導入したり(トランスジェニック)、元々の遺伝子を破壊する(ノックアウト)際に、目印となる遺伝子配列を入れるのです。

従来の遺伝子改変技術では、改変成功率が非常に低いため、遺伝子導入や遺伝子破壊が上手くできたかどうかを確認するために、どうしてもこの目印配列が必要でした。

だから、遺伝子改変していれば、ゲノムにこの目印配列が存在するのです。

この目印配列は非常に目立ちます。隠しおおせません。

これよって遺伝子改変されたことを証明できます。

 

でも、ゲノム編集技術でぶった切られた結果生じたDNA配列の変化はごく微細です。

これが人工的に操作された結果なのか、それとも元々自然に存在した変異なのか、誰にも確信をもって断言することはできないでしょう。

「ゲノム編集では遺伝子改変の痕跡を残さない」とよく言われます。

 

いや、ひとつだけ手があります。

両親のミオスタチン遺伝子も調べることです。

両親のミオスタチン遺伝子の配列が正常で、子供の重量挙げ選手が、両親の遺伝子を引き継いだとは考えられない、両親とは異なる遺伝子配列であれば、ゲノム編集された可能性が高いと考えられます。

でも、既に両親がいないとか、行方不明、となると万事休すです。

 

7.ヒト受精卵のゲノム編集をいかに規制すべきか?

 

実は、上の話は最早、フィクションでも、遠い未来の話でもなく、まさに今、現実に起こりつつあることなのです。

2015年、ある国の研究グループが、実際にヒトの受精卵でゲノム編集をしたという論文を発表し、世界中の多くの研究者や生命倫理の専門家の批判を浴びました。

もちろん、実験に使われたすべての受精卵は廃棄されてはいますが。。。

国際会議が開催されて、ヒト受精卵に対するゲノム編集の是非と規制について議論されましたが、まだ意見の一致を見ていません。

 

中には、難病の治療などに貢献する基礎的な研究に限って、ヒト受精卵のゲノム編集は認められるべきだとの意見もあります。

当然、実験に使われた受精卵は、間違いなく破棄されることが絶対条件であり、人の子宮に戻されるようなことがあってはなりません。

一方で、ヒト受精卵でのゲノム編集実験は、条件なく一切禁止すべきとの厳しい意見もあります。

難病治療のための人道的な研究とは言え、それによってヒト受精卵でのゲノム編集の技術的ノウハウが蓄積されていき、遺伝子改変によるデザイナー・ベイビーの作出の可能性に現実味が出てくると、悪意を持つものが「実際に遺伝子改変人間を作ってみたい」という誘惑にかられることは、十分に考えられます。

でも、このような強硬な意見に反対する人も多くいて、そのような人たちは、規制を厳しくすることによって、科学や医療の発展が妨げられることの弊害を懸念するのです。

 

受精卵にゲノム編集して、思いのままにデザインされて生まれてくるであろう、いわゆる「デザイナー・ベイビー」。

これは最早、原理的には十分可能です。

そして、このデザイナー・ベイビーに子どもができれば、人によって作られた自然には存在し得ない遺伝子が後世に伝えられ、伝播することになるのです。

神が作った自然の生命バランスを破壊し、二度と元に戻せなくなる可能性もある。

こんなことを神が許したもうのか?

 

近年の科学技術の進歩のスピードには目覚ましいものがあります。

多くのSFマガイが、もはや「マガイ」ではなくなってきました。

科学の進歩に、私たち人間の精神性はついて行けているのでしょうか?

人類の幸福に資する神の技術。一方で、神の逆鱗に触れかねない禁断の技術

 

生命科学の研究者や医師、生命倫理の専門家のみならず、環境問題の専門家、法律家、宗教家、政治家、役人、そして、病気に苦しむ患者さんを含めた一般の人をも巻き込んだ議論の成熟が不可欠です。

 

次回予告:

 

気まぐれで記事の内容が変わることがあります。

ご了承ください。

 

 

今回も最後までお読み下さり、ありがとう御座います。

 

★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆彡

 

是非、お読みになったご意見やご感想、お叱りをコメントでお寄せ下さい。

大変励みになります。

 

 

080【そんなに凄いの?「ゲノム編集」(前編)】山中先生も大絶賛「iPS細胞なんか足元にも及ばない!」

目次:

1.そんなに凄いの?「ゲノム編集」

2.何が出来るの?「ゲノム編集」

3.以前は出来なかったの? 生物の「遺伝子改変」

4.「ゲノム編集」の応用例

5.改めて「編集」という言葉から、どんなことをイメージしますか?

次回以降予告:

 

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1.そんなに凄いの?「ゲノム編集」

 

いまや、バイオ/医療の世界では凄い話題です!

「ゲノム編集」

世界を変える!と。。。 人類の未来を変える「神の技術」だ!と。。。

 

私が「ゲノム編集」という言葉を耳にしたのはいつだったか、よく憶えていませんが、2010年頃だったでしょうか。

もう、20年近くも前から購読しているバイオ業界系のメルマガだったと思います。

このメルマガでは、「凄い技術だ!」、「日本もこの流れに乗り遅れるべきではない!」とやたら煽り立ててましたが、わが国では、若干反応は薄かったようです。

かく言う私もご同様。

「原理的には出来るのだろうけれども、汎用(はんよう)性に乏しく、非効率で、一度のゲノム編集をするのに、一体どれだけの手間と時間とカネがかかるんだ?」みたいな感じで、ほとんどシカトしてましたね。(笑)

私には先見の明が無かったのだと思います。

 

でも、2012年から2013年にかけて、第3世代の「ゲノム編集ツール」が開発され、瞬く間に世界中の研究者によって改良が加えられ、その後1~2年の間には、ゲノム編集の実用化に向けた研究が、早くも世界中で始まりました。

こうなると、私もシカトできません。

 

2015年7月に放送されたNHKクローズアップ現代「“いのち”を変える新技術 ~ゲノム編集最前線~」では、メインコメンテーターの山中伸弥先生が、「基礎研究を始めて25年になるが、これまでの技術の中で一番画期的!凄い技術!」、「iPS細胞など足元にも及ばない!」と大絶賛。

人類の未来をも変えうる「ゲノム編集」のとてつもないポテンシャルを強調されていました。

遺伝子を自在に操ることがきる「ゲノム編集」の可能性と課題/NHK・クローズアップ現代「“いのち”を変える新技術 ~ゲノム編集 最前線~」 – @動画

 

2.何が出来るの?「ゲノム編集」

 

なにがそんなに凄いのか? 何が「神ってる」のか?

 

「ゲノム編集」という言葉に、どんな印象を持ちますか?

「編集」というくらいだから、ゲノム(遺伝子、DNA)を自由自在に切ったり、貼ったり、つなげたりして、生物を改造する?あるいは人造生物を造ることが出来る?

まあ、その答えは次回以降に譲るとして、「神の技術」と表現される「ゲノム編集」に何が出来るのかを見ていきましょう。

 

「ゲノム編集技術」で出来ることを、端的に列挙します。

  • どんな生物種でも遺伝子の改変が出来る

  • 生物の個体に対しても遺伝子の改変が出来る

  • ゲノムのどこでも、狙った場所に正確に遺伝子改変ができ、しかもメチャクチャ簡単で安い!

といったところです。

でも、この3つが出来ることがどれだけ凄いのか?ってことですよね。

 

3.以前は出来なかったの? 生物の「遺伝子改変」

 

過去ブログで、特定の遺伝子を破壊した「ノックアウトマウス」のお話をしました。

takyamamoto.hatenablog.com

 

また、それ以前に、まったく別の遺伝子をマウスのゲノムに組み込む「トランスジェニックマウス」を創る技術が、80年代には確立されていました。

遺伝子組換え動物の第1号は、ラットの成長ホルモン遺伝子を組み込まれたトランスジェニックマウスで、通常のマウスの2倍ほどにも大きく育ちます。

俗に「スーパーマウス」と呼ばれ、超一流科学雑誌「サイエンス」の表紙を飾った写真は、当時、大いに話題になりました。

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「サイエンス」誌の表紙を飾ったスーパーマウス(右)と普通のマウス。説明文中に「ラット」とあるが、正しくは「マウス」。正しくは「ラットの成長ホルモン遺伝子を導入したマウス」

 

でも、「トランスジェニック」にも、「ノックアウト」にも、非常に大きな技術的限界がありました。

これまで克服できなかった、上記3つの問題について、ひとつずつ見ていきましょう。

 

まず第一に、動物の遺伝子を操作した「トランスジェニック」も「ノックアウト」も、基本的にマウスでしか出来ませんでした。

学生時代、「トランスジェニック・アルマジロがある」なんて都市伝説を聞いたことがありますが、間違いなくガセでしょう。

ましてや、トランスジェニック・ヒューマンなんて、創りたくっても、到底創れっこなかったのです。

そう、映画「スター・トレック2」で登場した、「20世紀末の遺伝子工学が生み出した優生人類」という設定のカーンなんて、20世紀の科学技術では創り得ない絵空事でした。

 

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知力・身体能力とも人類をはるかに凌駕した遺伝子改変優生人類「カーン・ヌニエン・シン」(「スター・トレック2」から)

 

第二に、トランスジェニックマウスもノックアウトマウスも、作るには受精卵に対して遺伝子操作を行わなければなりませんでした。

受精卵に何かの遺伝子を加えたり(トランスジェニック)、壊したり(ノックアウト)する操作を加えてから、仮母マウスの子宮に移し、生まれてきた仔を何代もかけ合わせて、やっと出来るのが遺伝子改変マウスです。

トランスジェニックもノックアウトも、受精卵を操作しないと作れません。

生まれてしまってからの固体に遺伝子改変は出来なかったのです。

たとえば、遺伝病を治すのに、体の細胞の異常な遺伝子を修復してやる「遺伝子治療」の概念は昔からありました。

いろいろな遺伝子治療の方法が提案されては試されてきましたが、どれも決定的な技術ではありませんでした。

 

第三に、トランスジェニックマウスでは、マウスのゲノムのどの場所に目的の遺伝子が入り込むのか、まったく制御できませんでした。すべては偶然に任せるしかありません。

生存に必須な遺伝子領域に余計な遺伝子が入り込んでしまったら、正常な遺伝子を破壊するのですから、それこそ生まれて来ることすら出来ません。

ノックアウトマウスでは、狙った特定の遺伝子を破壊できたわけですが、実は効率が非常に悪く、作製の手順もメチャクチャ複雑怪奇です。

大学の研究室なら、もう人件費のかからない大学院生を総動員して、力技の人海戦術しかありません。

こうして苦労して、1年以上かけて、やっとの思いで出来上がったノックアウトマウスですが、確かにひとつ遺伝子を破壊したのに、マウスにはなんにも変化が起こらなかった。その遺伝子がどういう機能を持っているのか、なんにも分からなくって、作った人にしちゃ、「ガックシ」なんてこともよくあったのですね。

そして、2年とか3年とか、期限が限られている大学院生にしてみれば、何のデータも得られず、学位論文も書けず、卒業できない、なんてこともあったのです。

 

ところが、2012年に出現した第三世代の「ゲノム編集ツール」によって、上記3つの問題が一気に克服され、非常に効率よく、簡単に、生き物の遺伝子を改変できるようになったのです。

どのくらい簡単かは、上でリンクを貼った「クロ現」の動画を見ていただくと、一目瞭然ですね。

 

4.「ゲノム編集」の応用例

 

実際に生物やヒトに「ゲノム編集」が行われ、実用化に向けた研究が進んでいるのは、例えば、

 

ひとつめについては、歩留まりのいい筋肉ムキムキのマダイや肉牛、腐らないトマト、 気性の大人しいマグロなんかが作出されています。

もちろん、どれも食べるためです。まだ発売されていませんが。。。

 

二番目に関しては、アメリカでHIV感染治療の臨床試験で良好な結果が得られていますし、筋ジストロフィーについては、京都大学のiPS研究所で、細胞の異常な遺伝子を修復するための技術に関して基礎的な検証(ヒトでの試験はまだ)が行われています。

 

5.改めて「編集」という言葉から、どんなことをイメージしますか?

 

「編集」という言葉で連想するのは、ひとつには「動画編集」ではないでしょうか。

近頃の人は、デジタル動画をスマホなんかでサクサク編集作業をするのでしょうけれど、昭和世代の私はというと、連想するのは「フィルム編集」ですね。

 

コマの絵を見ながら、所望の場所でフィルムをそれこそ「切って」、別のフィルムとテープで「貼って」つなげる。

望みの場所で一部のフィルムを削除したり、まったく別のフィルムを挿入したり。。。

これが私のイメージする「編集」です。

 

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では、「ゲノム編集」というと、これと同じようなことがゲノムに対して、つまりDNAの配列に対して、挿入したり削除したり出来るのか?という疑問が、当然のように出てくると思います。

その答えは「Yes」です。ただし、効率を度外視すればという条件付きではありますが、「ゲノム編集」では出来ます!

 

で、フィルムを編集するのに、どんな道具が必要でしょうか?

まず、必須なものといえば、「ハサミ」ですね。

まずは、切りたい場所でフィルムを切る。ハサミがないと、編集は出来っこありません。

編集を行うには、一にも二にも、まずハサミを手にするところから始まります。

そして、2012年に登場した第三世代の「ゲノム編集ツール」。これこそ、第一世代、第二世代の非効率なゲノム編集の効率を飛躍的に向上させた「神のハサミ」なのです。

 

この第三世代のハサミは「CRISPR-Cas9(クリスパー・キャスナイン)」と呼ばれ、細胞の核の中に入れ込んでやれば、ゲノム上の、こちらが望むどの場所ででも正確に切ってくれる、魔法のハサミなのです。

こんな「神のハサミ」をどうやって作ったかって? う~ん、難しい質問なので、次の機会に譲りましょう。

 

でも、いいハサミを手に入れたからといって、自在に編集するには、切ったフィルムを貼り合わせる「テープ」も必要です。

じゃあ、ゲノムを貼り合わせるのに使える「神のテープ」も存在するのか?

う~むむ、ここのところが、「ゲノム編集」のひとつの大きな課題なのですね。

 

それでも、「ハサミ」で切るだけでも、結構なことは出来るのですよ。

たとえ切りっぱなしで、貼り合わせをしなくってもです。

上述のムッキムキのマダイや肉牛も、HIV感染治療も、ハサミである「クリスパー・キャス9」だけを使って成されたのです。

その辺りのお話は次回。

 

次回以降予告:

■狙い通りの場所で正確にゲノムを切る神のハサミ「クリスパー・キャス9」とは?

■「神のハサミ」の作り方レシピ

■ゲノムを切りっぱなしでも、相当のことができる!

■ヒトの受精卵をゲノム編集することによって、遺伝情報を改変した「優生人間」の作製に近づく国があるって? その国とは!?

 

2回シリーズか? 3回シリーズか?

気まぐれで回数も内容も変わります。ご了承ください。

 

★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆彡

 

是非、お読みになったご意見やご感想、お叱りをコメントでお寄せ下さい。

大変励みになります。

 

 

079【ピノコは実在するのか!?】16歳少女の卵巣から髪の毛と頭蓋骨、そして脳までも!!

目次:

1.衝撃の事実! 少女の卵巣から人体の一部が!!

2.ピノコは実在するのか!?

3.受精しなくても体はできる!!

4.テラトーマからピノコは生まれない!

5.医学の進歩が子供の夢を壊したのかな?

 

今年初めての記事アップです。

本年もよろしくお願い致します。

 

★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆彡

 

皆さんの中にも大好きな方、たくさんいらっしゃるでしょうね。

手塚治虫御大のブラック・ジャック

私は中学生のときに見事にはまってしまい、それで「外科医になりたい!」と強く思ったもんです。

ちょこっとの血を見ても貧血起こして、へたれてしまうクセに。(笑)

でも、あのクールでニヒルでひねくれたBJのキャラクターには、すっかり心酔してしまいましたねぇ。

BJの影響は大きかったですよ。その後の人生を左右したのは間違いない。

医学に興味を持ったのは明らかにBJの影響であり、こうして今、生命科学界の末席を汚すことになったのだと断言できます。

きっと、私の素直じゃないひねくれた性格も、ひとえにBJの影響でしょう。

それは間違いないよ。(笑)

 

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1.衝撃の事実! 少女の卵巣から人体の一部が!!

 

昨年(2017年)4月、下のような論文が、滋賀県立成人病センターの医師たちから発表されました。

 

www.ncbi.nlm.nih.gov

「成熟した卵巣性奇形腫(テラトーマ)に小脳と脳幹みたいな構造が:神経病理学的観察」

 

いや、驚きました!

虫垂炎(いわゆる盲腸)の手術を受けた16歳の少女の卵巣から、偶然にも、ななな、な、なんと、人体の一部が発見されたというのです。

後日、手術で取り出してみると、全体で10cmくらいの大きさで、そこには小脳と脳幹の形をした組織というか、臓器というか、それから頭蓋骨みたいのと、毛髪が含まれていたというのです。

驚くべきことに、この脳モドキの組織は、神経細胞の間で電気信号の伝達が出来ることが確認されたと言います。

つまり、脳としての最も基本的な機能を保持していたということなのです。

 

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少女の卵巣から取り出された、小脳様の組織

 

2.ピノコは実在するのか!?

 

ここで私が言いたいこと。もうお分かりですよね?

誰もが「ブラック・ジャック」のピノコを連想したと思います。

 

ピノコは本来、双子の姉妹となるはずだったのが、片方の体がバラバラの状態でもう一人の姉の体内に収まった状態で生まれ、その姉が18歳になったときにBJによって取り出されたのでした。

この一そろいの臓器がBJによって、人工の皮膚で覆われた骨格に収められ、組み立てられたのがピノコでした。

当然、SFとしてしか受け入れられない設定ですが、今回の滋賀県の少女のケースは、論文発表までされた真実の出来事なのです。

 

ブラック・ジャック」の中で、ピノコの場合は「畸形嚢腫」との診断でした。

調べてみると、医学的に「畸形腫」という診断名はないようですね。

ブラック・ジャック」という漫画世界の中での、架空の病気だと思われます。

 

で、今回の滋賀県の少女の診断名はと言うと、「奇形腫(テラトーマ)」です。

「畸形腫」と「奇形腫」

言葉は非常に似ていますが、滋賀の女の子とピノコとでは、事情は随分違うようですよ。

 

Teratoma(テラトーマ)とは、teras(化け物)とoma(腫瘍)とから作られた言葉で、日本語では「奇形腫」です。腫瘍ですから「がん」ですね。

 

普通の「腫瘍」、つまり臓器にできる「癌」や筋肉や骨にできる「肉腫」というのは、たいていは無秩序に増えた結果、ただ硬くて大きな塊を作ります。

そこに複雑な構造体は見当たりません。

でも、テラトーマは、腫瘍でありながら、普通の臓器に近い複雑で精緻な構造を形成することがあるのです。

信じがたいことですが。。。

なぜなのか??

 

3.受精しなくても体はできる!

 

人に限らず、ほとんどすべての動物は、精子卵子が受精してこそ初めて赤ちゃんが出来ることは、性教育を受けていれば、小学生でもご存知!

有性生殖」という、生命現象の常識中の常識です。

でも、21世紀に入って、この大常識が覆されました!

人類の英知! 恐るべし!!

 

これ、何の話か分かります?

そう、「iPS細胞」です。

 

takyamamoto.hatenablog.com

 

takyamamoto.hatenablog.com

 

過去ブログの繰り返しになるので、詳しくは書きませんが、「分化した」、別の言い方をすれば、「成熟した」細胞が、どんなタイプの細胞にでもなり得る受精卵のような状態に戻ることはあり得ない!というのが、生物学の大・大・大常識でした。

この、神が作った「絶対的原則」とも思える生命現象の壁を見事に打ち破ったのが山中伸弥先生です。

基本的には体のどんな細胞でも、わずか数種の遺伝子を適切に働かせれば、受精卵のような初期状態にリセットできるのです。

この初期状態からは、どんな細胞にでも、理論的にはどんな組織・臓器にでもなり得ると考えられます。技術的な困難性は置いといての話ですが。

 

今回の卵巣から見つかったテラトーマは、「卵巣性テラトーマ」といいます。

実は、卵巣の細胞でも、精巣の細胞でも、将来、生殖細胞になる細胞がガン化すると、受精もしていないのに分化を始めて、組織や臓器の形を形成することがあるのです。

生殖細胞の腫瘍が組織形成するメカニズムについては、まだよく分かっていないようですが、恐らくガン化に伴う異常な遺伝子の働きによるものでしょう。

 

生殖細胞というのは、受精をした後、ある特定の遺伝子が働くことによって分裂と分化を開始して、組織や臓器、そして体を形作っていくわけです。

テラトーマは腫瘍ですから、間違いなく異常な遺伝子が発現しているでしょう。

このときに、テラトーマの細胞の中で、様々な細胞種に分化するのに必要な遺伝子が働いたとすれば、組織や臓器のような形を形成していくこともあり得ます。理論的にはです。

 

生殖細胞ですらなくったって、たった3つ、ないし4つの遺伝子の働きで、体のどんな細胞も初期化され、どんな組織・臓器にでもなり得ることは、アフター・ヤマナカの現在では、もはや常識中の常識なのです。

だから、テラトーマが腫瘍であるが故に、そのような遺伝子が異常な状況下で働いたとしたら、がん化した細胞が分化を始めて、何らかの臓器みたいな形を作ったとしても、決しておかしくはないのです。

このように、生殖系の細胞の場合、他の体の細胞と違って、受精しなくても、ガン化によって分化を開始し、組織や臓器のような形を形成する能力を潜在的に持っているのですね。

 

4.テラトーマからピノコは生まれない!

 

ですから、要は、テラトーマは双子の片割れなどではないのです。

単に、自分の生殖細胞がガン化したもの、ということだけなのです。

Xファイル」チックな、とってもミステリアスな滋賀県少女のテラトーマですが、どんな形をしていようと、結局は「腫瘍」です。

ピノコみたいに、あの脳が何かを感じたり、ものを考えたり出来たわけではありません。

単に、電気信号の受け渡しをする機能を備えていたということに過ぎませんから。

 

幸いにも、だいたいの卵巣性奇形腫は良性だそうです。

滋賀県の少女も、その後の経過は良好だと、あるサイトには書かれていました。

 

5.医学の進歩が子供の夢を壊したのかな?

 

私らが子供のころは、医学で解明できない奇病なんかをネタにして、上質のミステリーが作られて、私たち子供をゾクゾクさせてくれたものです。

でも、そんな数々の奇病も、医学と生命科学の進歩によって理解が進んだことで、結構ドライに捉えられるようになったのではないでしょうか。

 

例えば、「エクソシスト」の悪魔憑きも、「実はフツーの病気なんですよ」とドライに説明されると、なんか興冷めしたというか、ファンタジックなフィーリングが失われたというか、あれほど好きだった映画が、一瞬色あせて見えたようにも感じたものです。

子供のころの夢が壊されたような喪失感です。。。

takyamamoto.hatenablog.com

 

他には、「ルパン三世」に出てきたクローン人間の「マモー」。

f:id:takyamamoto:20180120164949p:plain

 

とてもミステリアスでファンタジックなキャラクターでしたが、現実にクローン羊「ドリー」なんかが作られて、産業での実用化には、やれ発ガンリスクがどうだとか、クローン人間を作ることの倫理的問題がどうだとか、超現実的な問題点が指摘され、議論されると、ファンタジーなんか吹っ飛んでしまいましたよ。

「クローンなんてできて欲しくなかった。。。 そうしたら、クローン人間は永遠にファンタジックなテーマであり続けたのに」、なんて思ったりもしましたね。

 

そうそう。

思い出すのですが、「ブラック・ジャック」の「人面瘡」ってエピソードはすごく秀逸でした。すごく怖かったですよ。

「ブラックジャック 人面」の画像検索結果

 

子ども心に「こんな病気あるわけない」と思っていても、あのころ感じたゾクゾク感。今でもリアルに思い出すことが出来ます。

 

そうだ今晩、どこかのダンボールに押し込められている「ブラック・ジャック」の単行本(ほとんどが初版本)を引っ張り出して、子供のころのゾクゾクを再度味わってみようか。

 

 

今回も最後までお読み下さり、ありがとう御座います。

 

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是非、お読みになったご意見やご感想、お叱りをコメントでお寄せ下さい。

大変励みになります。

 

 

078【本当に当たるの??】巷にあふれる遺伝子リスク診断

目次:

1.今はやりの遺伝子検査

2.実例 ―遺伝子型と体質との明確な関係―

3.「後ろ向き試験」と「前向き試験」

4.結論 ―前向き試験で実証されたものは、まだ少ない―

 

ウォ~~~ッ! なな、なんと、今年も今日と明日で終わりではないか!!

早い! 早すぎる!!

あまりに早すぎて、今年1年、何をしたのかもよく覚えていない!!

結局、何もしなかった、という事か?(笑)

 

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1.今はやりの遺伝子検査

 

「遺伝子検査」でググってみると、出るは、出るは、大手の健康食品会社から聞いたことのないところまで。。。

多いのは「肥満リスク」診断で、洋梨形だとか、リンゴ型だとか、バナナ型だとか。。。

だから何だと言うのだ!?

そんなことより、このブログ読んで、食事と運動に気を付ければよろしっ!!

 

まあ、これくらいなら「占い」みたいなもんで罪はないけど、別のあるサイトでは「がん38項目」、「生活習慣病19項目」、「その他病気38項目」、「体質130項目」を調べるとある!

そんなことができるのか!?

がんの38項目は、具体的には、大腸がん、乳がん、子宮頸がん、前立腺がん等々。

いかにも医学的知見に基づいた格調高い検査のように宣伝してますな。

まあ、ガンは比較的遺伝子異常と発病リスクとの間にある程度の関係があることは示されていますが、これなんかはどうですか? アルツハイマー病とか筋委縮性側索硬化症(ALS)とか?

こんな原因や発病メカニズムすら、まだ十分には理解できていない難病が、遺伝子の型だけで占えるとでも??

そんなことより、このブログ読んで、食事と運動に気を付ければよろしっ!!(くどい!)

 

かつては私も、遺伝子万能主義で、「遺伝子を理解すれば、ほとんどの現象が解明できる」と信じていました。

いずれ遺伝子検査で、病気のなりやすさや予後の良否の予測、その人に適合した薬の選択まで、遺伝子検査で判断できるようになると信じて研究に打ち込んでいました。

5年後、10年後には、病院で当たり前のように遺伝子検査が行われる時代が来ると。。。

ところがギッチョン、実際に5年、10年、否15年経ちましたが、そんな時代はついにやってきませんでしたよ。。。(涙)

事実、医療現場で遺伝子検査が行われる機会は、今現在でも非常に限られています。

 

2.実例 ―遺伝子型と体質との明確な関係―

 

ヒトのゲノム(全遺伝子のセット)は個人差があります。

人それぞれ個性があり、体質や性格が異なるように、遺伝子にも差があるのです。

個人間のゲノムの差は約0.1%です。

つまり、DNAのGATCの並びが1000個あれば、1個の割合で個人間で違いのあることになります。

 

DNAの、たった一つの塩基の差であっても、体質や病気のなりやすさに大きな影響が出る場合も、実際に珍しくはありません。

例えば、よく知られたところでは、アルコール代謝に関わる遺伝子の、たった一つの塩基の差が、上戸か下戸かを決めるのに関わっています。

 

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アルコール(エタノール)は身体にとっては毒ですので、これを代謝・分解する酵素があります。

まずエタノールは、アルコール脱水素酵素によって、いったん、アセトアルデヒドに変換されます。このアセトアルデヒドは毒性が強く、頭痛や吐き気など、二日酔いの症状を引き起こします。

次に、アルデヒド脱水素酵素によって、アセトアルデヒドが無害な酢酸に変換され、尿として排出されます。

この、アルデヒドから酢酸への変換を行っているアルデヒド脱水素酵素のうち、ALDH2という遺伝子のタイプが、飲酒に強いかどうかに深く関わっています。

 

下の図の通り、ALDH2遺伝子の差は、DNA配列のたった一つの塩基の違いです。

1か所だけ、”G”のところが”A”になっています。

この”A”のタイプのALDH2酵素は、アルデヒド代謝能が弱いのです。

 

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人はみな、基本的に同じ遺伝子を2個ずつ持っています。

ひとつはお父さんから引き継いだもの、もうひとつはお母さんからです。

この二つのALDH2遺伝子がどちらも”G”型の人(”G/G”)は普通に飲めます。

“G/A”型の人はほどほどに。そして、”A/A”型の人はほとんど飲めない、とまあ、単純に説明するとこうなります。

 

ALDH2遺伝子のタイプの違いと、飲酒に対する強さとの関係について調べようとしたら、どうすればいいでしょうか?

簡単ですね。

飲酒の「強い/弱い」は本人も自覚している場合が多いでしょうし、また、科学的に調べるのであれば、一定量のアルコールを摂取したのち、血中のアルコール濃度の下がり具合を調べればいいのです。

より正確に、アルデヒド脱水素酵素であるALDH2の影響を調べるのなら、血中のアセトアルデヒド濃度を調べればいいですね。

ALDH2がうまく働かないと、血中のアセトアルデヒド濃度はいつまでも高い状態が続くでしょう。

これによって、ALDH2の遺伝子型と、アセトアルデヒド代謝能との関係を強く示唆することが可能です。

 

ところが、アルツハイマーだとか筋委縮性側索硬化症(ALS)などの難病と遺伝子型との間に明確な関係があるのかどうかを調べようとすれば、これはちょっと、いや相当難儀ですよ。

 

3.「後ろ向き試験」と「前向き試験」

 

ネット上で、ガンから各種生活習慣病、その他の様々な「体質」まで予測できると喧伝されている遺伝子検査。

これらは本当に科学的エビデンスに基づいているのでしょうか?

 

ある病気と遺伝子型との間に関連があると報告している論文の数々。

しかし、それらの論文の研究手法の多くが、「後ろ向き試験」によるものです。

何ですか、その「後ろ向き」って? 後ろ向きがあるのなら、「前向き」もあるのですか?

答は「Yes」です。

 

後ろ向き試験とは、大体以下のような研究手法です。

同じくらいの年齢、例えば、そろそろ生活習慣病になりやすい40~50代の人たちをたくさん集めてきます。

性差の影響を排除するために、性は男なら男ばかり、女性なら女性ばかりを集めることもありますし、男女混じっていることもあります。

それらの人たちを肥満と肥満でないグループに分けます。

肥満のグループは、さらに「リンゴ型」、「洋梨形」、「バナナ型」に分けます。

これで4つのグループが出来ました。

さて、これらの人たちのありとあらゆる遺伝子の型を片っ端から調べるのです。

そして、肥満と非肥満の人たちとの間で、遺伝子の型に違いのあるものを血眼になって探します。

さらに、肥満の人でも、リンゴとか洋梨とかバナナとか、体形に特徴的な遺伝子がないかを探します。

ネットで見られるような大体の遺伝子検査サービスは、このようにして見つけられた遺伝子を調べるものです。

このように、既に病気(肥満)にかかっている人とそうでない人を集めてきて違いを調べる。これが「後ろ向き試験」です。

「後ろ向き試験」で得られる結果は、「肥満とそうでない人との間には、この遺伝子に差があった」とか、「リンゴ型の人は、この遺伝子の型が多かった」。ただそれだけです。

それらの遺伝子の機能と肥満になるメカニズムとの関係など、ほとんどの場合調べられていません。

つまり、このような方法で「リンゴ型に多かったのは、この遺伝子」とされたものも、実はたまたま偶然に「多かった」だけで、肥満とは何の関係もないということも否定できないのです。

 

では、上記のようにして見つけられた遺伝子型が、ある特定の病気のなりやすさに本当に関係があるのかどうかを証明するには、どうすればいいのでしょうか?

ひとつの答は、「前向き試験」を行うことです。

 

「後ろ向き試験」では、既に肥満の人を集めて、肥満でない人との遺伝子型の差を片っ端から調べました。

その結果発見されたものが偶然の産物でないことを証明するには、その遺伝子型を持つ人たちを集めて来て、将来、本当に肥満になるかどうか、その遺伝子型を持たない人よりも明らかに肥満になる確率が高いかどうか、を観察し続けなければなりません。

将来予測が本当に当たるかどうかを調べる。これが「前向き試験」です。

当然、疾患によっては、何年も、何十年も観察を続けなければ答は出ないことになります。

 

遺伝子型とアルコール代謝との関係を調べるのは簡単です。結果はすぐに出ます。

でも、発病に長期を要する生活習慣病や、患者数の極端に少ない難病となると、遺伝子型との関係を「前向き試験」で証明するのは、もう容易なことではありません。

多くの患者の協力が欠かせないことはもちろんですが、追跡調査を続ける医師/研究者にも大変な忍耐が求められます。

 

4.結論 ―前向き試験で実証されたものは、まだ少ない―

 

文献を調べたところ、前向き試験によって、特定の疾患の発症リスクと遺伝子型との間に明確な関連のあることが実証された例は、まだまだ少ないようです。

それを、あたかも遺伝子検査で大概の事が分かるとの誤解を与えるような宣伝には???なのです。

 

かつて我が国でも、何十万人もの日本人の遺伝子配列の違いを調べる国家プロジェクトが行われましたが、期待されたような成果は挙げられませんでした。

やはり、多くの場合、遺伝子の配列のみでは説明のつかないことが多いのです。

遺伝子の配列が正常だから、その遺伝子が正常に機能しているとは限りません。

遺伝子の働きを制御するシステムに異常があれば、遺伝子は正常に働かないからです。

「遺伝子の働きを制御するシステム」と言っても、それは複雑・精緻です。

専門用語を並べてみても、「シグナル伝達」、「タンパク質リン酸化酵素」、「転写因子」、「DNAメチル化」、「ヒストン・アセチル化」、「マイクロRNA」・・・云々といくらでも並べ立てることができます。

これらをすべて調べるなど、ほぼ不可能ですからね。

 

それでも、しかし、あゆみは緩やかですが、同じ病気の患者に、判で押したような画一的な治療を行う、これまでの「レディメイド」の医療から、患者個々の個性を見て、その人に合った医療を施す、いわゆる「テーラーメイド医療」の実現は確実に進んでいくでしょう。

 

「イリノテカン」という抗がん剤がありますが、この薬に副作用を示しやすい人を、遺伝子検査によって予測することが10年以上も前から医療現場で行われており、この検査には保険もききます。

遺伝子の配列のみから、患者の薬に対する反応を予測できる数少ない例です。

 

https://www.medicallibrary-dsc.info/safety/topotecin/material/pdf/TOP7AT1205.pdf

イリノテカンとUGT1A1遺伝子多型に関する説明書 

 

今後、個々の患者に合った薬や治療法の選択の幅が広がっていくことで、患者を不要の副作用に苦しませることなく、また医療費の削減にもつながることが期待されます。

そのためには、大規模な「前向き試験」による調査・研究が欠かせないのです。

 

 

今年最後のブログ、、、実にまじめに締めたぞ!

 

 

今回も最後までお読み下さり、ありがとう御座います。

来年もよろしくお願い致します。

皆さま、良い年をお迎えください。

 

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是非、お読みになったご意見やご感想、お叱りをコメントでお寄せ下さい。

大変励みになります。

 

 

077【がん細胞は制御性T細胞を利用して免疫系の攻撃をかわしている!?】Foxp3低発現のT細胞が意味するところとは?

目次:

1.免疫チェックポイント阻害剤は、なぜ効く人と効かない人とに分かれるのか?

2.ある種のがん細胞は、制御性T細胞を利用して免疫系の攻撃をかわしているのか

3.予後の良い大腸がんでは、Tregの働きが弱い!

4.人類は腸内細菌を人為的に制御して病気を克服することが出来るのか!?

 

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1.免疫チェックポイント阻害剤は、なぜ効く人と効かない人とに分かれるのか?

 

ある種のがん細胞は、直接、免疫細胞のブレーキボタンを押して免疫力をダウンさせることにより、生き延びていることが分かっています。

その免疫細胞のブレーキボタンを解除するのが「免疫チェックポイント阻害剤」という種類の免疫療法剤です。

takyamamoto.hatenablog.com

免疫チェックポイント阻害剤は、その人本来の免疫力を引き出す薬

 

しかし、この薬も万人に効く訳ではなく、効きやすいがん腫と効きにくいがん腫があり、また、同じがん種でも、よく効く患者とそうでない患者とがいます。

例えば、比較的、免疫チェックポイント阻害剤がよく効くメラノーマ(悪性黒色腫)でも、末期の患者さんでは4割程度にしか奏功しません。

また、大腸がんは、免疫チェックポイント阻害剤が比較的効きにくいがん種です。

このような効き目の差はどこに原因があるのでしょうか?

takyamamoto.hatenablog.com

大腸がんは免疫チェックポイント阻害剤が効きにくい!

 

もしかすると、がんによっては、免疫チェックポイントを介さずに免疫系をダウンさせている仕組みがあるのかもしれません。

そうだとすると、そのようながんでは、免疫チェックポイント阻害剤が奏功しないのも無理もありません。

近年、そのことを示唆する論文がいくつか出てきました。

 

2.ある種のがん細胞は、制御性T細胞を利用して免疫系の攻撃をかわしているのか?

 

制御性T細胞(Treg)は免疫反応を抑える働きのある細胞ですので、単純な話として、Tregの働きを強めると免疫力が下がり、ガンや感染症のリスクが高まります。

ですから、ガンを治すためには、Tregには大人しくしてもらわなければなりません。

 

(この記事では、「がん」と「ガン」が混在していますが、どちらも同じ意味です。「がん」、「ガン」、「癌」の意味の違いについては、以下の過去ブログをご参照)

takyamamoto.hatenablog.com

 

近年、これまでTregだと思われていた一団の細胞の中に、実は免疫抑制機能を持っていないものが存在することが分かってきました。

こうなると、そのような細胞は、もはや制御性T細胞とは呼べないことになります。

この5~6年の間に、これまでTregと思われていたけれども、本当は免疫抑制機能を持たない細胞と、免疫抑制機能を保持する真のTregとを区別する方法が確立されてきました。

 

Tregで最も重要と考えられる遺伝子はFoxp3(フォックスピースリー)です。

Tregが免疫抑制機能を発揮するには、Foxp3の働きが欠かせません。

takyamamoto.hatenablog.com

制御性T細胞のマスター遺伝子 Foxp3

 

ところが、Tregの中にはFoxp3の発現(遺伝子が機能すること)が弱まったり、なくなったりしている細胞のあることが分かってきました。

そして、そのような細胞は、もはやTregとして機能しない、すなわち、免疫抑制機能を持たないことが分かってきたのです。

そして、がん組織における、このFoxp3の発現の強弱が、ある種のがんの治りの良しあしに深くかかわっていることが分かってきました。

 

以下は、Tregの発見者、大阪大学の坂口志文(しもん)先生らが、昨年(2016年)発表した論文です。 

www.ncbi.nlm.nih.gov

 

がん治療をした後、治りのいい人と悪い人がいますが、それを「予後」がいいとか、悪いとか言います。

坂口先生らは、大腸がんで予後の悪い人を「タイプA」の大腸がん、予後のいい人を「タイプB」の大腸がんと名付け、タイプAとB、2つのグループに分けました。

そして、手術で摘出した大腸がんの部分の組織のTregの割合を調べました。

 

下の図は、見方が少し難しいですが、グラフの横軸は細胞の中のFoxp3タンパク質の量を示しています。

一つひとつのドットがひとつの細胞を示しています。

横軸の値が大きいほど、Foxp3タンパク質がたくさん作られている細胞であることを示しています。

 

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図のAを見て下さい。

Aは、がん患者の血液中のTregを調べたものです。

(縦軸は無視して下さい)

Aのグラフの中で、TregをII、III、IVの3つのグループに分けています。

この図は、Foxp3をほとんど作っていない、すなわちTregではないフラクションIVが多くて、Foxp3をたくさん作っているフラクションIIのTreg(免疫抑制機能を持つ真のTreg)と、Foxp3が少ないフラクションIIのTreg(免疫抑制機能を持っていないので、本当はTregとは呼べないT細胞)は比較的少ないことが分かりますね。

 

次に、図のBですが、これはがん患者の大腸の正常な部分(ガンでない部分)のTregの分布を調べたものです。

血液中に比べると、大腸組織では、Foxp3を作っているフラクションIIとフラクションIIIが増えてますね。

腸管には制御性T細胞が多く集積しているのです。

 

次に図のCを見てみましょう。

予後の悪い(治りの悪い)タイプAの大腸がんの組織中のTregです。

図のB、つまり正常の大腸組織とあまり変わりませんね。

 

最後に図のDを見て下さい。

予後のいい(治りのいい)タイプBの大腸がん組織中のTregの割合です。

図のA、B、Cに比べると、Foxp3の少ないフラクションIIIのTreg(赤矢印)がかなり多くないですか?

どうです? 分かります?

 

このことは何を意味しているのでしょうか?

 

3.予後の良い大腸がんでは、Tregの働きが弱い!

 

図Cの予後の悪いタイプAの大腸がんでは、Foxp3の少ないフラクションIIIのTreg(本当は免疫抑制機能を持たないので、Tregと呼ぶのは不適切です)は4.0%です。

一方で、図Dの予後のいいタイプBの大腸がんでは、フラクションIIIは28.4%、なんと7倍も増えています。

 

かつては、Foxp3発現の弱い細胞集団も制御性T細胞であると考えられていました。

しかし近年、制御性T細胞と考えられていた細胞集団の中に、免疫抑制機能を持たないものがあることが分かってきました。

そのような細胞集団は、もはや「制御性T細胞」とは呼べません。

このような免疫抑制機能を持たないフラクションIIIの細胞が増えることが、大腸がんの予後がいいことに関係があるのです。

 

そして、志文先生らは、このFoxp3の発現が弱いフラクションIIIの細胞が増えるのは、大腸がん細胞に付着した腸内細菌の働きによるものだということも突き止めました。

 

 

つまり、大腸がんの予後の良しあしには制御性T細胞が深く関与しており、そして、その大元に腸内細菌の影響があることが分かったのです。

 

4.人類は腸内細菌を人為的に制御して病気を克服することが出来るのか!?

 

腸内細菌が免疫系を制御していることは明らかです。

便移植によりクローン病潰瘍性大腸炎などの自己免疫疾患が劇的に改善することは、もはや良く知られているところです。

ひとつには、バランスのとれた腸内細菌がTregに適切に働きかけ、免疫系全体のバランスを保っているのだと考えられます。

takyamamoto.hatenablog.com

 

どのような疾患に、どのような腸内細菌がどうかかわっているのかが明らかになれば、この腸内細菌のバランスを人為的に操作することによって、ある時にはがん免疫を高め、ある時には自己免疫反応を抑えるなど、人間が免疫バランスを自在に操作できるようになるのかもしれません

 

そう、病気ごとに適切に調合された腸内細菌の入ったカプセルなんかが作られて、がん患者や自己免疫疾患患者に投与して治療が行われたりする日が来るのかもしれません。

 

このようなことを考えると、我々の健康維持に腸内細菌と制御性T細胞が如何に重要な役割を担っているのかが分かりますよね。

 

来年こそ、志文先生のノーベル賞受賞を期待しています。

takyamamoto.hatenablog.com

 

 

今回も最後までお読み下さり、ありがとう御座います。

 

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路線変更第2弾【プロジェクト・アリストテレス】Googleが見出した、チームに最高の成果をあげさせるための唯一の方法とは!?

目次

1. 「プロジェクト・アリストテレス」とは?

2. 共通項が見つからない!

3. 団塊世代の課長の悲しいチームマネジメント

4. 私の議論の進め方

5. 答えは「心理的安全性」

 

前回の記事から1ヶ月以上も空いてしまいました。

以前、病気のネタが尽き、路線変更の記事を掲載させて頂きましたが、今回はその第2弾をお送りします。

 

takyamamoto.hatenablog.com

前回の路線変更第1

 

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1.「プロジェクト・アリストテレス」とは?

 

かのGoogle社には、実に数百もの社内プロジェクトがあるそうです。

当然ながら、うまくいくプロジェクトもあれば、そうでないものもある。

こういうプロジェクトの成否のカギを握るのは、もちろんプロジェクトメンバーの力量も大きく影響するでしょう。

メンバーのスキルがプロジェクトのテーマに合っているのかどうかも重要でしょう。

でもそれだけなのか?

 

Google社で調べてみたところ、どうやら、高い成果をあげられるチームは、プロジェクトのテーマ・内容にかかわらず安定して成果を出せるし、出来ないチームは何をやらせてもできないのだそうでした。

Googleほどの世界的企業ならば、優れたスキルを持つ社員が多いはず。

なのになぜ、出来るチームとできないチームとに明確に分かれるのか?

その分かれ目は一体何なのか?

それを突きとめるためにGoogleが立ち上げたのが「プロジェクト・アリストテレス」!!

 

2.共通項が見つからない!

 

様々なデータや要因を分析して解決策を見出すのはGoogle社の得意とするところ。

成功し続けるチームと、そうでないチームには明確な差があります。これは間違いない!

では、結果を出し続けるチームには共通点があるのか?

 

例えばチームに規律が保たれているのかどうか?

あるチームは、規律が厳しく、会議等への遅刻は厳禁! 就業時間中は業務に専念し、無用の私語は厳禁!

一方で、砕けた雰囲気で、リラックスしたムードの中で仕事をするチーム。

オフでもアフターファイブでの飲みニケーションや休日を家族ぐるみの付き合いで一緒にレジャーしたりとか。

でも、そんなことはプロジェクトの成果とは何の関係もみられませんでした。

 

さらに、別のやり方でもうまくいくチームはうまくいくし、方法を変えてもダメなチームは相変わらずダメなのです。

一体どういうこと?

 

それから冒頭でも述べたチーム編成について。

プロジェクトテーマに応じて専門性の合致度の高いメンバーを厳選したチームでも、必ずしも良い結果が望めるわけではなかったそうです。

驚いたことに、あるチームで高い成果を出していた人が、別のチームに参加すると、まったく能力が発揮できない!なんて例も多くみられたそうです。

なぜこのようなことが起きるのか??

 

そしてついに、アリストテレスメンバーは唯一の答えを見つけ出します。

 

3.団塊世代の課長の悲しいチームマネジメント

 

(誤解のないように一言。全ての団塊世代の方々が、以下に述べるようだとは申しておりません)

 

私が社会人になったとき、上司の30代後半の課長は「団塊世代」ど真ん中。

ライバルが多いので、いかに自分が他の課長より優れているのかを会社にアピールしたいという心理は当然のこととして理解はできました。

ところが、そのアピールの仕方がどうにも間違っている。

会議で他の課長さんが発言すると、重箱の隅をつつくようなどうでもいい指摘をし、詭弁を弄して相手を沈黙させる技に長けた私の上司。

毎朝のミーティングでは、各研究員が前日の実験データを見せてディスカッションするのですが、私たち新人や若手研究員のちょっとした発言にも難癖をつけてくるのです。

弁の立つ課長に私たち若手が反論できるはずもなく、何も言えない私たちの姿を見ては、課長は独り悦に入るのでした。

当然、若手研究員は余計な発言をしなくなるし、そのうちデータすらも出さなくなっていったのでした。

 

これが正しいチームマネジメントなのか?

こんなやり方で、若い研究員の芽を潰す以外に、どんな成果が得られるというのか??

社会人になったばかりの私ですら、そう思うようになっていました。

 

4.私の議論の進め方

 

私はこれまで、いろんな会社で研究チームのリーダーを務めてきました。

研究と言うものは、なかなか思うようにはいかないものです。

なぜ期待するような実験結果が得られないのか? 理由は何か? 原因は何か?

問題解決のためのアイデアは多ければ多いほどいいに決まっています。

ひとりで考えられることには限りがあります。

3人寄ればなんとやら」。アイデアはできるだけ多くの人から出してもらうべきです。

 

時と場合によりますが、問題解決を目的とした私の議論の進め方はこうです。

まずは「ブレインストーミング

皆さんご存知の事と思います。何も特別な事ではありません。

会議出席者に自由に発言させます。

 

ここではいくつかのルールがあります。

①自分でどんなにつまらないアイデアだと思っても、遠慮なく発言すること

②その場では、他人の意見やアイデアを絶対に批判・否定しないこと。よって、発言の途中でさえぎるなど言語道断!

③各人が、最低ひとつはアイデアを出すこと

 

まずはブレストで話を拡散させておき、その場では結論は絶対に出しません。

各自持ち帰って再考してもらいます。

 

日をおいて2回目の会議。

ここでは、いったん拡散させた話を収束させに行く作業です。

より良いアイデアは一体どれか?

そのより良いアイデアを絞っていく過程においては、「これとこれはダメ」なんて消去法は一切行いません。

「このアイデアは合理的で現実的じゃない?」、「的を射ていると思うけど、どう思う?」と言う具合に、よりよいもの、さらによいものを求めるように前向きな収束のための議論を私が誘導します。

メンバーに積極的に発言させますが、ダメなアイデアのダメなところを指摘させるのではなく、優れたアイデアのどこがどういう理由で優れているのかを述べさせるようにします。

 

さきほど「議論を誘導する」と言いましたが、それはつまり、私が答えを出すのではなく、示唆は与えるが、議論はメンバーたちで行わせるということです。

そして大事なのはここ。メンバーの意見を聞いた上で、結論はリーダーである私が出します。

決してメンバーの多数決では決めません。リーダーが結論を出すべきです。

そして、結論が出たからには、反対意見を持っていたメンバーにも、結論に従うようにしてもらいます。

その際に大事なのは、失敗した時の責任も、結論を出したリーダーである私が取ることを明確にしてあげることです。

 

この私のやり方がベストだとは言いませんが、経験的にはよい成果を得て来たと思います。

 

よく見る残念な会議は、リーダーが部下を集め、自分の考えがいかに素晴らしいのかをたれて、一方的に部下たちに同意と称賛を求めるというものです。

部下に意見など求めちゃあいません。

こんな雰囲気では、メンバーもリーダーの考えに対して否定的な発言なんてできませんよね。

多くの場合、このようなやり方で得られるのは成果ではなく、リーダーの「自己満足」だけです。

さらに残念なのは、こういうリーダーに限って、失敗した場合に、実際の業務を担当した部下に責任を押し付けるという事です。

そんなの、しょっちゅう見ますから。本当に悲しい(涙)

 

5.答えは「心理的安全性」

 

アリストテレスのメンバーがついに見出した結論は、心理学用語で心理的安全性(psychological safety)」と呼ばれるものでした。

心理的安全性」とは、簡単に言うと、「アイデアや質問、心配事とか自分のミスについて発言しても、叱責されたり、ペナルティを課される心配がない状態」のことを言うそうです。

 

皆さん、以下のような経験はありませんか? 若いころ、私はたくさんありました。

例えば、「そんなことも知らないのか?」って思われたくなくって、質問できなかったり。

自分のミスについて報告すると、ひどく叱責されることが分かっているので、ミスを隠すようになったりとか。

意見を言うと、「差し出がましい」とか、「的外れな意見だ」とバカにされるんじゃないかと思って、積極的に発言できないとか。。。

そういうネガティブな考え方に支配されることです。

 

ハーバード・ビジネススクールLeadership and ManagementAmy C. Edmondson教授によると、人は他人から次のようにみられることに恐怖を感じると言います。

n  無知だと思われたくない

n  無能だと思われたくない

n  出しゃばりだと思われたくない

n  消極的だと思われたくない

 

他人からこのように思われる心配のない状態、それが「心理的安全性」ということです。

 

amy edmondson に対する画像結果

 Amy C. Edmondsonハーバード・ビジネススクール教授

 

では、貴方のチームに「心理的安全性」をもたらすには、具体的にどうすればいいのでしょうか?

色々な考え方や意見があるとは思いますが、すごく簡単で、貴方の職場でもすぐに実践できそうなのが、ある研究者が提案する次の方法です。

n  業務をただ行うのではなく、学習の機会だと捉える

n  人はミスをするものだという事を認める

n  相手にたくさん質問する

 

こういったことを、リーダーとメンバーとの間で共通認識に至っている状態を作り出すことだと言います。

どうです? これならすぐ出きるっぽくないですか?

 

 

今回も最後までお読み下さり、ありがとう御座います。

 

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是非、お読みになったご意見やご感想、お叱りをコメントでお寄せ下さい。

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号外【苦悩する藤浪に見せた、広島カープ・大瀬良の男の優しさ】

目次:

1.晋太郎と大瀬良。二人の若者。「人間、捨てたものじゃない」!

2.YouTubeで晋太郎くんの投球を分析してみた!

 

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1.晋太郎と大瀬良。二人の若者。「人間、捨てたものじゃない」!

 

前回【076】のブログで、「イップス」のお話をしました。

 

練習やブルペンではいい球を投げられるのに、いざ試合に登板すると、投球が制御不能になり、自分でもどうしようもなくなるトッププロのピッチャー。

我が国で、この言葉が広く知られるようになったのは、やはり、阪神タイガースの若きエース、藤浪晋太郎くんのことがあってのことでしょう。

いや、彼が本当にイップスなのかどうか、誰も、どの専門家も、まだ明言もしていません。

ですから、私も彼をイップスだとは言いません。

 

イップス」だのと、面白おかしくはやし立てたり、一部の心ないタイガースファンの容赦ない批判に、彼はどれだけ苦しんでいることか!

 

でも今回は、「人間、捨てたもんじゃない」と思わせる、広島カープ・大瀬良投手の「神対応」の動画を是非見て頂きたいのです。

心がホッコリすること、120%保障ですよ(#^.^#)

2017年8月16日 大瀬良 デッドボール 素晴らしいスポーツマンシップ‼ 広島 カープ ハイライト - YouTube

 

晋太郎くんと大瀬良くんは、実は大の仲良しなのだそうです。

言われなくても、この動画を見ていると、二人には固い絆があるのだと容易に理解できますよね。

大瀬良くんは、晋太郎くんの苦しみの深さを良く知っていたのでしょうね。

なんて気持ちのいい

なんてすがすがしい

この二人の若者の姿に、「人間、捨てたもんじゃない」と思うのです。

 

2.YouTubeで晋太郎くんの投球を分析してみた!

 

前回【076】のブログで、「藤浪デッドボール集」なる動画があって、「辛くて、とても観られない」と言いましたが、彼の症状がどんなものかを分析するために、思い切って観てみました。

ほとんどが右打者に対するデッドボールか、当たらないにしても、右打者への危ない球ですね。

ほとんどが打者の肩口から顔付近の高めに行きます。

つまり、指がしっかりボールにかからない「抜けた」ボールです。

 

ど素人の私とトッププロの晋太郎くんとを比べられるはずもないのですが、前回のブログで書いた通り、私が試合になると投げられなくなった主たる原因が、「指にボールがかからない」、「どうやってボールをリリースしていたのかが思い出せない」と言うものです。

 

takyamamoto.hatenablog.com

 

私が球審していた試合で最初に投げた悪送球も、指がボールにかからず、抜けてピッチャーのはるか右上方に飛んでったものです。

つまり、晋太郎くんの抜けたボールが、右打者の頭方向に行くのと同じように思えるのです。

 

もちろん、少年野球の練習に行って、子供とキャッチボールをすれば感覚が戻って、普通に投げられるようになるのですよ。

でも、いざ試合で球審をすれば、心も体もバラバラになるのです。

「デッドボール集」を見ていると、晋太郎くんの症状は、基本的には私と同じだと思えるのです。

もちろん、トッププロの晋太郎くんとど素人の私とで、同レベルで論じられるわけもないことは承知しています。

でも、私が素人とは言え、やはりこの感覚と心理は、罹った人にしか理解してもらえないのかもしれません。

 

皆さま。特にタイガースファンの皆さま。

晋太郎を本当に大切なタイガースの宝だと思うのなら、彼の苦しみをご理解頂いて、本当に暖かく見守って下さり、精神的に支えてやって頂きたいと切に願うのです。

 

 

今回も最後までお読み下さり、ありがとう御座います。

 

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是非、お読みになったご意見やご感想、お叱りをコメントでお寄せ下さい。

大変励みになります。

 

 

076【実は私、イップスなのです】試合になるとボールが投げられない

 目次

1.藤浪晋太郎くんの深い苦悩

2.元々は世界的名ゴルファーから

ちょっと寄り道:神戸市民の心を支えたオリックス・ブルーウェーブ

3.イップスは病気なのか?

4.私の実体験 ~イップスに罹った者の心理~

5.この手の病気に「頑張る」は厳禁!

 

タイトルから誤解されないように言っておきますが、私はもう長いこと野球をプレーしていませんし、ましてや、ピッチャーの経験などありません。
でも、昨年の秋くらいから、試合でボールが投げられないイップスになってしまったのです。
そして、まだ克服できないでいます。(涙)

 

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1.藤浪晋太郎くんの深い苦悩

 

Yipsとは、日本語で「ひゃっ!」というような意味のようです。

野球ファンの間で「イップス(Yips)」という言葉が知られるようになったのは、2016年3月15日に報道ステーションで放送された、イチローのインタビューがキッカケではなかったでしょうか?

イチロー、高校時代のイップスを告白「テレビでは言ったことない」 - ライブドアニュース

 

「どうやって克服したの?」という、現侍ジャパン監督の稲葉さんの質問に、「センスですよ、センス」という、人をオチョクッたイチローらしい答えには思わず失笑。

彼の独特のユーモアセンスは相変わらずです。(やっぱり失笑)

でも当時、私はこの放送を見ておらず、まだイップスのことを知らないのでした。

 

最近では、野球ファンの間では、かなりこの言葉が浸透しました。

というのも阪神タイガースの若きエース、藤浪晋太郎くんがそれなんじゃないかと、大いに話題になったからでしょう。

 

f:id:takyamamoto:20171022142901p:plain

 

確かに昨シーズン、突然とんでもない、プロのピッチャーとしては考えられないような、なんでそこに行くかな?みたいな死球を与え、そこから制球を大きく乱して四球の連発。ランナーを溜めたところで甘く入って決定打を打たれるという悲惨なシーンを、私も何度もテレビで観ました。

それでも私は、「今年の晋太郎は一体どないしたんや!?」くらいに思う程度で、イップスのことは、やはりまだ知らないでいたのです。

 

例えば、広島カープ・黒田への2球連続での考えられないコースへの投球。

幸い2球とも当たりはしませんでしたが、あの紳士黒田が怒ってましたね。

- YouTube

 

やはり、同じピッチャーとして、2球連続と言うのは考えられなかったのでしょう。

バッテリー(ピッチャーとキャッチャー)としては、送りバントをさせたくないという思いもあったのかもしれませんが、同点とは言え、回も浅く、相手はピッチャー、それもカープの至宝!

 

自分では制球がどうにもならず、コーチに優しくなだめられて、悔し涙でマウンドを降りる姿も。。。(これは身に詰まされる。。。)

2017.8.16 阪神タイガース 藤浪晋太郎 涙を流しながらマウンドを降りる(イップス?) - YouTube

 

YouTubeを見ていると、「藤浪デッドボール集」とか言う動画もあり、これは辛くってとても見る気になりません。

と言いながら、私もリンクを張っている訳ですが、ただ彼の深い苦悩について知って頂きたく、今回はイップスについてお話させて頂きます。

 

2.元々は世界的名ゴルファー

 

野球選手のイップスは、なにもピッチャーに限りません。

 

オリックス二軍監督の田口壮さん。

1991年のドラフト会議で複数球団からの指名を受け、オリックスに1位入団。

(因みに、イチローはこの年に高卒4位指名でオリックス入団ですね)

即戦力の大型遊撃手(ショート)として大いに期待されました。

なんと、プロ一年目の開幕戦で先発デビュー。

ウィキによると、既にこの試合において、一塁への送球に不安があったとか。

ある日の試合で、田口の悪送球がひとつの原因でチームが敗退した時に、当時の監督から「それでもプロかっ!!」とひどく叱責されたようです。

そして、送球への恐怖心は他のプレーにも波及し、捕球も乱れ、バッティングも不調に陥ったようです。

 

ところで、、、

私、ネット上で人様の批判をしたくはないのですが。。。 仕分けで「2位じゃダメなんでしょうか?」ってなマヌケな質問をしたアホな政治家に次いで2人目、言わせて頂きます!

この監督さん、ウェスタンリーグ(2軍)でブッチギリ首位打者イチローを、二軍監督の強い推挙があったにも関わらず、あの「振り子打法」がどうのこうの言うて頑なに認めず、一軍に上げようとしなかったよな! 指導者たる者が若い者の芽を摘んでなんとするッ!(喝!)

田口にイチローまで!! 喝だよ喝!

まぁ、それはええとして、閑話休題

 

1994年、あの名将、仰木彬(おおぎ あきら)さんが監督に就任。

この年に田口は外野手に転向。

阪神淡路大震災のあった翌1995年にオリックスはリーグ優勝!

私はそのころ、震災の爪痕も生々しい神戸に住んでいましたが、イチローオリックスは市民の大きな心の支えでしたね(^-^)

当時の田口、谷佳知(よしとも)、イチローの外野陣は12球団随一の鉄壁さでした。

 

ちょっと寄り道: 神戸市民の心を支えたオリックス・ブルーウェーブ

 

1995年1月17日早朝。

私は結婚1年目の新婚で、兵庫県で一番大阪よりの尼崎市に住んでいました。

これまでの人生で経験したことのない大きく強い揺れ。

「あぁ、これで天井が落ちてきたら確実に死ぬな」

揺れている間、それだけを思っていました。

 

会社は神戸市の西区。

当時のオリックス・ブルーウェーブの本拠地グリーンスタジアム神戸(現在は「ほっともっとなんとか」?よう分らん)のすぐ近くで、仕事帰りによくイチローを見に足を運んだものです。

 

震災後、尼崎から会社までどうやって通うのか?

神戸市を東西に結ぶ阪神、阪急、JRはすべて寸断。

阪神高速は倒壊、動脈である国道2号線と43号線は早朝から深夜まで交通規制。

 

こんな壊滅的な街の状況で、オリックスは神戸を本拠地にしてシーズンを戦えるのか??

当時のオーナーは、「市民が大変な時にチームが神戸から逃げ出してどうする!! スケジュール通り、グリーンスタジアムをホームグランドとする」と明言!

そして、そのシーズン、野田浩司さんが一試合19奪三振日本記録佐藤義則さんが当時の最年長ノーヒットノーラン記録を樹立するなど、私たち神戸市民に勇気と元気と希望を与えてくれたのです!!!!

 

さて、田口壮さんの話に戻りましょう。

 

田口さんの場合、コンバート(守備位置変更)でイップスを克服したばかりか、仰木監督の下で元々持っていた才能が開花。

後にメージャーリーガーとなり、ワールドチャンピオンにも輝いたことは、野球ファンなら誰でもご存知でしょう。

 

しかし、田口さんのような例がある一方で、一旦イップスになってしまうと克服できず、引退に追い込まれる選手も非常に多いのだそうです。

 

世間で晋太郎君のイップスが疑われ始めてからも、私はイップスのことを知りませんでした。

はじめてその言葉を耳にしたのは少年野球でした。

練習ではいいボールを投げるのに、試合になるとさっぱりダメな子がいました。

監督さんに「あの子はどうしたの? 練習の時はすごくいいのに」。

監督さんは言いました。「まるでイップスみたいだ」と。

イップス? 何それ?」

 

イップスという言葉が使われるようになったのは、1960年代からのようですが、最初にイップスだったのだろうと認識されているのは、1890年代から1910年代に活躍し、全英オープン6度、全米オープン1度優勝のハリー・ヴァードンという世界トップクラスのゴルファーだったそうです。

 

ヴァードンは1912年に、自身のイップス症状について書き残しています。

「私はいまだかつてトーナメントに参加して緊張することはなかった。それなのに、その短いパットをしようとしたときに襲ってきた不安感は、緊張どころではなかった。アドレスに入ると、右手が震えているのに気付いた。およそ2秒ほどだったろうか。ボールが見えていなかった。視線は右手に釘付けになった。自分に何が起きているのか、ただ知りたかった。震えが始まると感じ、突拍子もない動きが出ないうちにと必死の思いでパットした。心と身体はバラバラになり、ボールはラインを外れて転がった。3ヤードかそれ以上の距離のパットは気楽にプレーできた。奇妙なことにカップから4フィート以内の短い時だけ、難しいという感覚にとらわれるのだ」(参考文献から多少改変)

 

イップスに似た症状は、様々なスポーツ競技で認知されていたようです。

特に日本では、弓道において古くから知られていたそうです。

弓道では、弓を引いて、構えて、神経を集中させて、狙いを定めて、矢を放つのに4、5秒は要するそうです。

ところが中には、1、2秒も弓も矢も保持できず、狙いも定められず、手から矢が離れていく。

これは、弓道の世界では「早手」と言われて、随分以前から知られていた症状のようです。

 

現在では、あらゆるスポーツにおいて、イップス症状が認められています。

 

3.イップスは病気なのか?

 

医学的には、「職業性クランプ」という症候群が古くから知られていたそうです。

単に「クランプ」とも言われますが、日本語では「職業痙攣(けいれん)」とか呼ばれるそうです。

字を書く仕事の人が、手が震えて書けなくなるとか、タイピストやミュージシャンなど、様々な職業の人に見られるそうです。

 

では、イップスはクランプなのでしょうか? つまり、「病気」なのでしょうか?

この問題には、医学的にはまだ議論の余地があり、私が調べた限りでは、専門に治療をしている医療機関も少なく、有効な治療法も確立されていないようですね。

 

イップスは、プロのアスリートにとっては死活問題です。

私など日常生活には何の問題もありませんが、イップスになったからこそ、イップスに悩むアスリートたちの気持ちが理解できるようになりました。

イップスになった人の心理がどんな感じなのか? 人によって違いはあると思いますが、私の体験をお話しします。

 

4.私の実体験 ~イップスに罹った者の心理~

 

実は私は、アマチュア野球の公認審判員なのです。

 

去年の秋ごろだったでしょうか。

中学校の大会で球審をやらせて頂きました。

公式戦であり、真剣勝負ですので、両校の生徒やご父兄はもちろん、教員の人たちなんかも応援に来ており、メッチャ盛り上がっていましたよ。

観衆が多くっても緊張なんかしません。冷静だったし、むしろその雰囲気と野球少年たちの頑張る姿を楽しんでいました。

 

野球を観られる方なら普通にご存知だと思うのですが、バッターがファウルを打ったら、球審がボールケース(ズボンのベルトから下げている、ニューボールを入れてる袋のこと)からボールを取り出して、ピッチャーに投げ渡します。

私、プロ野球を半世紀近く観てきましたが、球審がピッチャーに対して悪送球したシーンをただの一度も見たことがないのですよ!

つまり、球審は、ピッチャーへのボール送球で悪送球をしてはいけないのです。

少なくとも私の中で、その意識はあったと思います。

資格審判員として、悪送球はとても恥ずかしいことだと。

 

ところが、その中学校の試合で私が投げた球は、ピッチャーのはるか右上方、二塁手の定位置近くにまで飛んでったのでした。

その時の私の心境? 「恥ずかしっ!(汗)」と言う程度でした。

まぁ、たまにはこんなこともあるよなぁ、猿も木からなんとやら、と言う程度です。

ところが次の時、「さっきはオーバーしたんだから、今度は加減しよう」という意識が強かったのでしょうね。

投げたボールは、ピッチャーの手前でバウンドして、セカンドベースの方向に転がっていったのでした。。。(涙)

 

中学校の試合とは言え、多くの観戦者が観ている公式戦での、いずれもピッチャーがボールに触れられもしないような悪送球を連続。。。

観衆衆目のなか。。。

これ以来、私は球審の立ち位置からピッチャーまでのわずか20メートル足らずの距離を投げられなくなったのです。

ボール投げなんて、自転車とおんなじで、一生体が覚えているものだと思ってました。

ところが、今の私は、ボールの投げ方がさっぱり分からなくなってしまったのです。

 

何が分からないかって具体的に言いますと、肩と肘と手首の使い方から体重移動まで、全ての動きがバラバラで、頭と体で全てが分からない!

特に分からないのが、ボールのリリースの仕方。

どうにもボールに指がかからないのですが、今までどうやってリリースしていたのかが、頭と体の両方で思い出せないのです!

 

それで、少年野球の練習に行って、子供相手にキャッチボールをします。

最初は忘れていたボールの投げ方も、練習しているうちに思い出してきます。

そうすると、なんてことはない。なんで投げられなかったのかが不思議なくらいに思えるのです。

 

そして、次の試合での球審。前回ちゃんと投げられなかったことなど忘れていました。

ところが、やはり何気なく投げた球が、とんでもないところに行ったりするのです。

制御不能です。

 

意識すればするほど分からなくなり、投げることへの恐怖心が強まっていくのです。

恐怖心はあっても、緊張はしていません。

緊張のせいではないのです。

じゃあ、なんのせい? わかりません。

 

今どうしてるかって言うと、事前にキャッチャーに、「肩が痛いから、貴方に渡すからね」と言っておいて、ボールを手渡しています。

でも、それって、やっぱり、わたし的には沽券(こけん)に関わるのですね。

やっぱり、ビシッとボールを投げたい!

 

5.この手の病気に「頑張る」は厳禁!

 

イップスには、精神安定剤としてよく使われるベンゾジアゼピンが効果ありとの情報がありました。

ベンゾジアゼピンは、社会不安障害にかかっていた時、私も大変にお世話になりましたよ。

この薬は緊張や不安には確かに効きますね。

でも、この薬の効果は対症療法的で、一時的です。

残念ながら、私もお世話になった、うつや不安障害に有効で、原因の根元を捉えた「選択的セロトニン再取込み阻害剤(SSRI)」などがイップスに有効だという情報はないようです。

 

いまだ、確かな治療法のないイップス

この手の病気は決して無理をせず、そして、可能なら環境を変えることでしょう。

 

田口壮さんはコンバート、私は会社を辞めることで克服出来ました。

takyamamoto.hatenablog.com

 

でもそれができない人も多くいます。

晋太郎くんの苦悩の深さを知って頂き、温かく見守って頂きたいです。

 

 

今回も最後までお読み下さり、ありがとう御座います。

 

参考文献:

イップスの心理学、その病態と心理療法」八木孝彦

 

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