Dr.やまけんの【いつまでも健康に過ごすために大切なこと】

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081【そんなに凄いの?「ゲノム編集」(中編)】ゲノム編集の実際

目次:

1.具体的にゲノム編集するにはどうすればいい?

2.神のハサミ「クリスパー・キャス9」とは!?

3.「神のハサミ」の作り方レシピ

4.ハサミで切って遺伝子を破壊するだけでも色々できる

5.ゲノム編集によるHIV感染症の治療

6.ゲノム編集したのかどうか? 見分けることは極めて難しい!

7.ヒト受精卵のゲノム編集をいかに規制すべきか?

次回予告:

 

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1.具体的にゲノム編集するにはどうすればいい?

 

前回の「前編」で、ゲノム編集を動画のフィルムの編集に例えました。

ゲノム編集について理解するのなら、フィルム編集に例えて考えると非常に解りやすいです。

 

フィルム編集するとき、実際にひとコマひとコマの絵を見て、編集したい場所を探しますね。

まずは、ハサミで切るべき正確な場所を見つけ出さなければなりません。

ゲノム編集でも同じことです。

細胞の中にある30億ものDNAの配列の中から、たった1ヶ所、自分が切りたいと思う場所を探して見つけなければなりません。

でも、フィルムと違うところは、ゲノムの配列は人の目では見えないということです。

どんな高性能の顕微鏡を使っても、塩基のGATCの並びは判別できない!

では、どうやって、その場所を見つけるのか?

人には見つけられません。その代わりに道具を使います。

所望のDNA配列を探し出す「探査装置」のようなものです。

「装置」といっても機械ではありません。

その正体は「RNA分子」です。

RNAがDNAの特定の配列を(自動的に)見つけ出してくれるのです。

実は、「クリスパー・キャス9」のうち、「クリスパー」というのは、特定のDNA配列を見つけ出す機能をもったRNAのことを指すのです。

 

さて、RNAであるクリスパーは、切るべき場所を見つけると、DNAのその場所にくっつきます。

でも、クリスパーは、どうやって標的のDNA配列を見つけることができるのか?

元々RNAというものは、DNAの塩基配列をコピーして作られます。

写真に例えれば、RNAはDNAを鋳型にして写し取られた「ポジ(プリント)」のようなもの。

そしてDNAは、ポジであるRNAを作るための「ネガ」のようなもの。

ネガとポジはピッタリと合うのです。

まるで、朱印船の「割符」のように。

だから、相手を間違うことはありません。(基本的に)

う~~~ん。若い人には、「ネガ」とか「ポジ」とか、分っかるかな~~? 分かんねぇだろうな~~(でんでん調)

えっ? 「でんでん」も分かんねぇって?(笑)

朱印船や割符は、学校で習いましたよね?

 

さて、切るべき場所は見つけ出しました。次にはDNAを切らねばなりません。

ハサミの登場です。

このDNAを切るハサミはタンパク質、つまり酵素です。

標的であるDNA配列に結合したクリスパーを目印にしてDNA切断酵素がやってきて、その場所で二本鎖のDNAをぶった切る。

このDNA切断酵素こそ「キャス9」なのです。

 

2.神のハサミ「クリスパー・キャス9」とは!?

 

もうお分かりでしょう。

神のハサミ「クリスパー・キャス9」とは、特定のDNA配列を見つけ出すRNA分子と、DNAをぶった切る切断酵素とを合わせて、そう呼びます。

 

過去ブログでもお話しましたが、もう一度説明を。

DNAは普通、二本の鎖が互いにねじれあって結合した二重らせん構造をとっています。

この二本の鎖の間は、塩基という物質が互いに対を成して結合しています。

DNAの塩基には4種類ありますが、この「対」を作るのには大原則があるのです。

4種類の塩基、グアニン(G)、アデニン(A)、チミン(T)、シトシン(C)ですが、必ずGとC、TとAが向かい合って手をつなぎ、対になります。

このGとC、TとAの対というのも、「割符」のように形が定まっており、ペアの相手を間違えることは、まずありません。

 

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DNAの塩基対形成の大原則 

 

RNAもDNAと非常によく似た構造をしており、やはり塩基は4種類。

でも、DNAと違うのは、チミン(T)の代わりにウラシル(U)という塩基を持っているのです。

そして、RNAのUは、DNAのTと同様、やはり相手の鎖のAと対を作るのです。

 

この「塩基対」の原理に従って、RNAであるクリスパーは、自分の20個ほどの塩基の配列とピッタリ対を作ることの出来る標的DNAの配列を、30億塩基対ものゲノムの中を探し、見つけ出すのです。

30億のGATCから成る、一見デタラメな文字列の中から、たった20文字の特異な文字列を探し出す。

これがどれほど困難な事か!!

 

30億字というと、400字詰め原稿用紙で750万枚ですよ。

750万枚の原稿用紙に、ただひたすら、一見無意味に思えるGとAとTとCの文字が書き連ねられている。

もし貴方が、この750万枚の原稿用紙の中から、特異な20文字の配列を探し出せと言われたなら、どれくらいの時間がかかりますかね?

何ヶ月? それとも何年?

いやいやいや。。。1日1000枚ペースでも7500日(20年以上)!

最初の1万枚くらいまでで見つかれば超ラッキー!!てなもんです。

これはもう、「太平洋でメダカ一匹探すようなもの」ですよねぇ。

でも、驚くべきことにクリスパーは、わずか数秒から、せいぜい数十秒!!でこの作業を完了させます。

凄くないですか? その能力恐るべし!クリスパー!!

 

下の図は、ある論文から拝借したものですが、クリスパーがゲノム上の標的DNA配列に結合し、それにキャス9が結合して、特定の場所で標的DNAを切ろうとしているところです。

RNAであるクリスパーの赤い塩基配列部分が、クリスパーが探し出すべき標的DNAの塩基配列に完全にマッチしているのですね。

クリスパーの青い塩基配列の部分は、DNA切断酵素であるキャス9が結合する「足場」の役割を果たします。

 

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Zhang et al., Molecular Therapy: Nucleic Acids, Vol.9, p.230 (2017)から無断転載(見逃して 笑)

 

キャス9は、標的DNAに結合したクリスパーを目印にして結合し、ここでDNAをぶった切るのです。

クリスパーの赤と青の境目の辺り、標的DNAの黄緑色の部位を、キャス9は正確に2本の鎖ともども切断してしまいます。

そしてキャス9は、クリスパーが結合していないところでは、決してDNAを切断しません。

これは絶対的な法則であり、ゲノム編集が極めて正確である所以です。

 

3.「神のハサミ」の作り方レシピ

 

どうやって「神のハサミ」を作るのかって?

これはもう簡単です!

神様が作ったハサミだから、ひたすらお祈りして下さい。(冗談ですよ)

 

もとえ 

いや、別に大層なことじゃぁありません。

 

キャス9は原始的(?)な遺伝子組換え技術で作ります。

キャス9はタンパク質ですから、その遺伝子、つまりDNAを遺伝子工学のごくごく基本的な方法で大腸菌の中に導入して作らせます。

その大腸菌を大量に培養すれば、大量のキャス9を作ってくれます。

あとはキャス9を精製してきれいにするだけ。

でも、手っ取り早くは、試薬屋さんから買えますので、お買い求めください。

 

クリスパーは短いRNAですから、これはもう、機械で自動的に作れます。化学合成ですね。

いや、研究者は自分では合成しません。

いくらでも合成を請け負ってくれる業者があるので、希望の塩基配列をメールで送るだけ。

そう、標的DNAの切りたい場所の塩基配列を調べて、それをもとにクリスパーの20前後の塩基配列を決めます。

1週間くらいで出来ますし、費用もわずか数万円ですね。

 

こうして別々に作ったクリスパーとキャス9をいっしょに溶液に溶かしてハイッ、「神のハサミ」の出来上がり。

キューピー3分クッキングよりも簡単ですね。

 

受精卵なら、この水溶液を細いガラスの針で注入して、後は待つだけ。

「クリスパー・キャス9」が所望の場所で勝手にDNAを切ってくれます。

その辺の作業の実際の様子も、前回リンクした「クローズアップ現代」の動画を観れば、とても簡単だと分かるでしょう。

受精卵に液を注入するための「マイクロ・インジェクション」の装置と顕微鏡さえあれば、中学生にだって出来ますよ。本当に。

 

4.ハサミで切って遺伝子を破壊するだけでも色々できる

 

筋肉ムキムキのマダイも肉牛も、作り方は、クリスパー・キャス9でたったひとつの遺伝子をぶった切っただけです。

ぶった切ることで、その遺伝子は破壊され、機能しなくなります。

そして受精卵は、何事もなかったかのように、正常に分裂を始めます。

牛の場合は、お母さんの子宮に戻す必要がありますね。

本当の母親、つまり卵子を採取した牛でなくても、他のメス牛、つまり借り腹でもOK。

 

ここで破壊したのは、ミオスタチンという遺伝子。

これは筋肉が付き過ぎるのを抑える遺伝子だそうです。

これを壊すことによって、筋肉が良くつき、魚も牛も筋骨隆々になるというのです。

そして、なんとこのミオスタチン遺伝子。ヒトにもあると言います。

これを人間に応用したらどうなるか?

これはもう、金メダリストの量産が可能になるのではないか?

究極の遺伝子ドーピングですよね。

 

私は、筋肉をつけるのなら、いい筋肉をしている人が持っているいい筋肉を作る遺伝子や、頭を良くしたいのなら、頭のいい人が持っている頭が良くなる遺伝子を、凡人のゲノムにONしてやらなければならないのだと思っていました。

しかし、ミオスタチンのように、特定のひとつの遺伝子をOFFすることによっても、このように生物の体に望みの性質を与えることができるというのですから、これは正直、意外でした。

だいたい、遺伝子をONするよりもOFFする方が技術的には断然簡単です。

 

クローズアップ現代」で研究者が実演していたように、ひとつの受精卵を処理する時間といったら、熟練した人なら数分しかかかりません。

つまり、ゲノム編集技術による遺伝子OFFは、技術的なハードルが低いというか、もはや「ハードルはない」と言っても過言ではないのです。

あまりに簡単すぎて怖いくらいです。

 

5.ゲノム編集によるHIV感染症の治療

 

米国の臨床試験で、ゲノム編集技術がHIV感染症の治療で効果を挙げています。

 

過去ブログで、HIVに感染すらしない人がいることをお話ししました。

 

takyamamoto.hatenablog.com

 

HIVはヘルパーT細胞に感染しますが、ウイルスの感染が成立するには、細胞の表面にCCR5というタンパク質が発現している必要があります。

このCCR5に元々変異があり、HIVに感染すらしない人が存在するのです。

じゃあ、すでにHIVに感染した患者で、このCCR5遺伝子を破壊したらどうなるのか?

ウイルスは完全に排除できないかもしれないけれども、ウイルスの増殖を有効に抑えることはできるんじゃないか?

 

米国の臨床試験では、患者の血液からリンパ球(T細胞はリンパ球の一種です)を取り出し、ゲノム編集によってCCR5遺伝子を破壊し、そしてまた、患者の血液に戻してやったのです。

たった、これだけです。

これまで、薬を飲んでてもヘルパーT細胞の減少をなかなか食い止められなかったのが、このリンパ球のゲノム編集治療を1回受けると、その後数ヶ月にわたってヘルパーT細胞の数が回復したと言います。

HIV薬も減らすことができたので、悩みのタネだった不快な副作用も減り、QOL(生活の質)は著しく改善したと言います。

 

この治療法では、患者の体内の全てのヘルパーT細胞を、CCR5が破壊された細胞と置き換えられるわけではありません。

だから、HIVを患者の体から完全に排除できるわけではないのです。

でも、この遺伝子改変ヘルパーT細胞は、患者の体内でHIVに感染することなく生き続け、免疫機能を維持してくれることでしょう。

 

この臨床試験のその後の経過については、私はフォローしていません。

CCR5遺伝子を破壊されたT細胞も、やがては死んでいき、そうすると再度の治療が必要になるのかもしれません。

でも、数ヶ月に1度か数年に1度、病院に行って採血してもらい、後日、点滴みたいに静脈から遺伝子破壊された細胞を体内に戻すだけ。

患者にしても、体や生活への負担は極めて小さいと言えるでしょう。

 

そしてまた、患者の細胞の遺伝子を操作するなんて、従来の再生医療みたく、極めて高度な先進医療のように見えて、実は非常に簡単で、低コストなのです。

 

6.ゲノム編集したのかどうか? 見分けることは極めて難しい!

 

ボディビルダーの見事な肉体。

あれは、トレーニングや食事で、誰でもああなるというものではないでしょう。

ああなるには、やはり、それなりの素地、つまり遺伝的な素質・体質というものが必要なはずです。

 

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若き日のシュワちゃん

 

そう仮定すると(あくまでも仮定の話です)、あのような人たちは、そうでない人たちとの間で、遺伝子的に違いがあるという事が考えられます。

それは、もしかしたら、あの人たちは、もともと生れつきミオスタチン遺伝子に変異があって、機能していないのかもしれないのですね。

とすれば彼らは、自然に存在する「変異体」、つまり「ミュータント」だという事になります。

 

「ミュータント」というと、SFに出てくるエスパーみたいなウソっぽさを感じるかもしれませんが、私が言っているのは、単にヒトには多様性があり、なかには稀な遺伝子型を持つ人がいるという事に過ぎません。

そのような稀な遺伝子型を持つ生物個体を「変異体」、すなわち「ミュータント」と呼ぶのです。

超能力はミュータントの必須条件ではありませんので、ご注意を。

 

例えば、日本では縁起物の白蛇。

あれは、メラニン色素を作る遺伝子が働かない変異体、つまり自然に存在する変異体です。

白ウサギや白いマウス。

あれも同じで、「アルビノ」と呼ばれる色素欠乏の変異体ですね。

実は、いろいろな動物にアルビノが存在しますが、自然界では珍しいものです。

白ウサギや白マウスは、そのような稀な個体を人間が捕まえて交配して増やし、愛玩用や実験用としたのですね。

だから、沢山いて、珍しくもなんともなくっても、元を正せば変異体です。

 

さて、筋骨隆々の人たちは、ミオスタチン遺伝子が働かない「変異体」だと仮定します。(仮の話です)

これは、ミオスタチン遺伝子の塩基配列を調べれば分かります。

超簡単です。

 

さて、ある国が、ゲノム編集によってヒトの受精卵のミオスタチン遺伝子を破壊し、重量挙げ選手に仕立て上げ、なんとオリンピックで金メダルを取ってしまいました。

明らかな不正ですよね。

じゃあ、この選手がゲノム編集によってミオスタチン遺伝子を破壊されたのかどうか、遺伝子検査によって証明することができるでしょうか?

これはかなり難しいのです。

なぜ?

 

これまでマウスなど、ごく一部の種でしか作出できなかった遺伝子改変動物。

前編で、この作製効率はとても低いと言いました。

そのため、マウスの受精卵のゲノムに新たな遺伝子を導入したり(トランスジェニック)、元々の遺伝子を破壊する(ノックアウト)際に、目印となる遺伝子配列を入れるのです。

従来の遺伝子改変技術では、改変成功率が非常に低いため、遺伝子導入や遺伝子破壊が上手くできたかどうかを確認するために、どうしてもこの目印配列が必要でした。

だから、遺伝子改変していれば、ゲノムにこの目印配列が存在するのです。

この目印配列は非常に目立ちます。隠しおおせません。

これよって遺伝子改変されたことを証明できます。

 

でも、ゲノム編集技術でぶった切られた結果生じたDNA配列の変化はごく微細です。

これが人工的に操作された結果なのか、それとも元々自然に存在した変異なのか、誰にも確信をもって断言することはできないでしょう。

「ゲノム編集では遺伝子改変の痕跡を残さない」とよく言われます。

 

いや、ひとつだけ手があります。

両親のミオスタチン遺伝子も調べることです。

両親のミオスタチン遺伝子の配列が正常で、子供の重量挙げ選手が、両親の遺伝子を引き継いだとは考えられない、両親とは異なる遺伝子配列であれば、ゲノム編集された可能性が高いと考えられます。

でも、既に両親がいないとか、行方不明、となると万事休すです。

 

7.ヒト受精卵のゲノム編集をいかに規制すべきか?

 

実は、上の話は最早、フィクションでも、遠い未来の話でもなく、まさに今、現実に起こりつつあることなのです。

2015年、ある国の研究グループが、実際にヒトの受精卵でゲノム編集をしたという論文を発表し、世界中の多くの研究者や生命倫理の専門家の批判を浴びました。

もちろん、実験に使われたすべての受精卵は廃棄されてはいますが。。。

国際会議が開催されて、ヒト受精卵に対するゲノム編集の是非と規制について議論されましたが、まだ意見の一致を見ていません。

 

中には、難病の治療などに貢献する基礎的な研究に限って、ヒト受精卵のゲノム編集は認められるべきだとの意見もあります。

当然、実験に使われた受精卵は、間違いなく破棄されることが絶対条件であり、人の子宮に戻されるようなことがあってはなりません。

一方で、ヒト受精卵でのゲノム編集実験は、条件なく一切禁止すべきとの厳しい意見もあります。

難病治療のための人道的な研究とは言え、それによってヒト受精卵でのゲノム編集の技術的ノウハウが蓄積されていき、遺伝子改変によるデザイナー・ベイビーの作出の可能性に現実味が出てくると、悪意を持つものが「実際に遺伝子改変人間を作ってみたい」という誘惑にかられることは、十分に考えられます。

でも、このような強硬な意見に反対する人も多くいて、そのような人たちは、規制を厳しくすることによって、科学や医療の発展が妨げられることの弊害を懸念するのです。

 

受精卵にゲノム編集して、思いのままにデザインされて生まれてくるであろう、いわゆる「デザイナー・ベイビー」。

これは最早、原理的には十分可能です。

そして、このデザイナー・ベイビーに子どもができれば、人によって作られた自然には存在し得ない遺伝子が後世に伝えられ、伝播することになるのです。

神が作った自然の生命バランスを破壊し、二度と元に戻せなくなる可能性もある。

こんなことを神が許したもうのか?

 

近年の科学技術の進歩のスピードには目覚ましいものがあります。

多くのSFマガイが、もはや「マガイ」ではなくなってきました。

科学の進歩に、私たち人間の精神性はついて行けているのでしょうか?

人類の幸福に資する神の技術。一方で、神の逆鱗に触れかねない禁断の技術

 

生命科学の研究者や医師、生命倫理の専門家のみならず、環境問題の専門家、法律家、宗教家、政治家、役人、そして、病気に苦しむ患者さんを含めた一般の人をも巻き込んだ議論の成熟が不可欠です。

 

次回予告:

 

気まぐれで記事の内容が変わることがあります。

ご了承ください。

 

 

今回も最後までお読み下さり、ありがとう御座います。

 

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是非、お読みになったご意見やご感想、お叱りをコメントでお寄せ下さい。

大変励みになります。

 

 

080【そんなに凄いの?「ゲノム編集」(前編)】山中先生も大絶賛「iPS細胞なんか足元にも及ばない!」

目次:

1.そんなに凄いの?「ゲノム編集」

2.何が出来るの?「ゲノム編集」

3.以前は出来なかったの? 生物の「遺伝子改変」

4.「ゲノム編集」の応用例

5.改めて「編集」という言葉から、どんなことをイメージしますか?

次回以降予告:

 

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1.そんなに凄いの?「ゲノム編集」

 

いまや、バイオ/医療の世界では凄い話題です!

「ゲノム編集」

世界を変える!と。。。 人類の未来を変える「神の技術」だ!と。。。

 

私が「ゲノム編集」という言葉を耳にしたのはいつだったか、よく憶えていませんが、2010年頃だったでしょうか。

もう、20年近くも前から購読しているバイオ業界系のメルマガだったと思います。

このメルマガでは、「凄い技術だ!」、「日本もこの流れに乗り遅れるべきではない!」とやたら煽り立ててましたが、わが国では、若干反応は薄かったようです。

かく言う私もご同様。

「原理的には出来るのだろうけれども、汎用(はんよう)性に乏しく、非効率で、一度のゲノム編集をするのに、一体どれだけの手間と時間とカネがかかるんだ?」みたいな感じで、ほとんどシカトしてましたね。(笑)

私には先見の明が無かったのだと思います。

 

でも、2012年から2013年にかけて、第3世代の「ゲノム編集ツール」が開発され、瞬く間に世界中の研究者によって改良が加えられ、その後1~2年の間には、ゲノム編集の実用化に向けた研究が、早くも世界中で始まりました。

こうなると、私もシカトできません。

 

2015年7月に放送されたNHKクローズアップ現代「“いのち”を変える新技術 ~ゲノム編集最前線~」では、メインコメンテーターの山中伸弥先生が、「基礎研究を始めて25年になるが、これまでの技術の中で一番画期的!凄い技術!」、「iPS細胞など足元にも及ばない!」と大絶賛。

人類の未来をも変えうる「ゲノム編集」のとてつもないポテンシャルを強調されていました。

遺伝子を自在に操ることがきる「ゲノム編集」の可能性と課題/NHK・クローズアップ現代「“いのち”を変える新技術 ~ゲノム編集 最前線~」 – @動画

 

2.何が出来るの?「ゲノム編集」

 

なにがそんなに凄いのか? 何が「神ってる」のか?

 

「ゲノム編集」という言葉に、どんな印象を持ちますか?

「編集」というくらいだから、ゲノム(遺伝子、DNA)を自由自在に切ったり、貼ったり、つなげたりして、生物を改造する?あるいは人造生物を造ることが出来る?

まあ、その答えは次回以降に譲るとして、「神の技術」と表現される「ゲノム編集」に何が出来るのかを見ていきましょう。

 

「ゲノム編集技術」で出来ることを、端的に列挙します。

  • どんな生物種でも遺伝子の改変が出来る

  • 生物の個体に対しても遺伝子の改変が出来る

  • ゲノムのどこでも、狙った場所に正確に遺伝子改変ができ、しかもメチャクチャ簡単で安い!

といったところです。

でも、この3つが出来ることがどれだけ凄いのか?ってことですよね。

 

3.以前は出来なかったの? 生物の「遺伝子改変」

 

過去ブログで、特定の遺伝子を破壊した「ノックアウトマウス」のお話をしました。

takyamamoto.hatenablog.com

 

また、それ以前に、まったく別の遺伝子をマウスのゲノムに組み込む「トランスジェニックマウス」を創る技術が、80年代には確立されていました。

遺伝子組換え動物の第1号は、ラットの成長ホルモン遺伝子を組み込まれたトランスジェニックマウスで、通常のマウスの2倍ほどにも大きく育ちます。

俗に「スーパーマウス」と呼ばれ、超一流科学雑誌「サイエンス」の表紙を飾った写真は、当時、大いに話題になりました。

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「サイエンス」誌の表紙を飾ったスーパーマウス(右)と普通のマウス。説明文中に「ラット」とあるが、正しくは「マウス」。正しくは「ラットの成長ホルモン遺伝子を導入したマウス」

 

でも、「トランスジェニック」にも、「ノックアウト」にも、非常に大きな技術的限界がありました。

これまで克服できなかった、上記3つの問題について、ひとつずつ見ていきましょう。

 

まず第一に、動物の遺伝子を操作した「トランスジェニック」も「ノックアウト」も、基本的にマウスでしか出来ませんでした。

学生時代、「トランスジェニック・アルマジロがある」なんて都市伝説を聞いたことがありますが、間違いなくガセでしょう。

ましてや、トランスジェニック・ヒューマンなんて、創りたくっても、到底創れっこなかったのです。

そう、映画「スター・トレック2」で登場した、「20世紀末の遺伝子工学が生み出した優生人類」という設定のカーンなんて、20世紀の科学技術では創り得ない絵空事でした。

 

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知力・身体能力とも人類をはるかに凌駕した遺伝子改変優生人類「カーン・ヌニエン・シン」(「スター・トレック2」から)

 

第二に、トランスジェニックマウスもノックアウトマウスも、作るには受精卵に対して遺伝子操作を行わなければなりませんでした。

受精卵に何かの遺伝子を加えたり(トランスジェニック)、壊したり(ノックアウト)する操作を加えてから、仮母マウスの子宮に移し、生まれてきた仔を何代もかけ合わせて、やっと出来るのが遺伝子改変マウスです。

トランスジェニックもノックアウトも、受精卵を操作しないと作れません。

生まれてしまってからの固体に遺伝子改変は出来なかったのです。

たとえば、遺伝病を治すのに、体の細胞の異常な遺伝子を修復してやる「遺伝子治療」の概念は昔からありました。

いろいろな遺伝子治療の方法が提案されては試されてきましたが、どれも決定的な技術ではありませんでした。

 

第三に、トランスジェニックマウスでは、マウスのゲノムのどの場所に目的の遺伝子が入り込むのか、まったく制御できませんでした。すべては偶然に任せるしかありません。

生存に必須な遺伝子領域に余計な遺伝子が入り込んでしまったら、正常な遺伝子を破壊するのですから、それこそ生まれて来ることすら出来ません。

ノックアウトマウスでは、狙った特定の遺伝子を破壊できたわけですが、実は効率が非常に悪く、作製の手順もメチャクチャ複雑怪奇です。

大学の研究室なら、もう人件費のかからない大学院生を総動員して、力技の人海戦術しかありません。

こうして苦労して、1年以上かけて、やっとの思いで出来上がったノックアウトマウスですが、確かにひとつ遺伝子を破壊したのに、マウスにはなんにも変化が起こらなかった。その遺伝子がどういう機能を持っているのか、なんにも分からなくって、作った人にしちゃ、「ガックシ」なんてこともよくあったのですね。

そして、2年とか3年とか、期限が限られている大学院生にしてみれば、何のデータも得られず、学位論文も書けず、卒業できない、なんてこともあったのです。

 

ところが、2012年に出現した第三世代の「ゲノム編集ツール」によって、上記3つの問題が一気に克服され、非常に効率よく、簡単に、生き物の遺伝子を改変できるようになったのです。

どのくらい簡単かは、上でリンクを貼った「クロ現」の動画を見ていただくと、一目瞭然ですね。

 

4.「ゲノム編集」の応用例

 

実際に生物やヒトに「ゲノム編集」が行われ、実用化に向けた研究が進んでいるのは、例えば、

 

ひとつめについては、歩留まりのいい筋肉ムキムキのマダイや肉牛、腐らないトマト、 気性の大人しいマグロなんかが作出されています。

もちろん、どれも食べるためです。まだ発売されていませんが。。。

 

二番目に関しては、アメリカでHIV感染治療の臨床試験で良好な結果が得られていますし、筋ジストロフィーについては、京都大学のiPS研究所で、細胞の異常な遺伝子を修復するための技術に関して基礎的な検証(ヒトでの試験はまだ)が行われています。

 

5.改めて「編集」という言葉から、どんなことをイメージしますか?

 

「編集」という言葉で連想するのは、ひとつには「動画編集」ではないでしょうか。

近頃の人は、デジタル動画をスマホなんかでサクサク編集作業をするのでしょうけれど、昭和世代の私はというと、連想するのは「フィルム編集」ですね。

 

コマの絵を見ながら、所望の場所でフィルムをそれこそ「切って」、別のフィルムとテープで「貼って」つなげる。

望みの場所で一部のフィルムを削除したり、まったく別のフィルムを挿入したり。。。

これが私のイメージする「編集」です。

 

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では、「ゲノム編集」というと、これと同じようなことがゲノムに対して、つまりDNAの配列に対して、挿入したり削除したり出来るのか?という疑問が、当然のように出てくると思います。

その答えは「Yes」です。ただし、効率を度外視すればという条件付きではありますが、「ゲノム編集」では出来ます!

 

で、フィルムを編集するのに、どんな道具が必要でしょうか?

まず、必須なものといえば、「ハサミ」ですね。

まずは、切りたい場所でフィルムを切る。ハサミがないと、編集は出来っこありません。

編集を行うには、一にも二にも、まずハサミを手にするところから始まります。

そして、2012年に登場した第三世代の「ゲノム編集ツール」。これこそ、第一世代、第二世代の非効率なゲノム編集の効率を飛躍的に向上させた「神のハサミ」なのです。

 

この第三世代のハサミは「CRISPR-Cas9(クリスパー・キャスナイン)」と呼ばれ、細胞の核の中に入れ込んでやれば、ゲノム上の、こちらが望むどの場所ででも正確に切ってくれる、魔法のハサミなのです。

こんな「神のハサミ」をどうやって作ったかって? う~ん、難しい質問なので、次の機会に譲りましょう。

 

でも、いいハサミを手に入れたからといって、自在に編集するには、切ったフィルムを貼り合わせる「テープ」も必要です。

じゃあ、ゲノムを貼り合わせるのに使える「神のテープ」も存在するのか?

う~むむ、ここのところが、「ゲノム編集」のひとつの大きな課題なのですね。

 

それでも、「ハサミ」で切るだけでも、結構なことは出来るのですよ。

たとえ切りっぱなしで、貼り合わせをしなくってもです。

上述のムッキムキのマダイや肉牛も、HIV感染治療も、ハサミである「クリスパー・キャス9」だけを使って成されたのです。

その辺りのお話は次回。

 

次回以降予告:

■狙い通りの場所で正確にゲノムを切る神のハサミ「クリスパー・キャス9」とは?

■「神のハサミ」の作り方レシピ

■ゲノムを切りっぱなしでも、相当のことができる!

■ヒトの受精卵をゲノム編集することによって、遺伝情報を改変した「優生人間」の作製に近づく国があるって? その国とは!?

 

2回シリーズか? 3回シリーズか?

気まぐれで回数も内容も変わります。ご了承ください。

 

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是非、お読みになったご意見やご感想、お叱りをコメントでお寄せ下さい。

大変励みになります。

 

 

079【ピノコは実在するのか!?】16歳少女の卵巣から髪の毛と頭蓋骨、そして脳までも!!

目次:

1.衝撃の事実! 少女の卵巣から人体の一部が!!

2.ピノコは実在するのか!?

3.受精しなくても体はできる!!

4.テラトーマからピノコは生まれない!

5.医学の進歩が子供の夢を壊したのかな?

 

今年初めての記事アップです。

本年もよろしくお願い致します。

 

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皆さんの中にも大好きな方、たくさんいらっしゃるでしょうね。

手塚治虫御大のブラック・ジャック

私は中学生のときに見事にはまってしまい、それで「外科医になりたい!」と強く思ったもんです。

ちょこっとの血を見ても貧血起こして、へたれてしまうクセに。(笑)

でも、あのクールでニヒルでひねくれたBJのキャラクターには、すっかり心酔してしまいましたねぇ。

BJの影響は大きかったですよ。その後の人生を左右したのは間違いない。

医学に興味を持ったのは明らかにBJの影響であり、こうして今、生命科学界の末席を汚すことになったのだと断言できます。

きっと、私の素直じゃないひねくれた性格も、ひとえにBJの影響でしょう。

それは間違いないよ。(笑)

 

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1.衝撃の事実! 少女の卵巣から人体の一部が!!

 

昨年(2017年)4月、下のような論文が、滋賀県立成人病センターの医師たちから発表されました。

 

www.ncbi.nlm.nih.gov

「成熟した卵巣性奇形腫(テラトーマ)に小脳と脳幹みたいな構造が:神経病理学的観察」

 

いや、驚きました!

虫垂炎(いわゆる盲腸)の手術を受けた16歳の少女の卵巣から、偶然にも、ななな、な、なんと、人体の一部が発見されたというのです。

後日、手術で取り出してみると、全体で10cmくらいの大きさで、そこには小脳と脳幹の形をした組織というか、臓器というか、それから頭蓋骨みたいのと、毛髪が含まれていたというのです。

驚くべきことに、この脳モドキの組織は、神経細胞の間で電気信号の伝達が出来ることが確認されたと言います。

つまり、脳としての最も基本的な機能を保持していたということなのです。

 

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少女の卵巣から取り出された、小脳様の組織

 

2.ピノコは実在するのか!?

 

ここで私が言いたいこと。もうお分かりですよね?

誰もが「ブラック・ジャック」のピノコを連想したと思います。

 

ピノコは本来、双子の姉妹となるはずだったのが、片方の体がバラバラの状態でもう一人の姉の体内に収まった状態で生まれ、その姉が18歳になったときにBJによって取り出されたのでした。

この一そろいの臓器がBJによって、人工の皮膚で覆われた骨格に収められ、組み立てられたのがピノコでした。

当然、SFとしてしか受け入れられない設定ですが、今回の滋賀県の少女のケースは、論文発表までされた真実の出来事なのです。

 

ブラック・ジャック」の中で、ピノコの場合は「畸形嚢腫」との診断でした。

調べてみると、医学的に「畸形腫」という診断名はないようですね。

ブラック・ジャック」という漫画世界の中での、架空の病気だと思われます。

 

で、今回の滋賀県の少女の診断名はと言うと、「奇形腫(テラトーマ)」です。

「畸形腫」と「奇形腫」

言葉は非常に似ていますが、滋賀の女の子とピノコとでは、事情は随分違うようですよ。

 

Teratoma(テラトーマ)とは、teras(化け物)とoma(腫瘍)とから作られた言葉で、日本語では「奇形腫」です。腫瘍ですから「がん」ですね。

 

普通の「腫瘍」、つまり臓器にできる「癌」や筋肉や骨にできる「肉腫」というのは、たいていは無秩序に増えた結果、ただ硬くて大きな塊を作ります。

そこに複雑な構造体は見当たりません。

でも、テラトーマは、腫瘍でありながら、普通の臓器に近い複雑で精緻な構造を形成することがあるのです。

信じがたいことですが。。。

なぜなのか??

 

3.受精しなくても体はできる!

 

人に限らず、ほとんどすべての動物は、精子卵子が受精してこそ初めて赤ちゃんが出来ることは、性教育を受けていれば、小学生でもご存知!

有性生殖」という、生命現象の常識中の常識です。

でも、21世紀に入って、この大常識が覆されました!

人類の英知! 恐るべし!!

 

これ、何の話か分かります?

そう、「iPS細胞」です。

 

takyamamoto.hatenablog.com

 

takyamamoto.hatenablog.com

 

過去ブログの繰り返しになるので、詳しくは書きませんが、「分化した」、別の言い方をすれば、「成熟した」細胞が、どんなタイプの細胞にでもなり得る受精卵のような状態に戻ることはあり得ない!というのが、生物学の大・大・大常識でした。

この、神が作った「絶対的原則」とも思える生命現象の壁を見事に打ち破ったのが山中伸弥先生です。

基本的には体のどんな細胞でも、わずか数種の遺伝子を適切に働かせれば、受精卵のような初期状態にリセットできるのです。

この初期状態からは、どんな細胞にでも、理論的にはどんな組織・臓器にでもなり得ると考えられます。技術的な困難性は置いといての話ですが。

 

今回の卵巣から見つかったテラトーマは、「卵巣性テラトーマ」といいます。

実は、卵巣の細胞でも、精巣の細胞でも、将来、生殖細胞になる細胞がガン化すると、受精もしていないのに分化を始めて、組織や臓器の形を形成することがあるのです。

生殖細胞の腫瘍が組織形成するメカニズムについては、まだよく分かっていないようですが、恐らくガン化に伴う異常な遺伝子の働きによるものでしょう。

 

生殖細胞というのは、受精をした後、ある特定の遺伝子が働くことによって分裂と分化を開始して、組織や臓器、そして体を形作っていくわけです。

テラトーマは腫瘍ですから、間違いなく異常な遺伝子が発現しているでしょう。

このときに、テラトーマの細胞の中で、様々な細胞種に分化するのに必要な遺伝子が働いたとすれば、組織や臓器のような形を形成していくこともあり得ます。理論的にはです。

 

生殖細胞ですらなくったって、たった3つ、ないし4つの遺伝子の働きで、体のどんな細胞も初期化され、どんな組織・臓器にでもなり得ることは、アフター・ヤマナカの現在では、もはや常識中の常識なのです。

だから、テラトーマが腫瘍であるが故に、そのような遺伝子が異常な状況下で働いたとしたら、がん化した細胞が分化を始めて、何らかの臓器みたいな形を作ったとしても、決しておかしくはないのです。

このように、生殖系の細胞の場合、他の体の細胞と違って、受精しなくても、ガン化によって分化を開始し、組織や臓器のような形を形成する能力を潜在的に持っているのですね。

 

4.テラトーマからピノコは生まれない!

 

ですから、要は、テラトーマは双子の片割れなどではないのです。

単に、自分の生殖細胞がガン化したもの、ということだけなのです。

Xファイル」チックな、とってもミステリアスな滋賀県少女のテラトーマですが、どんな形をしていようと、結局は「腫瘍」です。

ピノコみたいに、あの脳が何かを感じたり、ものを考えたり出来たわけではありません。

単に、電気信号の受け渡しをする機能を備えていたということに過ぎませんから。

 

幸いにも、だいたいの卵巣性奇形腫は良性だそうです。

滋賀県の少女も、その後の経過は良好だと、あるサイトには書かれていました。

 

5.医学の進歩が子供の夢を壊したのかな?

 

私らが子供のころは、医学で解明できない奇病なんかをネタにして、上質のミステリーが作られて、私たち子供をゾクゾクさせてくれたものです。

でも、そんな数々の奇病も、医学と生命科学の進歩によって理解が進んだことで、結構ドライに捉えられるようになったのではないでしょうか。

 

例えば、「エクソシスト」の悪魔憑きも、「実はフツーの病気なんですよ」とドライに説明されると、なんか興冷めしたというか、ファンタジックなフィーリングが失われたというか、あれほど好きだった映画が、一瞬色あせて見えたようにも感じたものです。

子供のころの夢が壊されたような喪失感です。。。

takyamamoto.hatenablog.com

 

他には、「ルパン三世」に出てきたクローン人間の「マモー」。

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とてもミステリアスでファンタジックなキャラクターでしたが、現実にクローン羊「ドリー」なんかが作られて、産業での実用化には、やれ発ガンリスクがどうだとか、クローン人間を作ることの倫理的問題がどうだとか、超現実的な問題点が指摘され、議論されると、ファンタジーなんか吹っ飛んでしまいましたよ。

「クローンなんてできて欲しくなかった。。。 そうしたら、クローン人間は永遠にファンタジックなテーマであり続けたのに」、なんて思ったりもしましたね。

 

そうそう。

思い出すのですが、「ブラック・ジャック」の「人面瘡」ってエピソードはすごく秀逸でした。すごく怖かったですよ。

「ブラックジャック 人面」の画像検索結果

 

子ども心に「こんな病気あるわけない」と思っていても、あのころ感じたゾクゾク感。今でもリアルに思い出すことが出来ます。

 

そうだ今晩、どこかのダンボールに押し込められている「ブラック・ジャック」の単行本(ほとんどが初版本)を引っ張り出して、子供のころのゾクゾクを再度味わってみようか。

 

 

今回も最後までお読み下さり、ありがとう御座います。

 

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是非、お読みになったご意見やご感想、お叱りをコメントでお寄せ下さい。

大変励みになります。

 

 

078【本当に当たるの??】巷にあふれる遺伝子リスク診断

目次:

1.今はやりの遺伝子検査

2.実例 ―遺伝子型と体質との明確な関係―

3.「後ろ向き試験」と「前向き試験」

4.結論 ―前向き試験で実証されたものは、まだ少ない―

 

ウォ~~~ッ! なな、なんと、今年も今日と明日で終わりではないか!!

早い! 早すぎる!!

あまりに早すぎて、今年1年、何をしたのかもよく覚えていない!!

結局、何もしなかった、という事か?(笑)

 

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1.今はやりの遺伝子検査

 

「遺伝子検査」でググってみると、出るは、出るは、大手の健康食品会社から聞いたことのないところまで。。。

多いのは「肥満リスク」診断で、洋梨形だとか、リンゴ型だとか、バナナ型だとか。。。

だから何だと言うのだ!?

そんなことより、このブログ読んで、食事と運動に気を付ければよろしっ!!

 

まあ、これくらいなら「占い」みたいなもんで罪はないけど、別のあるサイトでは「がん38項目」、「生活習慣病19項目」、「その他病気38項目」、「体質130項目」を調べるとある!

そんなことができるのか!?

がんの38項目は、具体的には、大腸がん、乳がん、子宮頸がん、前立腺がん等々。

いかにも医学的知見に基づいた格調高い検査のように宣伝してますな。

まあ、ガンは比較的遺伝子異常と発病リスクとの間にある程度の関係があることは示されていますが、これなんかはどうですか? アルツハイマー病とか筋委縮性側索硬化症(ALS)とか?

こんな原因や発病メカニズムすら、まだ十分には理解できていない難病が、遺伝子の型だけで占えるとでも??

そんなことより、このブログ読んで、食事と運動に気を付ければよろしっ!!(くどい!)

 

かつては私も、遺伝子万能主義で、「遺伝子を理解すれば、ほとんどの現象が解明できる」と信じていました。

いずれ遺伝子検査で、病気のなりやすさや予後の良否の予測、その人に適合した薬の選択まで、遺伝子検査で判断できるようになると信じて研究に打ち込んでいました。

5年後、10年後には、病院で当たり前のように遺伝子検査が行われる時代が来ると。。。

ところがギッチョン、実際に5年、10年、否15年経ちましたが、そんな時代はついにやってきませんでしたよ。。。(涙)

事実、医療現場で遺伝子検査が行われる機会は、今現在でも非常に限られています。

 

2.実例 ―遺伝子型と体質との明確な関係―

 

ヒトのゲノム(全遺伝子のセット)は個人差があります。

人それぞれ個性があり、体質や性格が異なるように、遺伝子にも差があるのです。

個人間のゲノムの差は約0.1%です。

つまり、DNAのGATCの並びが1000個あれば、1個の割合で個人間で違いのあることになります。

 

DNAの、たった一つの塩基の差であっても、体質や病気のなりやすさに大きな影響が出る場合も、実際に珍しくはありません。

例えば、よく知られたところでは、アルコール代謝に関わる遺伝子の、たった一つの塩基の差が、上戸か下戸かを決めるのに関わっています。

 

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アルコール(エタノール)は身体にとっては毒ですので、これを代謝・分解する酵素があります。

まずエタノールは、アルコール脱水素酵素によって、いったん、アセトアルデヒドに変換されます。このアセトアルデヒドは毒性が強く、頭痛や吐き気など、二日酔いの症状を引き起こします。

次に、アルデヒド脱水素酵素によって、アセトアルデヒドが無害な酢酸に変換され、尿として排出されます。

この、アルデヒドから酢酸への変換を行っているアルデヒド脱水素酵素のうち、ALDH2という遺伝子のタイプが、飲酒に強いかどうかに深く関わっています。

 

下の図の通り、ALDH2遺伝子の差は、DNA配列のたった一つの塩基の違いです。

1か所だけ、”G”のところが”A”になっています。

この”A”のタイプのALDH2酵素は、アルデヒド代謝能が弱いのです。

 

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人はみな、基本的に同じ遺伝子を2個ずつ持っています。

ひとつはお父さんから引き継いだもの、もうひとつはお母さんからです。

この二つのALDH2遺伝子がどちらも”G”型の人(”G/G”)は普通に飲めます。

“G/A”型の人はほどほどに。そして、”A/A”型の人はほとんど飲めない、とまあ、単純に説明するとこうなります。

 

ALDH2遺伝子のタイプの違いと、飲酒に対する強さとの関係について調べようとしたら、どうすればいいでしょうか?

簡単ですね。

飲酒の「強い/弱い」は本人も自覚している場合が多いでしょうし、また、科学的に調べるのであれば、一定量のアルコールを摂取したのち、血中のアルコール濃度の下がり具合を調べればいいのです。

より正確に、アルデヒド脱水素酵素であるALDH2の影響を調べるのなら、血中のアセトアルデヒド濃度を調べればいいですね。

ALDH2がうまく働かないと、血中のアセトアルデヒド濃度はいつまでも高い状態が続くでしょう。

これによって、ALDH2の遺伝子型と、アセトアルデヒド代謝能との関係を強く示唆することが可能です。

 

ところが、アルツハイマーだとか筋委縮性側索硬化症(ALS)などの難病と遺伝子型との間に明確な関係があるのかどうかを調べようとすれば、これはちょっと、いや相当難儀ですよ。

 

3.「後ろ向き試験」と「前向き試験」

 

ネット上で、ガンから各種生活習慣病、その他の様々な「体質」まで予測できると喧伝されている遺伝子検査。

これらは本当に科学的エビデンスに基づいているのでしょうか?

 

ある病気と遺伝子型との間に関連があると報告している論文の数々。

しかし、それらの論文の研究手法の多くが、「後ろ向き試験」によるものです。

何ですか、その「後ろ向き」って? 後ろ向きがあるのなら、「前向き」もあるのですか?

答は「Yes」です。

 

後ろ向き試験とは、大体以下のような研究手法です。

同じくらいの年齢、例えば、そろそろ生活習慣病になりやすい40~50代の人たちをたくさん集めてきます。

性差の影響を排除するために、性は男なら男ばかり、女性なら女性ばかりを集めることもありますし、男女混じっていることもあります。

それらの人たちを肥満と肥満でないグループに分けます。

肥満のグループは、さらに「リンゴ型」、「洋梨形」、「バナナ型」に分けます。

これで4つのグループが出来ました。

さて、これらの人たちのありとあらゆる遺伝子の型を片っ端から調べるのです。

そして、肥満と非肥満の人たちとの間で、遺伝子の型に違いのあるものを血眼になって探します。

さらに、肥満の人でも、リンゴとか洋梨とかバナナとか、体形に特徴的な遺伝子がないかを探します。

ネットで見られるような大体の遺伝子検査サービスは、このようにして見つけられた遺伝子を調べるものです。

このように、既に病気(肥満)にかかっている人とそうでない人を集めてきて違いを調べる。これが「後ろ向き試験」です。

「後ろ向き試験」で得られる結果は、「肥満とそうでない人との間には、この遺伝子に差があった」とか、「リンゴ型の人は、この遺伝子の型が多かった」。ただそれだけです。

それらの遺伝子の機能と肥満になるメカニズムとの関係など、ほとんどの場合調べられていません。

つまり、このような方法で「リンゴ型に多かったのは、この遺伝子」とされたものも、実はたまたま偶然に「多かった」だけで、肥満とは何の関係もないということも否定できないのです。

 

では、上記のようにして見つけられた遺伝子型が、ある特定の病気のなりやすさに本当に関係があるのかどうかを証明するには、どうすればいいのでしょうか?

ひとつの答は、「前向き試験」を行うことです。

 

「後ろ向き試験」では、既に肥満の人を集めて、肥満でない人との遺伝子型の差を片っ端から調べました。

その結果発見されたものが偶然の産物でないことを証明するには、その遺伝子型を持つ人たちを集めて来て、将来、本当に肥満になるかどうか、その遺伝子型を持たない人よりも明らかに肥満になる確率が高いかどうか、を観察し続けなければなりません。

将来予測が本当に当たるかどうかを調べる。これが「前向き試験」です。

当然、疾患によっては、何年も、何十年も観察を続けなければ答は出ないことになります。

 

遺伝子型とアルコール代謝との関係を調べるのは簡単です。結果はすぐに出ます。

でも、発病に長期を要する生活習慣病や、患者数の極端に少ない難病となると、遺伝子型との関係を「前向き試験」で証明するのは、もう容易なことではありません。

多くの患者の協力が欠かせないことはもちろんですが、追跡調査を続ける医師/研究者にも大変な忍耐が求められます。

 

4.結論 ―前向き試験で実証されたものは、まだ少ない―

 

文献を調べたところ、前向き試験によって、特定の疾患の発症リスクと遺伝子型との間に明確な関連のあることが実証された例は、まだまだ少ないようです。

それを、あたかも遺伝子検査で大概の事が分かるとの誤解を与えるような宣伝には???なのです。

 

かつて我が国でも、何十万人もの日本人の遺伝子配列の違いを調べる国家プロジェクトが行われましたが、期待されたような成果は挙げられませんでした。

やはり、多くの場合、遺伝子の配列のみでは説明のつかないことが多いのです。

遺伝子の配列が正常だから、その遺伝子が正常に機能しているとは限りません。

遺伝子の働きを制御するシステムに異常があれば、遺伝子は正常に働かないからです。

「遺伝子の働きを制御するシステム」と言っても、それは複雑・精緻です。

専門用語を並べてみても、「シグナル伝達」、「タンパク質リン酸化酵素」、「転写因子」、「DNAメチル化」、「ヒストン・アセチル化」、「マイクロRNA」・・・云々といくらでも並べ立てることができます。

これらをすべて調べるなど、ほぼ不可能ですからね。

 

それでも、しかし、あゆみは緩やかですが、同じ病気の患者に、判で押したような画一的な治療を行う、これまでの「レディメイド」の医療から、患者個々の個性を見て、その人に合った医療を施す、いわゆる「テーラーメイド医療」の実現は確実に進んでいくでしょう。

 

「イリノテカン」という抗がん剤がありますが、この薬に副作用を示しやすい人を、遺伝子検査によって予測することが10年以上も前から医療現場で行われており、この検査には保険もききます。

遺伝子の配列のみから、患者の薬に対する反応を予測できる数少ない例です。

 

https://www.medicallibrary-dsc.info/safety/topotecin/material/pdf/TOP7AT1205.pdf

イリノテカンとUGT1A1遺伝子多型に関する説明書 

 

今後、個々の患者に合った薬や治療法の選択の幅が広がっていくことで、患者を不要の副作用に苦しませることなく、また医療費の削減にもつながることが期待されます。

そのためには、大規模な「前向き試験」による調査・研究が欠かせないのです。

 

 

今年最後のブログ、、、実にまじめに締めたぞ!

 

 

今回も最後までお読み下さり、ありがとう御座います。

来年もよろしくお願い致します。

皆さま、良い年をお迎えください。

 

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是非、お読みになったご意見やご感想、お叱りをコメントでお寄せ下さい。

大変励みになります。

 

 

077【がん細胞は制御性T細胞を利用して免疫系の攻撃をかわしている!?】Foxp3低発現のT細胞が意味するところとは?

目次:

1.免疫チェックポイント阻害剤は、なぜ効く人と効かない人とに分かれるのか?

2.ある種のがん細胞は、制御性T細胞を利用して免疫系の攻撃をかわしているのか

3.予後の良い大腸がんでは、Tregの働きが弱い!

4.人類は腸内細菌を人為的に制御して病気を克服することが出来るのか!?

 

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1.免疫チェックポイント阻害剤は、なぜ効く人と効かない人とに分かれるのか?

 

ある種のがん細胞は、直接、免疫細胞のブレーキボタンを押して免疫力をダウンさせることにより、生き延びていることが分かっています。

その免疫細胞のブレーキボタンを解除するのが「免疫チェックポイント阻害剤」という種類の免疫療法剤です。

takyamamoto.hatenablog.com

免疫チェックポイント阻害剤は、その人本来の免疫力を引き出す薬

 

しかし、この薬も万人に効く訳ではなく、効きやすいがん腫と効きにくいがん腫があり、また、同じがん種でも、よく効く患者とそうでない患者とがいます。

例えば、比較的、免疫チェックポイント阻害剤がよく効くメラノーマ(悪性黒色腫)でも、末期の患者さんでは4割程度にしか奏功しません。

また、大腸がんは、免疫チェックポイント阻害剤が比較的効きにくいがん種です。

このような効き目の差はどこに原因があるのでしょうか?

takyamamoto.hatenablog.com

大腸がんは免疫チェックポイント阻害剤が効きにくい!

 

もしかすると、がんによっては、免疫チェックポイントを介さずに免疫系をダウンさせている仕組みがあるのかもしれません。

そうだとすると、そのようながんでは、免疫チェックポイント阻害剤が奏功しないのも無理もありません。

近年、そのことを示唆する論文がいくつか出てきました。

 

2.ある種のがん細胞は、制御性T細胞を利用して免疫系の攻撃をかわしているのか?

 

制御性T細胞(Treg)は免疫反応を抑える働きのある細胞ですので、単純な話として、Tregの働きを強めると免疫力が下がり、ガンや感染症のリスクが高まります。

ですから、ガンを治すためには、Tregには大人しくしてもらわなければなりません。

 

(この記事では、「がん」と「ガン」が混在していますが、どちらも同じ意味です。「がん」、「ガン」、「癌」の意味の違いについては、以下の過去ブログをご参照)

takyamamoto.hatenablog.com

 

近年、これまでTregだと思われていた一団の細胞の中に、実は免疫抑制機能を持っていないものが存在することが分かってきました。

こうなると、そのような細胞は、もはや制御性T細胞とは呼べないことになります。

この5~6年の間に、これまでTregと思われていたけれども、本当は免疫抑制機能を持たない細胞と、免疫抑制機能を保持する真のTregとを区別する方法が確立されてきました。

 

Tregで最も重要と考えられる遺伝子はFoxp3(フォックスピースリー)です。

Tregが免疫抑制機能を発揮するには、Foxp3の働きが欠かせません。

takyamamoto.hatenablog.com

制御性T細胞のマスター遺伝子 Foxp3

 

ところが、Tregの中にはFoxp3の発現(遺伝子が機能すること)が弱まったり、なくなったりしている細胞のあることが分かってきました。

そして、そのような細胞は、もはやTregとして機能しない、すなわち、免疫抑制機能を持たないことが分かってきたのです。

そして、がん組織における、このFoxp3の発現の強弱が、ある種のがんの治りの良しあしに深くかかわっていることが分かってきました。

 

以下は、Tregの発見者、大阪大学の坂口志文(しもん)先生らが、昨年(2016年)発表した論文です。 

www.ncbi.nlm.nih.gov

 

がん治療をした後、治りのいい人と悪い人がいますが、それを「予後」がいいとか、悪いとか言います。

坂口先生らは、大腸がんで予後の悪い人を「タイプA」の大腸がん、予後のいい人を「タイプB」の大腸がんと名付け、タイプAとB、2つのグループに分けました。

そして、手術で摘出した大腸がんの部分の組織のTregの割合を調べました。

 

下の図は、見方が少し難しいですが、グラフの横軸は細胞の中のFoxp3タンパク質の量を示しています。

一つひとつのドットがひとつの細胞を示しています。

横軸の値が大きいほど、Foxp3タンパク質がたくさん作られている細胞であることを示しています。

 

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図のAを見て下さい。

Aは、がん患者の血液中のTregを調べたものです。

(縦軸は無視して下さい)

Aのグラフの中で、TregをII、III、IVの3つのグループに分けています。

この図は、Foxp3をほとんど作っていない、すなわちTregではないフラクションIVが多くて、Foxp3をたくさん作っているフラクションIIのTreg(免疫抑制機能を持つ真のTreg)と、Foxp3が少ないフラクションIIのTreg(免疫抑制機能を持っていないので、本当はTregとは呼べないT細胞)は比較的少ないことが分かりますね。

 

次に、図のBですが、これはがん患者の大腸の正常な部分(ガンでない部分)のTregの分布を調べたものです。

血液中に比べると、大腸組織では、Foxp3を作っているフラクションIIとフラクションIIIが増えてますね。

腸管には制御性T細胞が多く集積しているのです。

 

次に図のCを見てみましょう。

予後の悪い(治りの悪い)タイプAの大腸がんの組織中のTregです。

図のB、つまり正常の大腸組織とあまり変わりませんね。

 

最後に図のDを見て下さい。

予後のいい(治りのいい)タイプBの大腸がん組織中のTregの割合です。

図のA、B、Cに比べると、Foxp3の少ないフラクションIIIのTreg(赤矢印)がかなり多くないですか?

どうです? 分かります?

 

このことは何を意味しているのでしょうか?

 

3.予後の良い大腸がんでは、Tregの働きが弱い!

 

図Cの予後の悪いタイプAの大腸がんでは、Foxp3の少ないフラクションIIIのTreg(本当は免疫抑制機能を持たないので、Tregと呼ぶのは不適切です)は4.0%です。

一方で、図Dの予後のいいタイプBの大腸がんでは、フラクションIIIは28.4%、なんと7倍も増えています。

 

かつては、Foxp3発現の弱い細胞集団も制御性T細胞であると考えられていました。

しかし近年、制御性T細胞と考えられていた細胞集団の中に、免疫抑制機能を持たないものがあることが分かってきました。

そのような細胞集団は、もはや「制御性T細胞」とは呼べません。

このような免疫抑制機能を持たないフラクションIIIの細胞が増えることが、大腸がんの予後がいいことに関係があるのです。

 

そして、志文先生らは、このFoxp3の発現が弱いフラクションIIIの細胞が増えるのは、大腸がん細胞に付着した腸内細菌の働きによるものだということも突き止めました。

 

 

つまり、大腸がんの予後の良しあしには制御性T細胞が深く関与しており、そして、その大元に腸内細菌の影響があることが分かったのです。

 

4.人類は腸内細菌を人為的に制御して病気を克服することが出来るのか!?

 

腸内細菌が免疫系を制御していることは明らかです。

便移植によりクローン病潰瘍性大腸炎などの自己免疫疾患が劇的に改善することは、もはや良く知られているところです。

ひとつには、バランスのとれた腸内細菌がTregに適切に働きかけ、免疫系全体のバランスを保っているのだと考えられます。

takyamamoto.hatenablog.com

 

どのような疾患に、どのような腸内細菌がどうかかわっているのかが明らかになれば、この腸内細菌のバランスを人為的に操作することによって、ある時にはがん免疫を高め、ある時には自己免疫反応を抑えるなど、人間が免疫バランスを自在に操作できるようになるのかもしれません

 

そう、病気ごとに適切に調合された腸内細菌の入ったカプセルなんかが作られて、がん患者や自己免疫疾患患者に投与して治療が行われたりする日が来るのかもしれません。

 

このようなことを考えると、我々の健康維持に腸内細菌と制御性T細胞が如何に重要な役割を担っているのかが分かりますよね。

 

来年こそ、志文先生のノーベル賞受賞を期待しています。

takyamamoto.hatenablog.com

 

 

今回も最後までお読み下さり、ありがとう御座います。

 

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是非、お読みになったご意見やご感想、お叱りをコメントでお寄せ下さい。

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路線変更第2弾【プロジェクト・アリストテレス】Googleが見出した、チームに最高の成果をあげさせるための唯一の方法とは!?

目次

1. 「プロジェクト・アリストテレス」とは?

2. 共通項が見つからない!

3. 団塊世代の課長の悲しいチームマネジメント

4. 私の議論の進め方

5. 答えは「心理的安全性」

 

前回の記事から1ヶ月以上も空いてしまいました。

以前、病気のネタが尽き、路線変更の記事を掲載させて頂きましたが、今回はその第2弾をお送りします。

 

takyamamoto.hatenablog.com

前回の路線変更第1

 

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1.「プロジェクト・アリストテレス」とは?

 

かのGoogle社には、実に数百もの社内プロジェクトがあるそうです。

当然ながら、うまくいくプロジェクトもあれば、そうでないものもある。

こういうプロジェクトの成否のカギを握るのは、もちろんプロジェクトメンバーの力量も大きく影響するでしょう。

メンバーのスキルがプロジェクトのテーマに合っているのかどうかも重要でしょう。

でもそれだけなのか?

 

Google社で調べてみたところ、どうやら、高い成果をあげられるチームは、プロジェクトのテーマ・内容にかかわらず安定して成果を出せるし、出来ないチームは何をやらせてもできないのだそうでした。

Googleほどの世界的企業ならば、優れたスキルを持つ社員が多いはず。

なのになぜ、出来るチームとできないチームとに明確に分かれるのか?

その分かれ目は一体何なのか?

それを突きとめるためにGoogleが立ち上げたのが「プロジェクト・アリストテレス」!!

 

2.共通項が見つからない!

 

様々なデータや要因を分析して解決策を見出すのはGoogle社の得意とするところ。

成功し続けるチームと、そうでないチームには明確な差があります。これは間違いない!

では、結果を出し続けるチームには共通点があるのか?

 

例えばチームに規律が保たれているのかどうか?

あるチームは、規律が厳しく、会議等への遅刻は厳禁! 就業時間中は業務に専念し、無用の私語は厳禁!

一方で、砕けた雰囲気で、リラックスしたムードの中で仕事をするチーム。

オフでもアフターファイブでの飲みニケーションや休日を家族ぐるみの付き合いで一緒にレジャーしたりとか。

でも、そんなことはプロジェクトの成果とは何の関係もみられませんでした。

 

さらに、別のやり方でもうまくいくチームはうまくいくし、方法を変えてもダメなチームは相変わらずダメなのです。

一体どういうこと?

 

それから冒頭でも述べたチーム編成について。

プロジェクトテーマに応じて専門性の合致度の高いメンバーを厳選したチームでも、必ずしも良い結果が望めるわけではなかったそうです。

驚いたことに、あるチームで高い成果を出していた人が、別のチームに参加すると、まったく能力が発揮できない!なんて例も多くみられたそうです。

なぜこのようなことが起きるのか??

 

そしてついに、アリストテレスメンバーは唯一の答えを見つけ出します。

 

3.団塊世代の課長の悲しいチームマネジメント

 

(誤解のないように一言。全ての団塊世代の方々が、以下に述べるようだとは申しておりません)

 

私が社会人になったとき、上司の30代後半の課長は「団塊世代」ど真ん中。

ライバルが多いので、いかに自分が他の課長より優れているのかを会社にアピールしたいという心理は当然のこととして理解はできました。

ところが、そのアピールの仕方がどうにも間違っている。

会議で他の課長さんが発言すると、重箱の隅をつつくようなどうでもいい指摘をし、詭弁を弄して相手を沈黙させる技に長けた私の上司。

毎朝のミーティングでは、各研究員が前日の実験データを見せてディスカッションするのですが、私たち新人や若手研究員のちょっとした発言にも難癖をつけてくるのです。

弁の立つ課長に私たち若手が反論できるはずもなく、何も言えない私たちの姿を見ては、課長は独り悦に入るのでした。

当然、若手研究員は余計な発言をしなくなるし、そのうちデータすらも出さなくなっていったのでした。

 

これが正しいチームマネジメントなのか?

こんなやり方で、若い研究員の芽を潰す以外に、どんな成果が得られるというのか??

社会人になったばかりの私ですら、そう思うようになっていました。

 

4.私の議論の進め方

 

私はこれまで、いろんな会社で研究チームのリーダーを務めてきました。

研究と言うものは、なかなか思うようにはいかないものです。

なぜ期待するような実験結果が得られないのか? 理由は何か? 原因は何か?

問題解決のためのアイデアは多ければ多いほどいいに決まっています。

ひとりで考えられることには限りがあります。

3人寄ればなんとやら」。アイデアはできるだけ多くの人から出してもらうべきです。

 

時と場合によりますが、問題解決を目的とした私の議論の進め方はこうです。

まずは「ブレインストーミング

皆さんご存知の事と思います。何も特別な事ではありません。

会議出席者に自由に発言させます。

 

ここではいくつかのルールがあります。

①自分でどんなにつまらないアイデアだと思っても、遠慮なく発言すること

②その場では、他人の意見やアイデアを絶対に批判・否定しないこと。よって、発言の途中でさえぎるなど言語道断!

③各人が、最低ひとつはアイデアを出すこと

 

まずはブレストで話を拡散させておき、その場では結論は絶対に出しません。

各自持ち帰って再考してもらいます。

 

日をおいて2回目の会議。

ここでは、いったん拡散させた話を収束させに行く作業です。

より良いアイデアは一体どれか?

そのより良いアイデアを絞っていく過程においては、「これとこれはダメ」なんて消去法は一切行いません。

「このアイデアは合理的で現実的じゃない?」、「的を射ていると思うけど、どう思う?」と言う具合に、よりよいもの、さらによいものを求めるように前向きな収束のための議論を私が誘導します。

メンバーに積極的に発言させますが、ダメなアイデアのダメなところを指摘させるのではなく、優れたアイデアのどこがどういう理由で優れているのかを述べさせるようにします。

 

さきほど「議論を誘導する」と言いましたが、それはつまり、私が答えを出すのではなく、示唆は与えるが、議論はメンバーたちで行わせるということです。

そして大事なのはここ。メンバーの意見を聞いた上で、結論はリーダーである私が出します。

決してメンバーの多数決では決めません。リーダーが結論を出すべきです。

そして、結論が出たからには、反対意見を持っていたメンバーにも、結論に従うようにしてもらいます。

その際に大事なのは、失敗した時の責任も、結論を出したリーダーである私が取ることを明確にしてあげることです。

 

この私のやり方がベストだとは言いませんが、経験的にはよい成果を得て来たと思います。

 

よく見る残念な会議は、リーダーが部下を集め、自分の考えがいかに素晴らしいのかをたれて、一方的に部下たちに同意と称賛を求めるというものです。

部下に意見など求めちゃあいません。

こんな雰囲気では、メンバーもリーダーの考えに対して否定的な発言なんてできませんよね。

多くの場合、このようなやり方で得られるのは成果ではなく、リーダーの「自己満足」だけです。

さらに残念なのは、こういうリーダーに限って、失敗した場合に、実際の業務を担当した部下に責任を押し付けるという事です。

そんなの、しょっちゅう見ますから。本当に悲しい(涙)

 

5.答えは「心理的安全性」

 

アリストテレスのメンバーがついに見出した結論は、心理学用語で心理的安全性(psychological safety)」と呼ばれるものでした。

心理的安全性」とは、簡単に言うと、「アイデアや質問、心配事とか自分のミスについて発言しても、叱責されたり、ペナルティを課される心配がない状態」のことを言うそうです。

 

皆さん、以下のような経験はありませんか? 若いころ、私はたくさんありました。

例えば、「そんなことも知らないのか?」って思われたくなくって、質問できなかったり。

自分のミスについて報告すると、ひどく叱責されることが分かっているので、ミスを隠すようになったりとか。

意見を言うと、「差し出がましい」とか、「的外れな意見だ」とバカにされるんじゃないかと思って、積極的に発言できないとか。。。

そういうネガティブな考え方に支配されることです。

 

ハーバード・ビジネススクールLeadership and ManagementAmy C. Edmondson教授によると、人は他人から次のようにみられることに恐怖を感じると言います。

n  無知だと思われたくない

n  無能だと思われたくない

n  出しゃばりだと思われたくない

n  消極的だと思われたくない

 

他人からこのように思われる心配のない状態、それが「心理的安全性」ということです。

 

amy edmondson に対する画像結果

 Amy C. Edmondsonハーバード・ビジネススクール教授

 

では、貴方のチームに「心理的安全性」をもたらすには、具体的にどうすればいいのでしょうか?

色々な考え方や意見があるとは思いますが、すごく簡単で、貴方の職場でもすぐに実践できそうなのが、ある研究者が提案する次の方法です。

n  業務をただ行うのではなく、学習の機会だと捉える

n  人はミスをするものだという事を認める

n  相手にたくさん質問する

 

こういったことを、リーダーとメンバーとの間で共通認識に至っている状態を作り出すことだと言います。

どうです? これならすぐ出きるっぽくないですか?

 

 

今回も最後までお読み下さり、ありがとう御座います。

 

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是非、お読みになったご意見やご感想、お叱りをコメントでお寄せ下さい。

大変励みになります。

 

 

号外【苦悩する藤浪に見せた、広島カープ・大瀬良の男の優しさ】

目次:

1.晋太郎と大瀬良。二人の若者。「人間、捨てたものじゃない」!

2.YouTubeで晋太郎くんの投球を分析してみた!

 

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1.晋太郎と大瀬良。二人の若者。「人間、捨てたものじゃない」!

 

前回【076】のブログで、「イップス」のお話をしました。

 

練習やブルペンではいい球を投げられるのに、いざ試合に登板すると、投球が制御不能になり、自分でもどうしようもなくなるトッププロのピッチャー。

我が国で、この言葉が広く知られるようになったのは、やはり、阪神タイガースの若きエース、藤浪晋太郎くんのことがあってのことでしょう。

いや、彼が本当にイップスなのかどうか、誰も、どの専門家も、まだ明言もしていません。

ですから、私も彼をイップスだとは言いません。

 

イップス」だのと、面白おかしくはやし立てたり、一部の心ないタイガースファンの容赦ない批判に、彼はどれだけ苦しんでいることか!

 

でも今回は、「人間、捨てたもんじゃない」と思わせる、広島カープ・大瀬良投手の「神対応」の動画を是非見て頂きたいのです。

心がホッコリすること、120%保障ですよ(#^.^#)

2017年8月16日 大瀬良 デッドボール 素晴らしいスポーツマンシップ‼ 広島 カープ ハイライト - YouTube

 

晋太郎くんと大瀬良くんは、実は大の仲良しなのだそうです。

言われなくても、この動画を見ていると、二人には固い絆があるのだと容易に理解できますよね。

大瀬良くんは、晋太郎くんの苦しみの深さを良く知っていたのでしょうね。

なんて気持ちのいい

なんてすがすがしい

この二人の若者の姿に、「人間、捨てたもんじゃない」と思うのです。

 

2.YouTubeで晋太郎くんの投球を分析してみた!

 

前回【076】のブログで、「藤浪デッドボール集」なる動画があって、「辛くて、とても観られない」と言いましたが、彼の症状がどんなものかを分析するために、思い切って観てみました。

ほとんどが右打者に対するデッドボールか、当たらないにしても、右打者への危ない球ですね。

ほとんどが打者の肩口から顔付近の高めに行きます。

つまり、指がしっかりボールにかからない「抜けた」ボールです。

 

ど素人の私とトッププロの晋太郎くんとを比べられるはずもないのですが、前回のブログで書いた通り、私が試合になると投げられなくなった主たる原因が、「指にボールがかからない」、「どうやってボールをリリースしていたのかが思い出せない」と言うものです。

 

takyamamoto.hatenablog.com

 

私が球審していた試合で最初に投げた悪送球も、指がボールにかからず、抜けてピッチャーのはるか右上方に飛んでったものです。

つまり、晋太郎くんの抜けたボールが、右打者の頭方向に行くのと同じように思えるのです。

 

もちろん、少年野球の練習に行って、子供とキャッチボールをすれば感覚が戻って、普通に投げられるようになるのですよ。

でも、いざ試合で球審をすれば、心も体もバラバラになるのです。

「デッドボール集」を見ていると、晋太郎くんの症状は、基本的には私と同じだと思えるのです。

もちろん、トッププロの晋太郎くんとど素人の私とで、同レベルで論じられるわけもないことは承知しています。

でも、私が素人とは言え、やはりこの感覚と心理は、罹った人にしか理解してもらえないのかもしれません。

 

皆さま。特にタイガースファンの皆さま。

晋太郎を本当に大切なタイガースの宝だと思うのなら、彼の苦しみをご理解頂いて、本当に暖かく見守って下さり、精神的に支えてやって頂きたいと切に願うのです。

 

 

今回も最後までお読み下さり、ありがとう御座います。

 

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是非、お読みになったご意見やご感想、お叱りをコメントでお寄せ下さい。

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076【実は私、イップスなのです】試合になるとボールが投げられない

 目次

1.藤浪晋太郎くんの深い苦悩

2.元々は世界的名ゴルファーから

ちょっと寄り道:神戸市民の心を支えたオリックス・ブルーウェーブ

3.イップスは病気なのか?

4.私の実体験 ~イップスに罹った者の心理~

5.この手の病気に「頑張る」は厳禁!

 

タイトルから誤解されないように言っておきますが、私はもう長いこと野球をプレーしていませんし、ましてや、ピッチャーの経験などありません。
でも、昨年の秋くらいから、試合でボールが投げられないイップスになってしまったのです。
そして、まだ克服できないでいます。(涙)

 

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1.藤浪晋太郎くんの深い苦悩

 

Yipsとは、日本語で「ひゃっ!」というような意味のようです。

野球ファンの間で「イップス(Yips)」という言葉が知られるようになったのは、2016年3月15日に報道ステーションで放送された、イチローのインタビューがキッカケではなかったでしょうか?

イチロー、高校時代のイップスを告白「テレビでは言ったことない」 - ライブドアニュース

 

「どうやって克服したの?」という、現侍ジャパン監督の稲葉さんの質問に、「センスですよ、センス」という、人をオチョクッたイチローらしい答えには思わず失笑。

彼の独特のユーモアセンスは相変わらずです。(やっぱり失笑)

でも当時、私はこの放送を見ておらず、まだイップスのことを知らないのでした。

 

最近では、野球ファンの間では、かなりこの言葉が浸透しました。

というのも阪神タイガースの若きエース、藤浪晋太郎くんがそれなんじゃないかと、大いに話題になったからでしょう。

 

f:id:takyamamoto:20171022142901p:plain

 

確かに昨シーズン、突然とんでもない、プロのピッチャーとしては考えられないような、なんでそこに行くかな?みたいな死球を与え、そこから制球を大きく乱して四球の連発。ランナーを溜めたところで甘く入って決定打を打たれるという悲惨なシーンを、私も何度もテレビで観ました。

それでも私は、「今年の晋太郎は一体どないしたんや!?」くらいに思う程度で、イップスのことは、やはりまだ知らないでいたのです。

 

例えば、広島カープ・黒田への2球連続での考えられないコースへの投球。

幸い2球とも当たりはしませんでしたが、あの紳士黒田が怒ってましたね。

- YouTube

 

やはり、同じピッチャーとして、2球連続と言うのは考えられなかったのでしょう。

バッテリー(ピッチャーとキャッチャー)としては、送りバントをさせたくないという思いもあったのかもしれませんが、同点とは言え、回も浅く、相手はピッチャー、それもカープの至宝!

 

自分では制球がどうにもならず、コーチに優しくなだめられて、悔し涙でマウンドを降りる姿も。。。(これは身に詰まされる。。。)

2017.8.16 阪神タイガース 藤浪晋太郎 涙を流しながらマウンドを降りる(イップス?) - YouTube

 

YouTubeを見ていると、「藤浪デッドボール集」とか言う動画もあり、これは辛くってとても見る気になりません。

と言いながら、私もリンクを張っている訳ですが、ただ彼の深い苦悩について知って頂きたく、今回はイップスについてお話させて頂きます。

 

2.元々は世界的名ゴルファー

 

野球選手のイップスは、なにもピッチャーに限りません。

 

オリックス二軍監督の田口壮さん。

1991年のドラフト会議で複数球団からの指名を受け、オリックスに1位入団。

(因みに、イチローはこの年に高卒4位指名でオリックス入団ですね)

即戦力の大型遊撃手(ショート)として大いに期待されました。

なんと、プロ一年目の開幕戦で先発デビュー。

ウィキによると、既にこの試合において、一塁への送球に不安があったとか。

ある日の試合で、田口の悪送球がひとつの原因でチームが敗退した時に、当時の監督から「それでもプロかっ!!」とひどく叱責されたようです。

そして、送球への恐怖心は他のプレーにも波及し、捕球も乱れ、バッティングも不調に陥ったようです。

 

ところで、、、

私、ネット上で人様の批判をしたくはないのですが。。。 仕分けで「2位じゃダメなんでしょうか?」ってなマヌケな質問をしたアホな政治家に次いで2人目、言わせて頂きます!

この監督さん、ウェスタンリーグ(2軍)でブッチギリ首位打者イチローを、二軍監督の強い推挙があったにも関わらず、あの「振り子打法」がどうのこうの言うて頑なに認めず、一軍に上げようとしなかったよな! 指導者たる者が若い者の芽を摘んでなんとするッ!(喝!)

田口にイチローまで!! 喝だよ喝!

まぁ、それはええとして、閑話休題

 

1994年、あの名将、仰木彬(おおぎ あきら)さんが監督に就任。

この年に田口は外野手に転向。

阪神淡路大震災のあった翌1995年にオリックスはリーグ優勝!

私はそのころ、震災の爪痕も生々しい神戸に住んでいましたが、イチローオリックスは市民の大きな心の支えでしたね(^-^)

当時の田口、谷佳知(よしとも)、イチローの外野陣は12球団随一の鉄壁さでした。

 

ちょっと寄り道: 神戸市民の心を支えたオリックス・ブルーウェーブ

 

1995年1月17日早朝。

私は結婚1年目の新婚で、兵庫県で一番大阪よりの尼崎市に住んでいました。

これまでの人生で経験したことのない大きく強い揺れ。

「あぁ、これで天井が落ちてきたら確実に死ぬな」

揺れている間、それだけを思っていました。

 

会社は神戸市の西区。

当時のオリックス・ブルーウェーブの本拠地グリーンスタジアム神戸(現在は「ほっともっとなんとか」?よう分らん)のすぐ近くで、仕事帰りによくイチローを見に足を運んだものです。

 

震災後、尼崎から会社までどうやって通うのか?

神戸市を東西に結ぶ阪神、阪急、JRはすべて寸断。

阪神高速は倒壊、動脈である国道2号線と43号線は早朝から深夜まで交通規制。

 

こんな壊滅的な街の状況で、オリックスは神戸を本拠地にしてシーズンを戦えるのか??

当時のオーナーは、「市民が大変な時にチームが神戸から逃げ出してどうする!! スケジュール通り、グリーンスタジアムをホームグランドとする」と明言!

そして、そのシーズン、野田浩司さんが一試合19奪三振日本記録佐藤義則さんが当時の最年長ノーヒットノーラン記録を樹立するなど、私たち神戸市民に勇気と元気と希望を与えてくれたのです!!!!

 

さて、田口壮さんの話に戻りましょう。

 

田口さんの場合、コンバート(守備位置変更)でイップスを克服したばかりか、仰木監督の下で元々持っていた才能が開花。

後にメージャーリーガーとなり、ワールドチャンピオンにも輝いたことは、野球ファンなら誰でもご存知でしょう。

 

しかし、田口さんのような例がある一方で、一旦イップスになってしまうと克服できず、引退に追い込まれる選手も非常に多いのだそうです。

 

世間で晋太郎君のイップスが疑われ始めてからも、私はイップスのことを知りませんでした。

はじめてその言葉を耳にしたのは少年野球でした。

練習ではいいボールを投げるのに、試合になるとさっぱりダメな子がいました。

監督さんに「あの子はどうしたの? 練習の時はすごくいいのに」。

監督さんは言いました。「まるでイップスみたいだ」と。

イップス? 何それ?」

 

イップスという言葉が使われるようになったのは、1960年代からのようですが、最初にイップスだったのだろうと認識されているのは、1890年代から1910年代に活躍し、全英オープン6度、全米オープン1度優勝のハリー・ヴァードンという世界トップクラスのゴルファーだったそうです。

 

ヴァードンは1912年に、自身のイップス症状について書き残しています。

「私はいまだかつてトーナメントに参加して緊張することはなかった。それなのに、その短いパットをしようとしたときに襲ってきた不安感は、緊張どころではなかった。アドレスに入ると、右手が震えているのに気付いた。およそ2秒ほどだったろうか。ボールが見えていなかった。視線は右手に釘付けになった。自分に何が起きているのか、ただ知りたかった。震えが始まると感じ、突拍子もない動きが出ないうちにと必死の思いでパットした。心と身体はバラバラになり、ボールはラインを外れて転がった。3ヤードかそれ以上の距離のパットは気楽にプレーできた。奇妙なことにカップから4フィート以内の短い時だけ、難しいという感覚にとらわれるのだ」(参考文献から多少改変)

 

イップスに似た症状は、様々なスポーツ競技で認知されていたようです。

特に日本では、弓道において古くから知られていたそうです。

弓道では、弓を引いて、構えて、神経を集中させて、狙いを定めて、矢を放つのに4、5秒は要するそうです。

ところが中には、1、2秒も弓も矢も保持できず、狙いも定められず、手から矢が離れていく。

これは、弓道の世界では「早手」と言われて、随分以前から知られていた症状のようです。

 

現在では、あらゆるスポーツにおいて、イップス症状が認められています。

 

3.イップスは病気なのか?

 

医学的には、「職業性クランプ」という症候群が古くから知られていたそうです。

単に「クランプ」とも言われますが、日本語では「職業痙攣(けいれん)」とか呼ばれるそうです。

字を書く仕事の人が、手が震えて書けなくなるとか、タイピストやミュージシャンなど、様々な職業の人に見られるそうです。

 

では、イップスはクランプなのでしょうか? つまり、「病気」なのでしょうか?

この問題には、医学的にはまだ議論の余地があり、私が調べた限りでは、専門に治療をしている医療機関も少なく、有効な治療法も確立されていないようですね。

 

イップスは、プロのアスリートにとっては死活問題です。

私など日常生活には何の問題もありませんが、イップスになったからこそ、イップスに悩むアスリートたちの気持ちが理解できるようになりました。

イップスになった人の心理がどんな感じなのか? 人によって違いはあると思いますが、私の体験をお話しします。

 

4.私の実体験 ~イップスに罹った者の心理~

 

実は私は、アマチュア野球の公認審判員なのです。

 

去年の秋ごろだったでしょうか。

中学校の大会で球審をやらせて頂きました。

公式戦であり、真剣勝負ですので、両校の生徒やご父兄はもちろん、教員の人たちなんかも応援に来ており、メッチャ盛り上がっていましたよ。

観衆が多くっても緊張なんかしません。冷静だったし、むしろその雰囲気と野球少年たちの頑張る姿を楽しんでいました。

 

野球を観られる方なら普通にご存知だと思うのですが、バッターがファウルを打ったら、球審がボールケース(ズボンのベルトから下げている、ニューボールを入れてる袋のこと)からボールを取り出して、ピッチャーに投げ渡します。

私、プロ野球を半世紀近く観てきましたが、球審がピッチャーに対して悪送球したシーンをただの一度も見たことがないのですよ!

つまり、球審は、ピッチャーへのボール送球で悪送球をしてはいけないのです。

少なくとも私の中で、その意識はあったと思います。

資格審判員として、悪送球はとても恥ずかしいことだと。

 

ところが、その中学校の試合で私が投げた球は、ピッチャーのはるか右上方、二塁手の定位置近くにまで飛んでったのでした。

その時の私の心境? 「恥ずかしっ!(汗)」と言う程度でした。

まぁ、たまにはこんなこともあるよなぁ、猿も木からなんとやら、と言う程度です。

ところが次の時、「さっきはオーバーしたんだから、今度は加減しよう」という意識が強かったのでしょうね。

投げたボールは、ピッチャーの手前でバウンドして、セカンドベースの方向に転がっていったのでした。。。(涙)

 

中学校の試合とは言え、多くの観戦者が観ている公式戦での、いずれもピッチャーがボールに触れられもしないような悪送球を連続。。。

観衆衆目のなか。。。

これ以来、私は球審の立ち位置からピッチャーまでのわずか20メートル足らずの距離を投げられなくなったのです。

ボール投げなんて、自転車とおんなじで、一生体が覚えているものだと思ってました。

ところが、今の私は、ボールの投げ方がさっぱり分からなくなってしまったのです。

 

何が分からないかって具体的に言いますと、肩と肘と手首の使い方から体重移動まで、全ての動きがバラバラで、頭と体で全てが分からない!

特に分からないのが、ボールのリリースの仕方。

どうにもボールに指がかからないのですが、今までどうやってリリースしていたのかが、頭と体の両方で思い出せないのです!

 

それで、少年野球の練習に行って、子供相手にキャッチボールをします。

最初は忘れていたボールの投げ方も、練習しているうちに思い出してきます。

そうすると、なんてことはない。なんで投げられなかったのかが不思議なくらいに思えるのです。

 

そして、次の試合での球審。前回ちゃんと投げられなかったことなど忘れていました。

ところが、やはり何気なく投げた球が、とんでもないところに行ったりするのです。

制御不能です。

 

意識すればするほど分からなくなり、投げることへの恐怖心が強まっていくのです。

恐怖心はあっても、緊張はしていません。

緊張のせいではないのです。

じゃあ、なんのせい? わかりません。

 

今どうしてるかって言うと、事前にキャッチャーに、「肩が痛いから、貴方に渡すからね」と言っておいて、ボールを手渡しています。

でも、それって、やっぱり、わたし的には沽券(こけん)に関わるのですね。

やっぱり、ビシッとボールを投げたい!

 

5.この手の病気に「頑張る」は厳禁!

 

イップスには、精神安定剤としてよく使われるベンゾジアゼピンが効果ありとの情報がありました。

ベンゾジアゼピンは、社会不安障害にかかっていた時、私も大変にお世話になりましたよ。

この薬は緊張や不安には確かに効きますね。

でも、この薬の効果は対症療法的で、一時的です。

残念ながら、私もお世話になった、うつや不安障害に有効で、原因の根元を捉えた「選択的セロトニン再取込み阻害剤(SSRI)」などがイップスに有効だという情報はないようです。

 

いまだ、確かな治療法のないイップス

この手の病気は決して無理をせず、そして、可能なら環境を変えることでしょう。

 

田口壮さんはコンバート、私は会社を辞めることで克服出来ました。

takyamamoto.hatenablog.com

 

でもそれができない人も多くいます。

晋太郎くんの苦悩の深さを知って頂き、温かく見守って頂きたいです。

 

 

今回も最後までお読み下さり、ありがとう御座います。

 

参考文献:

イップスの心理学、その病態と心理療法」八木孝彦

 

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是非、お読みになったご意見やご感想、お叱りをコメントでお寄せ下さい。

大変励みになります。

 

 

075【殺人ウイルスもののエンディングは殆どが嘘っぱち!】ホントはみんなお陀仏!

目次

1.血清でウイルス感染症が治るという大きな誤解!

2.抗体にできることと、できないこと

3.「抗体依存性細胞障害活性(ADCC)」って??

4.ADCCを利用した抗体医薬品の実例

 

今回も専門用語がいくつか出てきますが、そんなの読んだ次の瞬間に忘れて下さい。(笑)

でも、この記事を読み終わるまで忘れて欲しくないのがADCCと言う言葉です。(読み終わったら忘れて下さって結構です)

 

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AC/DCじゃありませんよ。ADCCです(笑)

 

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1.血清でウイルス感染症が治るという大きな誤解!

 

過去ブログ【025】で、ゴルゴ13エボラウイルスに感染したエピソードについて少しだけ触れました。さすがのゴルゴ13もこれまでか!?

 

takyamamoto.hatenablog.com

 

ゴルゴが絶対死なないことはみな承知。では、どうやって助かったのか!? 気になりますよねぇ~。

えっ? 気にならないって?

気にしてくださいよ(笑)

あらすじをお話しします。

 

密猟されたエボラウイルスに感染したサルたちが客船の荷物室の檻から逃げ出し、乗り合わせていたゴルゴが唾を吐きかけられました。

乗客の中にはすでに発症した者も。

医療設備が限られた船内では、船医にも手の施しようがありません。

治療を受けさせようにも、陸地はまだ遠い。

そしてゴルゴにも発症の兆候が!

陸に近づいたとき、ゴルゴは注射器や試験管など、わずかな医療器具を奪って船を脱出して上陸。

捕まえた感染サルから血液を採り、車の車輪を遠心機代わりにして血清を分離し、自身に注射して一命を取りとめたのです。

ゴルゴはそのサルを檻に閉じ込めたまま姿を消しました。

このゴルゴが残したサルの血清のおかげで、他の感染者も助かったという美談です。

 

一方、米国の映画「アウトブレイク」。

毒性はエボラ以上、感染力はA型インフルエンザ以上と言う最恐ウイルス!

原因はやはり密猟で米国内に持ち込まれた感染サル。

感染した住民を救うには、この中和抗体を持っている宿主のサルを捕まえるしか方法がない!

ついに、このサルの捕獲に成功!

この時、主人公(たぶんレネ・ルッソだったと思う)は言いました、「これで血清が合成できる!」

 

ちょい待ち! 血清は合成できんやろ!

ムチャ言うたらアカンでアンタ。

このセリフを正確に言い直すなら、「これで抗体が作製できる!」だな。

でも、本当はこのセリフも間違っているのです。

 

特定のウイルスに対する抗体を新たに作るには、細胞工学と遺伝子工学の技術を駆使して、実は何ヶ月もかかるのです。

医薬品レベルの品質をとなると、何年もかかりますね。

その間に皆お陀仏ですよ。

 

2.抗体にできることと、できないこと

 

大体この手の話は、最後に血清をゲットして事態収拾ってのが多いです。

この血清で、いや正確には血清中に含まれる「抗体」でウイルス感染症が治るという大きな誤解!

抗体はウイルス感染症の予防には有効ですが、既に細胞に感染した場合には抗体は基本的には無力なのですよ、実は!!

 

過去ブログ【055】で、HIVがどうやって細胞に感染するのかについてお話ししました。

 

takyamamoto.hatenablog.com

 

HIVの表面には糖タンパク質と言うのがあり、これがヘルパーT細胞の表面のCD4というタンパク質に結合するのが感染の第一歩だということでした。

もし、この糖タンパク質に結合する抗体ができたら、結合することにっよってウイルスの糖タンパク質とCD4との結合を邪魔することができます。

これによってウイルス感染を防ぐことができるのです。

(ハイッ、もうCD4は忘れて下さい)(笑)

 

このような、ウイルスの感染力を失わせる作用を「中和」と言います。

そして、中和作用を持つ抗体を「中和抗体」と言います。

ワクチン打ちますよね。

ワクチン接種によって中和抗体ができると、ウイルス感染を予防することができるという訳です。

それから、毒蛇に噛まれたりしたら、ウマの血清を打ったりしますよね。

あれは、蛇毒に対する中和抗体(毒性をなくす抗体)を作らせたウマの血清なのです。

(ハイッ、もう「中和」のことは忘れましょう)

 

抗体と言うのは細胞の中には入っていけません

ですから、既に細胞の中に侵入したウイルスに対しては全くの無力なのです。

そのようなウイルス感染細胞に、免疫系はどう対処するのか?

主にはキラーT細胞の働きによります。

 

ウイルス感染細胞の表面には、ウイルスの抗原が出現しています。

キラーT細胞がこの抗原を見つけると、直接、この感染細胞に結合して、活性酸素やタンパク分解酵素を相手の細胞内に注入して殺します。(だからキラーT細胞と言います)

 

ところが、ところがです。

それでは、抗体がウイルス感染細胞に対してまったく役に立たないかと言うと、必ずしもそうではありません。

 

3.「抗体依存性細胞障害活性(ADCC)」って??

 

難しい言葉ですが、しばらくADCCと言う言葉を覚えておいて下さい。

 

ウイルス感染細胞をやっつけるのは、主にはキラーT細胞ですが、なかにはキラーT細胞が対処できない感染細胞もあります。

そこで、そんなキラーT細胞が苦手とする感染細胞に対処する、別の方法が用意されているのです。

それがADCC(抗体依存性細胞障害活性)です。

 

どんな細胞であれ、ウイルスに感染していたら、多かれ少なかれ、細胞の表面にウイルスの抗原が出ています。

この抗原に対する抗体ができたら、当然、この抗体は感染細胞表面のウイルス抗原に結合します。

この感染細胞のウイルス抗原に結合した抗体を目印にして、別の免疫細胞が攻撃をかける仕組み。

これが「ADCC(抗体依存性細胞障害活性)」です。

 

下の図が分かりやすいと思います。

 

f:id:takyamamoto:20171015120830p:plain

 

図ではがん細胞になっていますが、ウイルス感染細胞でも理屈は同じです。

感染細胞の表面にはウイルスの抗原が出ています。

抗体が、この抗原に結合します。

さらに、この抗原に結合した抗体目がけて、ナチュラルキラー(NK)細胞などが攻撃を仕掛ける仕組みです。

 

ゴルゴ13」でも「アウトブレイク」でも、ウイルスに感染したサルの血清を打てば治るとの前提のお話しですね。

サルの血清をウイルス感染患者に打つとどうなるか?

たぶん、サルの血清中の抗体が、患者の感染細胞表面のウイルス抗原に結合するでしょう。

そして、その感染細胞に結合した抗体をNK細胞が認識して感染細胞を破壊する・・・。

ゴルゴも助かり、他の患者も助かり、メデタシ、メデタシ。。。

 

ところがどっこい、そうはならないのですねぇ。

 

4.ADCCを利用した抗体医薬品の実例

 

実は、サルの抗体が感染細胞のウイルス抗原に結合しても、ヒトのNK細胞は、このサルの抗体を認識できません。

ADCCという仕組みにおける抗体とNK細胞の間には「種特異性」があり、違う動物種の抗体では役に立たないのです。

つまり、ADCCでは、感染細胞に結合した抗体は、ヒトの抗体でなければならないのです。

ですから当然、サルの血清を打っても、ADCCが働かないので、ゴルゴも誰も助からない! みんなお陀仏なのです。

まあ、中にはエリート・コントローラーがいて、生き残る人もいるかもしれませんが。。。

(エリート・コントローラーについては、やはり過去ブログ【025】をお読みください)

 

実際に、このADCCを利用した抗体医薬品があります。

例えば、乳がんの抗体医薬品ハーセプチン

ある種の乳がんでは、HER2(「ハーツー」と読みます)というタンパク質を発現しています。

このHER2タンパク質に対する抗体がハーセプチンです。

この薬を使うには、まず、その患者の乳がんが、HER2をたくさん発現しているタイプかどうかを検査します。

HER2のない乳がんには効かないことが分かっているからです。

乳がん細胞表面のHER2タンパク質に、抗HER2抗体であるハーセプチンが結合します。もちろん、ハーセプチンはヒト型の抗体です。

そして、これを患者のNK細胞などが認識して結合し、ADCCの仕組みによってがん細胞を破壊するというものです。

 

漫画ぐらいならいいですが、本格的な映画や小説では、もう少しリアリティを持たせて頂きたいものですな。

 

 

今回も最後までお読み下さり、ありがとう御座います。

 

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是非、お読みになったご意見やご感想、お叱りをコメントでお寄せ下さい。

大変励みになります。

 

 

074【制御性T細胞が流産を防いでいるのか?】

目次

1.ヒトのTrge研究は難しい!

2.不妊の原因のひとつはTregの機能異常なのか?

3.ついに見つけた! 妊婦ではTregが増えているという論文!!

4.Treg研究は、21世紀の医療のメインストリームとなるだろう!

 

前回の【073】に続き、制御性T細胞のお話です。

 

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1.ヒトのTrge研究は難しい!

 

以前、制御性T細胞(Treg)の不調が、ある種の不妊の原因になっているのかもしれないというお話をしました。

045【原因不明の不妊はTregの不調が原因か?】驚異のグルカンベイビー! - Dr.やまけんの【いつまでも健康に過ごすために大切なこと】

 

DNAの半分が他人の男性のものである受精卵や胎児は、母体にとっては異物です。

受精した瞬間(正確には、「受精後、様々な遺伝子が動き始めた瞬間」)から、免疫系が受精卵を異物として認識して、排除に動き出しても、ちっともおかしくありません。

その結果、不妊につながり得るのです。

 

「受精卵 画像」の画像検索結果

受精卵 こいつは異物だわ!

 

マウスなどの妊娠動物では、制御性T細胞(Treg)が子宮に多く集まっていることが確かめられていました。

近年、動物の命を犠牲にする動物実験への批判が強まりを見せていますが、それはともかくとして、マウスなどでは、と殺して臓器を取り出し、遺伝子やタンパク質や細胞などをいろいろと調べたりできます。

ところが人間ではそうはいきません。

ヒトで調べられるものと言えば、血液とか尿、唾液、痰、髪の毛とかせいぜいそのくらいですね。

髄液(脳脊髄液)とかを使うこともありますが、危険だし、麻酔してても痛いらしいし、それ相応の目的がないと、おいそれと採取できるものではありません。

 

以前、そう5~6年くらい前までは、ヒトの血液中のTregの測定には様々な問題があり、正しく分析することができませんでした。

つまり、免疫反応を抑制する機能を保持したTregのみを正しく測れているのかどうかが、いまいちよく分からなかったのです。

ここ数年、ようやくヒトのTregをかなり精度よく測定する方法が確立され、ヒトの血液中のTregについての研究結果が多く発表されるようになってきています。

 

2.不妊の原因のひとつはTregの機能異常なのか?

 

過去ブログ【045】で、長年不妊に悩んだ女性が、βグルカンを飲み始めてまもなく妊娠したという話をしました。

それも、一人だけではありませんでした。

βグルカンに効果があるとすれば、考えられる不妊のメカニズムは、Tregの不調です。

Tregが何らかの原因でうまく働かないため、免疫系が受精卵または胎児を攻撃するのを抑えられず、その結果、本人も知らないうちに流産していたということです。

いくら検査しても、精子にも卵子にも異常が認められない。なのになぜ妊娠できないのか?

いや、このようなケースでは受精はしていたと考えられるのです。

そして、βグルカンの免疫調整能力がTregの機能を正常化して受精卵/胎児への攻撃を抑えている、と考えられないでもないのです。(あくまでも仮説です)

しかし、妊婦(もちろん人間)でTregが増えているとかという研究報告は、これまでほとんどありませんでした。

ましてや、βグルカンが不妊に効くなんて証拠は皆無です!

 

3.ついに見つけた! 妊婦ではTregが増えているという論文!!

 

最近、Tregに関する情報収集を怠っていたのですが、久しぶりに別の目的のために論文検索をしました。

そして、偶然、妊婦の血液中のTregの動きを調べた論文を、ついに発見したのです!

www.ncbi.nlm.nih.gov

 

この論文の研究では、43人の健康な妊婦と、35人の妊娠していない健康な女性について調べています。

妊婦の方は、妊娠後期(妊娠10か月目)と出産した日、出産後に採血して、Tregの数を調べています。

結論を簡潔に述べると、妊娠後期では、非妊娠女性に比べて確かに血中のTregは増えており、出産日(おそらく出産直後だと思います)には、既にTregの数は減り、出産数日後には通常レベルに戻るということです。

これまでにも、妊婦では甲状腺炎などの自己免疫疾患の症状が良くなることが知られていました。

これは、妊娠して増えたTregが、一時的に自己反応性免疫細胞を抑えているからだと推測されました。が、いかんせん、直接的な証拠はなかった。

この論文の著者らは、「我々の研究結果は、妊娠が自己免疫疾患の症状に及ぼす影響について、ひとつの説明を提案するものだ」と結論付けています。

 

4.Treg研究は、21世紀の医療のメインストリームとなるだろう!

 

自己免疫疾患やアレルギー性疾患は言うに及ばず、移植臓器の拒絶反応の抑制方法などの研究が盛んにおこなわれています。

また、逆にTregを抑制することで、がんやウイルスに対する防御反応を増強することも可能です。

本庶佑先生が生み出した免疫チェックポイント阻害剤などは、まさにその代表ですね。

takyamamoto.hatenablog.com

 

Tregが医療の進歩にもたらし得る大きな可能性を考えると、坂口志文先生と本庶佑先生のノーベル賞受賞も時間の問題と思えてならないのです。

(やっぱりそこに落ち着くのか?)(笑)

takyamamoto.hatenablog.com

 

 

今回も最後までお読み下さり、ありがとう御座います。

 

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是非、お読みになったご意見やご感想、お叱りをコメントでお寄せ下さい。

大変励みになります。

 

 

073【自己反応性の免疫細胞ができることは織り込み済みだって!?】

目次

  • 復習:なぜ、私たちの体には自己に反応する免疫細胞が存在するのか?

  • 告白します! 過去ブログの図は間違っています!

  • 自己反応性免疫細胞ができることは織り込み済み!

  • 獲得免疫は抗原特異的

 

残念ながら、今年の日本人のノーベル生理学・医学賞受賞はなりませんでしたね。

やはり、期間を置かないと、同じ分野からの受賞は難しいようです。

takyamamoto.hatenablog.com

 

そりゃそうです。多くの分野で輝かし業績を出している人が沢山いるのですから。

 

「体内時計」ですか!

こりゃまた渋いところを突きましたな。

流石カロリンスカ研究所! 素晴らしい選考だと思いますよ。

www.nikkei-science.com

 

しかし、「断言」しよう。

来年こそ、制御性T細胞の坂口志文先生と免疫チェックポイント阻害剤の本庶佑先生のダブル受賞間違いなしです!!

 

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1.復習:なぜ、私たちの体には自己に反応する免疫細胞が存在するのか?

 

さて、超久しぶりに制御性T細胞(Treg;ティーレグ)のお話を致しましょう。

それも、Tregを深~~~く、掘り下げたお話です。

まずは、これまでのお話の復習を致します。

 

1995年に志文先生がTregを発見する以前は、なぜ我々の体に自己反応性の免疫細胞が存在し、自己免疫疾患に罹るのかが大きな謎でした。

takyamamoto.hatenablog.com

takyamamoto.hatenablog.com

 

なぜなら、例えばT細胞の場合、全てのT細胞に胸腺で自己と非自己とを見分ける教育を受けさせて、自己に反応する不良細胞を排除する「負の選択」の仕組みが備わっていることが知られていたからです。

自己免疫疾患を引き起こす不良細胞は、この負の選択を逃れて胸腺から出てきたに違いありません。

つまり、自己免疫疾患になる人は、この負の選択のシステムに何らかの不具合があり、その結果、不良たちを始末しきれないに違いないという考え方がありました。

では、そのシステム不良の原因は何か?

それを突き止めようとした研究者もいたようです。

ところが、今だからこそ分るのですが、彼らは見当違いを探していたという訳です。

 

志文先生によってTregが見つけられてみると、健康な人にでも誰にでも、自己反応性の免疫細胞があるのが当たり前だということが分かったのです。

そのTregが、自己反応性の免疫細胞が悪さをするのを抑えてくれるので、ほとんどの人が自己免疫疾患にならずに済んでいるのですね。

そう考えると、自己免疫疾患の人は、Tregの機能に異常があるということになります。

現在、機能異常のTregを正常化させることによって、自己免疫疾患やアレルギー性疾患、さらには、臓器移植における拒絶反応をも抑える方法が盛んに研究されています。

 

2. 告白します! 過去ブログの図は間違っています!

 

過去ブログ【038】で掲載した図を、もう一度お見せします。

実はこの図、正確ではありません。

話を複雑にしないために、あえて若干ですが、事実とは異なる図にしたのです。

問題なのは、下の図の④と⑤ですね。

 

f:id:takyamamoto:20171007194033p:plain

 

この図では、MHCに載った自己抗原に強く反応する細胞は、害をもたらすため抹殺されます。

これが「負の選択」です。

そして、MHCと自己抗原にほどほどに反応するわずか2%の細胞がスーパーエリートとして生き残って、その後、ヘルパーTやキラーT、Tregに変化(分化)していくのです。

そして、生き残った「スーパーエリートからTregが生まれる」というところが、白状すると、事実とは違うのです。

 

3.自己反応性免疫細胞ができることは織り込み済み!

 

より正確な図を下に示します。

 

f:id:takyamamoto:20171007194554p:plain

 

実はTregは、自己抗原に強く反応した不良細胞から生まれるのです! ええッ!?

図の米印※の部分です。

 

自己抗原に強く反応する前駆T細胞は、ほとんどがアポトーシス(細胞の自殺)を起こして死滅します。

ところが、ごく一部の不良細胞は生き残るのです。

どうしてか?

知りません!

胸腺学校の「負の選択」のシステムが元々不完全なのか、あえてごく一部が生き残るようになっているのか、私には解りません。

しかし、私たちの免疫系にすれば、一部の自己反応性免疫細胞が生き残ることは「先刻承知」、つまり「織り込み済み」なのです。

 

負の選択をすり抜けた不良細胞。

これは私たちの体に害をなす危険な存在です。

しかし、そのような不良細胞を完全には除き切れないのが、実は私たちの体というものです。

では、どうすれば、この不良たちから私たちの体を守ることができるのか!?

理にかなった効率的なシステムがなければ、私たちは誰も健康に生きることは出来ません!!

この問いに対する答えが、「負の選択」をすり抜けた不良細胞の中からTregを生み出すという仕組みなのです。

 

「自己反応性免疫細胞が存在するのは異常」から、「自己反応性免疫細胞が存在するのは当たり前」へ。

真理は実は真逆だったのです。

 

4.獲得免疫は抗原特異的

 

T細胞や抗体を作るB細胞などが活躍する獲得免疫は「抗原特異的」です。

これまで何度もお話してきた「抗原特異性」ですが、もう一度説明しておきますね。(初めての方にも解るように)

 

B細胞が作る抗体にせよ、がん細胞やウイルス感染細胞を攻撃するキラーT細胞にせよ、ひとつの獲得免疫細胞は、ある特定の抗原にしか反応できません。

はしかのウイルスに反応する獲得免疫細胞は、おたふく風邪のウイルスには全くの無力なのです。

また、逆も然りで、おたふく風邪ウイルスを攻撃する獲得免疫細胞は、はしかにも、水疱瘡にも、HIVにも全くの無力です。

特定の抗原にしか反応しない。これが「抗原特異的」と言うことです。

 

Tregも獲得免疫細胞ですから、基本的に「抗原特異的」に働きます。(例外もありますが、ここでは触れません)

例えば、1型糖尿病の患者さん。

すい臓のランゲルハンス島β細胞を攻撃するキラーT細胞が存在しています。

 

takyamamoto.hatenablog.com

 

恐らく、多くの人が普通にβ細胞を攻撃するT細胞を持っているのだと思います。

それでも1型糖尿病にならないのは、β細胞に反応するT細胞を抑えるTregが存在するからなのです。

基本的にβ細胞に反応するT細胞を抑えるTregは、他の抗原に反応するT細胞を抑えることは出来ません。(例外はありますが、ここでは触れません)

つまり「抗原特異的」です。

このβ細胞に特異的なTregがどこから生まれるのかというと、もともと胸腺で「負の選択」から逃れた、β細胞を攻撃する前駆T細胞なのです。

元が自己のβ細胞に反応する前駆T細胞から生まれたのですから、そのTregが抗原特異的にβ細胞を攻撃するT細胞を抑えられるのも当然と言えば当然なのです。

 

スッゴク合理的なシステムじゃありませんか?

つまり、私たちの体は、最初から自己反応性の免疫細胞ができることを承知していて、それを抑えるTregができる仕組みを備えているのです。

なんて賢い! 人間なんかよりはるかに賢い!

生物の進化には無駄もあるが、極めて合理的で賢い!

しかし、それを解明した人類もなかなか賢いぞッ!

 

来年こそ、志文先生(笑)

結局、そこに落とし込むのかよ(笑)

 

 

今回も最後までお読み下さり、ありがとう御座います。

 

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号外【あのくちばしの長い鳥みたいなマスクは一体何なの??】中世ヨーロッパのペスト医師の謎

わたくし、元々ウイルス学が専門で御座いまして、細菌のことは、とんと分からないのです。

「えっ、細菌もウイルスもおんなじようなもんでしょう!?」

違うッ! 全然ちげェしッ!!

「じゃあ、似て非なるもの?」

違うッ! 全然似てねェしッ!!

つうかお前! オレの過去ブログを読めッつうの(笑)

takyamamoto.hatenablog.com

 

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トム・ハンクス主演の映画「インフェルノ」にチラッと出てくる「ペスト医師」のあの装束。

あれは一体、な、な、なんですかな??

あのマスクに、ど、どんな意味があんのですかいな??

 

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「ローマの嘴の医者」パウル・フュルスト(1656年作)

 

へんちくりんな嘴(くちばし)マスクに厚手のローブ、帽子、手袋、杖という装束が定番の中世ヨーロッパのペスト医師。

すっごい不気味なんすけど!

ペストより、あんたらの方が十分怖い!(笑)

さっそく調べてみました。

 

中世ヨーロッパにおいて、ペスト患者を専門に診た「ペスト医師」。

感染率と致死率の高いこの病気の患者を好んで診る医者なんて少ないに決まっています。

でも、ペストの流行は、何らかの手を打たなければ、国の存亡にも関わる重大事です。

当時のヨーロッパでは、公金(国かな?地方自治体かな?ちょっと分かりませんが)から高い報酬を得て、ペスト患者を専門に診るペスト医師がいました。

しかし、非常に危険な仕事ゆえ、この職に就いた多くの医師が、ヤブや経験の浅い人、経済的に苦しいなどの訳ありの人、中には医師でもない人までいたということです。

 

この装束は、つまりは素肌を曝(さら)さないようにするためのもので、患者に直接触れずに診察したり、処置をしたりするために杖を持っている訳です。

 

そして、あの不気味な嘴(くちばし)マスク。

実は、あの長い嘴の部分には、毒気を含んだ空気を清浄するために、藁(わら)や香りの強い香辛料、ハーブなどが入れられていたとのことです。(重そう)

つまり、あのマスクは、外気を直接吸うことを防ぐためのフィルターを備えているという訳で、言ってみれば、現在の防毒マスクのようなものなのですねぇ。

 

菌もウイルスも知らず、悪霊のようなものによって病気になると信じられていた暗黒時代。

患者と接触することで病気が移る、いや、毒気を含んだ空気によっても移ることを理解していたようで、あの防毒マスクが実際に効果があったかどうかは別として(いや、間違いなく効果なかったでしょう)、コンセプトとしては、適切な感染防止策ですねぇ。

ちょっと感じ入りました。

 

ペストは黒死病(英語でBlack Death)とも呼ばれますが、敗血症を起こし、ペスト菌が全身に廻ると内出血を起こして皮膚が黒くなって死んでいくことから、そう呼んで恐れたそうです。

 

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ペストで死屍累々のマルセイユの街

 

あっ、それから、相変わらずウンチクにまみれたダン・ブラウンの小説ですが、映画「インフェルノ」でも、英語で「検疫」を意味するクアランティーン(quarantine)の語源について、トム・ハンクスの口から語られていましたね。

14世紀にヨーロッパでペストが大流行した時、ベネツィアでは東方から来た船(元々ペスト菌は、パレスチナ・中東方面に遠征した十字軍が、帰還時に感染したネズミと共にヨーロッパに持ち帰ったと言われています)を入港させる際、沖合に40日間停泊させるという法律が制定されました。

40日間何も起きなければ、船員や荷物を陸に上げても安全だと判断したのです。

 

Quarantineは、イタリア語のベネツィア方言で「40日」を意味するquarantenaが語源になっているそうです。

英語でもquarter(4分の1)やquartet(4重奏)とか言いますね。

Quar-で始まる単語は「4」を表すのですね。

 

ちなみに、今の日本語で「検疫」というと、病原体を持っていないかを調べる「検査」の意味合いが強い印象があると思いますが、英語のquarantineは「検査」と「隔離」の両方の意味があります。

元々は、船を沖合で40日間「隔離」したことに由来する言葉なのですから、もっともですね。

でも、日本語でも英語でも、本来「検疫(Quarantine)」という言葉は、「検査」と「隔離」の両方を含意するようです。

その両方を含めて、本当の「検疫(Quarantine)」だということです。

今回調べてみて、はじめて知りました。

 

いやぁ、勉強になります。

映画でも、アニメでも。

インフェルノ」でも「SKET DANCE」でも、そこに見え隠れしているものを見逃さない感性さえあれば勉強できます。

感性次第で知識が増えます。

takyamamoto.hatenablog.com

 

と言うわけで、調べてみて全く腑に落ちました。

これでぐっすり眠れるなぁ(笑)

 

皆さん、また明日。

 

 

今回も最後までお読み下さり、ありがとう御座います。

 

参考文献:加藤茂孝「人類と感染症との闘い―『得体の知れないものへの怯え』から『知れて安心』へ―第4回『ペスト』―中世ヨーロッパを揺るがせた大災禍」モダンメディア 2010; 56 (2); 36-48.

 

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