目次:
1.免疫チェックポイント阻害剤は、なぜ効く人と効かない人とに分かれるのか?
2.ある種のがん細胞は、制御性T細胞を利用して免疫系の攻撃をかわしているのか
3.予後の良い大腸がんでは、Tregの働きが弱い!
4.人類は腸内細菌を人為的に制御して病気を克服することが出来るのか!?
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1.免疫チェックポイント阻害剤は、なぜ効く人と効かない人とに分かれるのか?
ある種のがん細胞は、直接、免疫細胞のブレーキボタンを押して免疫力をダウンさせることにより、生き延びていることが分かっています。
その免疫細胞のブレーキボタンを解除するのが「免疫チェックポイント阻害剤」という種類の免疫療法剤です。
免疫チェックポイント阻害剤は、その人本来の免疫力を引き出す薬
しかし、この薬も万人に効く訳ではなく、効きやすいがん腫と効きにくいがん腫があり、また、同じがん種でも、よく効く患者とそうでない患者とがいます。
例えば、比較的、免疫チェックポイント阻害剤がよく効くメラノーマ(悪性黒色腫)でも、末期の患者さんでは4割程度にしか奏功しません。
また、大腸がんは、免疫チェックポイント阻害剤が比較的効きにくいがん種です。
このような効き目の差はどこに原因があるのでしょうか?
大腸がんは免疫チェックポイント阻害剤が効きにくい!
もしかすると、がんによっては、免疫チェックポイントを介さずに免疫系をダウンさせている仕組みがあるのかもしれません。
そうだとすると、そのようながんでは、免疫チェックポイント阻害剤が奏功しないのも無理もありません。
近年、そのことを示唆する論文がいくつか出てきました。
2.ある種のがん細胞は、制御性T細胞を利用して免疫系の攻撃をかわしているのか?
制御性T細胞(Treg)は免疫反応を抑える働きのある細胞ですので、単純な話として、Tregの働きを強めると免疫力が下がり、ガンや感染症のリスクが高まります。
ですから、ガンを治すためには、Tregには大人しくしてもらわなければなりません。
(この記事では、「がん」と「ガン」が混在していますが、どちらも同じ意味です。「がん」、「ガン」、「癌」の意味の違いについては、以下の過去ブログをご参照)
近年、これまでTregだと思われていた一団の細胞の中に、実は免疫抑制機能を持っていないものが存在することが分かってきました。
こうなると、そのような細胞は、もはや制御性T細胞とは呼べないことになります。
この5~6年の間に、これまでTregと思われていたけれども、本当は免疫抑制機能を持たない細胞と、免疫抑制機能を保持する真のTregとを区別する方法が確立されてきました。
Tregで最も重要と考えられる遺伝子はFoxp3(フォックスピースリー)です。
Tregが免疫抑制機能を発揮するには、Foxp3の働きが欠かせません。
制御性T細胞のマスター遺伝子 Foxp3
ところが、Tregの中にはFoxp3の発現(遺伝子が機能すること)が弱まったり、なくなったりしている細胞のあることが分かってきました。
そして、そのような細胞は、もはやTregとして機能しない、すなわち、免疫抑制機能を持たないことが分かってきたのです。
そして、がん組織における、このFoxp3の発現の強弱が、ある種のがんの治りの良しあしに深くかかわっていることが分かってきました。
以下は、Tregの発見者、大阪大学の坂口志文(しもん)先生らが、昨年(2016年)発表した論文です。
がん治療をした後、治りのいい人と悪い人がいますが、それを「予後」がいいとか、悪いとか言います。
坂口先生らは、大腸がんで予後の悪い人を「タイプA」の大腸がん、予後のいい人を「タイプB」の大腸がんと名付け、タイプAとB、2つのグループに分けました。
そして、手術で摘出した大腸がんの部分の組織のTregの割合を調べました。
下の図は、見方が少し難しいですが、グラフの横軸は細胞の中のFoxp3タンパク質の量を示しています。
一つひとつのドットがひとつの細胞を示しています。
横軸の値が大きいほど、Foxp3タンパク質がたくさん作られている細胞であることを示しています。
図のAを見て下さい。
Aは、がん患者の血液中のTregを調べたものです。
(縦軸は無視して下さい)
Aのグラフの中で、TregをII、III、IVの3つのグループに分けています。
この図は、Foxp3をほとんど作っていない、すなわちTregではないフラクションIVが多くて、Foxp3をたくさん作っているフラクションIIのTreg(免疫抑制機能を持つ真のTreg)と、Foxp3が少ないフラクションIIのTreg(免疫抑制機能を持っていないので、本当はTregとは呼べないT細胞)は比較的少ないことが分かりますね。
次に、図のBですが、これはがん患者の大腸の正常な部分(ガンでない部分)のTregの分布を調べたものです。
血液中に比べると、大腸組織では、Foxp3を作っているフラクションIIとフラクションIIIが増えてますね。
腸管には制御性T細胞が多く集積しているのです。
次に図のCを見てみましょう。
予後の悪い(治りの悪い)タイプAの大腸がんの組織中のTregです。
図のB、つまり正常の大腸組織とあまり変わりませんね。
最後に図のDを見て下さい。
予後のいい(治りのいい)タイプBの大腸がん組織中のTregの割合です。
図のA、B、Cに比べると、Foxp3の少ないフラクションIIIのTreg(赤矢印)がかなり多くないですか?
どうです? 分かります?
このことは何を意味しているのでしょうか?
3.予後の良い大腸がんでは、Tregの働きが弱い!
図Cの予後の悪いタイプAの大腸がんでは、Foxp3の少ないフラクションIIIのTreg(本当は免疫抑制機能を持たないので、Tregと呼ぶのは不適切です)は4.0%です。
一方で、図Dの予後のいいタイプBの大腸がんでは、フラクションIIIは28.4%、なんと7倍も増えています。
かつては、Foxp3発現の弱い細胞集団も制御性T細胞であると考えられていました。
しかし近年、制御性T細胞と考えられていた細胞集団の中に、免疫抑制機能を持たないものがあることが分かってきました。
そのような細胞集団は、もはや「制御性T細胞」とは呼べません。
このような免疫抑制機能を持たないフラクションIIIの細胞が増えることが、大腸がんの予後がいいことに関係があるのです。
そして、志文先生らは、このFoxp3の発現が弱いフラクションIIIの細胞が増えるのは、大腸がん細胞に付着した腸内細菌の働きによるものだということも突き止めました。
つまり、大腸がんの予後の良しあしには制御性T細胞が深く関与しており、そして、その大元に腸内細菌の影響があることが分かったのです。
4.人類は腸内細菌を人為的に制御して病気を克服することが出来るのか!?
腸内細菌が免疫系を制御していることは明らかです。
便移植によりクローン病や潰瘍性大腸炎などの自己免疫疾患が劇的に改善することは、もはや良く知られているところです。
ひとつには、バランスのとれた腸内細菌がTregに適切に働きかけ、免疫系全体のバランスを保っているのだと考えられます。
どのような疾患に、どのような腸内細菌がどうかかわっているのかが明らかになれば、この腸内細菌のバランスを人為的に操作することによって、ある時にはがん免疫を高め、ある時には自己免疫反応を抑えるなど、人間が免疫バランスを自在に操作できるようになるのかもしれません。
そう、病気ごとに適切に調合された腸内細菌の入ったカプセルなんかが作られて、がん患者や自己免疫疾患患者に投与して治療が行われたりする日が来るのかもしれません。
このようなことを考えると、我々の健康維持に腸内細菌と制御性T細胞が如何に重要な役割を担っているのかが分かりますよね。
来年こそ、志文先生のノーベル賞受賞を期待しています。
今回も最後までお読み下さり、ありがとう御座います。
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