目次:
1.免疫系は体の「防衛隊」
2.敵を感知する自然免疫のセンサーは大雑把
3.パターン認識受容体とβグルカンの潜在能力
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1.免疫系は体の「防衛隊」
抗体やT細胞による獲得免疫というのは、強力ではありますが、起動するのに時間がかかります。
特に初めて出会う敵の場合、充分な戦闘能力を発揮するのに、実に1週間から2週間もかかります。
そこで、初期防衛に当たるのが自然免疫、すなわち、マクロファージや好中球、樹状細胞などの貪食細胞です。
彼らは、獲得免疫の戦闘力が整うようになるまで、なんとか持ちこたえなければなりません。
自然免疫にとっては初動が大事です。
そのため、マクロファージをはじめとする自然免疫の細胞は、異物をいち早く感知するためのセンサーを細胞表面に多種類備えています。
そのひとつがトール様受容体(TLR)です。
TLRはヒトで10種類、マウスで10数種類が知られており、TLR1、TLR2・・・という風に、連番を付けて区別しています。
ノーベル賞を受賞したボイトラー博士が発見したのも、審良(あきら)静男先生が発見したのも、偶然にも同じマウスのTLR4です。
TLR1とTLR2が合わさったヒトのTLR1/2の立体構造
前回【063】でお話した通り、審良先生らは、TLR4を細菌のリポ多糖に反応するセンサーとして発見しました。
takyamamoto.hatenablog.com
リポ多糖というのは、多くの細菌類が産生している成分です。
私たちの体の中にリポ多糖があるということは、細菌の侵入が疑われます
細菌の侵入をいち早く察知するために、自然免疫の細胞たちは、リポ多糖を検知するセンサーを備えているのですね。
私たちの体の防衛隊である免疫は、敵の侵入を察知してから、どのように動くのでしょうか。
まず、マクロファージなどの自然免疫細胞のTLR4にリポ多糖が結合したとします。
「リポ多糖発見。敵侵入の可能性あり。総員、警戒態勢!!」という訳で、防衛隊の各方面に警戒警報を発令します。
どうやって発令するのかって? 本当の部隊なら、通信システムとか、警報システムとかを使うのでしょうけれども、免疫の場合、サイトカインを使って他の免疫細胞に警戒情報を伝えます。
免疫系の警戒物質とも言えるサイトカインは、マクロファージから放出されて血流にのって体の隅々にまで行きわたり、遠隔の免疫細胞にも敵襲来の可能性を伝えます。
そうすると、(擬人的な表現ではありますが)他の免疫細胞たちもザワつき始めます。
緊張が走り、あらゆる免疫細胞がいつでも戦闘態勢に移れるように備えます。
果たして、敵が来襲したという情報は正しいのか? 固唾を呑んで新たな情報を待ちます。
まあ、要するに、有り体に言えば、警戒物質であるサイトカインを受けた様々な免疫細胞が「活性化する」ということですな(^^)
一方、最前線でゲリラ戦を展開しなければならないマクロファージは、リポ多糖を検知したことで自身を活性化して戦闘能力をアップさせます。その結果、大喰らいに拍車がかかり、異物という異物を食べまくります。
そして、さらに種々・大量のサイトカインを放出し、他の免疫細胞をさらに活性化します。
樹状細胞は本来、マクロファージほどの食いしん坊ではありませんが、TLR4のセンサーでリポ多糖を検知すると、貪食能がパワーアップし、さらにマクロファージのサイトカインを浴びることで、ヘルパーT細胞への抗原提示能力も増強します。
そして、まだ敵と遭遇したことのないヘルパーT細胞(「ナイーブヘルパーT細胞」と言います)に抗原提示を行うことで活性化ヘルパーT細胞に変身させます。
獲得免疫は免疫系の本隊です。
ナイーブヘルパーT細胞は、活性化ヘルパーT細胞となったからにば、部隊の司令官に就任して、がぜん忙しくなります。
敵が自然免疫の防衛線を突破した場合に備えて、各方面に指令を出し(つまり、まだ抗原と出会っていないナイーブキラーT細胞や抗体産生B細胞などにサイトカインを浴びせたりして)、部隊の戦闘態勢を整えます。
前にもお話した通り、司令官である活性化ヘルパーT細胞は、樹状細胞から得た敵の情報、つまり抗原の種類に応じて、1型作戦(細胞性免疫、すなわちキラーT細胞が主力)で戦うべきか、それとも2型作戦(液性免疫、すなわち抗体が主力)でいくか、あるいは、その2つの作戦を組み合わせて戦うのが得策か、を判断します。
賢いですよねェ~。
(1型、2型は過去ブログ【028】を参照してください)
takyamamoto.hatenablog.com
2.敵を感知する自然免疫のセンサーは大雑把
皆さん、もうご存知の通り、キラーT細胞にせよ、B細胞が作り出す抗体にせよ、抗原に特異的です。
水疱瘡には水疱瘡ウイルスに対する抗体を作って、ピンポイント集中攻撃です。
でも、この抗体はおたふく風邪ウイルスには全くの無力です。
おたふく風邪にはおたふく風邪の抗体を作り出すわけです。
このように、獲得免疫は敵の顔までよく見て、敵に応じてもっとも威力の高い攻撃を行います。
ところが、自然免疫は敵か味方かくらいは見分けられますが、敵だとして、それがどんな敵なのかまでは見分けられません。
ヒトのTLRには10種類ほどあると言いましたが、それらをまとめて下の図に示します。
講談社ブルーバックス「新しい免疫入門」(審良静雄、黒崎知博著)から転載
TLR4はリポ多糖に結合します。
リポ多糖は、多くの細菌が持っていますので、これを検知したからと言って、どんな種類の細菌なのかまでは分かりません。
でも、自然免疫にとっては、それで十分なのです。
他のTLRを見てみましょう。
例えば、TLR3は二本鎖のRNAを、TLR7は一本鎖のRNAを感知します。
これらはどちらも、RNAウイルスの感染に備えたセンサーです。
TLR9は細菌やウイルスなど、外来のDNAを検知します。
でも、それ以上は、どんなウイルス、どんな細菌であるのかまでは分かりません。
自然免疫においては、それでいいのです。
審良先生は、TLRのこのゆる~~い認識能力について、スポーツチームのユニフォームで例えています。
例えば、あるTLRはタイガースの縦じまユニフォームだけを認識するとします。
このTLRには、そのユニフォームを着ているのが掛布なのか、バースなのかまでは区別できません。
あっ、タイガースのユニフォーム、め~~~っけ!
誰かって? 知らんわい‼︎
また、ある別のTLRはジャイアンツのユニフォームを認識します。
同じく、その選手が原なのか、江川なのかは知りようもありません。
でも、それでいいのです。
一方で獲得免疫では、どのチームのユニフォームかよりも、そのユニフォームを着ているのが、どんな選手なのかの方が重要です。
それが掛布なら掛布の抗体を作り、江川なら江川に対するキラーT細胞を活性化するというように、個々の敵に応じた戦い方をするのです。
このように、TLRは「同じユニフォーム」という共通したパターンを認識する訳です。
そのため、TLRのような受容体は、「パターン認識受容体」と呼ばれます。
実に大雑把な認識能力ですが、それで充分実用に耐えているのです。
実は、トール様受容体(TLR)の他にも数種類のパターン認識受容体があります。
RIG-I(リグアイ)様受容体(RLR)、Cタイプレクチン様受容体(CLR)、NOD様受容体(NLR)などです。
これらの名称まで覚えて頂く必要はありません。ただ、TLR以外にもあるということだけ知っておいて頂ければ結構です。
3.パターン認識受容体とβグルカンの潜在能力
私が良く話題に出す水溶性食物繊維のβグルカンですが、実は、これも小腸の中にいるマクロファージや樹状細胞のパターン認識受容体によって感知されます。
(βグルカンについては、過去ブログ【016】や【026】【027】などをご参照ください)
016【βグルカンって?】 - Dr.やまけんの【いつまでも健康に過ごすために大切なこと】
026【ズバリ!βグルカンの抗腫瘍効果!!(その1)】 - Dr.やまけんの【いつまでも健康に過ごすために大切なこと】
027【ズバリ!βグルカンの抗腫瘍効果!!(その2)】「抗がん剤との併用で原発性大腸がんからの肝臓転移がん2つが見事消失!!~ヒトでの症例報告~」 - Dr.やまけんの【いつまでも健康に過ごすために大切なこと】
βグルカンを感知する受容体はいくつかありますが、TLR2/6(TLR2とTLR6が合体したもの)やCLRの一種であるDectin-1(デクチンワン)などがあります。
βグルカンは真菌類の細胞壁の成分ですから、これが体内にあるということは、真菌が侵入したのではないか、と免疫細胞たちは勘違いするのですね。
βグルカンを飲み続けていると、小腸のマクロファージや樹状細胞が常に刺激を受け続け、自然免疫が鋭敏な状態に保たれます。
それにより、何かあったとき、例えばウイルスが感染したとか、がん細胞を発見したとか、そのような有事が起きると免疫系が素早く発動し、サッサとカタを付ける訳です。
ですので、かつてβグルカンは「免疫賦活剤(immune-activator)」と呼ばれていました。
ちなみに、βグルカンは、細菌のリポ多糖のような強い毒性はないので、飲み続けても特に害はありません。人によって、お腹が緩くなる程度です(笑)
さらに近年、βグルカンは免疫を賦活化してガンや感染症に効果を示すだけではなく、アレルギーや自己免疫疾患を抑えるという報告が増えてきています。
複数の論文によって、自己免疫反応が原因のひとつである1型糖尿病のモデルマウスには顕著に効くことが示されています。
パターン認識受容体を刺激し過ぎると、自然免疫を過剰に活性化して、自己免疫疾患やアレルギー性疾患を増悪させると指摘する声がありました。
しかし、事実は違うようです。
少なくとも、TLR2/6やDectin-1に認識されるβグルカンは、感染症やガンに対する攻撃力を増強すると同時に、免疫反応を抑制する制御性T細胞を誘導して、余計な免疫反応が起こらないように、絶妙な調整をしているようなのです。
攻撃力の増強と過剰な攻撃の抑制という、真逆のことを同時にやってのけるのですから、いまだに不思議でなりません。
このように、最近では、βグルカンは「免疫賦活剤(immune-activator)」というよりも、「免疫調整剤(immune-modulator)」と見なされるようになってきています。
パターン認識受容体は、元々は下等な無脊椎動物のなかで、感染防御システムの一部として進化してきました。
しかしながら、人間の医療への応用を考えた場合、何も感染症に限ったことではないのですね。
なぜなら、過去ブログ【061】で述べたように、我われ高等哺乳類の免疫系は、感染防御だけに関わっているシステムではないからです。
takyamamoto.hatenablog.com
私は、βグルカンには、まだまだ未知の潜在能力があり、今後、医療の進歩に大きく貢献し得る成果が見出されると信じています。
ガンや感染症の制覇、生活習慣病における慢性炎症の抑制、自己免疫反応やアレルギー反応の制御、臓器移植時の拒絶反応の抑制、怪我の治癒促進、等々です。
中でも特筆したいのは、現在でも治療困難な、原因不明の不妊への応用が期待できると思い始めています。
「応用」ったって、ただβグルカンを飲むだけなんですけどね(笑)
不妊について詳しくは、以下の過去ブログをご参照ください。
takyamamoto.hatenablog.com
このように私は、今後のβグルカン研究の進展に大いに期待しているのですが、まだまだβグルカンを知らない研究者やお医者様が多いのも事実です。
βグルカンを含むキノコ類(アガリクスなど)が、がんや感染症に効果があるということは、漢方家の人達には古くから知られていました。それこそ中国では、数千年も前からです。
しかし、なぜ効くのかを明快に説明するには、20世紀末に自然免疫のパターン認識受容体の仕組みが解明されるまで待たねばなりませんでした。
ですから、以前は、βグルカンのような健康食品の類(たぐい)に胡散臭さを感じる人が多かったのも無理からぬことだと思います。
しかし、現在では、βグルカンの働きは、細胞生物学的および分子生物学的に説明できます。
まだ偏見をお持ちの方々には、是非、科学的な理解を深めて頂きたいです。
今回も最後までお読み頂き、ありがとう御座います。
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是非、お読みになったご意見やご感想、お叱りをコメントでお寄せ下さい。
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