Dr.やまけんの【いつまでも健康に過ごすために大切なこと】

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063【自然免疫の概念を変えたトール様受容体の発見】トール様受容体の大切さ(その2)

目次:

1.ボクはただの大喰らいじゃない!!(by マクロファージ)

2.毒素を打っても死なないマウス??

3.カビまみれになって死ぬハエ!

4.ノーベル賞を逃した男から、研究者が選んだ「研究者の中の研究者」へ

 

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1.ボクはただの大喰らいじゃない!!(by マクロファージ)

 

免疫系は大きく2つ、「自然免疫」と「獲得免疫(「適応免疫」とも)」に分けられます。

詳しくは、本ブログ【019】ご参照下さい。

takyamamoto.hatenablog.com

 

自然免疫で中心的な働きをするのが、マクロファージや好中球、樹状細胞といった貪食(どんしょく)細胞です。

特にマクロファージは大喰らいで、異物と見るや、ガラス玉だろうがなんだろうが、お構いなく食べてしまいます。

異物に長~~~い触手を伸ばしてまで捕まえる様子など、意地汚さすら感じますねェ(笑)

 

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こんなもん食べて、お腹痛くなんないのかね?(触手を伸ばしてガラスビーズを捕食するマクロファージ )

 

抗原に特異的な抗体やT細胞による獲得免疫の働きは強力であり、魚類以上の脊椎動物だけが持つ精緻で高度なシステムです。

ヤツメウナギなどの無顎類を除いて、ほとんどの無脊椎動物は自然免疫だけです。つまり、抗体やT細胞を持ちません。

ですので、自然免疫の細胞で、ただバカみたいに異物を喰らうだけのマクロファージなんかは、原始的で下等な免疫細胞だと考えられていました。

 

しかし、ブルース・ボイトラー博士(2011年、ノーベル生理学・医学賞受賞)によるトール様受容体(Toll-like receptor; 以下「TLR」と言います)の発見の後、審良(あきら)静雄先生らがTLRのなぞを次々と解き明かしていくにつれ、その考え方が大間違いであったことが分かってきたのです。

免疫学にこのような大変革が起きたのは、以外にもつい最近、ちょうど世紀が変わる頃のことです。

 

2.毒素を打っても死なないマウス??

 

審良先生がマウスのTLRを発見したきっかけは、まったくの偶然からでした。

当時、審良研究室では、望みのままに特定の遺伝子を破壊したノックアウトマウス(KOマウス)を次々と作り出していました。

KOマウスというのは、ある遺伝子の機能を知りたいときに、マウスでその遺伝子を狙って破壊してやることで作られます。

マウスのある遺伝子を破壊した結果、そのマウスにどんな変化が現れるのかを観察することで、その遺伝子の機能がある程度推測することができます。

例えば、ある遺伝子を壊したKOマウスの血圧が、普通のマウスに比べて異常に高いとすると、破壊した遺伝子が血圧の制御に関わっているのかもしれないと予測できるという具合です。

そうすると、このようなKOマウスは、高血圧の原因解明の研究に役立ったりする訳ですね。

KOマウスは非常に有用です。

 

普通のマウスに、細菌の毒素であるリポ多糖(細菌の細胞壁の構成成分です)を大量に接種すると、そのマウスはショックで死にます。

ある日、審良先生のところの大学院生が、ある実験のために、MyD88という遺伝子を破壊したKOマウスにリポ多糖を投与していたところ、全然死なないことを偶然にも発見しました。

これは一体どういうことか?

詳しいことは省略しますが、MyD88というのは細胞内で情報伝達に働いていて、様々な遺伝子の働きを制御しています。

通常は、マクロファージなどの免疫細胞がリポ多糖に反応してMyD88が活性化すると、情報が細胞核の中の様々な遺伝子に伝わり、その結果、たくさんのサイトカインが放出されます。

リポ多糖を投与してマウスが死ぬのは、マクロファージなどで過剰に作られたサイトカインが全身を駆け巡ることによって免疫反応が暴走し、それによってショック死するという訳です。

 

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さて、MyD88のKOマウスがリポ多糖で死なないということは、マクロファージがリポ多糖と反応することによって、MyD88に情報を伝えている仕組みがあるということが考えられます。

MyD88が破壊されたKOマウスでは、マクロファージがリポ多糖に反応しても、情報は破壊されたMyD88のところで遮断され、細胞核まで届きません。

ですから、過剰なサイトカインの産生も起こらないし、ショック死もしないのだと。

審良先生らは、マクロファージの表面にリポ多糖と結合するタンパク質があるという仮説を立て、このタンパク質を探索しました。

その結果、見つかったのが、ショウジョウバエトール受容体と呼ばれるものによく似たタンパク質だったのです。

それは20世紀も末の、1998年のことでした。

 

3.カビまみれになって死ぬハエ!

 

それより2年前の1996年、フランスのジュール・ホフマン博士(2011年、ノーベル生理学・医学賞受賞)は、体がカビだらけになって死んでしまうショウジョウバエの変異体を見つけました。(下写真)

ハエにだって自然免疫が備わっており、通常はこんなカビで死んだりはしません。

 

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考えられることは、このハエには、遺伝子のどこかに異常があるはずだということです。。

果たして、自然免疫しか持たないショウジョウバエに、病原体であるカビを認識する受容体のあることが分かったのです。

この受容体は、トール受容体(Toll receptor)と呼ばれます。(ウィキによると「Toll」とはドイツ語で「規格外れ」という意味だとか)

 

自然免疫の細胞は、何でもかんでも異物をただ喰らうだけの「掃除屋さん」。少なくとも当時はそう考えられていました。

ところが、ショウジョウバエトール受容体の発見は、自然免疫が特定の病原体を認識する能力を持っていることを示すものです。

そうすると当然、マウスやヒトなどの哺乳類の自然免疫の細胞にも同様の受容体があるのではないかと考えられます。

 

世界中で哺乳類のトール受容体の探索研究が始まりました。

果たして、このレースの勝者は一体誰になるのか?

ノーベル賞級の大発見になることは疑いようがありません。

みんな、目の色が変わります。

 

4.ノーベル賞を逃した男から、研究者が選んだ「研究者の中の研究者」へ

 

審良先生が、リポ多糖の受容体としてマウスのマクロファージで発見したタンパク質は、ショウジョウバエトール受容体によく似たトール様受容体(TLR)」でした。

審良先生は当初、別にマウスのトール受容体を見つけようとしていた訳ではなかったようです。

リポ多糖を打っても死なないマウスの発見は、全くの偶然だったと言います。

この予想外の結果を見逃さず、そこからより重要な真理を見つけ出す能力(これをserendipityと言い、優れた研究者は、皆これを備えています)。

これがあったからこそのTLRの発見でした。

 

審良先生ご自身、この話題に触れられるのは好まれないかもしれません。

恐らく、あちこちで言われ続けて、感想を求められたりして、ウンザリされているのではと思います。

でも、あえて書きたいと思います。

 

審良先生は、この20世紀最後の大発見について、Natureに論文投稿しようとしていました。

出来るだけいい論文にしたくって、英語の文章とかを念入りに推敲したために時間がかかってしまったそうです。

そして、いよいよ今日投稿しようと思っていた1998年12月のある日、ボイトラーのTLR発見の論文がScienceに掲載されたのです。

審良先生は「一番」を逃しました。

 

ショウジョウバエトール受容体を発見したホフマン博士と、最初にマウスTLRの発見を報告したボイトラー博士は、2011年にノーベル賞を受賞しました。

最初の報告者の功績を重視した結果ですね。

 

科学という、競争世界の厳しい一面です。

仕分けだとか、仕置きだとかで、「2位じゃダメなんでしょうか?」というマヌケな質問をしたアホな政治家がいましたが、実に一番と二番とではこれだけ違うのですよ!

特許でも、一番以外は全てドベ(関西弁で最下位のこと)と同じで、もたらされる商業的利益は大違いです。

 

でも、ボイトラーのTLR発見の後、10数種類もあるマウスのTLRの大半のなぞを解いたのは審良先生であり、そのために「下等」だとか「原始的」だとかと蔑まされて来た自然免疫の重要性が見直され、免疫学の教科書が大幅に書き換えられることになったのです。

ノーベル賞は逃したものの、審良先生の免疫学の発展に対する貢献は、「世界で最も多く論文が引用された研究者」という、誰もが認めざるを得ない形となって称賛されました。

 

次回は、TLRがどのようにして病原体をいち早く察知し、獲得免疫を含めた免疫系全体に寄与しているのか、その仕組みについて具体的に見ていくことで、TLRの大切さを理解したいと思います。

 

 

今回も最後までお読み頂き、ありがとう御座います。

 

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是非、お読みになったご意見やご感想、お叱りをコメントでお寄せ下さい。

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062【免疫チェックポイント阻害剤が効かない訳が解ってきたって?】トール様受容体の大切さ(その1)

 

本ブログ【021】にて、第4のがん療法と目される、がん免疫療法の薬「免疫チェックポイント阻害剤」のお話をしました。

なにしろ、既存の治療法に見放された末期のメラノーマ(悪性黒色腫)患者の何割かが延命するのですから、凄い薬だということでした。

そして、これこそ本来私たちが持つ免疫力の凄さなのだということでした。

takyamamoto.hatenablog.com

 

一方、本ブログ【048】では、免疫チェックポイント阻害剤が効かない患者、効きにくいがん種というのが存在し、そのような人や、そのようなガンに効かない理由が、まだあまり解っていないのだということでした。

takyamamoto.hatenablog.com

 

ところが、極々最近(5月末)に、免疫チェックポイント阻害剤によって、がん細胞が免疫細胞にブレーキをかけているのを解除するだけでは、免疫力本来のパワーを引き出すには不十分なことを示す論文が、北大から発表されました。

http://www.cell.com/cell-reports/fulltext/S2211-1247(17)30640-X?_returnURL=http://linkinghub.elsevier.com/retrieve/pii/S221112471730640X?showall=true

 

私はしばしば、「免疫チェックポイント阻害剤が、私たちが持つ免疫本来の力を引き出す」と言いましたが、この論文によって、この薬だけでは、本来の免疫力を十分には引き出せていないことが示されたのです。

 

この論文では、がんのマウスに免疫チェックポイント阻害剤を投与すると同時に、自然免疫を賦活化する成分を投与しています。

このような、免疫賦活能を持つものをアジュバントと言います。

 

皆さん、予防接種(ワクチン)を打ったことがありますよね。

多くのワクチン接種の目的は、特定の病原体に対する抗体を作らせることですが、ただ抗原を注射しただけでは抗体なんて簡単にはできないものなのです。

ではどうするかというと、免疫を上げる成分をいっしょに打つことで免疫系を敏感にし、それによって抗体ができやすくすることができます。

古くから、抗原といっしょに結核菌の死菌体や鉱物油を打つことで免疫ができやすくなることが知られており、今では効果の高いアジュバントが開発され、ワクチンに利用されています。

 

さて、今回の論文では、免疫チェックポイント阻害剤といっしょに、免疫を賦活化するアジュバントをいっしょに投与しています。

これは、北大が独自に開発した新しいアジュバントです。

 

さて、このアジュバント。どうやって免疫を賦活化するのかというと、自然免疫の細胞で、異物を食べて、その情報をヘルパーT細胞に教える役割をもつ「樹状細胞」を活性化します。

樹状細胞については【019】でお話しています。

takyamamoto.hatenablog.com

 

樹状細胞が活性化すると、ヘルパーT細胞を活性化し、ヘルパーT細胞が活性化すると、がん細胞を殺傷するキラーT細胞が活性化します。

しかし、多くのがんでは、がん細胞がヘルパーT細胞にブレーキをかけているため、樹状細胞がヘルパーT細胞を活性化しにくい状況になっています。

つまり、がん細胞が自ら、自身にとってパラダイスの環境を作り出し、この世の春を謳歌している訳です。

 

さて、そこに免疫チェックポイント阻害剤に加え、アジュバントを同時に投与すると、パワーアップした樹状細胞により、ヘルパーT細胞の活性化がずっと起こりやすくなります。

こういう訳で、免疫チェックポイント阻害剤とアジュバントのダブル効果で、がん細胞をやっつけるキラーT細胞が最大パワーを発揮できるという理屈ですね。

 

さて、このアジュバントが樹状細胞を活性化する仕組みですが、まず、アジュバントが樹状細胞の中に在る、ある種のタンパク質に結合するところから始まります。

このタンパク質はトール様受容体(Toll-like receptor; TLR)」と呼ばれます。

 

制御性T細胞を発見した坂口志文先生曰く、「現代免疫学の3大本流は『樹状細胞』と『トール様受容体』と『制御性T細胞』である!」

私は、本ブログにて制御性T細胞については、さんざん触れ回ってきました。

樹状細胞についても少しだけ触れました。

ところが、トール様受容体については全く話していませんでしたね。

 

米国のブルース・ボイトラー博士は、2011年にトール様受容体発見の業績によりノーベル生理学・医学賞を受賞しました。

しかし、トール様受容体の研究に関しては、日本がブッチギリで世界の先頭を走ってきました。

その世界的第一人者が大阪大学教授の審良(「アキラ」と読みます)静男先生です。

 

「審良静男」の画像検索結果

審良静男 大阪大学免疫フロンティア研究センター教授

 

審良先生は、単にトール様受容体研究の第一人者というだけでなく、世界で最も多く論文が引用された研究者(つまり、研究者からもっとも評価された「研究者の中の研究者」)No.1にランクされた、免疫学研究の「世界王者」なのです。

審良静男 - Wikipedia

 

今まで、これだけ免疫の話をしながら、審良先生の話を全くしなかったとは如何なることかっ!!とお叱りを受けても致し方ない(笑)

 

今後、免疫チェックポイント阻害剤の問題の解決にトール様受容体が重要なカギを握っていることが明らかにされるとなると、益々、審良先生の業績が高く評価されることになりそうです。

 

次回以降、トール様受容体発見の物語と、引き続き、トール様受容体が免疫系にとって如何に重要な存在であるのかについてお話します。

 

 

今回も最後までお読み頂き、ありがとう御座います。

 

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イベントのお知らせ【8月6日(日)免疫ふしぎ未来2017(お台場)】

日本免疫学会が、毎年夏にこんなイベントやってます。

学会主催と言っても、ちっとも堅っ苦しくなく、細胞からDNAを取り出す実験体験とか、実際にiPS細胞から作られた心筋細胞がシャーレの中で拍動する様子を観察したり、パネル展示や紙芝居で免疫についてやさしく勉強出来たりします。

 

学会と国(文科省)が「一般の方々に、もっと広く免疫について馴染んでもらいたい」という目的で行うイベントですね。

これは、ななナイスです。

スッゴクお薦めです!!

下のサイトでポスターのご確認を!

http://www.jsi-men-eki.org/general/mirai/menekifushigimirai2017.pdf

 

研究者のお話しコーナーでは、なな、なんと、制御性T細胞の発見者であり、学会理事長である坂口志文先生が開会のご挨拶と、先頭打者として、ご自身発見の制御性T細胞についてお話してくれます。

制御性T細胞の話を触れまわっているこの身からすれば、志文先生は私のアイドルですから、是非お会いしに行きたいと思います。

 

場所は東京お台場の「日本化学未来館です。

最寄りは、ゆりかもめの「船の科学館駅」か「テレコムセンター駅」ですね。

もちろん入場無料ですよ。

 

会場で皆さんにお会いできるのを楽しみにしています(*^^)v

見かけたら、「読んでるよ」と声をかけて下さい。猿回しのサルみたく喜びますから(笑)

 

 

今回も最後までお読み下さり、ありがとう御座います。

 

 

061の補足【免疫現象についての最古の記録!】

前回の【061】にて、人類が免疫現象を認識した最古の記録について触れ、詳しくは「こちらをご覧下さい」と、リンクを張りました。

このリンク、PCからはちゃんと見られるのですが、どうやらスマホからだと文字化けするようです。

でも、とても勉強になるいい文章なので、今回、コピペして補足とさせて頂きます。

 

そんな訳ですので、コピペしますこと、権利関係者の方々には、何卒ご容赦の程お願い致します。

 

この文章は、広島大学医学部の菅野雅元先生という方が書かれたもので、免疫現象に関する最古の記録に加えて、なぜ「Immunity(免疫)」というのか、その言葉の由来についてもお話されています。

そして最後には、【061】にて私が申し上げたかったこと、「一般に、免疫について誤解されている」と締めくくられています。

 

では、どうぞ。

 

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文 ・菅野 雅元

 

人類が認識した「免疫」の歴史


 一体、免疫という現象を、いつごろから人間は気がついていたのでしょうか。

少なくとも、紀元前五世紀のギリシャカルタゴの戦争の記述に、今でいう「免疫」ということが「二度なし」という言葉で書かれています。


 その当時カルタゴ軍がギリシャ植民地を次々と攻略していたが、特にシチリア島シラクサの攻防戦は二度にわたるものでありました。

はじめのカルタゴ軍とシラクサ防衛軍との戦いは熾烈をきわめたが、ペストが発生し、両軍とも大きなダメージを受けて、カルタゴ軍は撤退しました。

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 それから八年後、カルタゴは再びシラクサを攻撃してきました。

しかし、再び戦線にペストが流行したのです。このとき八年前のペストを経験し、生き残っていたシラクサ防衛軍はペストに対しほとんど無傷であったが、新しく部隊を編成したペストの経験のないカルタゴ軍は、八年前と同様大被害を被り敗退したのでした。


 このペスト流行の時期(紀元前五百年)はトゥキュディデス(ツキジデス)の「戦記」に記載されています。

この事実は十九世紀末の微生物学ルイ・パスツールによって「二度なし(non reidive)現象」として再発見されています。これが、いまのところ人類最初の「二度なし」の記述です。

 

 さらに時代は進んで、中世(例えば一三四〇年代後半)にもまたペストの大流行がヨーロッパを襲うことになります。

その当時のことが描かれている絵画の代表作の一つがピーター・ブリューゲルの「死の勝利」です。


 当時の教会にはヨハネ騎士団のように医療に従事し、慈善活動を行うキリスト教騎士団が病人の介護に活躍していたが、これらの人々の多くもペストの犠牲になったことは言うまでもありません。

しかし、その中で奇跡的に助かった僧侶やキリスト教騎士たちは、それ以後いくらペスト患者と接触しても二度とこの病に倒れることがなかったのです。


 これこそ神のご加護であると彼らが信じたのも無理からぬことでした。

この「神のご加護」を得た者に対してローマ法王が課役や課税を免除したことから im-munitas・(免除){つまり法王の課税(munitas)を免がれる(im-)という意味}という単語が用いられ、それが今日のImmunity(免疫)という言葉の語源になっています。


 しかし、この奇跡が神の力によるものではなく、生体の持つ免疫反応によるものであることが証明されるまでには、それから四百~六百年間待たなければなりません。

このような歴史的事実を踏まえれば、免疫系が、外敵から個体を守るための生体防御機構である、と一般に理解されていることも無理からぬことです。

 

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061【免疫についての最大の誤解】「異物の排除だけが免疫ではない!」

目次:

1.人類が「免疫現象」に初めて気が付いたのは?

2.抗体の種類とIgA抗体の働き

3.菌を取り込むIgA抗体

4.「免疫」って名称、変えちゃって下さい(笑)

 

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本ブログでも、しばしば、「自己と非自己を認識し、非自己(異物)を排除するのが免疫の基本」と書いてきたと思います。

今さら白状するのですが、実は、この説明は正確ではありません。

「自己と非自己を認識する」というのが「基本」であることは間違いありませんが、「異物を排除するのが免疫」というのが、必ずしも正しくないのです。

 

1.人類が「免疫現象」に初めて気が付いたのは?

 

日本語で「免疫」とは、「疫を免れる」と書きます。「疫」とは疫病、すなわち感染症のことです。

感染症に対抗する仕組み、それが古い免疫の概念でした。

 

人類が免疫現象の存在について認識したことについて記録に残っている最古のものと言えば、紀元前5世紀のギリシアカルタゴ戦争についての戦記だそうです。

詳しくは、以下のサイトをご参照ください。

http://home.hiroshima-u.ac.jp/forum/30-3/hirakareta.html

 

ある疫病に一度かかれば二度とかからない「二度なし現象」、これが免疫の最初の概念です。

よく「免疫ができた」とか「抗体ができた」と言います。

抗体というと、病原体などと闘う「武器」のイメージですね。

ところがこの抗体、異物を排除するばかりでなく、むしろ、積極的に異物を取り込み、攻撃するどころか守る働きのあることが分かってきました。

 

2.抗体の種類とIgA抗体の働き

 

一口に抗体と言っても、何種類かあります。

いわゆる病原体と闘い、排除する抗体は「IgG(アイジージー)」という種類の抗体です。

予防接種の多くは、このIgGを作らせるのが目的です。

他にIgEという種類の抗体があり、本来は寄生虫の感染防御に働く抗体ですが、寄生虫のいなくなった現代の環境では、このIgEの異常な産生が原因となって、アレルギー性疾患を引き起こします。

それから、粘膜の生体防御に関わっているIgAという抗体があります。

 

私たちの体が外部の環境と接する部分というと、皮膚か粘膜です。

皮膚組織というのは、何層もの構造からなり、物理的に異物をシャットアウトする強い「バリア機能」を有しています。

それに対して、粘膜は非常に脆弱で、免疫系の働きがなければ異物の侵入を防ぎきれません。

因みに、口の中とか胃や腸の消化管の中、鼻や気管支や肺の中とかが粘膜です。

 

意外かもしれませんが、消化管の中というのは「体の内部」ではなく、「体外」なのです。

消化管の中には食物といっしょに、たくさんの種類の異物が入ってきます。

この異物を取捨選択し、体に必要な栄養素は吸収し、有害なものは取り込まず、排泄しなければなりません。

その取捨選択に一役買っているのが免疫であり、IgA抗体なのです。

 

このように、「IgA抗体は粘膜の生体防御に重要な働きをする」というのが、私たちが若い頃に習った常識でした。

しかし、このIgA抗体。異物を排除するのとは全く逆の働きを同時に持っていることが分かってきました。

 

3.菌を取り込むIgA抗体

 

私たちの大切な腸内細菌叢というのは、子供のころに決まってしまい、大人になってからこれを変えようとしても変わるものではありません。

腸内環境を整えるために、乳酸菌飲料やヨーグルトを摂るのは、確かに効果はありますが、それは一時的なものであり、良い菌が貴方の腸内に定着して、腸内フローラが変わるというものではありません。

これは、免疫の働きによるものです。

子供の間に出来上がった貴方の免疫系は、一度要らないものと決めたのならば、いくら体にいい菌でも絶対に取り入れてくれません。

それが免疫というものです。

この腸内における菌の取捨選択に重要な働きをしているのがIgA抗体です。

 

2014年、理化学研究所のグループは、腸内における菌の取捨選択にIgA抗体が重要な役割を担っていることを発表しました。

腸内細菌叢と免疫系との間に新たな双方向制御機構を発見 | 60秒でわかるプレスリリース | 理化学研究所

 

なんとIgAは、抗体らしく、要らない菌を排除に働く一方で、必要な菌に結合することで、その菌を守り、腸管表面の粘膜層に定着させる働きのあることが分かったのです。

腸管内壁の粘膜層というのは、ネバネバした粘液で覆われており、これによって余計な菌の侵入を防いでいます。

この粘液層に菌を取り込むのに働くのがIgA抗体です。

 

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2015年2月NHK放送「腸内フローラ 解明!驚異の細菌パワー」より

 

上の写真で青く光っているのが菌表面にくっついたIgA抗体です。

IgA抗体がくっついた菌は、積極的に腸管内壁の粘液層に取り込まれ、庇護されることが分かったのです。

 

4.「免疫」って名称、変えちゃって下さい(笑)

 

免疫系は異物を排除するだけでなく、好ましい菌を取り込んで定着させます。

その他にも免疫系は、怪我の修復に中心的な役割を果たし、今この瞬間にも体中の様々な場所で行われている組織の「破壊と再生」にも働いています。

つまり、免疫系は、ただ単に外敵から身を守るだけの「生体防御システム」ではなく、本ブログ【043】でお話したように、私たちが健康を保つために重要な「恒常性」を維持するために、神経系と内分泌系と連携して、非常にダイナミックな働きをしているのです。

takyamamoto.hatenablog.com

 

2017年5月29日の本ブログで、「本来、細胞増殖の制御に重要な働きをしている遺伝子に、『がん原遺伝子』という、がん化を強く示唆する名前が付けられたことはおかしい」と言いました。

takyamamoto.hatenablog.com

 

それと同じように、免疫系が「疫を免れる」という意味の名称で呼び続けられていることは、21世紀の現在になって考えてみると、適切だとは思われません。

私は、多くの人に誤解を与える、この「免疫」という名称は変えた方がいいと思うくらいなのですが、でも、長年使われてきて浸透した名称を、今さら変えることは出来ないのですね。

 

このように、「免疫」というのは、多くの人が考えている以上に、私たちの体にとって、この上なく重要な存在であるということを覚えておいて頂きたいのです。

そして、この免疫系をベストな状態に保つことを強く意識して、日々の生活に留意して頂きたいと思います。

 

 

今回も最後までお読み頂き、ありがとう御座います。

 

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号外【珍事!故人にノーベル賞授与??】樹状細胞発見のラルフ・スタインマン

医学の進歩は、ノーベル生理学・医学賞を受賞したような偉大な業績を抜きにはあり得ません。

私にとって、秋の同賞の発表は、毎年恒例の楽しみなイベントです。

 

ところで、どんなに偉大な業績を残したとしても、早く死んでしまってはノーベル賞が授与されないことをご存知の方も多いでしょう。

しかし、近年において、故人にノーベル賞が贈られるという珍事が起きたのです。

2011年のことです。

 

2011年10月3日、同年のノーベル生理学・医学賞は、現代免疫学に飛躍的な進歩をもたらした3人に贈られることが発表されました。

現代免疫学の三大本流と言われる「樹状細胞」、「トール様受容体」、「制御性T細胞」ですが、トール様受容体を発見した米国のブルース・ボイトラー博士、ボイトラーのトール様受容体発見に道筋をつけたフランスのジュール・ホフマン博士、そして樹状細胞を発見したカナダのラルフ・スタインマン博士の3人です。

 

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Dr. Ralph M. Steinman, The Nobel Prize winner, 2011.

 

ところが、この発表のすぐ後、スタインマンの家族が、彼が既に亡くなっていることを公表したのです。

なんとノーベル生理学・医学賞受賞者発表のわずか3日前、9月30日のことです。

そりゃあ、ご家族も、悲しみも癒えない中でビックリ仰天したでしょうね。

悲しみの中での喜び? 喜んでいいのやらどうなのやら?

 

ここでまた仰天して慌てたのがノーベル財団と同賞の選考委員会であるカロリンスカ研究所です。

「ええ〜〜っ!?」ってなもんです。

なにしろ前例のない事態なのですから。

協議の結果、発表前の死亡ではあるが、受賞決定後のことであったとして、授与を撤回することはなく、スタインマンはめでたく受賞となったのです。

 

スタインマンの死因はすい臓がんです。

すい臓がんは、発見されたときにはかなり進行していることが多く、予後は概して良くありません。

スタインマンのすい臓がんは、2007年に診断されました。

自身発見の樹状細胞を活性化する「免疫療法」を施しながらの闘病だったそうですが、すい臓がんで4年も生き永らえたとは驚きです。

やはりこれも、我われが持つ本来の免疫力のなせる業なのでしょうか?

 

ノーベル賞を狙っている若い方。

業績は若いうちにあげておく方がいいですよ。

がんウイルスを発見したラウスみたいに、研究成果の発表から55年もかかった例もありますから。。。

takyamamoto.hatenablog.com

 

もし、歳とってからの業績であれば、本ブログを参考にして、健康にはくれぐれも留意して下さいね(笑)

 

近年で受賞が早かったと言えば、ヒトのiPS細胞の樹立からわずか5年で生理学・医学賞を受賞した山中伸弥先生の例があります。

一方で、開発成功の当初から「ノーベル賞確実」とか、「日本で最もノーベル賞に近い男」などとの下馬評が高かったのにも関わらず、受賞に20年以上もかかった例があります。

1980年代に、「今世紀(20世紀)中の実用化は不可能」とまで言われた青色発光ダイオードでしたが、1986年か87年頃だったでしょうか? 確信はないのですが、とにかくその頃に、何の予備知識もないゼロの状態から開発に着手し、1990年代初頭には早くも実用化を果たした中村修二さんなんかは、2014年にやっとこさ物理学賞を受賞されました。

前年の2013年には、本人も「もう無理かもしれない」と漏らしていたそうです。

まぁ、あの方の場合は、世界中の注目を集めた元の会社との訴訟とか、色々お騒がせがありましたから、そんなことも影響したのかもしれません。

 

という訳で皆さん、「健康寿命」を延ばして、いつまでもお元気で。

そしたら、いいこともありますよ(笑)

 

 

今回も最後までお読み頂き、ありがとう御座います。

 

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是非、お読みになったご意見やご感想、お叱りをコメントでお寄せ下さい。

大変励みになります。

 

 

060【再生医療の切り札「iPS細胞」】山中伸弥先生自ら語る、医療応用に向けて(後編)

前回【059】の続きです。

 

目次:

1.iPS細胞の再生医療導入第1例目

2.自家移植療法の限界

3.iPS細胞による他家移植療法??

4.未来に向けてのさらなる可能性の探求

 

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1.iPS細胞の再生医療導入第1例目

 

iPS細胞の再生医療に向けての実用化研究は、日本が世界の先頭を走っています。

中でも、最も実用化に近いのは、神戸の理化学研究所高橋政代プロジェクトリーダー率いる、加齢黄斑変性への応用です。

眼の網膜の一番奥に、色素上皮細胞と言う黒い細胞が一層のシートを形成していますが、このシートが加齢によってゆがんだり破れたりして、視力が失われていくのが加齢黄斑変性で、患者は年々増加傾向にあります。

 

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 網膜色素上皮

 

高橋先生のチームは、患者さんの皮膚の細胞からiPS細胞を作り、そのiPS細胞から色素上皮細胞のシートを作りました。

 

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高橋政代 理化学研究所 多細胞システム形成研究センター 網膜再生医療研究開発プロジェクト プロジェクトリーダー

 

さて、そのシートを手術によって患者さんの痛んだ網膜部分と入れ替えました。

2年以上が経過した現在も視力を保ち、がん化など、心配された副作用もないとのことです。

これが、iPS細胞を実際に病気の治療に応用した、記念すべき第1例目です。

 

まだまだ、iPS細胞から心臓やすい臓などといった、複雑な構造を持つ「臓器」を作り出すことは出来ません。

しかし、一層の細胞の並びから成るシートなど、構造が単純なものは比較的作りやすく、加齢黄斑変性は最初のチャレンジに適した病気だったのでしょう。

 

現在、大阪大学が進めているのは、心筋のシートです。

シャーレの中で、細胞が同調して拍動する様には驚きを禁じ得ません。まるでマジックですね。

動画をご覧下さい。

www.dailymotion.com

 

さて、大成功に見える第1例目ですが、実際にiPS細胞を治療に応用してみて見えてきた大きな問題があります。

それは、「自家移植療法」の限界です。

 

2.自家移植療法の限界

 

私は、iPS細胞が出てきたときには、それはもう「画期的」だと思ったものです。

ビフォー・ヤマナカ時代には、再生医療の実現に最も近かったのはES細胞です。

しかし、受精卵から作製されるES細胞から作られた細胞や組織は、誰に移植したところで「異物」です。

つまり、ES細胞を利用した再生医療では、「他家移植」にならざるを得ないのですね。

ということは、拒絶反応の問題が常に付きまとう訳です。

 

しかし、iPS細胞なら、自分の細胞を元に作製された組織の移植、即ち「自家移植」が可能なのです。

これで拒絶反応の問題とは永久にオサラバです。

メデタシ、メデタシ。

 

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ところがどっこい、そうは問屋が卸しません。

最初から分かっていたことですが、患者の皮膚や血液の細胞からのiPS細胞の樹立、iPS細胞から所望の細胞に分化を誘導し、望みの組織の形態を形作り、そして、医療品レベルの厳しい品質検査を経ての手術。

これはもう、容易なことではありません。

一人の患者のために、どれだけの人間の労力と時間と財を費やさねばならないのか!?

それに、そんなことをしている間に半年、一年と経過し、患者の容体は悪化して手遅れなんて事態もあり得ます。

だいたい、iPS細胞に必要な培養液や試薬と言うのはものすごく高価なのです。

加えて、腕のいい培養技術者が必要です。

カネはあるところにはあるでしょう。でも、人はそう簡単には育ちません。

これは普遍的な医療技術とするには、極めて非現実的です。

実際にやってみて、そのことが確実になりました。

 

ここで、山中先生らは、大きく方向転換をします。

 

3.iPS細胞による他家移植療法??

 

せっかくのiPS細胞なのに、「他家移植」??

それっじゃあ、他人の細胞を移植するES細胞とおんなじじゃん。意味ないじゃん!

いやいや、おんなじじゃぁありません。全然違います。

他家移植とは言え、iPS細胞を用いた場合は、ある程度HLAを適合させることが可能なのです。

ES細胞では、こうはいきません。

 

他家移植においては、拒絶反応を抑えるため、白血球の型(山中先生は「免疫の型」と表現されます)であるHLAをできる限り一致させることが望ましいです。

(HLAについては、過去ブログ【025】をお読み下さい)

takyamamoto.hatenablog.com

 

HLAの型は、計算上は何百億通りもあります。これを完全一致させて、他人から移植するのは、実質的に不可能です。

その何百億通りもあるHLAですが、大きなグループに分けることができます。

その同じグループに該当する人同士の移植なら、比較的うまくいきます。

たとえ話でご説明しましょう。

 

日本人の苗字っていくつあるのか知りませんが、「佐藤」さんや「鈴木」さんのように多い苗字もあれば、「御手洗」(みたらい)さんや「一口」(いもあらい)さんみたいな珍しいのもあります。

そして、こう考えて下さい。同じ苗字の人の間では、他家移植が上手くいくと。

同じHLAのグループに属する人を、同じ苗字の人に例えているのです。

鈴木さん同士なら、下の名前はイチローさんとか二郎さんとか、細かいところは違っても、移植が上手くいくことが多いという訳ですね。

こんな例えで分かるでしょうか? 不安だなぁ~。

 

通常の骨髄移植や臓器移植でも、HLAの細かい部分の不一致には目をつむって、大きなグループ分けで、同じグループに該当するドナー(提供者)とレシピエント(受け手)の組合せを選んで行われることが多い訳です。

そこで、iPS細胞の他家移植療法を実現する上で考えられた方法が、まず日本人に多い型、たとえば全国の佐藤さんと鈴木さんに適合するiPS細胞を樹立して、ストックしておこうというものです。

 

患者本人の細胞を用いたiPS細胞の自家移植は、いわば「オーダーメイド」です。

一人ひとりに合わせて個別の処置をしなければなりません。大変な手間です。

しかし、iPS細胞の他家移植療法では、できるだけ多くの人に適合する「レディメイド」の細胞ストックをあらかじめ凍結保存しておき、適合する患者が現れたら、凍結細胞を融かして培養し、分化誘導すれば、治療に使用できる訳です。

 

4.未来に向けてのさらなる可能性の探求

 

山中先生らは、細胞の提供者のHLAの型が登録されている骨髄バンクや臍帯血バンクの協力を得て、既に、日本人で一番目と二番目に多いHLAグループのiPS細胞を樹立、外部への提供を開始しており、これによって日本人の約24%、約三千万人がカバーできると言います。

提供先は各大学や研究機関、民間企業等であり、様々な病気に対するiPS細胞の臨床応用や医薬品開発、難病の原因解明などへの研究が広がりを見せています。

 

全国三千万人の佐藤さんと鈴木さん(あくまでも例え話ですよ、例え話)に使用可能な細胞ストックはできました。

次には、田中さん、山本さん、加藤さんと広げていけばいい訳です。

でも、御手洗さんや一口さんなど、非常に珍しいHLAを持つ患者への対応はどうなるのかという問題はあります。

そういう人に対しては、第1例目の患者さんのように、オーダーメイドで個別対応するしかないのでしょうか?

そうなると、医療費の制度の改革も必要になってくるかもしれません。

 

 

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 京都大学iPS研究所

 

山中先生によると、現在、iPS研究所では、70名程度で細胞ストックの作製を行い、総勢500名以上のスタッフで再生医療の他、創薬、さらには未来に向け、iPS細胞の新たな可能性を探る研究が行われているとのことです。

 

果たして、私が爺さんになるころには、医療は様変わりしているのでしょうか?

今から歳とるのが楽しみです(笑)

 

 

今回も最後までお読み頂き、ありがとう御座います。

 

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059【再生医療の切り札「iPS細胞」】山中伸弥先生自ら語る、医療への応用に向けて(前編)

皆さんよくご存じの、iPS細胞の開発で2012年のノーベル生理学・医学賞を受賞された京都大学教授・iPS細胞研究所所長の山中伸弥先生。

本年の2月に、一般市民向けの再生医療公開シンポジウムに参加し、iPS細胞を用いた再生医療の実現に向けた現状について、山中先生ご自身がお話されるのを聴く機会がありましたので、今回は、山中先生のお話をかいつまんで、分かりやすくお伝えしたいと思います。

その前に今回の前編では、iPS細胞について理解するために、予備知識としてどうしても必要なES細胞のことと、そして、iPS細胞とはどういうものか、さらに、山中先生がiPS細胞の作製が可能だと確信を持った経緯についてお話します。

 

目次:

1.ES細胞とは ~ビフォー・ヤマナカ時代の再生医療の試み~

2.山中先生の苦闘

3.山中先生の信念

次回予告:山中先生自身が語るiPS細胞の医療への応用の取り組み

 

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1.ES細胞とは ~ビフォー・ヤマナカ時代の再生医療の試み~

 

例えば、骨髄から出て間もない未熟な(未分化な)血液細胞の赤ちゃんは、これから赤血球、白血球、血小板と、どんな種類の血液細胞にもなり得ます。

ところが、心臓の筋肉である心筋の細胞や脳神経の細胞なんかは高度に分化しきった細胞で、今さら他の細胞に変身(分化)することは出来ません。

このように、一旦ある種の細胞に分化が進んでしまった細胞は、後戻りして、別の種類の細胞になることは出来ないのです。

 

これからどんな細胞にでもなり得る「多能性」を持つものと言うと「受精卵」です。

精子卵子とが受精してできた、たった1個の受精卵から、様々なタイプの細胞に分化し、全ての組織や臓器を形作り、人間の形と組織や臓器の機能を形成して私たちは生まれてくるのです。

 

この受精卵の万能的な能力を何とか医療に利用できないものか。

目の網膜の損傷で失明する病気、パーキンソン病のように神経が変性して運動機能が損なわれる病気。

このような病気に、正常な網膜組織や神経細胞を再生して移植できれば、このような難病も克服できるのではないか?

そういう多能性細胞から再生させた組織を用いた「再生医療」の基本的な治療概念は古くからありました。

 

最大の課題は、どんな細胞にでも変身(分化)できる能力を持つ受精卵ですが、これを際限なく培養できる技術を確立し、さらに、望みの通りの細胞に分化させる方法を見出さなければなりません。

この受精卵を基にして、人間の人工的な操作によって増殖と分化を制御可能とすることにより、再生医療に使えるような仮想の細胞はES細胞(embryonic stem cell;胚性幹細胞)と呼ばれました。

 

そして、ついに1981年、初めてマウスの受精卵を利用したES細胞の樹立が報告されました。

この後、マウスの様々な病気のモデルで、マウスES細胞を用いた再生医療の研究が進められ、ヒトへの応用に向けての手応えを得たのです。

しかし、ヒトのES細胞の樹立は困難を極め、なんと17年後の1998年にやっと実現されました。

 

ところが、ヒトのES細胞には(初めから分かっていたことではありますが)倫理的に大きな問題があります。

つまり、受精卵と言う、生まれたばかりの生命を破壊してしか作れないと言うことです。

極論を言うと、これは殺人ではないのか!?

当時、再生医療先進国であった米国では様々な議論を呼びました。

かの国は宗教上の問題もあり、妊娠中絶の是非についても激しい議論が展開されるお国柄です。

 

我国においてはどうか?

体外受精においては、試験管内で複数の卵子に対して精子を受精させますが、受精した複数の受精卵のうち、母体に戻すのはたった1個です。

つまり、その他の受精卵は一部凍結保存されたり、なかには廃棄されるものもあります。

我国では、この廃棄される運命の受精卵をES細胞樹立に使用することが認められているのですが、これってどうなのでしょうか?

 

そんな訳で、ES細胞を用いた再生医療の研究は、国際的な議論が展開されましたが、各国の足並みはそろわず、結論に至らず、実用化に向けた研究は思う様には進展せず、医療への実用化には程遠いのが現状です。

 

そんな中で、ついにiPS細胞の登場です。

 

2.山中先生の苦闘

 

「iPS細胞」というのは、「induced Pluripotent Stem cell」の略で、人工多能性幹細胞と訳されます。

多能性幹細胞とは、受精卵のように、これからどのような種類の細胞にも変身(分化)し、様々な組織、臓器を形作っていく能力を有する、文字通り「多能性」を備えた細胞です。

 

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ヒトのiPS細胞

 

ちなみに、IPS細胞ではなく、「i」の字が小文字になっているのは、当時爆発的に売れていたアップル社のiPodのように、世界中に広まって欲しいとの想いから、山中先生ご自身が、敢えて「i」の文字を小文字にして名付けたそうです。

それ以上の深い意味はないとのことで、山中先生の遊び心を感じるところですね。

 

さて、iPS細胞は皮膚や血液など、理論的には分化したどんな細胞からでも作製が可能です。

かつては、分化した細胞が未分化な細胞に逆戻りし、そこから別の細胞に分化するなんて事はあり得ないと考えられていました。生物学の常識中の常識です。

山中先生だって、そのことは認めていたと思います。

しかし、山中先生は、逆戻りとまったく別のことを考えていたのです。

それは、「逆戻り」ではなく「初期化(リセット)」です。

 

皮膚や血液の細胞が、前の未分化の細胞の状態に逆戻りすることはありません。

しかし例外があるのです。

それは、卵子精子生殖細胞です。

ヒトの細胞は、年齢とともに老いていき、細胞の機能は低下し、そのために様々な不都合が生じて、その結果として病気になったりします。

しかし、そのような歳とった両親の精子卵子であっても、受精すれば見事に若返って元気な赤ちゃんが生まれてくるわけではありませんか!

卵子精子だって、分化した細胞にも関わらずです。

これは一体どういうことなのか!?

受精後に何か大きな変化が起きていることは間違いありません。

それを起こすものは何なのか?

 

この受精卵の若返り現象は、分化の「逆戻り」というよりは、「初期化(リセット)」と考えられます。

分化した生殖細胞一気にデフォルト状態に「リセット」されるのです。

受精卵が分化した細胞の状態からリセットされているのであれば、そのリセットを行う仕組みが働いているはずです。

そのリセットを行うのは、何らかの遺伝子の働きによるものだとしか考えられません。

いや、どう考えても他にはあり得ません。

今から思えばですが、山中先生のこの考え方は、非常に合理的です。

 

ところが当時は、どこに行っても、誰に話をしても、決まって言われるのは「そんなことができる訳がない」でした。

信念を貫くために研究費集めに奔走しましたが、本当に苦労されたと言います。

とにかく、こんなSFまがいの研究には、ほとんどの人が研究費を付けてくれなかったのです。

 

ほとんどの研究には流れがあります。

しかし、過去ブログ【054】でお話した、坂口志文先生の制御性T細胞探索の研究は、誰からも注目されない、いわば当時の免疫学研究の流れから外れたものでした。

takyamamoto.hatenablog.com

 

山中先生と同様、当時の志文先生も研究費集めに苦労されました。

ところが今や、制御性T細胞は現代免疫学の「本流」となり、世界中の多くの研究者が制御性T細胞の研究に集まって来ています。

なぜなら、このような本流にのった研究をした方が、研究費の獲得も容易だし、結果も出やすい、つまり論文もたくさん書けるし、それによって自分の研究者としての業績も上がる訳です。

山中先生が訴えたiPS細胞も、志文先生の制御性T細胞と同様、当時の如何なる研究の流れにものらないもので、事実、ほとんどの人から支持が得られなかったのです。

 

山中先生は、何度となくくじけそうになったと言いますが、そんなある時、当時、世界最高峰の大学のひとつであるマサチューセッツ工科大学教授であった利根川進先生(1987年、日本人初のノーベル生理学・医学賞受賞)の講演を聴き、講演終了後の質疑応答の時間に、勇気を振り絞って利根川教授に質問をぶつけました。

「研究者は研究の本流にのったテーマをやるべきなのでしょうか? 本流に乗らないテーマは、なかなか評価されず、研究費も付けてはもらえません。そのような研究はすべきではないのでしょうか?」

私はこの時の動画を観ましたが、質問に立った山中先生は、今とはまるで別人のようでした。自信は失せ、緊張し、恐る恐る利根川先生に話しかけるのでした。

そして利根川教授はこう答えました。「君に信じるものがあるのなら、信じることをやるべきだ」と。

尊敬する利根川教授にこう言われて、山中先生は決意を新たにしたと言います。

その山中先生がノーベル賞を受賞した後で、利根川先生はその時のことを思い出して、こう言いました。「『面白いことをいう若い奴がいるもんだなぁ』と思ってねぇ」と。

 

3.山中先生の信念

 

生殖細胞である卵子精子が受精した受精卵では、全ての老化と分化の状態が何らかの遺伝子の働きによってリセット(初期化)されるのではないか?

だから、そのリセットを行う遺伝子が存在するはずだ!

受精卵では自然に起こっているその生命現象を人工的に起こす。

ただそれだけのことなのだ! そのからくりが解れば、造作もないはず。

 

この信念に基づいて研究を重ね、ついに山中先生は、皮膚の細胞でも、血液の細胞でも、たった4つの遺伝子を導入し、その細胞の中で起動させることによって細胞の全ての状態がリセットできることを、ついに発見したのです。

この4つの遺伝子を皮膚細胞なり、血液細胞なりに導入すると、ES細胞に非常に良く似た状態にすることができ、ES細胞と同様、ほぼ無限に培養でき、様々な刺激によって様々な細胞に分化できる「多能性」を有することが分かったのです。

 

iPS細胞樹立を成功させた4つの遺伝子

これらは「ヤマナカ・ファクター」と呼ばれています。

 

次回予告:

山中先生は2006年にマウスのiPS細胞を樹立し、そして、翌2007年には早くもヒトのiPS細胞を樹立されました。

そして、わずか5年後の2012年にはノーベル生理学・医学賞を受賞されています。

この生理学・医学賞受賞の速さは、近年では異例のことです。

それだけ医療界に対してインパクトのある業績だと、高く評価されたのでしょう。当然のことではありますが。

ヒトのiPS細胞の樹立からちょうど10年の節目を迎えた今年、初めて生で山中先生のお話を聴けた訳ですが、次回は、山中先生のお話から、ご自身がけん引されている、iPS細胞の医療への応用の取り組みついて、たとえ話を交えて、出来るだけ解りやすくお話したいと思います。

 

 

今回も最後までお読み頂き、ありがとう御座います。

 

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058【食物アレルギーは食べさせて防げ!】ひとりでも多くのお母さん方に知って頂きたい正しい情報

目次:

1.日本小児アレルギー学会のガイドラインの変遷

2.医学的根拠

3.なかなか改まらない食物アレルギーに対する誤解

4.結論

 

今回はめずらしく、いつになく真剣にお話します。

これからお母さんになられる方や、すでに乳児をお持ちの方に、是非知って頂きたい大切なことをお伝えします。

お子さんを食物アレルギーにしないためにはどうすればいいのか、についての最新の正しい情報です。

 

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1.日本小児アレルギー学会のガイドラインの変遷

 

食物アレルギーを防ぎたかったら食べさせろって?

何言ってんの!? そんなことしてアナフィラキシーになったら、どう責任取ってくれるわけ!?

 

子供の食物アレルギーに対する予防法と治療法に関する考え方は、この10年ほどで大きく様変わりしました。

日本小児アレルギー学会は、5~6年おきに「食物アレルギー診療ガイドライン」を改訂しており、その変遷を見ると、考え方がガラリと変わっているのが分かります。

 

ずっと以前は、子供を食物アレルギーにしたくなければ、その食材を「完全に避ける」というのが一般常識だったようです。

例えば、子供で一番多い卵アレルギーにしたくなければ、離乳食の初期から卵を徹底的に排除した食事を与える訳です。

母親の方も、授乳中はもちろん、妊娠中から卵を避ける人もいたようです(今でもいるようですね)。

 

2005年のガイドラインでは、まだ、「食物を除去する必要はない」という考えと、「厳しく除去すべきだ」という真っ向意見とがあったようです。

しかし、2012年の改訂版では、「正確な原因食品の診断に基づいた必要最小限の除去食」という考え方に変わりました。

つまり、何でもかんでも避ければいい、と言うのではなく、症状が出たときに、原因食材をちゃんと突き止めた上で、除去は最小限に留めましょう、と言うことです。

でも、基本の考え方は「除去」です。

 

そして、2016年改訂版では、さらに、「原因食品を可能な限り摂取させるにはどのようにすればよいか」に様変わりしています。

 

つまり、昔は「アレルギーが怖かったら、最初から一切食べさせるな」でした。

それが、「原因食物に限って、最小限の除去をしなさい」に変わって、現在では、「アレルギーの原因食物ほど食べさせなさい」なのです。

大方向転換です!

 

昔は根拠もなく、原因食材は避けた方が良いと盲信されていたようです。

しかし、現在の「積極的に食べさせるべき」という考え方は、近年の医学的根拠に基づいたものです。

 

2.医学的根拠

 

以前から、「食べさせるべき」と考える専門家はいましたが、医学的な根拠はそう多くありませんでした。

転換期となったのは、ごく最近のこと。2015年に発表された英国のグループの研究結果です。

生後4~10カ月の子供に、週3回、ピーナッツのタンパク質2グラム(多くね?)を食べさせたグループと、まったく食べさせなかったグループとで、その後、ピーナッツアレルギーを発症した子供の割合を調べました。

果たして、アレルギーを発症した子供は、食べさせなかったグループでは17.2%であったのに対して、食べさせたグループでは3.2%と、劇的に少なかったのです。

この論文には、多くの小児アレルギーの専門医が注目しました。

 

2016年、東京の国立成育医療研究センター大矢幸弘アレルギー科医長らは、世界的に権威の高い英国の医学雑誌Lancetにおいて、以下のような報告をしています。

生後、アトピー性皮膚炎を起こし、食物アレルギーを起こす可能性の高い生後6ヶ月までの乳児121人を2つのグループに分けました。

ひとつのグループには、加熱した卵の粉末を、もう片方のグループには、見た目にはそっくりなカボチャの粉末を毎日50mg(ごく少量です)、3ヶ月後からは250mgに増やして与えました。

カボチャは偽薬(プラセボ)という訳です。

卵かカボチャか、赤ちゃんの保護者はもちろん、医師にもどっちがどっちか知らせていません。

これは、「二重盲検法」と言って、関係者の思い込みによる判断の偏りを排除するためで、精度の高い評価ができる手法です。

その結果、1歳になった時点で卵アレルギーを発症した割合は、卵を食べなかったグループが38%、一方、食べたグループではわずかに8%でした。

www.ncchd.go.jp

 

3.なかなか改まらない食物アレルギーに対する誤解

 

子どもの食物アレルギーを恐れて、離乳食開始時から卵を食べさせなかったり、妊娠時から卵を摂らなかったりする人が、まだいるようです。

赤ちゃんが卵アレルギーになると、「私が卵を食べたからだ」と自分を責めたりするようです。

12年も前、2005年のガイドラインで既に、妊娠中から特定の食物を避けることについて「推奨しない」と書かれているのにも関わらずです。

 

お母さん方、安心して食べましょう。

近年では、母親のせいどころか、赤ちゃんの食物アレルギーを防ぐためには、むしろ「妊娠時から食べる方がいい」との研究結果もあるくらいです。

pediatric-allergy.com

もちろん、まだ結論は出ていませんが、根拠のない説を盲信している人が多いことは悲しい限りです。

 

それから大事なことを一点。

食物アレルギーが心配で血液検査をしてもらったら、「卵にアレルギーがある」と言われて、その後一切、卵を食べさせないとか、ありがちだと思います。

気持ちは分かりますが、症状が出ていないのであれば、様子を見ながら少量を食べさせた方がいいです。

もちろん、症状が出たら、すぐに止めて、受診して下さい。

血液検査では、何の抗体が多いのかを調べるのですが、実際には、その食品を食べさせて体の反応をみる「食物経口負荷試験」の結果で、対応を検討すべきです。

「食べられるのなら、食べさせる」 これが基本です。

 

ところで話は変わりますが。。。

ビックリしました! 下のようなサイトがあります。

www.ikuchan.or.jp

なな、なんと、広島県が運営しているサイトなのですが、子供の食物アレルギーに悩むお母さんに対して、一般の人が、子供のアレルギーを避ける方法や治療法について、自分の経験からアドバイスしているのです。

もちろん、間違いだらけ。。。

正しいのもありますが、一般の人には、どのアドバイスが正しくて、どれが正しくないかなんて分りっこないっしょ!

地方自治体が誤った医学知識を市民に広げてなんとする!!(怒!)

 

4.結論

 

子供を卵アレルギーにさせないために、免疫が弱い生後1年までは卵を食べさせず、3歳や5歳になってから食べさせ始めた、なんていう人もいるようですが・・・

断言します。逆です!(チョー久しぶりの「断言」)

 

卵程度なら、年齢とともに食べられるようになることも多いです。

私も子供のとき卵アレルギーでしたが、ほんの数年のことです。どうってことありません。

(もちろん、卵でも重篤なアナフィラキシーの可能性はあります)

でもピーナッツや蕎麦など、死に至る可能性の高い食べ物で、逆をするのは大変な間違いです。

 

とにかく、赤ちゃんの免疫系が出来上がってしまう前が勝負です。

免疫系が未熟な間に色々なものを食べさせ、前にも話しましたが、色々な菌や毒素に触れさせることで、赤ちゃんの免疫系は健全に育っていくのです。

そうすることで、過剰な免疫反応を抑える制御性T細胞も育っていきます。

決して過度に清潔にしてはいけません。子供の免疫系を過保護にしてはいけません。

もう一度、過去ブログ【010】をお読み下さい。損はしませんから(笑)

takyamamoto.hatenablog.com

お分かり頂けると思いますが、極論を言うと、3歳や5歳になってからでは遅いのです。

 

免疫、特に獲得免疫は「慣れ」の現象です。

小さいうちに色々な食材、様々な異物に触れることで、危険な異物とそうでないものを見分ける能力を獲得します。

卵を避けて育った子供の免疫系は卵を知りません。

そこに突然、卵がやってくると、「なんだ、これは!?」となります。

どう適切に対処していいのか分かりません。

その結果、免疫系が大騒ぎした挙句、過剰に反応した結果がアレルギーです。

そうならないように、小さいうちから色々なものに慣れさせておくことが大切です。

 

もちろん、私が述べたようにすれば、100%食物アレルギーにならないという保証をするものではありません。

どうしたって食物アレルギーになる子はいます。

遺伝の影響もありますし。

 

私が申し上げたいのは、食物アレルギーの予防と、食物アレルギーになったときにどう対処するのかについて、昔と今とでは考え方が様変わりしているということです。

そして、大事な点は、その様変わりは、いくつもの医学的根拠に基づいたものであるということです。

 

このことを、できるだけ多くのお母さん方に知って頂きたいです。

 

結論:

  • 離乳食初期から色々なものをまんべんなく食べさせる
  • もし、アレルギーの症状が出た場合は、疑われる食材を一時的にやめる(原因食材を特定する)
  • 医師と相談しながら、少量ずつ食べさせ始める(「排除」はしない)
  • 場合によっては、専門医のもと、「経口免疫療法」を行う(アナフィラキシーには十分に注意)

 

う〜ん、今回は人の役に立つ、まともなことが言えたような気がするなぁ。

 

 

今回も最後までお読み頂き、ありがとう御座います。

 

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大変励みになります。

 

 

057【抗HIV薬の開発とHAART療法】HIV感染症(その3)

目次:

1.世界初の抗HIV薬の開発者は日本人!

2.どうやってウイルスの増殖を防ぐのか?

3.付きまとう副作用と薬剤耐性の問題

4.HAART(ハート)療法の登場

5.ちゃんと飲まないんだったら、飲まない方がまし

 

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1.世界初の抗HIV薬の開発者は日本人!

 

HIVに関する研究の進展の速さには凄まじいものがありました。

1981年に米国で複数のAIDS患者が発見され、1983年にはフランスのモンタニエらがHIVを発見、1985年には早くも最初の抗HIV「アジドチミジン(AZT)」が開発され、1987年3月に米国発売、同11月には日本発売となっています。

病気の原因究明から治療薬開発が行われ、こんなにも早く実際に医療現場に投入された例を他に知りません。

 

AZTは1960年代から既に抗がん剤として使われていた比較的古い薬です。

この薬に抗HIV作用があることを見出したのは、現・熊本大学教授の満屋裕明先生です。

満屋裕明 - Wikipedia

 

治療薬の開発は、動物での効果と安全性、ヒトでの効果と安全性についての膨大なデータ取得が必要で、ある病気に対する効果が期待される候補物質を見出してから、10年、15年とかかるのが普通です。

そんな調子では、HIVが世界中に蔓延してしまい、薬が開発されたころには手の打ちようがなくなってしまっていることでしょう。

延焼してから消火器を持ってきても手遅れです。

 

当時、米国立がん研究所の研究員だった満屋先生は、ゼロから新規に薬を開発していたのでは、この未曽有の危機に対応できないと考えられたのでしょう。

既存薬の中からHIVに対する効果のあるものを探索したようです。

既存薬なら安全性についてもデータが豊富にある訳で、審査・承認も早いはずです。

米国政府もそのつもりでした。

 

2.どうやってウイルスの増殖を防ぐのか?

 

さて、いったいどうやったらHIVをやっつけることができるでしょう?

HIVだけに効果を示して、人間には悪さをしない(副作用がない)、そんな薬であることが望ましいのは言うまでもありません。

 

皆さん、抗生物質はご存知ですね。

ヒトに影響を与えず、ある種の細菌の発育・増殖だけをストップさせることができます。

その理屈はと言うと、抗生物質には様々なタイプがありますが、例えば、細菌は「細胞壁」という堅い殻で覆われています。

人間の細胞には、薄い「細胞膜」があるだけで、こんな殻は被っていません。

ですから、細菌がこの細胞壁を作る仕組みだけを妨げるような薬であれば、細菌の増殖だけを止めることができます。

実際に、細胞壁合成に関わる酵素を阻害する抗生物質があります。

 

次にウイルスの話をしましょう。

本ブログ【036】で、ヘルペスウイルスには特効薬があるというお話をしました。

takyamamoto.hatenablog.com

 

ヘルペスウイルスはDNAウイルスですが、自身のDNAを合成するのに「チミジン・キナーゼ」と言う酵素が必須で、自分でチミジン・キナーゼ遺伝子を持っています。

人間は自身のDNA合成にチミジン・キナーゼなんて必要ありません。

ですから、チミジン・キナーゼの働きを邪魔すると、ウイルスには致命的ですが、人間はヘッチャラなのです。

代表的な抗ヘルペス薬に「アシクロヴィル」がありますが、副作用も少なく、よく効く非常にいい薬ですね。

 

満屋先生が見出したAZTは、アシクロヴィルに構造も考え方も良く似ています。

アシクロヴィルはヘルペスウイルスに特異的なチミジン・キナーゼを阻害する薬ですが、AZTはHIVに特異的な逆転写酵素を阻害します。

人間は逆転写なんかしませんから、逆転写酵素を阻害されたってヘッチャラだという訳です。

アシクロヴィルとAZTは、ウイルス特有の酵素を標的にしたDNA合成阻害剤と言う点で、原理もよく似ています。

このように、抗ウイルス薬として既に実績のある薬と同じ戦略を取ることが最も近道だと、満屋先生は考えられたのではないでしょうか。(私の推測です)

 

 

ヒトでもウイルスでも、DNAは「ヌクレオチド」とい物質を材料にして、ヒトならDNA合成酵素、レトロウイルスなら逆転写酵素の働きによって合成されます。

ヌクレオチドには「塩基」と言う物質が含まれていますが、この塩基にはグアニン(G)、アデニン(A)、チミン(T)、シトシン(C)の4種類があります。

したがって、ヌクレオチドにも4種類ある訳です。

DNA合成酵素や逆転写酵素が、この4種類のヌクレオチドを、次々と鎖状につなげていくことで、なが~~~いDNAが出来上がります。

 

図の①を見て下さい。

それぞれのヌクレオチドには、別のヌクレオチドと手をつなげられるように、ジグソーパズルのような凸と凹があります。(あくまでも例えです)

これによってヌクレオチドが、DNA合成酵素の働きによって、Gの次にA、その次にまたG、その次にC、と言う具合に、左から右へ次々と連結されていきます。

 

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ここにAZTがあるとどうなるか。

AZTは、チミン(T)の代わりにHIVの逆転写酵素に取り込まれやすい性質があります。

そして、ここがミソなのですが、AZTには凸はありますが、凹がありません。(オォッ!)

図の②を見て下さい。

Gの次にA、その次にG、その次にC、そして、本来は次にTなのですが、HIVの逆転写酵素は、人間のDNA合成酵素よりも100倍もAZTを取り込みやすいのです。

Tの代わりにAZTがはまり込むと、AZTのお尻には凹がありませんので、逆転写酵素が次のAをつなげようとしても、どうにもつながらない、という訳です。

 

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本来のDNAの材料であるdTTPと抗HIV薬AZTの類似性

 

上の図で、本来のDNAの材料であるチミン(dTTP)とAZTの構造が非常に似ていることが分かるでしょう。

ヒトのDNA合成酵素は、この違いを比較的見分けることができるのですが、逆転写酵素には、見分けがつきにくいのですね。

 

3.付きまとう副作用と薬剤耐性の問題

 

AZTは、抗がん剤として古くから使われていたため、安全性についても、前もって分っていた通り、やはり骨髄抑制(白血球や血小板が減る)という副作用は避けられません。

ヒトのDNA合成酵素が、HIVの逆転写酵素に比べればAZTを取り込みにくいとはいえ、骨髄の造血幹細胞など、増幅の盛んな細胞では、やはり問題が出ます。

 

それよりも大きな問題は、この薬を長く使っているうちに、ウイルスが耐性(薬が効かない)を獲得することです。

なぜ、耐性が現れるのか?

 

一般的にRNAウイルスは変異しやすいのですが、レトロウイルスは特に、逆転写酵素の正確性が悪いために、自ずと遺伝子配列が変異しやすいのです。

ウイルスが増殖しているうちに、何らかの変異体が現れたとします。

遺伝子の変異と言うのは、たいがいは生存に不利なことが多く、変異体が生き残ることは多くありません。

ところが抗ウイルス薬を使っている状態で、たまたま偶然にその薬に強い変異体が現れたらどうなるか?

その変異体が、たとえ100億個中のたった1個であっても、抗ウイルス薬がある環境では、他の99億9999万9999個のウイルスよりもずっと生存に有利です。

そんな中で、この変異体が数を増やし、幅を利かせるようになるのです。

これが耐性株の出現です。

 

そんな訳で、抗HIV薬がたった1種類ではすぐに役に立たなくなります。

もっと、耐性株が出現しにくい薬はできないものか?

その後、別のタイプの逆転写酵素阻害剤や、他のウイルスの酵素、例えば、プロテアーゼやインテグラーゼというHIV特有の酵素の阻害剤などが次々と開発されました。

 

4.HAART(ハート)療法の登場

 

HAARTとは、Highly Active Anti-Retrovirus Therapy(「高力価抗レトロウイルス療法」とでも訳せるでしょうか)の略です。

HIV薬開発の初期のころから、複数の薬を併用することで、耐性株の出現をある程度抑えられることが分かっていました。

 

HAART療法では3~4種類の薬を併用します。

特に、上述のプロテアーゼ阻害剤が登場したことで、非常に治療高率のよいHAART療法が可能になったとのことです。

どの薬を組み合わせるか? 組合せの考え方はいくつかあるようですが、医師でも薬剤師でもない私には詳しいことは分かりませんので、シッタカしては書きません。

詳しくは、下のようなガイドラインがあります。

http://www.hivjp.org/guidebook/hiv_7.pdf

 

HAART療法の目的は、血液中のウイルスを検出限界以下にまで減らすことです。

検出限界以下とはどういうことか?

 

HIV感染者の血液中には、無症候時期であっても、1cc中になんと数千個から数万個もウイルスがいます。それこそウジャウジャです。

(だから感染者の血液に直接触れることは、非常に危険です)

この血液中のウイルスの数と言うのは、遺伝子増幅技術PCR法(1993年、ノーベル化学賞受賞)で測定することが可能です。

 

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PCR法の原理図 ひとつのDNAが二つ、二つが四つ、四つが八つ、八つが・・・あとは自分で計算して(笑)

 

PCR法は非常に感度の高い測定技術で、血液1cc中50個のウイルスまで検出できます。

と言うことは、1cc中に20個とかだと検出できない可能性があるということです。

これが、「検出限界以下」のレベルです。

ですから、PCR法の結果が陰性だったからと言って、ウイルスが全くいないという訳ではありません。

HAART療法では、現代の最も感度の高い検出技術をもってしても検出できないくらいの低レベルまでHIVを少なくすることが目的です。

 

前回お話したように、ゲノムの中に入り込んだプロウイルスを排除することは出来ません。

免疫が落ちるとプロウイルスが暴れ始めますので、治療を受けつつ、体調管理には十二分に気を付けます。

そうしてウイルスの活動を抑え、ウイルスと宜しく付き合って長く生きていくのです。

これによって、従来は早ければ3年、長くても10数年だったHIV感染者も、著しく延命することができるようになりました。

 

5.ちゃんと飲まないんだったら、飲まない方がまし

 

HAART療法を成功させる上で最も重要なことは、定められた通りキチンと薬を飲むこと、飲み続けること、です。

キチンと飲んでいれば、偶然の変異によって耐性株が出現しても、他の薬で抑えられます。

 

HAART療法において非常によろしくないのは飲み忘れです。

飲み忘れが多く、血液中の薬の濃度が低い状態がよろしくない。

薬が効くか効かないかという、うっす~~~い状態では、偶然出現した耐性変異株を充分には抑えられません。

返って、低濃度の薬がある状態では、変異体の方が他のウイルスよりも断然有利なため、数を増やして優位になります。

飲み忘れが多いと、こうして生き残り続けた耐性株が、HAARTで使われている別の薬に対する耐性をも獲得し、非常に厄介な「多剤耐性株」の出現につながります。

HAART療法で耐性株が出現したら、耐性を示した薬を他の薬剤に切り替える訳ですが、似たような作用を示す薬もあり、決して選択肢は多くないようです。

 

本人に治療への自覚があり、飲み忘れをしないように積極的に努力する意思があり、また実行できること。これをアドヒアランスと言うそうですが、HAART療法の成否は、患者のアドヒアランスにかかっていると言っても過言ではありません、と言うことです。

 

 

今回も最後までお読み頂き、ありがとう御座います。

 

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是非、お読みになったご意見やご感想、お叱りをコメントでお寄せ下さい。

大変励みになります。

 

 

056【HIVの感染からAIDS発症までのメカニズム(その2)】HIV感染症(その2)

目次:

1.前回の復習:ヘルパーT細胞へのHIVの侵入から、ウイルスRNAの逆転写、ウイルスDNAのゲノムへの組み込みまで

2.「獅子身中の虫」プロウイルス!

3.AIDSの発症に至るまで

次回予告:最新AIDS治療法「HAART(ハート)療法」

 

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1.前回の復習:ヘルパーT細胞へのHIVの侵入から、ウイルスRNAの逆転写、ウイルスDNAのゲノムへの組み込みまで

 

takyamamoto.hatenablog.com

 

 

前回の復習を致しましょう。(必要ない方は飛ばして、2.に進んで下さい)

 

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上の図は、HTLV-1という、ヒト成人T細胞白血病の原因であるレトロウイルスのイラストですが、HIVも全く違いはありませんので、このイラストで説明します。

 

HIV表面の糖タンパク質が、ヘルパーT細胞の受容体CD4と共受容体CCR5に結合して、細胞の中に取り込まれ(図の①)、ウイルスの酵素(タンパク質)とRNAが細胞内に侵入します。

すぐに、取り込まれたウイルスRNAから、ウイルス自身の逆転写酵素によって、DNAに写し取られます(図の②)。

このウイルス由来のDNAは、やはりウイルス自身の酵素インテグラーゼの働きによって、細胞ゲノムの任意の場所に組み込まれます(図の③)。ゲノムのどの場所に組み込まれるのかは、ほとんど偶然です。

ここまでが、前回のお話でした。

 

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走査電子顕微鏡写真「T細胞に感染するHIV(オレンジ色の粒々)」 

 

2.「獅子身中の虫」プロウイルス!

 

この細胞のゲノムに組み込まれ、もはや宿主のDNAと同じ存在になったウイルスDNAのことを「プロウイルス」と呼びます。

プロウイルスは、我が遺伝子と同じです。邪魔な存在ですが、取り除くことは不可能です。

プロウイルスを除去するには、プロウイルスを持つ細胞自体を免疫の力で排除するしかなく、それができないのなら、一生を共に生きていくしかありません。

獅子身中の虫」という訳です。

 

我われの細胞の遺伝子は、我われの意思とは関係なく、勝手に活動しています。

ですから、HIVのプロウイルスも勝手に活動します。

私たちには止められません。

 

プロウイルスからはHIVの遺伝子が起動し、ウイルスのタンパク質が盛んに作られます。

そして、細胞内で増殖し、細胞から芽を吹きだすようにウイルス粒子が放出されて、別の細胞に感染し、さらに拡散していきます。

 

3.AIDSの発症に至るまで

 

HIVに感染した直後には、一見、風邪のような症状が出ることが多いですが、見過ごされがちで、本人もHIV感染とは気付かないことも少なくありません。

 

感染の有無の検査は、普通「抗体検査」で行います。HIVに対する抗体があれば「陽性」、即ち感染の疑いがあり、その後、確定診断のため、さらに確度の高い検査が行われます。

この抗体ができるのに、感染後1ヶ月ほどがかかるため、その約1ヶ月間(ウインドウ・ピリオド)は、感染してても、この抗体検査に引っかからないことがあるので、注意が必要です。

ただ、最近では、抗体検査よりもずっと高感度な遺伝子増幅法「PCR法」による検査が行われることもありますので、その検査であれば、ウインドウ・ピリオドは短縮されます。

 

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HIV感染からAIDS発症までの経過

 

感染初期の急性期には、血中のウイルス量の急増と、HIV感染によるCD4陽性T細胞の減少が認められますが、やがて、ウイルス量、CD4陽性T細胞数ともに落ち着きます(上図)。

でも、無症状に見えて、ウイルスの活動は確実に進行します。

そして、感染から数年、長い人で10数年の無症候期間を経て、急激なウイルス量の増加とCD4陽性T細胞の減少が顕著になります。

 

ヘルパーT細胞の減少によって、免疫系は急激に機能を喪失し、免疫不全による様々な異常が発生します。

AIDSの症状として特徴的なのは、普段ではほとんど見られないような珍しい感染症や腫瘍を発症することです。

普段見られない日和見(ひよりみ)感染としては、ニューモシスチス・カリニ肺炎が代表的です。

珍しい腫瘍としては、ヒトヘルペスウイルス8型(HHV-8)の日和見感染によるカポジ肉腫があります。

HHV-8なんて、ほとんどの人が子供のころに感染しており、一度感染すると、私たちの細胞の中で、ず~っと大人しく潜伏しており、ほとんど悪さをすることはありません。

それが、AIDSで免疫が落ちると、皮膚がんの一種であるカポジ肉腫を起こすのですね。

その他にも様々な症状を呈し、死に至ることになります。

 

次回予告:

HIVが発見された直後から、HIV感染症の治療薬の開発のための研究が世界中で始められました。

当初は、重篤な副作用が出たり、使い続けているとウイルスに耐性が出来て効かなくなるということが多く、研究者たちは苦戦を強いられました。

しかし、現在では、早期に治療を開始すると非常に予後が良く、3050年も延命できるようになっています。

AIDSを発症した後で治療を開始しても、ある程度の延命が期待できます。

この治療法は、ウイルスを根絶するのではなく、ウイルスとうまく付き合いながら、長く生きていこうという考え方に基づきます。

次回は、そんな最新のHIV感染症の治療法、「HAART(ハート)療法」についてお話します。

 

 

今回も最後までお読み頂き、ありがとう御座います。

 

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055【HIVの感染からAIDS発症までのメカニズム(その1)】HIV感染症(その1)

目次:

1.「20世紀の黒死病」AIDSの発見とHIV発見秘話

2.AIDSは性感染症

3.HIVの感染メカニズム

4.ここでちょっとひと休み ~CCR5の変異体を持つ人はHIVに感染すらしない?~

 

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1.「20世紀の黒死病」AIDSの発見とHIV発見秘話

 

1981年、アメリカで全く原因不明で、通常では見られないような珍しい感染症や腫瘍を多発する、明らかに臨床上、これまでに知られていない病気の患者が多数発見されました。

この病気が特に注目をひいた理由が、患者の多くが、ゲイか薬物乱用者であったことです。

このような、特殊な人たち(ゲイは、当時ではまだ「特殊」な人たちとの認識でしたから)に限定して発症するこの病気の原因は何なのか?

まったくミステリーです。

 

この病気では、明らかに免疫力が落ちている免疫不全状態であり、そのため後天性免疫不全症候群」(AIDS)と名付けられました。

病気の発生状況から見て、感染症であることに疑いの余地はありませんでしたが、予防法や治療法はおろか、原因となる病原体すら不明のまま、全米に急速に広まっていきました。

誰にもそれを止めることができない様に、いつしか「二十世紀の黒死病と呼ばれるようになりました。

 

対策のためには、まずは何よりも原因となる病原体の同定が「焦眉の急」です。

それに名乗りを上げたのが、フランス・パスツール研究所リュック・モンタニエと、米国のウイルス学者で、近年、ヒト成人T細胞白血病の原因ウイルスを発見し、勢いに乗るロバート・ギャロです。

1983年、モンタニエとギャロが、ほぼ同時期にAIDS患者から原因ウイルスを発見したと発表しました。

果たして二人のうち、どちらがAIDSの原因ウイルスの発見者なのか?

この発見は、ノーベル賞受賞確実と言われる偉業です。

なんと、この問題は、科学の世界の手を離れ、当時の米仏両国の大統領を巻き込んでの外交問題にまで発展しました。

故意か過失か? ギャロのウイルス発見には不正があるとの指摘を当時のレーガン米大統領が認め、名実ともに、リュック・モンタニエらが「ヒト免疫不全ウイルス」(HIV)の発見者として世界的に認められ、彼らはHIV発見の業績により、2008年、ノーベル生理学・医学賞を受賞しました。

 

HIVの発見の後、世界中の研究者により、急速にウイルスの遺伝子やタンパク質の構造と機能、感染様式、病状の進展メカニズムなどの研究が進められました。

 

2.AIDSは性感染症

 

HIV感染症」と「AIDS(免疫不全症候群)」とは同義ではありません。

HIVに感染して、何年にも及ぶ無症候の期間を経た後に、免疫力の低下に伴った様々な症状を発症してはじめて「AIDS」です。

 

HIVの感染経路は、主には血液を介したものです。

ウイルスが血液の中に侵入すれば、高率で感染が成立します。

薬物乱用者に患者が多かったのは、1本の注射器を複数の人で共用したことが原因です。

 

しかしAIDSは、薬物の注射、輸血、汚染された血液製剤の投与などと言う人為的な行為による感染を除けば、人間の自然な行為による感染様式からは、淋病や梅毒などと同じ「性感染症」に分類されます。

ウイルスは精液の中に多量に存在します。

ゲイなどが行うアナルセックスでは、腸内壁の粘膜が傷つきやすく、ウイルスがその傷口から容易に血液内に侵入します。

通常の異性間の性行為でも、男性・女性のどちらが感染者であっても、相手に感染させる可能性があります。

特に不特定多数の相手と、コンドームを使わないで行う性行為は、極めて感染のリスクが高いでしょう。

 

1987年に、日本で初めての女性のAIDS患者が亡くなったという報道で、日本中が大騒ぎになりました。

それまで日本人は、米国のAIDS蔓延の状況を「対岸の火事」とみる人が多かったのですが、実は日本政府は、大変な危機感を持っており、HIVの侵入を水際で防ぐべく、各医療機関や保健所におけるAIDS患者発生の情報に目を光らせていたのです。

この報道により、「対岸の火事」から一転、いつかは訪れる、一人目の患者が死んだに過ぎないのに、もう日本中にAIDSが蔓延するのではないかと、みな大騒ぎでしたよ。

この辺の日本人の急変ぶりって、結構、滑稽に思えますね。

悪いのは、冷静さを欠いたマスコミの狼狽ぶりとも見える、煽り方です。

cgi2.nhk.or.jp

HIV感染など、飛沫感染するインフルエンザと違って、自身の行動を慎めば防げる病気なんですよ。。。

でも、まあ、「対岸の火事」で無関心だったのが、一挙に多くの人の関心をひいたのですから、それはそれでいいのかなぁ。

 

3.HIVの感染メカニズム

 

さて、ここからは、HIVが体内に侵入した後、どのように細胞に感染して、どのように病状が進んでいくのか、そのメカニズムを見てみましょう。

 

ここからの話を理解して頂くには、これまでに過去ブログでお話ししてきた内容を理解して頂かないと分かりにくい点があるかもしれません。

適宜、過去ブログのリンクを張りますので、復習しながらお読みください。

 

HIVは主にヘルパーT細胞に感染することは、過去ブログ【020】でお話ししました。

takyamamoto.hatenablog.com

 

なぜ、ヘルパーT細胞に感染するのかと言うと、HIVの表面にある糖タンパク質が、ヘルパーT細胞の特異的細胞マーカー分子であるCD4タンパク質に結合することが、感染の第一段階だからです。

CD4のない細胞には決して感染できません。

細胞マーカー分子については、以下の過去ブログでお話ししています。

takyamamoto.hatenablog.com

 

まず、HIV表面の糖タンパク質が、ヘルパーT細胞の表面のCD4分子に結合します。

下の図の中のglycoproteinというのが糖タンパク質です。グリコは糖、プロテインはタンパク質ですね。

 

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 HIVの構造

 

CD4はHIVの主たる受容体ですが、HIVの糖タンパク質がCD4に結合するだけでは感染は成立しません。

なぜなら、HIVの感染の成立には、補助受容体と呼ばれる別のタンパク質が必要だからです。

その一つがCCR5というヘルパーT細胞表面のタンパク質です。

HIVの糖タンパク質とCD4が結合したところに、このCCR5タンパク質も結合し、それで初めて感染が成立します。

その後、ヘルパーT細胞の細胞膜とHIVの外側の膜(エンベロープ)とが融合を起こし、HIVウイルス粒子内のゲノムRNAとウイルスのタンパク質が、ヘルパーT細胞の細胞質内に取り込まれることによって侵入します。

 

さて、細胞内に侵入を果たしたウイルスは、まもなく活動を始めます。

どう活動を始めるか?

過去ブログ【042】でRNAウイルスであるラウス肉腫ウイルスの話をしました。

takyamamoto.hatenablog.com

 

このウイルスが、従来では想像できなかったようなことをやってのけるというお話でした。

それ以前は、生物学の「中心的な教義(セントラル・ドグマ)」というものがあり、それには絶対に例外はないと考えられていました。

その当時の理論ではこうです。

生命活動と言うのは、DNAからメッセンジャーRNA(mRNA)、mRNAからタンパク質が作られる、「DNA⇒mRNA⇒タンパク質」という流れから成り立ち、これは絶対的である!と。

 

ところが、米国のテミンと水谷は、ラウス肉腫ウイルスのウイルスRNA(vRNA)が細胞に侵入すると、vRNAから相補的なDNA(cDNA)に写し取られる「逆転写」が行われることを発見したのです。

すなわち、vRNA⇒cDNA⇒mRNA⇒タンパク質」です。

この、セントラル・ドグマを崩壊させたvRNAからcDNAへの逆転写反応を行うRNAウイルスをレトロウイルスと呼びます。

ラウス肉腫ウイルスもHIVもレトロウイルスです。

 

逆転写の結果できたウイルス由来のDNAは、その後、なな、なんと、細胞の核に侵入し、その細胞のゲノム(その細胞自身のDNA)内に組み込まれてしまうのです。

この組み込まれたウイルスのDNAはどうなるのか?

なんと恐ろしいことに、このウイルスのDNAは貴方の細胞の遺伝子の一部として機能し、細胞の分裂とともに複製され、娘細胞に引き継がれていくのです。

今からウイルスのDNAは、貴方自身のDNAなのですよ!

 

この、貴方の細胞の遺伝子の一部となったウイルスのDNAからは、ウイルスのmRNAが合成され、それからウイルスのタンパク質が作られ、貴方のヘルパーT細胞のなかでウイルスの増殖が行われるのです。

そして、増幅したウイルスは、次々と細胞表面から芽が出るように外に出ていき、別のヘルパーT細胞に感染するのです。

貴方の細胞に入り込んだウイルスのDNA、これを「プロウイルス」と呼びますが、これはもう二度と取り除くことはできません。

貴方は、このプロウイルスを細胞の中に抱え込んだまま、一生を過ごさねばならないのです!!

 

4.ここでちょっとひと休み ~CCR5の変異体を持つ人はHIVに感染すらしない?~

 

本ブログ【025】で、HIVに感染してもAIDSを発症しない人や、そもそもHIVに感染すらしない人がいることをお話ししました。

takyamamoto.hatenablog.com

しかし、その仕組みについては全くお話ししませんでした。

 

HIVの感染を成立させるには、ヘルパーT細胞の表面上にCD4とCCR5というタンパク質のあることが必要不可欠です。

ところが、ごく一部ですが、CCR5に変異のある人がいます。

この変異のあるCCR5は、CCR5Δ(デルタ)32と呼ばれますが、このCCR5Δ32を持つ人はHIVに感染すらしないのです。

すなわち、HIVの感染成立には、T細胞側に、主受容体CD4の他に、副受容体CCR5の発現が必須なのですが、CCR5Δ32はHIVの副受容体として機能しないのです。

残念ながら、HIVに感染すらしないCCR5Δ32は、日本人を含むアジア人には多くありません。

一方、ヨーロッパ系の白人には比較的多くいるのです。

 

同じく、過去ブログ【025】でお話しした、HIVに感染しても、AIDSを発症しない「エリート・コントローラー」

takyamamoto.hatenablog.com

こちらは、免疫の型であるHLAが、特定の型を持っている人であることが分かっています。

HIVに感染しても、HIVウイルス感染細胞を早期に発見し、やっつける免疫力を元々持っている人たちです。

「なんで一部の人だけなのか?」、「みんながそうだったら、だれもAIDSにならずに済むのに。。。」

それはそうですが、そうはいかないのです。

このHIVに対するエリート・コントローラーの人。HIV感染には滅法強いのですが、なんと西ナイルウイルス感染には弱いことが分かっています。

 

免疫は多様性を求めてきました。その結果、人間一人ひとりの免疫は違うのです。

もし、免疫応答能力が、全人類同じだったとしたらどうなると思いますか?

もしそうなら、ひとつの疫病に対する人間の反応は、皆同じです。

それが致死的な疫病であったなら、皆死にます。その結果、人類絶滅です。

でも実際は、そんなことにはなりません。

HIVに強い人もいれば、その他の感染症に強い人もいる。

でも、その一方で、他の感染症には弱い。

「ある感染症には滅法強いが、他のある感染症には弱い」

我々人類は、そのような多様性を持った個人の集団なのです。

それによって、いかに強力な疫病が発生しても、誰かが必ず生き延び、そのために人類が絶滅するようなことはなく、種の繁栄を追求していくものなのです。

 

次回予告:

細胞内に侵入したHIVのウイルスRNAは、cDNAに逆転写されて、なな、なんと、我々のゲノムの中に滑り込み、プロウイルスとなりまた。

こうなると、私たちの細胞からプロウイルスを追い出すことは不可能なのです。

我われはこのまま、HIVの成すがままに身をゆだねるしか成すすべはないのか?

しかし、最新のHIV感染症の治療法の進歩は、「20世紀の黒死病」を克服しつつあります。

次回以降、見事に私たちのゲノムに侵入を果たしたHIVがAIDSを引き起こす仕組みと、最新の治療法についてお話しします。

 

 

今回も最後までお読み頂き、ありがとう御座います。

 

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