目次:
1.ボクはただの大喰らいじゃない!!(by マクロファージ)
2.毒素を打っても死なないマウス??
3.カビまみれになって死ぬハエ!
4.ノーベル賞を逃した男から、研究者が選んだ「研究者の中の研究者」へ
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1.ボクはただの大喰らいじゃない!!(by マクロファージ)
免疫系は大きく2つ、「自然免疫」と「獲得免疫(「適応免疫」とも)」に分けられます。
詳しくは、本ブログ【019】ご参照下さい。
自然免疫で中心的な働きをするのが、マクロファージや好中球、樹状細胞といった貪食(どんしょく)細胞です。
特にマクロファージは大喰らいで、異物と見るや、ガラス玉だろうがなんだろうが、お構いなく食べてしまいます。
異物に長~~~い触手を伸ばしてまで捕まえる様子など、意地汚さすら感じますねェ(笑)
こんなもん食べて、お腹痛くなんないのかね?(触手を伸ばしてガラスビーズを捕食するマクロファージ )
抗原に特異的な抗体やT細胞による獲得免疫の働きは強力であり、魚類以上の脊椎動物だけが持つ精緻で高度なシステムです。
ヤツメウナギなどの無顎類を除いて、ほとんどの無脊椎動物は自然免疫だけです。つまり、抗体やT細胞を持ちません。
ですので、自然免疫の細胞で、ただバカみたいに異物を喰らうだけのマクロファージなんかは、原始的で下等な免疫細胞だと考えられていました。
しかし、ブルース・ボイトラー博士(2011年、ノーベル生理学・医学賞受賞)によるトール様受容体(Toll-like receptor; 以下「TLR」と言います)の発見の後、審良(あきら)静雄先生らがTLRのなぞを次々と解き明かしていくにつれ、その考え方が大間違いであったことが分かってきたのです。
免疫学にこのような大変革が起きたのは、以外にもつい最近、ちょうど世紀が変わる頃のことです。
2.毒素を打っても死なないマウス??
審良先生がマウスのTLRを発見したきっかけは、まったくの偶然からでした。
当時、審良研究室では、望みのままに特定の遺伝子を破壊したノックアウトマウス(KOマウス)を次々と作り出していました。
KOマウスというのは、ある遺伝子の機能を知りたいときに、マウスでその遺伝子を狙って破壊してやることで作られます。
マウスのある遺伝子を破壊した結果、そのマウスにどんな変化が現れるのかを観察することで、その遺伝子の機能がある程度推測することができます。
例えば、ある遺伝子を壊したKOマウスの血圧が、普通のマウスに比べて異常に高いとすると、破壊した遺伝子が血圧の制御に関わっているのかもしれないと予測できるという具合です。
そうすると、このようなKOマウスは、高血圧の原因解明の研究に役立ったりする訳ですね。
KOマウスは非常に有用です。
普通のマウスに、細菌の毒素であるリポ多糖(細菌の細胞壁の構成成分です)を大量に接種すると、そのマウスはショックで死にます。
ある日、審良先生のところの大学院生が、ある実験のために、MyD88という遺伝子を破壊したKOマウスにリポ多糖を投与していたところ、全然死なないことを偶然にも発見しました。
これは一体どういうことか?
詳しいことは省略しますが、MyD88というのは細胞内で情報伝達に働いていて、様々な遺伝子の働きを制御しています。
通常は、マクロファージなどの免疫細胞がリポ多糖に反応してMyD88が活性化すると、情報が細胞核の中の様々な遺伝子に伝わり、その結果、たくさんのサイトカインが放出されます。
リポ多糖を投与してマウスが死ぬのは、マクロファージなどで過剰に作られたサイトカインが全身を駆け巡ることによって免疫反応が暴走し、それによってショック死するという訳です。
さて、MyD88のKOマウスがリポ多糖で死なないということは、マクロファージがリポ多糖と反応することによって、MyD88に情報を伝えている仕組みがあるということが考えられます。
MyD88が破壊されたKOマウスでは、マクロファージがリポ多糖に反応しても、情報は破壊されたMyD88のところで遮断され、細胞核まで届きません。
ですから、過剰なサイトカインの産生も起こらないし、ショック死もしないのだと。
審良先生らは、マクロファージの表面にリポ多糖と結合するタンパク質があるという仮説を立て、このタンパク質を探索しました。
その結果、見つかったのが、ショウジョウバエのトール受容体と呼ばれるものによく似たタンパク質だったのです。
それは20世紀も末の、1998年のことでした。
3.カビまみれになって死ぬハエ!
それより2年前の1996年、フランスのジュール・ホフマン博士(2011年、ノーベル生理学・医学賞受賞)は、体がカビだらけになって死んでしまうショウジョウバエの変異体を見つけました。(下写真)
ハエにだって自然免疫が備わっており、通常はこんなカビで死んだりはしません。
考えられることは、このハエには、遺伝子のどこかに異常があるはずだということです。。
果たして、自然免疫しか持たないショウジョウバエに、病原体であるカビを認識する受容体のあることが分かったのです。
この受容体は、トール受容体(Toll receptor)と呼ばれます。(ウィキによると「Toll」とはドイツ語で「規格外れ」という意味だとか)
自然免疫の細胞は、何でもかんでも異物をただ喰らうだけの「掃除屋さん」。少なくとも当時はそう考えられていました。
ところが、ショウジョウバエのトール受容体の発見は、自然免疫が特定の病原体を認識する能力を持っていることを示すものです。
そうすると当然、マウスやヒトなどの哺乳類の自然免疫の細胞にも同様の受容体があるのではないかと考えられます。
世界中で哺乳類のトール受容体の探索研究が始まりました。
果たして、このレースの勝者は一体誰になるのか?
ノーベル賞級の大発見になることは疑いようがありません。
みんな、目の色が変わります。
4.ノーベル賞を逃した男から、研究者が選んだ「研究者の中の研究者」へ
審良先生が、リポ多糖の受容体としてマウスのマクロファージで発見したタンパク質は、ショウジョウバエのトール受容体によく似た「トール様受容体(TLR)」でした。
審良先生は当初、別にマウスのトール受容体を見つけようとしていた訳ではなかったようです。
リポ多糖を打っても死なないマウスの発見は、全くの偶然だったと言います。
この予想外の結果を見逃さず、そこからより重要な真理を見つけ出す能力(これを「serendipity」と言い、優れた研究者は、皆これを備えています)。
これがあったからこそのTLRの発見でした。
審良先生ご自身、この話題に触れられるのは好まれないかもしれません。
恐らく、あちこちで言われ続けて、感想を求められたりして、ウンザリされているのではと思います。
でも、あえて書きたいと思います。
審良先生は、この20世紀最後の大発見について、Natureに論文投稿しようとしていました。
出来るだけいい論文にしたくって、英語の文章とかを念入りに推敲したために時間がかかってしまったそうです。
そして、いよいよ今日投稿しようと思っていた1998年12月のある日、ボイトラーのTLR発見の論文がScienceに掲載されたのです。
審良先生は「一番」を逃しました。
ショウジョウバエのトール受容体を発見したホフマン博士と、最初にマウスTLRの発見を報告したボイトラー博士は、2011年にノーベル賞を受賞しました。
最初の報告者の功績を重視した結果ですね。
科学という、競争世界の厳しい一面です。
仕分けだとか、仕置きだとかで、「2位じゃダメなんでしょうか?」というマヌケな質問をしたアホな政治家がいましたが、実に一番と二番とではこれだけ違うのですよ!
特許でも、一番以外は全てドベ(関西弁で最下位のこと)と同じで、もたらされる商業的利益は大違いです。
でも、ボイトラーのTLR発見の後、10数種類もあるマウスのTLRの大半のなぞを解いたのは審良先生であり、そのために「下等」だとか「原始的」だとかと蔑まされて来た自然免疫の重要性が見直され、免疫学の教科書が大幅に書き換えられることになったのです。
ノーベル賞は逃したものの、審良先生の免疫学の発展に対する貢献は、「世界で最も多く論文が引用された研究者」という、誰もが認めざるを得ない形となって称賛されました。
次回は、TLRがどのようにして病原体をいち早く察知し、獲得免疫を含めた免疫系全体に寄与しているのか、その仕組みについて具体的に見ていくことで、TLRの大切さを理解したいと思います。
今回も最後までお読み頂き、ありがとう御座います。
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