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060【再生医療の切り札「iPS細胞」】山中伸弥先生自ら語る、医療応用に向けて(後編)

前回【059】の続きです。

 

目次:

1.iPS細胞の再生医療導入第1例目

2.自家移植療法の限界

3.iPS細胞による他家移植療法??

4.未来に向けてのさらなる可能性の探求

 

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1.iPS細胞の再生医療導入第1例目

 

iPS細胞の再生医療に向けての実用化研究は、日本が世界の先頭を走っています。

中でも、最も実用化に近いのは、神戸の理化学研究所高橋政代プロジェクトリーダー率いる、加齢黄斑変性への応用です。

眼の網膜の一番奥に、色素上皮細胞と言う黒い細胞が一層のシートを形成していますが、このシートが加齢によってゆがんだり破れたりして、視力が失われていくのが加齢黄斑変性で、患者は年々増加傾向にあります。

 

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 網膜色素上皮

 

高橋先生のチームは、患者さんの皮膚の細胞からiPS細胞を作り、そのiPS細胞から色素上皮細胞のシートを作りました。

 

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高橋政代 理化学研究所 多細胞システム形成研究センター 網膜再生医療研究開発プロジェクト プロジェクトリーダー

 

さて、そのシートを手術によって患者さんの痛んだ網膜部分と入れ替えました。

2年以上が経過した現在も視力を保ち、がん化など、心配された副作用もないとのことです。

これが、iPS細胞を実際に病気の治療に応用した、記念すべき第1例目です。

 

まだまだ、iPS細胞から心臓やすい臓などといった、複雑な構造を持つ「臓器」を作り出すことは出来ません。

しかし、一層の細胞の並びから成るシートなど、構造が単純なものは比較的作りやすく、加齢黄斑変性は最初のチャレンジに適した病気だったのでしょう。

 

現在、大阪大学が進めているのは、心筋のシートです。

シャーレの中で、細胞が同調して拍動する様には驚きを禁じ得ません。まるでマジックですね。

動画をご覧下さい。

www.dailymotion.com

 

さて、大成功に見える第1例目ですが、実際にiPS細胞を治療に応用してみて見えてきた大きな問題があります。

それは、「自家移植療法」の限界です。

 

2.自家移植療法の限界

 

私は、iPS細胞が出てきたときには、それはもう「画期的」だと思ったものです。

ビフォー・ヤマナカ時代には、再生医療の実現に最も近かったのはES細胞です。

しかし、受精卵から作製されるES細胞から作られた細胞や組織は、誰に移植したところで「異物」です。

つまり、ES細胞を利用した再生医療では、「他家移植」にならざるを得ないのですね。

ということは、拒絶反応の問題が常に付きまとう訳です。

 

しかし、iPS細胞なら、自分の細胞を元に作製された組織の移植、即ち「自家移植」が可能なのです。

これで拒絶反応の問題とは永久にオサラバです。

メデタシ、メデタシ。

 

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ところがどっこい、そうは問屋が卸しません。

最初から分かっていたことですが、患者の皮膚や血液の細胞からのiPS細胞の樹立、iPS細胞から所望の細胞に分化を誘導し、望みの組織の形態を形作り、そして、医療品レベルの厳しい品質検査を経ての手術。

これはもう、容易なことではありません。

一人の患者のために、どれだけの人間の労力と時間と財を費やさねばならないのか!?

それに、そんなことをしている間に半年、一年と経過し、患者の容体は悪化して手遅れなんて事態もあり得ます。

だいたい、iPS細胞に必要な培養液や試薬と言うのはものすごく高価なのです。

加えて、腕のいい培養技術者が必要です。

カネはあるところにはあるでしょう。でも、人はそう簡単には育ちません。

これは普遍的な医療技術とするには、極めて非現実的です。

実際にやってみて、そのことが確実になりました。

 

ここで、山中先生らは、大きく方向転換をします。

 

3.iPS細胞による他家移植療法??

 

せっかくのiPS細胞なのに、「他家移植」??

それっじゃあ、他人の細胞を移植するES細胞とおんなじじゃん。意味ないじゃん!

いやいや、おんなじじゃぁありません。全然違います。

他家移植とは言え、iPS細胞を用いた場合は、ある程度HLAを適合させることが可能なのです。

ES細胞では、こうはいきません。

 

他家移植においては、拒絶反応を抑えるため、白血球の型(山中先生は「免疫の型」と表現されます)であるHLAをできる限り一致させることが望ましいです。

(HLAについては、過去ブログ【025】をお読み下さい)

takyamamoto.hatenablog.com

 

HLAの型は、計算上は何百億通りもあります。これを完全一致させて、他人から移植するのは、実質的に不可能です。

その何百億通りもあるHLAですが、大きなグループに分けることができます。

その同じグループに該当する人同士の移植なら、比較的うまくいきます。

たとえ話でご説明しましょう。

 

日本人の苗字っていくつあるのか知りませんが、「佐藤」さんや「鈴木」さんのように多い苗字もあれば、「御手洗」(みたらい)さんや「一口」(いもあらい)さんみたいな珍しいのもあります。

そして、こう考えて下さい。同じ苗字の人の間では、他家移植が上手くいくと。

同じHLAのグループに属する人を、同じ苗字の人に例えているのです。

鈴木さん同士なら、下の名前はイチローさんとか二郎さんとか、細かいところは違っても、移植が上手くいくことが多いという訳ですね。

こんな例えで分かるでしょうか? 不安だなぁ~。

 

通常の骨髄移植や臓器移植でも、HLAの細かい部分の不一致には目をつむって、大きなグループ分けで、同じグループに該当するドナー(提供者)とレシピエント(受け手)の組合せを選んで行われることが多い訳です。

そこで、iPS細胞の他家移植療法を実現する上で考えられた方法が、まず日本人に多い型、たとえば全国の佐藤さんと鈴木さんに適合するiPS細胞を樹立して、ストックしておこうというものです。

 

患者本人の細胞を用いたiPS細胞の自家移植は、いわば「オーダーメイド」です。

一人ひとりに合わせて個別の処置をしなければなりません。大変な手間です。

しかし、iPS細胞の他家移植療法では、できるだけ多くの人に適合する「レディメイド」の細胞ストックをあらかじめ凍結保存しておき、適合する患者が現れたら、凍結細胞を融かして培養し、分化誘導すれば、治療に使用できる訳です。

 

4.未来に向けてのさらなる可能性の探求

 

山中先生らは、細胞の提供者のHLAの型が登録されている骨髄バンクや臍帯血バンクの協力を得て、既に、日本人で一番目と二番目に多いHLAグループのiPS細胞を樹立、外部への提供を開始しており、これによって日本人の約24%、約三千万人がカバーできると言います。

提供先は各大学や研究機関、民間企業等であり、様々な病気に対するiPS細胞の臨床応用や医薬品開発、難病の原因解明などへの研究が広がりを見せています。

 

全国三千万人の佐藤さんと鈴木さん(あくまでも例え話ですよ、例え話)に使用可能な細胞ストックはできました。

次には、田中さん、山本さん、加藤さんと広げていけばいい訳です。

でも、御手洗さんや一口さんなど、非常に珍しいHLAを持つ患者への対応はどうなるのかという問題はあります。

そういう人に対しては、第1例目の患者さんのように、オーダーメイドで個別対応するしかないのでしょうか?

そうなると、医療費の制度の改革も必要になってくるかもしれません。

 

 

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 京都大学iPS研究所

 

山中先生によると、現在、iPS研究所では、70名程度で細胞ストックの作製を行い、総勢500名以上のスタッフで再生医療の他、創薬、さらには未来に向け、iPS細胞の新たな可能性を探る研究が行われているとのことです。

 

果たして、私が爺さんになるころには、医療は様変わりしているのでしょうか?

今から歳とるのが楽しみです(笑)

 

 

今回も最後までお読み頂き、ありがとう御座います。

 

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是非、お読みになったご意見やご感想、お叱りをコメントでお寄せ下さい。

大変励みになります。

 

 

059【再生医療の切り札「iPS細胞」】山中伸弥先生自ら語る、医療への応用に向けて(前編)

皆さんよくご存じの、iPS細胞の開発で2012年のノーベル生理学・医学賞を受賞された京都大学教授・iPS細胞研究所所長の山中伸弥先生。

本年の2月に、一般市民向けの再生医療公開シンポジウムに参加し、iPS細胞を用いた再生医療の実現に向けた現状について、山中先生ご自身がお話されるのを聴く機会がありましたので、今回は、山中先生のお話をかいつまんで、分かりやすくお伝えしたいと思います。

その前に今回の前編では、iPS細胞について理解するために、予備知識としてどうしても必要なES細胞のことと、そして、iPS細胞とはどういうものか、さらに、山中先生がiPS細胞の作製が可能だと確信を持った経緯についてお話します。

 

目次:

1.ES細胞とは ~ビフォー・ヤマナカ時代の再生医療の試み~

2.山中先生の苦闘

3.山中先生の信念

次回予告:山中先生自身が語るiPS細胞の医療への応用の取り組み

 

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1.ES細胞とは ~ビフォー・ヤマナカ時代の再生医療の試み~

 

例えば、骨髄から出て間もない未熟な(未分化な)血液細胞の赤ちゃんは、これから赤血球、白血球、血小板と、どんな種類の血液細胞にもなり得ます。

ところが、心臓の筋肉である心筋の細胞や脳神経の細胞なんかは高度に分化しきった細胞で、今さら他の細胞に変身(分化)することは出来ません。

このように、一旦ある種の細胞に分化が進んでしまった細胞は、後戻りして、別の種類の細胞になることは出来ないのです。

 

これからどんな細胞にでもなり得る「多能性」を持つものと言うと「受精卵」です。

精子卵子とが受精してできた、たった1個の受精卵から、様々なタイプの細胞に分化し、全ての組織や臓器を形作り、人間の形と組織や臓器の機能を形成して私たちは生まれてくるのです。

 

この受精卵の万能的な能力を何とか医療に利用できないものか。

目の網膜の損傷で失明する病気、パーキンソン病のように神経が変性して運動機能が損なわれる病気。

このような病気に、正常な網膜組織や神経細胞を再生して移植できれば、このような難病も克服できるのではないか?

そういう多能性細胞から再生させた組織を用いた「再生医療」の基本的な治療概念は古くからありました。

 

最大の課題は、どんな細胞にでも変身(分化)できる能力を持つ受精卵ですが、これを際限なく培養できる技術を確立し、さらに、望みの通りの細胞に分化させる方法を見出さなければなりません。

この受精卵を基にして、人間の人工的な操作によって増殖と分化を制御可能とすることにより、再生医療に使えるような仮想の細胞はES細胞(embryonic stem cell;胚性幹細胞)と呼ばれました。

 

そして、ついに1981年、初めてマウスの受精卵を利用したES細胞の樹立が報告されました。

この後、マウスの様々な病気のモデルで、マウスES細胞を用いた再生医療の研究が進められ、ヒトへの応用に向けての手応えを得たのです。

しかし、ヒトのES細胞の樹立は困難を極め、なんと17年後の1998年にやっと実現されました。

 

ところが、ヒトのES細胞には(初めから分かっていたことではありますが)倫理的に大きな問題があります。

つまり、受精卵と言う、生まれたばかりの生命を破壊してしか作れないと言うことです。

極論を言うと、これは殺人ではないのか!?

当時、再生医療先進国であった米国では様々な議論を呼びました。

かの国は宗教上の問題もあり、妊娠中絶の是非についても激しい議論が展開されるお国柄です。

 

我国においてはどうか?

体外受精においては、試験管内で複数の卵子に対して精子を受精させますが、受精した複数の受精卵のうち、母体に戻すのはたった1個です。

つまり、その他の受精卵は一部凍結保存されたり、なかには廃棄されるものもあります。

我国では、この廃棄される運命の受精卵をES細胞樹立に使用することが認められているのですが、これってどうなのでしょうか?

 

そんな訳で、ES細胞を用いた再生医療の研究は、国際的な議論が展開されましたが、各国の足並みはそろわず、結論に至らず、実用化に向けた研究は思う様には進展せず、医療への実用化には程遠いのが現状です。

 

そんな中で、ついにiPS細胞の登場です。

 

2.山中先生の苦闘

 

「iPS細胞」というのは、「induced Pluripotent Stem cell」の略で、人工多能性幹細胞と訳されます。

多能性幹細胞とは、受精卵のように、これからどのような種類の細胞にも変身(分化)し、様々な組織、臓器を形作っていく能力を有する、文字通り「多能性」を備えた細胞です。

 

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ヒトのiPS細胞

 

ちなみに、IPS細胞ではなく、「i」の字が小文字になっているのは、当時爆発的に売れていたアップル社のiPodのように、世界中に広まって欲しいとの想いから、山中先生ご自身が、敢えて「i」の文字を小文字にして名付けたそうです。

それ以上の深い意味はないとのことで、山中先生の遊び心を感じるところですね。

 

さて、iPS細胞は皮膚や血液など、理論的には分化したどんな細胞からでも作製が可能です。

かつては、分化した細胞が未分化な細胞に逆戻りし、そこから別の細胞に分化するなんて事はあり得ないと考えられていました。生物学の常識中の常識です。

山中先生だって、そのことは認めていたと思います。

しかし、山中先生は、逆戻りとまったく別のことを考えていたのです。

それは、「逆戻り」ではなく「初期化(リセット)」です。

 

皮膚や血液の細胞が、前の未分化の細胞の状態に逆戻りすることはありません。

しかし例外があるのです。

それは、卵子精子生殖細胞です。

ヒトの細胞は、年齢とともに老いていき、細胞の機能は低下し、そのために様々な不都合が生じて、その結果として病気になったりします。

しかし、そのような歳とった両親の精子卵子であっても、受精すれば見事に若返って元気な赤ちゃんが生まれてくるわけではありませんか!

卵子精子だって、分化した細胞にも関わらずです。

これは一体どういうことなのか!?

受精後に何か大きな変化が起きていることは間違いありません。

それを起こすものは何なのか?

 

この受精卵の若返り現象は、分化の「逆戻り」というよりは、「初期化(リセット)」と考えられます。

分化した生殖細胞一気にデフォルト状態に「リセット」されるのです。

受精卵が分化した細胞の状態からリセットされているのであれば、そのリセットを行う仕組みが働いているはずです。

そのリセットを行うのは、何らかの遺伝子の働きによるものだとしか考えられません。

いや、どう考えても他にはあり得ません。

今から思えばですが、山中先生のこの考え方は、非常に合理的です。

 

ところが当時は、どこに行っても、誰に話をしても、決まって言われるのは「そんなことができる訳がない」でした。

信念を貫くために研究費集めに奔走しましたが、本当に苦労されたと言います。

とにかく、こんなSFまがいの研究には、ほとんどの人が研究費を付けてくれなかったのです。

 

ほとんどの研究には流れがあります。

しかし、過去ブログ【054】でお話した、坂口志文先生の制御性T細胞探索の研究は、誰からも注目されない、いわば当時の免疫学研究の流れから外れたものでした。

takyamamoto.hatenablog.com

 

山中先生と同様、当時の志文先生も研究費集めに苦労されました。

ところが今や、制御性T細胞は現代免疫学の「本流」となり、世界中の多くの研究者が制御性T細胞の研究に集まって来ています。

なぜなら、このような本流にのった研究をした方が、研究費の獲得も容易だし、結果も出やすい、つまり論文もたくさん書けるし、それによって自分の研究者としての業績も上がる訳です。

山中先生が訴えたiPS細胞も、志文先生の制御性T細胞と同様、当時の如何なる研究の流れにものらないもので、事実、ほとんどの人から支持が得られなかったのです。

 

山中先生は、何度となくくじけそうになったと言いますが、そんなある時、当時、世界最高峰の大学のひとつであるマサチューセッツ工科大学教授であった利根川進先生(1987年、日本人初のノーベル生理学・医学賞受賞)の講演を聴き、講演終了後の質疑応答の時間に、勇気を振り絞って利根川教授に質問をぶつけました。

「研究者は研究の本流にのったテーマをやるべきなのでしょうか? 本流に乗らないテーマは、なかなか評価されず、研究費も付けてはもらえません。そのような研究はすべきではないのでしょうか?」

私はこの時の動画を観ましたが、質問に立った山中先生は、今とはまるで別人のようでした。自信は失せ、緊張し、恐る恐る利根川先生に話しかけるのでした。

そして利根川教授はこう答えました。「君に信じるものがあるのなら、信じることをやるべきだ」と。

尊敬する利根川教授にこう言われて、山中先生は決意を新たにしたと言います。

その山中先生がノーベル賞を受賞した後で、利根川先生はその時のことを思い出して、こう言いました。「『面白いことをいう若い奴がいるもんだなぁ』と思ってねぇ」と。

 

3.山中先生の信念

 

生殖細胞である卵子精子が受精した受精卵では、全ての老化と分化の状態が何らかの遺伝子の働きによってリセット(初期化)されるのではないか?

だから、そのリセットを行う遺伝子が存在するはずだ!

受精卵では自然に起こっているその生命現象を人工的に起こす。

ただそれだけのことなのだ! そのからくりが解れば、造作もないはず。

 

この信念に基づいて研究を重ね、ついに山中先生は、皮膚の細胞でも、血液の細胞でも、たった4つの遺伝子を導入し、その細胞の中で起動させることによって細胞の全ての状態がリセットできることを、ついに発見したのです。

この4つの遺伝子を皮膚細胞なり、血液細胞なりに導入すると、ES細胞に非常に良く似た状態にすることができ、ES細胞と同様、ほぼ無限に培養でき、様々な刺激によって様々な細胞に分化できる「多能性」を有することが分かったのです。

 

iPS細胞樹立を成功させた4つの遺伝子

これらは「ヤマナカ・ファクター」と呼ばれています。

 

次回予告:

山中先生は2006年にマウスのiPS細胞を樹立し、そして、翌2007年には早くもヒトのiPS細胞を樹立されました。

そして、わずか5年後の2012年にはノーベル生理学・医学賞を受賞されています。

この生理学・医学賞受賞の速さは、近年では異例のことです。

それだけ医療界に対してインパクトのある業績だと、高く評価されたのでしょう。当然のことではありますが。

ヒトのiPS細胞の樹立からちょうど10年の節目を迎えた今年、初めて生で山中先生のお話を聴けた訳ですが、次回は、山中先生のお話から、ご自身がけん引されている、iPS細胞の医療への応用の取り組みついて、たとえ話を交えて、出来るだけ解りやすくお話したいと思います。

 

 

今回も最後までお読み頂き、ありがとう御座います。

 

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是非、お読みになったご意見やご感想、お叱りをコメントでお寄せ下さい。

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058【食物アレルギーは食べさせて防げ!】ひとりでも多くのお母さん方に知って頂きたい正しい情報

目次:

1.日本小児アレルギー学会のガイドラインの変遷

2.医学的根拠

3.なかなか改まらない食物アレルギーに対する誤解

4.結論

 

今回はめずらしく、いつになく真剣にお話します。

これからお母さんになられる方や、すでに乳児をお持ちの方に、是非知って頂きたい大切なことをお伝えします。

お子さんを食物アレルギーにしないためにはどうすればいいのか、についての最新の正しい情報です。

 

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1.日本小児アレルギー学会のガイドラインの変遷

 

食物アレルギーを防ぎたかったら食べさせろって?

何言ってんの!? そんなことしてアナフィラキシーになったら、どう責任取ってくれるわけ!?

 

子供の食物アレルギーに対する予防法と治療法に関する考え方は、この10年ほどで大きく様変わりしました。

日本小児アレルギー学会は、5~6年おきに「食物アレルギー診療ガイドライン」を改訂しており、その変遷を見ると、考え方がガラリと変わっているのが分かります。

 

ずっと以前は、子供を食物アレルギーにしたくなければ、その食材を「完全に避ける」というのが一般常識だったようです。

例えば、子供で一番多い卵アレルギーにしたくなければ、離乳食の初期から卵を徹底的に排除した食事を与える訳です。

母親の方も、授乳中はもちろん、妊娠中から卵を避ける人もいたようです(今でもいるようですね)。

 

2005年のガイドラインでは、まだ、「食物を除去する必要はない」という考えと、「厳しく除去すべきだ」という真っ向意見とがあったようです。

しかし、2012年の改訂版では、「正確な原因食品の診断に基づいた必要最小限の除去食」という考え方に変わりました。

つまり、何でもかんでも避ければいい、と言うのではなく、症状が出たときに、原因食材をちゃんと突き止めた上で、除去は最小限に留めましょう、と言うことです。

でも、基本の考え方は「除去」です。

 

そして、2016年改訂版では、さらに、「原因食品を可能な限り摂取させるにはどのようにすればよいか」に様変わりしています。

 

つまり、昔は「アレルギーが怖かったら、最初から一切食べさせるな」でした。

それが、「原因食物に限って、最小限の除去をしなさい」に変わって、現在では、「アレルギーの原因食物ほど食べさせなさい」なのです。

大方向転換です!

 

昔は根拠もなく、原因食材は避けた方が良いと盲信されていたようです。

しかし、現在の「積極的に食べさせるべき」という考え方は、近年の医学的根拠に基づいたものです。

 

2.医学的根拠

 

以前から、「食べさせるべき」と考える専門家はいましたが、医学的な根拠はそう多くありませんでした。

転換期となったのは、ごく最近のこと。2015年に発表された英国のグループの研究結果です。

生後4~10カ月の子供に、週3回、ピーナッツのタンパク質2グラム(多くね?)を食べさせたグループと、まったく食べさせなかったグループとで、その後、ピーナッツアレルギーを発症した子供の割合を調べました。

果たして、アレルギーを発症した子供は、食べさせなかったグループでは17.2%であったのに対して、食べさせたグループでは3.2%と、劇的に少なかったのです。

この論文には、多くの小児アレルギーの専門医が注目しました。

 

2016年、東京の国立成育医療研究センター大矢幸弘アレルギー科医長らは、世界的に権威の高い英国の医学雑誌Lancetにおいて、以下のような報告をしています。

生後、アトピー性皮膚炎を起こし、食物アレルギーを起こす可能性の高い生後6ヶ月までの乳児121人を2つのグループに分けました。

ひとつのグループには、加熱した卵の粉末を、もう片方のグループには、見た目にはそっくりなカボチャの粉末を毎日50mg(ごく少量です)、3ヶ月後からは250mgに増やして与えました。

カボチャは偽薬(プラセボ)という訳です。

卵かカボチャか、赤ちゃんの保護者はもちろん、医師にもどっちがどっちか知らせていません。

これは、「二重盲検法」と言って、関係者の思い込みによる判断の偏りを排除するためで、精度の高い評価ができる手法です。

その結果、1歳になった時点で卵アレルギーを発症した割合は、卵を食べなかったグループが38%、一方、食べたグループではわずかに8%でした。

www.ncchd.go.jp

 

3.なかなか改まらない食物アレルギーに対する誤解

 

子どもの食物アレルギーを恐れて、離乳食開始時から卵を食べさせなかったり、妊娠時から卵を摂らなかったりする人が、まだいるようです。

赤ちゃんが卵アレルギーになると、「私が卵を食べたからだ」と自分を責めたりするようです。

12年も前、2005年のガイドラインで既に、妊娠中から特定の食物を避けることについて「推奨しない」と書かれているのにも関わらずです。

 

お母さん方、安心して食べましょう。

近年では、母親のせいどころか、赤ちゃんの食物アレルギーを防ぐためには、むしろ「妊娠時から食べる方がいい」との研究結果もあるくらいです。

pediatric-allergy.com

もちろん、まだ結論は出ていませんが、根拠のない説を盲信している人が多いことは悲しい限りです。

 

それから大事なことを一点。

食物アレルギーが心配で血液検査をしてもらったら、「卵にアレルギーがある」と言われて、その後一切、卵を食べさせないとか、ありがちだと思います。

気持ちは分かりますが、症状が出ていないのであれば、様子を見ながら少量を食べさせた方がいいです。

もちろん、症状が出たら、すぐに止めて、受診して下さい。

血液検査では、何の抗体が多いのかを調べるのですが、実際には、その食品を食べさせて体の反応をみる「食物経口負荷試験」の結果で、対応を検討すべきです。

「食べられるのなら、食べさせる」 これが基本です。

 

ところで話は変わりますが。。。

ビックリしました! 下のようなサイトがあります。

www.ikuchan.or.jp

なな、なんと、広島県が運営しているサイトなのですが、子供の食物アレルギーに悩むお母さんに対して、一般の人が、子供のアレルギーを避ける方法や治療法について、自分の経験からアドバイスしているのです。

もちろん、間違いだらけ。。。

正しいのもありますが、一般の人には、どのアドバイスが正しくて、どれが正しくないかなんて分りっこないっしょ!

地方自治体が誤った医学知識を市民に広げてなんとする!!(怒!)

 

4.結論

 

子供を卵アレルギーにさせないために、免疫が弱い生後1年までは卵を食べさせず、3歳や5歳になってから食べさせ始めた、なんていう人もいるようですが・・・

断言します。逆です!(チョー久しぶりの「断言」)

 

卵程度なら、年齢とともに食べられるようになることも多いです。

私も子供のとき卵アレルギーでしたが、ほんの数年のことです。どうってことありません。

(もちろん、卵でも重篤なアナフィラキシーの可能性はあります)

でもピーナッツや蕎麦など、死に至る可能性の高い食べ物で、逆をするのは大変な間違いです。

 

とにかく、赤ちゃんの免疫系が出来上がってしまう前が勝負です。

免疫系が未熟な間に色々なものを食べさせ、前にも話しましたが、色々な菌や毒素に触れさせることで、赤ちゃんの免疫系は健全に育っていくのです。

そうすることで、過剰な免疫反応を抑える制御性T細胞も育っていきます。

決して過度に清潔にしてはいけません。子供の免疫系を過保護にしてはいけません。

もう一度、過去ブログ【010】をお読み下さい。損はしませんから(笑)

takyamamoto.hatenablog.com

お分かり頂けると思いますが、極論を言うと、3歳や5歳になってからでは遅いのです。

 

免疫、特に獲得免疫は「慣れ」の現象です。

小さいうちに色々な食材、様々な異物に触れることで、危険な異物とそうでないものを見分ける能力を獲得します。

卵を避けて育った子供の免疫系は卵を知りません。

そこに突然、卵がやってくると、「なんだ、これは!?」となります。

どう適切に対処していいのか分かりません。

その結果、免疫系が大騒ぎした挙句、過剰に反応した結果がアレルギーです。

そうならないように、小さいうちから色々なものに慣れさせておくことが大切です。

 

もちろん、私が述べたようにすれば、100%食物アレルギーにならないという保証をするものではありません。

どうしたって食物アレルギーになる子はいます。

遺伝の影響もありますし。

 

私が申し上げたいのは、食物アレルギーの予防と、食物アレルギーになったときにどう対処するのかについて、昔と今とでは考え方が様変わりしているということです。

そして、大事な点は、その様変わりは、いくつもの医学的根拠に基づいたものであるということです。

 

このことを、できるだけ多くのお母さん方に知って頂きたいです。

 

結論:

  • 離乳食初期から色々なものをまんべんなく食べさせる
  • もし、アレルギーの症状が出た場合は、疑われる食材を一時的にやめる(原因食材を特定する)
  • 医師と相談しながら、少量ずつ食べさせ始める(「排除」はしない)
  • 場合によっては、専門医のもと、「経口免疫療法」を行う(アナフィラキシーには十分に注意)

 

う〜ん、今回は人の役に立つ、まともなことが言えたような気がするなぁ。

 

 

今回も最後までお読み頂き、ありがとう御座います。

 

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是非、お読みになったご意見やご感想、お叱りをコメントでお寄せ下さい。

大変励みになります。

 

 

057【抗HIV薬の開発とHAART療法】HIV感染症(その3)

目次:

1.世界初の抗HIV薬の開発者は日本人!

2.どうやってウイルスの増殖を防ぐのか?

3.付きまとう副作用と薬剤耐性の問題

4.HAART(ハート)療法の登場

5.ちゃんと飲まないんだったら、飲まない方がまし

 

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1.世界初の抗HIV薬の開発者は日本人!

 

HIVに関する研究の進展の速さには凄まじいものがありました。

1981年に米国で複数のAIDS患者が発見され、1983年にはフランスのモンタニエらがHIVを発見、1985年には早くも最初の抗HIV「アジドチミジン(AZT)」が開発され、1987年3月に米国発売、同11月には日本発売となっています。

病気の原因究明から治療薬開発が行われ、こんなにも早く実際に医療現場に投入された例を他に知りません。

 

AZTは1960年代から既に抗がん剤として使われていた比較的古い薬です。

この薬に抗HIV作用があることを見出したのは、現・熊本大学教授の満屋裕明先生です。

満屋裕明 - Wikipedia

 

治療薬の開発は、動物での効果と安全性、ヒトでの効果と安全性についての膨大なデータ取得が必要で、ある病気に対する効果が期待される候補物質を見出してから、10年、15年とかかるのが普通です。

そんな調子では、HIVが世界中に蔓延してしまい、薬が開発されたころには手の打ちようがなくなってしまっていることでしょう。

延焼してから消火器を持ってきても手遅れです。

 

当時、米国立がん研究所の研究員だった満屋先生は、ゼロから新規に薬を開発していたのでは、この未曽有の危機に対応できないと考えられたのでしょう。

既存薬の中からHIVに対する効果のあるものを探索したようです。

既存薬なら安全性についてもデータが豊富にある訳で、審査・承認も早いはずです。

米国政府もそのつもりでした。

 

2.どうやってウイルスの増殖を防ぐのか?

 

さて、いったいどうやったらHIVをやっつけることができるでしょう?

HIVだけに効果を示して、人間には悪さをしない(副作用がない)、そんな薬であることが望ましいのは言うまでもありません。

 

皆さん、抗生物質はご存知ですね。

ヒトに影響を与えず、ある種の細菌の発育・増殖だけをストップさせることができます。

その理屈はと言うと、抗生物質には様々なタイプがありますが、例えば、細菌は「細胞壁」という堅い殻で覆われています。

人間の細胞には、薄い「細胞膜」があるだけで、こんな殻は被っていません。

ですから、細菌がこの細胞壁を作る仕組みだけを妨げるような薬であれば、細菌の増殖だけを止めることができます。

実際に、細胞壁合成に関わる酵素を阻害する抗生物質があります。

 

次にウイルスの話をしましょう。

本ブログ【036】で、ヘルペスウイルスには特効薬があるというお話をしました。

takyamamoto.hatenablog.com

 

ヘルペスウイルスはDNAウイルスですが、自身のDNAを合成するのに「チミジン・キナーゼ」と言う酵素が必須で、自分でチミジン・キナーゼ遺伝子を持っています。

人間は自身のDNA合成にチミジン・キナーゼなんて必要ありません。

ですから、チミジン・キナーゼの働きを邪魔すると、ウイルスには致命的ですが、人間はヘッチャラなのです。

代表的な抗ヘルペス薬に「アシクロヴィル」がありますが、副作用も少なく、よく効く非常にいい薬ですね。

 

満屋先生が見出したAZTは、アシクロヴィルに構造も考え方も良く似ています。

アシクロヴィルはヘルペスウイルスに特異的なチミジン・キナーゼを阻害する薬ですが、AZTはHIVに特異的な逆転写酵素を阻害します。

人間は逆転写なんかしませんから、逆転写酵素を阻害されたってヘッチャラだという訳です。

アシクロヴィルとAZTは、ウイルス特有の酵素を標的にしたDNA合成阻害剤と言う点で、原理もよく似ています。

このように、抗ウイルス薬として既に実績のある薬と同じ戦略を取ることが最も近道だと、満屋先生は考えられたのではないでしょうか。(私の推測です)

 

 

ヒトでもウイルスでも、DNAは「ヌクレオチド」とい物質を材料にして、ヒトならDNA合成酵素、レトロウイルスなら逆転写酵素の働きによって合成されます。

ヌクレオチドには「塩基」と言う物質が含まれていますが、この塩基にはグアニン(G)、アデニン(A)、チミン(T)、シトシン(C)の4種類があります。

したがって、ヌクレオチドにも4種類ある訳です。

DNA合成酵素や逆転写酵素が、この4種類のヌクレオチドを、次々と鎖状につなげていくことで、なが~~~いDNAが出来上がります。

 

図の①を見て下さい。

それぞれのヌクレオチドには、別のヌクレオチドと手をつなげられるように、ジグソーパズルのような凸と凹があります。(あくまでも例えです)

これによってヌクレオチドが、DNA合成酵素の働きによって、Gの次にA、その次にまたG、その次にC、と言う具合に、左から右へ次々と連結されていきます。

 

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ここにAZTがあるとどうなるか。

AZTは、チミン(T)の代わりにHIVの逆転写酵素に取り込まれやすい性質があります。

そして、ここがミソなのですが、AZTには凸はありますが、凹がありません。(オォッ!)

図の②を見て下さい。

Gの次にA、その次にG、その次にC、そして、本来は次にTなのですが、HIVの逆転写酵素は、人間のDNA合成酵素よりも100倍もAZTを取り込みやすいのです。

Tの代わりにAZTがはまり込むと、AZTのお尻には凹がありませんので、逆転写酵素が次のAをつなげようとしても、どうにもつながらない、という訳です。

 

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本来のDNAの材料であるdTTPと抗HIV薬AZTの類似性

 

上の図で、本来のDNAの材料であるチミン(dTTP)とAZTの構造が非常に似ていることが分かるでしょう。

ヒトのDNA合成酵素は、この違いを比較的見分けることができるのですが、逆転写酵素には、見分けがつきにくいのですね。

 

3.付きまとう副作用と薬剤耐性の問題

 

AZTは、抗がん剤として古くから使われていたため、安全性についても、前もって分っていた通り、やはり骨髄抑制(白血球や血小板が減る)という副作用は避けられません。

ヒトのDNA合成酵素が、HIVの逆転写酵素に比べればAZTを取り込みにくいとはいえ、骨髄の造血幹細胞など、増幅の盛んな細胞では、やはり問題が出ます。

 

それよりも大きな問題は、この薬を長く使っているうちに、ウイルスが耐性(薬が効かない)を獲得することです。

なぜ、耐性が現れるのか?

 

一般的にRNAウイルスは変異しやすいのですが、レトロウイルスは特に、逆転写酵素の正確性が悪いために、自ずと遺伝子配列が変異しやすいのです。

ウイルスが増殖しているうちに、何らかの変異体が現れたとします。

遺伝子の変異と言うのは、たいがいは生存に不利なことが多く、変異体が生き残ることは多くありません。

ところが抗ウイルス薬を使っている状態で、たまたま偶然にその薬に強い変異体が現れたらどうなるか?

その変異体が、たとえ100億個中のたった1個であっても、抗ウイルス薬がある環境では、他の99億9999万9999個のウイルスよりもずっと生存に有利です。

そんな中で、この変異体が数を増やし、幅を利かせるようになるのです。

これが耐性株の出現です。

 

そんな訳で、抗HIV薬がたった1種類ではすぐに役に立たなくなります。

もっと、耐性株が出現しにくい薬はできないものか?

その後、別のタイプの逆転写酵素阻害剤や、他のウイルスの酵素、例えば、プロテアーゼやインテグラーゼというHIV特有の酵素の阻害剤などが次々と開発されました。

 

4.HAART(ハート)療法の登場

 

HAARTとは、Highly Active Anti-Retrovirus Therapy(「高力価抗レトロウイルス療法」とでも訳せるでしょうか)の略です。

HIV薬開発の初期のころから、複数の薬を併用することで、耐性株の出現をある程度抑えられることが分かっていました。

 

HAART療法では3~4種類の薬を併用します。

特に、上述のプロテアーゼ阻害剤が登場したことで、非常に治療高率のよいHAART療法が可能になったとのことです。

どの薬を組み合わせるか? 組合せの考え方はいくつかあるようですが、医師でも薬剤師でもない私には詳しいことは分かりませんので、シッタカしては書きません。

詳しくは、下のようなガイドラインがあります。

http://www.hivjp.org/guidebook/hiv_7.pdf

 

HAART療法の目的は、血液中のウイルスを検出限界以下にまで減らすことです。

検出限界以下とはどういうことか?

 

HIV感染者の血液中には、無症候時期であっても、1cc中になんと数千個から数万個もウイルスがいます。それこそウジャウジャです。

(だから感染者の血液に直接触れることは、非常に危険です)

この血液中のウイルスの数と言うのは、遺伝子増幅技術PCR法(1993年、ノーベル化学賞受賞)で測定することが可能です。

 

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PCR法の原理図 ひとつのDNAが二つ、二つが四つ、四つが八つ、八つが・・・あとは自分で計算して(笑)

 

PCR法は非常に感度の高い測定技術で、血液1cc中50個のウイルスまで検出できます。

と言うことは、1cc中に20個とかだと検出できない可能性があるということです。

これが、「検出限界以下」のレベルです。

ですから、PCR法の結果が陰性だったからと言って、ウイルスが全くいないという訳ではありません。

HAART療法では、現代の最も感度の高い検出技術をもってしても検出できないくらいの低レベルまでHIVを少なくすることが目的です。

 

前回お話したように、ゲノムの中に入り込んだプロウイルスを排除することは出来ません。

免疫が落ちるとプロウイルスが暴れ始めますので、治療を受けつつ、体調管理には十二分に気を付けます。

そうしてウイルスの活動を抑え、ウイルスと宜しく付き合って長く生きていくのです。

これによって、従来は早ければ3年、長くても10数年だったHIV感染者も、著しく延命することができるようになりました。

 

5.ちゃんと飲まないんだったら、飲まない方がまし

 

HAART療法を成功させる上で最も重要なことは、定められた通りキチンと薬を飲むこと、飲み続けること、です。

キチンと飲んでいれば、偶然の変異によって耐性株が出現しても、他の薬で抑えられます。

 

HAART療法において非常によろしくないのは飲み忘れです。

飲み忘れが多く、血液中の薬の濃度が低い状態がよろしくない。

薬が効くか効かないかという、うっす~~~い状態では、偶然出現した耐性変異株を充分には抑えられません。

返って、低濃度の薬がある状態では、変異体の方が他のウイルスよりも断然有利なため、数を増やして優位になります。

飲み忘れが多いと、こうして生き残り続けた耐性株が、HAARTで使われている別の薬に対する耐性をも獲得し、非常に厄介な「多剤耐性株」の出現につながります。

HAART療法で耐性株が出現したら、耐性を示した薬を他の薬剤に切り替える訳ですが、似たような作用を示す薬もあり、決して選択肢は多くないようです。

 

本人に治療への自覚があり、飲み忘れをしないように積極的に努力する意思があり、また実行できること。これをアドヒアランスと言うそうですが、HAART療法の成否は、患者のアドヒアランスにかかっていると言っても過言ではありません、と言うことです。

 

 

今回も最後までお読み頂き、ありがとう御座います。

 

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是非、お読みになったご意見やご感想、お叱りをコメントでお寄せ下さい。

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056【HIVの感染からAIDS発症までのメカニズム(その2)】HIV感染症(その2)

目次:

1.前回の復習:ヘルパーT細胞へのHIVの侵入から、ウイルスRNAの逆転写、ウイルスDNAのゲノムへの組み込みまで

2.「獅子身中の虫」プロウイルス!

3.AIDSの発症に至るまで

次回予告:最新AIDS治療法「HAART(ハート)療法」

 

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1.前回の復習:ヘルパーT細胞へのHIVの侵入から、ウイルスRNAの逆転写、ウイルスDNAのゲノムへの組み込みまで

 

takyamamoto.hatenablog.com

 

 

前回の復習を致しましょう。(必要ない方は飛ばして、2.に進んで下さい)

 

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上の図は、HTLV-1という、ヒト成人T細胞白血病の原因であるレトロウイルスのイラストですが、HIVも全く違いはありませんので、このイラストで説明します。

 

HIV表面の糖タンパク質が、ヘルパーT細胞の受容体CD4と共受容体CCR5に結合して、細胞の中に取り込まれ(図の①)、ウイルスの酵素(タンパク質)とRNAが細胞内に侵入します。

すぐに、取り込まれたウイルスRNAから、ウイルス自身の逆転写酵素によって、DNAに写し取られます(図の②)。

このウイルス由来のDNAは、やはりウイルス自身の酵素インテグラーゼの働きによって、細胞ゲノムの任意の場所に組み込まれます(図の③)。ゲノムのどの場所に組み込まれるのかは、ほとんど偶然です。

ここまでが、前回のお話でした。

 

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走査電子顕微鏡写真「T細胞に感染するHIV(オレンジ色の粒々)」 

 

2.「獅子身中の虫」プロウイルス!

 

この細胞のゲノムに組み込まれ、もはや宿主のDNAと同じ存在になったウイルスDNAのことを「プロウイルス」と呼びます。

プロウイルスは、我が遺伝子と同じです。邪魔な存在ですが、取り除くことは不可能です。

プロウイルスを除去するには、プロウイルスを持つ細胞自体を免疫の力で排除するしかなく、それができないのなら、一生を共に生きていくしかありません。

獅子身中の虫」という訳です。

 

我われの細胞の遺伝子は、我われの意思とは関係なく、勝手に活動しています。

ですから、HIVのプロウイルスも勝手に活動します。

私たちには止められません。

 

プロウイルスからはHIVの遺伝子が起動し、ウイルスのタンパク質が盛んに作られます。

そして、細胞内で増殖し、細胞から芽を吹きだすようにウイルス粒子が放出されて、別の細胞に感染し、さらに拡散していきます。

 

3.AIDSの発症に至るまで

 

HIVに感染した直後には、一見、風邪のような症状が出ることが多いですが、見過ごされがちで、本人もHIV感染とは気付かないことも少なくありません。

 

感染の有無の検査は、普通「抗体検査」で行います。HIVに対する抗体があれば「陽性」、即ち感染の疑いがあり、その後、確定診断のため、さらに確度の高い検査が行われます。

この抗体ができるのに、感染後1ヶ月ほどがかかるため、その約1ヶ月間(ウインドウ・ピリオド)は、感染してても、この抗体検査に引っかからないことがあるので、注意が必要です。

ただ、最近では、抗体検査よりもずっと高感度な遺伝子増幅法「PCR法」による検査が行われることもありますので、その検査であれば、ウインドウ・ピリオドは短縮されます。

 

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HIV感染からAIDS発症までの経過

 

感染初期の急性期には、血中のウイルス量の急増と、HIV感染によるCD4陽性T細胞の減少が認められますが、やがて、ウイルス量、CD4陽性T細胞数ともに落ち着きます(上図)。

でも、無症状に見えて、ウイルスの活動は確実に進行します。

そして、感染から数年、長い人で10数年の無症候期間を経て、急激なウイルス量の増加とCD4陽性T細胞の減少が顕著になります。

 

ヘルパーT細胞の減少によって、免疫系は急激に機能を喪失し、免疫不全による様々な異常が発生します。

AIDSの症状として特徴的なのは、普段ではほとんど見られないような珍しい感染症や腫瘍を発症することです。

普段見られない日和見(ひよりみ)感染としては、ニューモシスチス・カリニ肺炎が代表的です。

珍しい腫瘍としては、ヒトヘルペスウイルス8型(HHV-8)の日和見感染によるカポジ肉腫があります。

HHV-8なんて、ほとんどの人が子供のころに感染しており、一度感染すると、私たちの細胞の中で、ず~っと大人しく潜伏しており、ほとんど悪さをすることはありません。

それが、AIDSで免疫が落ちると、皮膚がんの一種であるカポジ肉腫を起こすのですね。

その他にも様々な症状を呈し、死に至ることになります。

 

次回予告:

HIVが発見された直後から、HIV感染症の治療薬の開発のための研究が世界中で始められました。

当初は、重篤な副作用が出たり、使い続けているとウイルスに耐性が出来て効かなくなるということが多く、研究者たちは苦戦を強いられました。

しかし、現在では、早期に治療を開始すると非常に予後が良く、3050年も延命できるようになっています。

AIDSを発症した後で治療を開始しても、ある程度の延命が期待できます。

この治療法は、ウイルスを根絶するのではなく、ウイルスとうまく付き合いながら、長く生きていこうという考え方に基づきます。

次回は、そんな最新のHIV感染症の治療法、「HAART(ハート)療法」についてお話します。

 

 

今回も最後までお読み頂き、ありがとう御座います。

 

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055【HIVの感染からAIDS発症までのメカニズム(その1)】HIV感染症(その1)

目次:

1.「20世紀の黒死病」AIDSの発見とHIV発見秘話

2.AIDSは性感染症

3.HIVの感染メカニズム

4.ここでちょっとひと休み ~CCR5の変異体を持つ人はHIVに感染すらしない?~

 

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1.「20世紀の黒死病」AIDSの発見とHIV発見秘話

 

1981年、アメリカで全く原因不明で、通常では見られないような珍しい感染症や腫瘍を多発する、明らかに臨床上、これまでに知られていない病気の患者が多数発見されました。

この病気が特に注目をひいた理由が、患者の多くが、ゲイか薬物乱用者であったことです。

このような、特殊な人たち(ゲイは、当時ではまだ「特殊」な人たちとの認識でしたから)に限定して発症するこの病気の原因は何なのか?

まったくミステリーです。

 

この病気では、明らかに免疫力が落ちている免疫不全状態であり、そのため後天性免疫不全症候群」(AIDS)と名付けられました。

病気の発生状況から見て、感染症であることに疑いの余地はありませんでしたが、予防法や治療法はおろか、原因となる病原体すら不明のまま、全米に急速に広まっていきました。

誰にもそれを止めることができない様に、いつしか「二十世紀の黒死病と呼ばれるようになりました。

 

対策のためには、まずは何よりも原因となる病原体の同定が「焦眉の急」です。

それに名乗りを上げたのが、フランス・パスツール研究所リュック・モンタニエと、米国のウイルス学者で、近年、ヒト成人T細胞白血病の原因ウイルスを発見し、勢いに乗るロバート・ギャロです。

1983年、モンタニエとギャロが、ほぼ同時期にAIDS患者から原因ウイルスを発見したと発表しました。

果たして二人のうち、どちらがAIDSの原因ウイルスの発見者なのか?

この発見は、ノーベル賞受賞確実と言われる偉業です。

なんと、この問題は、科学の世界の手を離れ、当時の米仏両国の大統領を巻き込んでの外交問題にまで発展しました。

故意か過失か? ギャロのウイルス発見には不正があるとの指摘を当時のレーガン米大統領が認め、名実ともに、リュック・モンタニエらが「ヒト免疫不全ウイルス」(HIV)の発見者として世界的に認められ、彼らはHIV発見の業績により、2008年、ノーベル生理学・医学賞を受賞しました。

 

HIVの発見の後、世界中の研究者により、急速にウイルスの遺伝子やタンパク質の構造と機能、感染様式、病状の進展メカニズムなどの研究が進められました。

 

2.AIDSは性感染症

 

HIV感染症」と「AIDS(免疫不全症候群)」とは同義ではありません。

HIVに感染して、何年にも及ぶ無症候の期間を経た後に、免疫力の低下に伴った様々な症状を発症してはじめて「AIDS」です。

 

HIVの感染経路は、主には血液を介したものです。

ウイルスが血液の中に侵入すれば、高率で感染が成立します。

薬物乱用者に患者が多かったのは、1本の注射器を複数の人で共用したことが原因です。

 

しかしAIDSは、薬物の注射、輸血、汚染された血液製剤の投与などと言う人為的な行為による感染を除けば、人間の自然な行為による感染様式からは、淋病や梅毒などと同じ「性感染症」に分類されます。

ウイルスは精液の中に多量に存在します。

ゲイなどが行うアナルセックスでは、腸内壁の粘膜が傷つきやすく、ウイルスがその傷口から容易に血液内に侵入します。

通常の異性間の性行為でも、男性・女性のどちらが感染者であっても、相手に感染させる可能性があります。

特に不特定多数の相手と、コンドームを使わないで行う性行為は、極めて感染のリスクが高いでしょう。

 

1987年に、日本で初めての女性のAIDS患者が亡くなったという報道で、日本中が大騒ぎになりました。

それまで日本人は、米国のAIDS蔓延の状況を「対岸の火事」とみる人が多かったのですが、実は日本政府は、大変な危機感を持っており、HIVの侵入を水際で防ぐべく、各医療機関や保健所におけるAIDS患者発生の情報に目を光らせていたのです。

この報道により、「対岸の火事」から一転、いつかは訪れる、一人目の患者が死んだに過ぎないのに、もう日本中にAIDSが蔓延するのではないかと、みな大騒ぎでしたよ。

この辺の日本人の急変ぶりって、結構、滑稽に思えますね。

悪いのは、冷静さを欠いたマスコミの狼狽ぶりとも見える、煽り方です。

cgi2.nhk.or.jp

HIV感染など、飛沫感染するインフルエンザと違って、自身の行動を慎めば防げる病気なんですよ。。。

でも、まあ、「対岸の火事」で無関心だったのが、一挙に多くの人の関心をひいたのですから、それはそれでいいのかなぁ。

 

3.HIVの感染メカニズム

 

さて、ここからは、HIVが体内に侵入した後、どのように細胞に感染して、どのように病状が進んでいくのか、そのメカニズムを見てみましょう。

 

ここからの話を理解して頂くには、これまでに過去ブログでお話ししてきた内容を理解して頂かないと分かりにくい点があるかもしれません。

適宜、過去ブログのリンクを張りますので、復習しながらお読みください。

 

HIVは主にヘルパーT細胞に感染することは、過去ブログ【020】でお話ししました。

takyamamoto.hatenablog.com

 

なぜ、ヘルパーT細胞に感染するのかと言うと、HIVの表面にある糖タンパク質が、ヘルパーT細胞の特異的細胞マーカー分子であるCD4タンパク質に結合することが、感染の第一段階だからです。

CD4のない細胞には決して感染できません。

細胞マーカー分子については、以下の過去ブログでお話ししています。

takyamamoto.hatenablog.com

 

まず、HIV表面の糖タンパク質が、ヘルパーT細胞の表面のCD4分子に結合します。

下の図の中のglycoproteinというのが糖タンパク質です。グリコは糖、プロテインはタンパク質ですね。

 

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 HIVの構造

 

CD4はHIVの主たる受容体ですが、HIVの糖タンパク質がCD4に結合するだけでは感染は成立しません。

なぜなら、HIVの感染の成立には、補助受容体と呼ばれる別のタンパク質が必要だからです。

その一つがCCR5というヘルパーT細胞表面のタンパク質です。

HIVの糖タンパク質とCD4が結合したところに、このCCR5タンパク質も結合し、それで初めて感染が成立します。

その後、ヘルパーT細胞の細胞膜とHIVの外側の膜(エンベロープ)とが融合を起こし、HIVウイルス粒子内のゲノムRNAとウイルスのタンパク質が、ヘルパーT細胞の細胞質内に取り込まれることによって侵入します。

 

さて、細胞内に侵入を果たしたウイルスは、まもなく活動を始めます。

どう活動を始めるか?

過去ブログ【042】でRNAウイルスであるラウス肉腫ウイルスの話をしました。

takyamamoto.hatenablog.com

 

このウイルスが、従来では想像できなかったようなことをやってのけるというお話でした。

それ以前は、生物学の「中心的な教義(セントラル・ドグマ)」というものがあり、それには絶対に例外はないと考えられていました。

その当時の理論ではこうです。

生命活動と言うのは、DNAからメッセンジャーRNA(mRNA)、mRNAからタンパク質が作られる、「DNA⇒mRNA⇒タンパク質」という流れから成り立ち、これは絶対的である!と。

 

ところが、米国のテミンと水谷は、ラウス肉腫ウイルスのウイルスRNA(vRNA)が細胞に侵入すると、vRNAから相補的なDNA(cDNA)に写し取られる「逆転写」が行われることを発見したのです。

すなわち、vRNA⇒cDNA⇒mRNA⇒タンパク質」です。

この、セントラル・ドグマを崩壊させたvRNAからcDNAへの逆転写反応を行うRNAウイルスをレトロウイルスと呼びます。

ラウス肉腫ウイルスもHIVもレトロウイルスです。

 

逆転写の結果できたウイルス由来のDNAは、その後、なな、なんと、細胞の核に侵入し、その細胞のゲノム(その細胞自身のDNA)内に組み込まれてしまうのです。

この組み込まれたウイルスのDNAはどうなるのか?

なんと恐ろしいことに、このウイルスのDNAは貴方の細胞の遺伝子の一部として機能し、細胞の分裂とともに複製され、娘細胞に引き継がれていくのです。

今からウイルスのDNAは、貴方自身のDNAなのですよ!

 

この、貴方の細胞の遺伝子の一部となったウイルスのDNAからは、ウイルスのmRNAが合成され、それからウイルスのタンパク質が作られ、貴方のヘルパーT細胞のなかでウイルスの増殖が行われるのです。

そして、増幅したウイルスは、次々と細胞表面から芽が出るように外に出ていき、別のヘルパーT細胞に感染するのです。

貴方の細胞に入り込んだウイルスのDNA、これを「プロウイルス」と呼びますが、これはもう二度と取り除くことはできません。

貴方は、このプロウイルスを細胞の中に抱え込んだまま、一生を過ごさねばならないのです!!

 

4.ここでちょっとひと休み ~CCR5の変異体を持つ人はHIVに感染すらしない?~

 

本ブログ【025】で、HIVに感染してもAIDSを発症しない人や、そもそもHIVに感染すらしない人がいることをお話ししました。

takyamamoto.hatenablog.com

しかし、その仕組みについては全くお話ししませんでした。

 

HIVの感染を成立させるには、ヘルパーT細胞の表面上にCD4とCCR5というタンパク質のあることが必要不可欠です。

ところが、ごく一部ですが、CCR5に変異のある人がいます。

この変異のあるCCR5は、CCR5Δ(デルタ)32と呼ばれますが、このCCR5Δ32を持つ人はHIVに感染すらしないのです。

すなわち、HIVの感染成立には、T細胞側に、主受容体CD4の他に、副受容体CCR5の発現が必須なのですが、CCR5Δ32はHIVの副受容体として機能しないのです。

残念ながら、HIVに感染すらしないCCR5Δ32は、日本人を含むアジア人には多くありません。

一方、ヨーロッパ系の白人には比較的多くいるのです。

 

同じく、過去ブログ【025】でお話しした、HIVに感染しても、AIDSを発症しない「エリート・コントローラー」

takyamamoto.hatenablog.com

こちらは、免疫の型であるHLAが、特定の型を持っている人であることが分かっています。

HIVに感染しても、HIVウイルス感染細胞を早期に発見し、やっつける免疫力を元々持っている人たちです。

「なんで一部の人だけなのか?」、「みんながそうだったら、だれもAIDSにならずに済むのに。。。」

それはそうですが、そうはいかないのです。

このHIVに対するエリート・コントローラーの人。HIV感染には滅法強いのですが、なんと西ナイルウイルス感染には弱いことが分かっています。

 

免疫は多様性を求めてきました。その結果、人間一人ひとりの免疫は違うのです。

もし、免疫応答能力が、全人類同じだったとしたらどうなると思いますか?

もしそうなら、ひとつの疫病に対する人間の反応は、皆同じです。

それが致死的な疫病であったなら、皆死にます。その結果、人類絶滅です。

でも実際は、そんなことにはなりません。

HIVに強い人もいれば、その他の感染症に強い人もいる。

でも、その一方で、他の感染症には弱い。

「ある感染症には滅法強いが、他のある感染症には弱い」

我々人類は、そのような多様性を持った個人の集団なのです。

それによって、いかに強力な疫病が発生しても、誰かが必ず生き延び、そのために人類が絶滅するようなことはなく、種の繁栄を追求していくものなのです。

 

次回予告:

細胞内に侵入したHIVのウイルスRNAは、cDNAに逆転写されて、なな、なんと、我々のゲノムの中に滑り込み、プロウイルスとなりまた。

こうなると、私たちの細胞からプロウイルスを追い出すことは不可能なのです。

我われはこのまま、HIVの成すがままに身をゆだねるしか成すすべはないのか?

しかし、最新のHIV感染症の治療法の進歩は、「20世紀の黒死病」を克服しつつあります。

次回以降、見事に私たちのゲノムに侵入を果たしたHIVがAIDSを引き起こす仕組みと、最新の治療法についてお話しします。

 

 

今回も最後までお読み頂き、ありがとう御座います。

 

★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆彡

 

是非、お読みになったご意見やご感想、お叱りをコメントでお寄せ下さい。

大変励みになります。

 

 

054【ヒトの制御性T細胞の存在を証明した病気とは?】「IPEX症候群」

目次:

① 号外【免疫学史上最大の謎??に挑む】の補足です

② Tregの「マスター遺伝子」Foxp3

③ 生まれつき制御性T細胞を作れない病気

④ Treg研究の今後の展望

 

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① 号外【免疫学史上最大の謎??に挑む】の補足です

 

2017年6月9日の号外にて、坂口志文先生は、ご自分が発見した免疫を抑制するT細胞に名前を付けるに際して、「敢えて『サプレッサーT細胞』の呼称を避けたのではないか?」と推測しました。

号外【免疫学史上最大の謎??に挑む】「サプレッサーT細胞」は何処へ消えた? - Dr.やまけんの【いつまでも健康に過ごすために大切なこと】

 

実はその後、志文先生のロングインタビュー記事を見つけました。

その中で志文先生は、ご自分の生い立ちから、制御性T細胞発見に至るまでの20年近くにもわたるイバラの道のりについて詳しく語っておられます。

brh.co.jp

 

これを読まずに記事を書いたとは、悔恨の極み!

しかし、この記事によって、やはり私の推測通りだったことが分かりました。

 

多田先生らが唱えたサプレッサーT細胞は、志文先生にすれば、非常にご都合主義的で、不自然で、無理があり、とても普遍的な理論には思えなかったようです。

サプレッサーT細胞の研究に執心する研究者たちは見当違いを探している、志文先生はそのように思っていたようです。

 

サプレッサーT細胞が否定され、多くの研究者が免疫抑制する細胞の探索から離れていった後も、志文先生は免疫を抑制する細胞の存在を信じていました。

初めてそのことを示唆する論文を発表したのが1985年のことです。

ほとんど反響がなく、自分の研究費の獲得や研究場所を探すにしても、「まだそんな胡散臭いことをしているのか?」と邪険にされるのがオチでした。

免疫学の世界的権威と言われている人ですら、「免疫を抑制する細胞」と聞いただけで、頭から完全否定する始末です。

「オレのは『サプレッサーT細胞』とは別物! 一緒にしないでくれ!」と叫んでも、誰も聞いてくれない、誰も相手にしてくれない、そんなだったようです。

 

そりゃあ、「サプレッサーT細胞」と名付けるはずもありませんよね。

まったく腑に落ちました!

 

② Tregの「マスター遺伝子」Foxp3

 

志文先生は、1995年に決定的な論文を発表します。

www.ncbi.nlm.nih.gov

しかし、これまた反響なし。

 

志文先生は最初、この論文に確固たる自信をもって、Natureに投稿しました。

が、完全な門前払い

STAP細胞がそうであったように、「科学に対する冒涜」くらいに思われたのかもしれません。

その他、著名な雑誌に投稿しますが、どこも反応は芳しくなく、結局、この歴史的な論文は、Journal of Immunologyという免疫学では屈指の雑誌ではありますが、やっとこさ掲載してもらえたということでした。

 

とにかく、当時の免疫学者たちの「免疫を抑える細胞」への偏見と差別は凄まじく、志文先生の業績がやっと評価され始めたのは、新世紀になってからのことでした。

 

制御性T細胞(Treg)の最も重要な遺伝子にFoxp3(ふぉっくすぴーすりー)というのがあります。

T細胞にはTregの他にヘルパーとかキラーとかがありますが、その赤ちゃんである前駆T細胞と言うのは、まだどのT細胞になるのか決まっていません。

逆に言うと、どのT細胞にもなり得ます。

 

前駆T細胞がある刺激を受けて、Foxp3遺伝子が起動することによってTregに「変身」します。(この変身を「分化」と言います)

Foxp3が発現すればTregになりますし、TregならばFoxp3が発現しています。

T細胞がTregであることを決定づけるこの遺伝子は、Tregの「マスター遺伝子」と呼ばれています。

 

さて、志文先生らによって示されたTregという細胞。これは、マウスでの話です。

ヒトのTregの存在は、21世紀に入っても、未だ証明されていませんでした。

それどころか、まだマウスのTregの存在すら疑う人も多く、志文先生一派以外に、ヒトのTregを探している研究者なんか、世界中にほとんどいなかったのではないでしょうか?

それに、ヒトの研究はスッゴク難しいのです。

 

志文先生らは、マウスの胸腺を切り取ったり、脾臓からT細胞を採り(当然マウスは死にます)、あるT細胞の集団を除去して別のマウスに移入したり、除いた細胞をもう一度戻したり、そのような実験を10年以上にもわたって重ねました。

切ったり、採ったり、戻したり、移したり。わざと病気にしてみたり、また治して見せたり。。。

こんな実験、どう逆立ちしたって、人間では出来っこありません

じゃあ、ヒトのTregの存在は、どのようにして証明すればいいのか??

 

ここで偶然的な(必然的か?)出来事が起こります。

 

③ 生まれつき制御性T細胞を作れない病気

 

IPEX(あいぺっくす)症候群という、非常に珍しい病気があります。

この病気は遺伝病ですが、これまで国内で報告されているのは、わずかに8家系だそうです。

症状は、生まれて間もなくか2、3歳になったころから、過剰な免疫反応によると思われる湿疹、貧血、血小板減少、腎炎など自己免疫性と思われる様々な症状に加え、難治性の下痢症を示すのが特徴です。

重篤な腸疾患や感染症(敗血症)のために、乳幼児期の間に死ぬことがほとんどと言います。

 

この病気、原因は不明でしたが、伴性劣性遺伝することが知られていました。

 

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「伴性劣性遺伝」とは難しい言葉ですが、性染色体のうちのX染色体に原因となる遺伝子異常があるケースで起こります。

女性の性染色体の組合せはXXです。

この異常な遺伝子を有しているX染色体をxで表しましょう。

保因者であるXxの女性は発症しません。もう一つのX染色体が正常に機能しているからです。

そして、もし、保因者である女性の子供が男の子の場合、母親から2分の1の確立で異常のあるx染色体が受け継がれます。

男の性染色体の組合わせはXYです。

不幸にして異常のあるxを母親から引き継いでしまうとxYとなるので発症してしまうのです。男の場合、正常なXを持っていませんから。

女性は保因者であっても発症はせず、その子供が男の子の場合に2分の1の確立で発症する、このような遺伝様式のことを「伴性劣性遺伝」と言います。

他に伴性劣性遺伝する病気としては、良く知られたところでは血友病と赤緑色覚異常色盲)があります。

これらも、女性には症状が出ません。

 

ちなみに、私の父は赤緑色覚異常です。ですからxYですね。

その子供が男の子であった場合、父親からは絶対にYを引き継ぐので、赤緑色覚異常にはなりません。

女の子の場合は、絶対に異常のあるxを引き継いでXxとなりますので、発症はしませんが、「保因者」になるのですね。

幸いにして、私は弟と二人兄弟で、姉妹がいません。

ですから、父の赤緑色覚異常の遺伝子は、これで途絶えることになったのですね。

えっ? 「まだ分からないぞ」って? そうかなぁ~。

 

話をTregに戻します。

ヒトのTregの存在を認めざるを得ないような大きなブレークスルーが、2001年に起こりました。

IPEX症候群の原因遺伝子が、なんとFoxp3であることが分かったのです。

X-linked neonatal diabetes mellitus, enteropathy and endocrinopathy syndrome is the human equivalent of mouse scurfy. - PubMed - NCBI

The immune dysregulation, polyendocrinopathy, enteropathy, X-linked syndrome (IPEX) is caused by mutations of FOXP3. - PubMed - NCBI

 

生まれつきFoxp3に異常があるということは、もし、ヒトでもマウスと同じようにFoxp3が機能すると仮定すれば、IPEX症候群患者はTregを作れないことになります。

そうだとすれば、自己免疫疾患や免疫バランスの破たんによって起きる様々な症状を呈するのも当然で、ヒトのTregの存在を仮定した場合、Foxp3遺伝子の異常とから、見事にIPEX症候群の原因が説明できる訳です。

Foxp3遺伝子の機能とTregができる仕組み、そして病気の発症まで、バラバラの状況証拠が見事に1本の線につながったのです。

 

ここに来て、ようやく多くの研究者がTregに注目するようになりました。

 

なんと、志文先生が「(サプレッサーT細胞とは異なる)免疫を抑える細胞」の存在を信じるようになってから20年近くの歳月が流れていました。

 

④ Treg研究の今後の展望

 

Tregの働きを理解して、それを医療に応用しようという試みが始まっています。

志文先生ご自身も、がんに対する免疫力の増強、臓器移植の拒絶反応の抑制、iPS細胞による再生医療などへの応用に期待をかけておられます。

 

IPEX症候群などのような遺伝病、特に全身に症状の出る遺伝病の治療は、現在の遺伝子治療の技術を持ってしても、まだまだ難しいのですが、病気の原因が解明されれば、治療法の開発に向けてのドライビング・フォース(原動力)になります。

 

志文先生はおっしゃいます。

今や、免疫学の流れは大きく3つ

「樹状細胞」、「トール様受容体」、そして「制御性T細胞」だと。

「樹状細胞」と「トール様受容体」はノーベル賞を受賞しました(2011年、生理学・医学賞)。

だったら、後は「制御性T細胞」っきゃないっしょ。

志文先生の「単独受賞」を期待しています (*^^)v

 

 

今回も最後までお読み頂き、ありがとう御座います。

 

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是非、お読みになったご意見やご感想、お叱りをコメントでお寄せ下さい。

大変励みになります。

 

 

053【科学は不老不死を実現できるのか?】「早老症」

目次:

① 老化が急速に進行する「プロジェリア症候群」

② 日本人に多い民族病? 「ウェルナー症候群」

③ ウェルナー症候群と診断されたら

④ 科学は老化の制御を実現出来るのか?

 

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① 老化が急速に進行する「プロジェリア症候群」

 

老化が早く進行する病気があるのをご存じでしょうか?

というと、多くの人が「ハッチンソン・ギルフォード・プロジェリア症候群」(単に「プロジェリア症候群」または「プロジェリア」とも)のことを思うのではないでしょうか。

 

病名までは覚えていなくても、テレビなどで、患者の子供のドキュメンタリーやこの病気を抱えながらも明るく前向きに生きたカナダの少女の手記などが紹介されたことで、日本でもたいへん話題になりました。

 

生後間もなくから様々な異常な症状が現れ、発育障害のため身長は低く、平均寿命は13歳。

原因不明で、治療法はありません。

これまでに確認されたプロジェリア患者は、世界で200例にも満たない極めて稀な病気です。

 

知能の発達にはほとんど異常がないために、患者の子供たちは、自分が他の子供たちと違うことを認識し、中には自分がどうなる運命なのかを理解している子もいます。

それだけに、彼ら彼女らのことを知ると、多くの人が胸を締め付けられる思いをします。

 

私は、この「プロジェリア」という病気だけは、どうにもいけません。

患者の子供の写真を、その容姿を、笑顔を、生き様を、見ているだけでも、たまらなく辛くなる病気です。

なんでこんな病気があるのか? なんでこんな病気がなければならないのか?

これは、人類の進化の過程で必然的に生まれた、いわば、なくてはならなかった必要悪だとでも言うのか!?

 

② 日本人に多い民族病? 「ウェルナー症候群」

 

「早老症」とは、老化が異常に早く進行する病気の総称で、プロジェリアも早老症に含まれます。

 

日本人に多い早老症としては、「ウェルナー症候群」があります。

「ウェルナー症候群」というのは聞きなれない病名かもしれませんが、日本人には比較的、いや、世界的にみて「圧倒的」に多い早老症です。

 

子供の時期には特に目立った症状は出ないため、ほとんどの場合、本人も周囲も気が付きません。

原因は、ある程度分かっているような、ハッキリとは分かっていないような。。。

 

ウェルナー症候群は、古くから遺伝病と考えられていました。

というのも、ウェルナー症候群の家系が存在することが以前から知られており、その原因遺伝子を突きとめるために、そのような家系の人たちの遺伝子が詳細に調べられたのです。

そして、ウェルナー症候群の原因として、WRNという遺伝子の、たったひとつの塩基の突然変異が報告されました。

1996年の事です。

Positional cloning of the Werner's syndrome gene. - PubMed - NCBI

 

WRN遺伝子は、DNAの修復に際して、DNAの二重らせん構造のねじれを巻き戻す働きをする「DNAヘリカーゼ」という遺伝子であることが分かっています。

しかしながら、この遺伝子の機能について、それ以上のことはあまりよく分かっておらず、この遺伝子の変異が、なぜウェルナー症候群の発症につながるのかは、未だによく分かっていません。

 

理科で習った「メンデルの法則」を復習しましょう。

 

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我々は普通、ひとつの同じ遺伝子を2個ずつ持っています。

ひとつはお父さんから、もうひとつはお母さんから受け継いだものです。

WRN遺伝子も二つ持っています。

 

図では、正常なWRN遺伝子を大文字の「W」で、変異のあるWRN遺伝子を小文字の「w」で表しています。

青字はお父さんWRN遺伝子、赤字はお母さんWRN遺伝子です。

  

仮に、お父さんとお母さんの二人ともが、変異のあるWRN遺伝子(小文字の「w」)をひとつずつ持っているとします。

この両親のように、二つのWRN遺伝子のうち、ひとつに変異があったとしても、もうひとつが正常であれば、ウェルナー症候群にはなりません。

その子供が、両親からそれぞれ変異のあるWRN遺伝子を引き継ぐ確立は4分の1です。

不幸にして、両親から変異のあるWRN遺伝子を二つとも引き継いでしまった場合(ww)、ウェルナー症候群を発症する可能性があります。

 

昔は、WRN遺伝子に変異を持つ家系内での近親婚(いとこ同士やはとこ同士)で、子供に発症することが多かったのですが、しかし近年では、近親婚でもないウェルナー患者が多く見出されており、このこともあって、WRN遺伝子の変異とウェルナー症候群との因果関係について、100%確実だとは断言できないでいるようです。

 

ウェルナー症候群の患者数は、正確には把握されていません。

ネットなどで調べてみると、多く目にとまる数字は、世界中で1300人、日本国内では800人とも1000人とも言われているようですが、長期間を経た後にゆっくりと症状が出ること、そして、我が国にウェルナー症候群に精通した医師が少ないこともあり、見過ごされているケースも多く、そのため国内の患者は2000人にのぼるという推計もあるようです。

とにかく、世界中の全ウェルナー患者のうち、日本人が8割程度を占めると考えられています。

それが事実なら、これはもう「民族病」と言えますね。

 

③ ウェルナー症候群と診断されたら

 

かつて、世界的に権威のある科学雑誌「サイエンス」に掲載された有名な写真です。

日系アメリカ人の女性で、左が15歳の時。歳相応の愛らしいお嬢さんです。

一方、右は、、、

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ウェルナー症候群は、1904年にドイツ人医師のオットー・ウェルナーによってはじめて報告されました。

 

ウェルナー症候群では、思春期ごろまではほとんど症状が出ません。

成人する前後くらいから、白髪、脱毛、脂質代謝異常、血糖値の上昇、動脈硬化白内障などと言った症状が徐々に現れ、歳とともに進行します。

 

糖尿病患者と同様、足の傷は治りが悪く、しばしば難治性の皮膚潰瘍になります。

この難治性皮膚潰瘍というのが、すごく痛いらしいのです。

酷くなると、普通の鎮痛剤や麻酔薬、果ては麻薬の類でも抑えられないそうで、日常生活に大きな支障を来たします。

ですから、靴ずれ程度でも甘く見ることが出来ないそうです。

酷くなると、この痛みから解放するために、脚の切断が行われることもあるとのことです。

 

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それから、がんの発症も高率です。

 

ウェルナー症候群の根治的な治療法はなく、症状に応じた対症療法が主な治療になります。

かつては、ウェルナー症候群患者の平均寿命は40歳代くらいでしたが、近年では、がんや、その他のメタボリック症候群の症状に対する治療法が格段に進歩したため、60歳代くらいまで延命できるそうです。

 

あっ、それから、これまでクローン病潰瘍性大腸炎などが国により特定疾患の難病に指定されていましたが、2015年になってやっと、このウェルナー症候群も難病指定されました。

これにより、治療費の助成を受けることができるようになりました。

患者や患者家族の悲願が叶ったのです。

 

④ 科学は老化の制御を実現出来るのか?

 

急速に老化が進行する「早老症」。

 

長く生きられない病気の人がいるというのに、こう言うのは複雑な気持ちではありますが、早老症患者は、老化研究の非常に貴重な対象となっています。

 

私の意見では、「老化」はあらかじめプログラムされた必然の生命現象で、そこに生活習慣や生活環境など、制御困難な外的要因の影響も受けますので、そう一筋縄で解明できるようなものではありません。

老化のメカニズムどころか、我々は、ウェルナーやプロジェリアという一つの病気の原因でさえ、完全には理解できていないのが実情なのです。

 

例えば、長寿遺伝子と言われるサーチュイン遺伝子を活性化することで寿命が延びるとか、サーチュイン遺伝子を活性化する食事の方法とかが取り沙汰されていますが、実はヒトでのエビデンスは余りにも乏しいのです。

だいたい、元々それらの実験が行われたのが、ヒトではなく、生物としてずっと単純な線虫だったり、ショウジョウバエだったりする訳で、そんなのを根拠に、食事でサーチュイン遺伝子がどうのこうのと、、、なんやねん!

 

実際、「ネイチャー」のようなチョー権威のある雑誌から、サーチュイン遺伝子の活性化に寿命延長効果はないとの否定的な論文が発表されていたりもします。

Absence of effects of Sir2 overexpression on lifespan in C. elegans and Drosophila : Nature : Nature Research

この論文でも線虫とショウジョウバエを使っています。

何しろ、寿命が短い生物を使った方が、早く結論が出ますし、環境要因を一定にできますからね。

 

そんな訳で、線虫やハエの実験結果から、人間でも寿命を伸ばせるとかなんとか騒ぎ立てて、煽り立てて、なんやねん!(今回2回目の「なんやねん!」)

サーチュイン遺伝子に関しては、科学的エビデンスは極めて薄弱です。

 

線虫やハエではなく、ヒトの老化を直接研究しようとすると、何十年もかかります。

これでは、被験者よりも、研究者の方が先に死んでしまったりします。(いや、冗談ではなく、ホンマに)

 

これは極めて非現実的です。

ですから、早く老化現象が進行する「早老症」の研究が、ヒトの老化の仕組みを解明するための非常に有効な手段となるのです。

 

また、これは早老症の研究に限らないのですが、病気の人の細胞からiPS細胞を樹立し、培養することによって、病気の細胞の中で起こる遺伝子やタンパク質の異常な働きなどを、試験管のなかで観察することが可能になります。

これは、「ビフォー・ヤマナカ」時代には出来なかった画期的な技術革新です。

 

このような科学の進歩により、いずれ人類は、「老化」をも制御することが可能になるのでしょうか?

 

最近では、老化はプログラムされた必然の現象ではなく、「病気」だと主張される方も多いですね。

病気だから「治せる」とおっしゃいます。

でも、私には馴染まない考え方です。

なぜなら、生物は種の繁栄のために世代交代しなければならないからです。

つまり、すべての個体は適切なタイミングで死なねばなりません。

そうすることで、自然の生態系が成り立っています。いや、成り立ってきました。今までは、、、

不老不死を目指すことは自然に抗うことであり、自然の生態系を乱す行為に他ならない、と私は考えますが、皆さんはいかがでしょうか?

 

不老不死や長寿は、夢のある話ではありますが、わたし的には、研究者の方々には是非、早老症などの病気の原因の解明や治療法の開発に力を注いで頂きたい、と切に思います。

 

そして、いつも同じ結論に帰結するのですが、できるだけ健康長寿を全うするために、我われ一人ひとりにできることとして、日常の生活習慣(食事と運動)によって、それ(健康長寿)を目指して行きたいものです。

 

 

今回も最後までお読み頂き、ありがとう御座います。

 

H大のS先生

間違いがありましたら、御指摘をお願いしますよ !(^^)!

 

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是非、お読みになったご意見やご感想、お叱りをコメントでお寄せ下さい。

大変励みになります。

 

 

号外【なぜわが子はかわいいのか? なぜ男は浮気するのか?】「利己的遺伝子」とは? 遺伝子の働きから考える

目次:

① なぜわが子はかわいいのか?

② 昨日までの「愛情」は何処へ行った? ある日突然豹変するお母さん熊

リチャード・ドーキンスの登場。「利己的遺伝子」とは?

④ 再度「愛情」と「浮気」について ~「利己的遺伝子」理論から考えよう~

⑤ 我われ人間は、知性と理性によって本能をも克服した唯一の存在

 

今回もまた、健康の話でも病気の話でも御座いませんので、号外でお送りします。

 

生命とは何なのか? 生物はなぜ何のために存在するのか? そして、多くの生物の中で、果たして人間は特別な存在と言えるのか?

てなこと、考えてみたことがおありでしょうか?

 

こういう深遠で根源的なテーマについて考えを巡らせることができる生物は、地球上で人間だけです。

このテーマに対しては、生物学的に考えることもできますし、哲学的に考える人、宗教的に考える人もいることでしょう。

考え方は人それぞれであり、ひとつの明確な「正解」などはないものと思います。

重要なのは、正解を求めることではなく、「考える」という行為そのものだと思うのです。

人間は「考える葦」なのですから。。。

 

私が今回お話しするのは、生命について非常に「ドライ」な捉え方をしたもので、こういう考え方に反感を持たれる方もおられるでしょう。

それは別に構いません。

一見突飛な、こういう考え方でも生物の行動をうまく説明できるということ、そして、どのような考え方であろうとも、考えるという行為を行うことで、「我々」とは何か?という哲学的な問いに対して、「回答」とまではいかなくとも、人として生まれた私たちは「どう振る舞うべきか」について、ひとつの糸口くらいはつかめると思うのです。

 

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① なぜわが子はかわいいのか?

 

なぜわが子はかわいいのか?

「そんなの当たり前じゃないか!」っておっしゃいますよね。きっと。

じゃあ、なんで当たり前って言いきれるのか、その根拠は?って聞かれると明確に答えられるでしょうか?

「そりゃあ、自分の子だからだよ」

答えになっていませんね(笑)

 

なぜ男は浮気するのか?

私は、もしわが子がかわいいと思うのが当たり前だと言うのならば、「男が浮気するのも、生物として当たり前」と答えます。

「はぁ? 何言ってんの??」

 

② 昨日までの「愛情」は何処へ行った? ある日突然豹変するお母さん熊

 

子供を出産して、子育てするヒグマのお母さんを追ったドキュメンタリー番組をご覧になられたことのある方、多くいらっしゃると思います。

お母さん熊がわが子を慈しみ、大事に育てる様子が描かれていました。

お母さん熊の子供に対する「愛情」は非常に深く、我われ人間が、子連れの母ヒグマに遭遇した場合などは非常に危険だそうです。

 

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そしてまた、貴方はこんなシーンも見られたのではないでしょうか?

子育てして2年ほども経ったある日、お母さん熊が突然、人が(クマが)変わったように子熊に牙をむき、唸りを上げて威嚇して、追い払おうとするのです。

「母ちゃん、いったいどうしたの⁉︎」

泣きすがる子熊たちには、何が何だか分かりません。

しかし、お母さん熊は容赦しません。

このお母さん熊の豹変ぶりは一体何なのか?

昨日までの子熊に対する深い「愛情」は何処に行ったのか?

 

一見異常にも思えるこの行動。メスのヒグマの至って正常な行動です。

なぜなら、すべての母熊が、誰に教えられた訳でもないのに、全て同じ行動を取るのですから。

つまり、この行動はヒグマの本能的な行動であり、本能的な行動はつまり、遺伝子にプログラムされた行動であり、遺伝子のプログラムに命じられて起こすものです。

 

一見奇妙に思える、様々な動物の本能的な行動。

それらはすべて、遺伝子の命じるがままに突き動かされた結果に他なりません。

 

リチャード・ドーキンスの登場。「利己的遺伝子」とは?

 

30年余りも前になりますが、英国の動物行動学者リチャード・ドーキンスが唱えた「利己的遺伝子(The Selfish-Gene)」の理論が世界中で話題になり、日本でも訳本利己的な遺伝子がかなり売れました。

 

www.kinokuniya.co.jp

 

ドーキンスのこの理論によると、

1.生命の本体は遺伝子であり、我々生物の体は遺伝子の単なる「乗り物」に過ぎない

2.遺伝子は己の「目的」を果たすために、あくまでも「利己的(自分勝手)」に振る舞う

3.その「目的」とは、自分の遺伝子の複製を「できる限り多く」後世に残すことである

まあ、こんな内容だったかと思います。

 

この理論は科学的に証明されたものでもなんでもなく、「こういう風に考えることもできるんじゃないの?」とか「こう考えると、いろいろな動物の一見奇妙な行動も、うまく説明できるんじゃないの?」という程度のものに過ぎません。

ドーキンス自身、この理論は「科学上の学説と言うよりも、サイエンス・フィクション(SF)のように思ってもらいたい」と言っているくらいです。

しかし、この彼の理論は多くの知的な人の心をくすぐりました。

実際彼が書いた多くの「SF本」がベストセラーになり、多くの印税を得られたようです。

(かく言う私も、見事に1冊買わされましたよ(笑))

 

④ 再度「愛情」と「浮気」について ~「利己的遺伝子」理論から考えよう~

 

お母さん熊の愛情は何処へ行ってしまったのでしょうか?

あの愛情は「ウソ」だったのか、あるいは「見せかけ」だったのでしょうか?

遺伝子に命じられた本能的な行動とは言え、なんであんな風に急に変われるのか?

われわれ人間には理解不能ですよね。

 

母熊が子供を追い払うのは、次の繁殖に備えるためです。

母熊の利己的遺伝子の目的は、子どもたちを育てて一人前になってもらうことで、自分の遺伝子を残すことです。

その子熊が大人になって子供を作ってくれれば、自分の遺伝子はさらに後世まで残り続けることができます。

「ここまで育ったら、もう大丈夫。あとは独り立ちして、自分で生きて行きなさい。お母さんは、また子どもを産まないといけないので、貴方たちとはここで別れなければならないの」

こう考えると、母熊の気持ちも理解できるでしょうか。

でも、利己的遺伝子はあくまでもドライです。

「子育てはこれにて終了! ハイッ、次行こッ!」です。

 

ヒグマと同じように、人間の母親が子どもに愛情を注ぐのは、利己的遺伝子的には「当然」のことです。

お腹を痛めて生んだわが子を大事に育んでいくことは、すなわち自分の遺伝子を残すことに他なりません。

それこそ、利己的遺伝子の究極にして唯一の目的なのですから。。。

 

人間の女性が一生の間に生める子供の数には限りがあります。

ですから、子ども一人ひとりを大事に愛情注いで育てるのが良策なのです。

わが子に愛情を注ぐのは当たり前? そう、利己的遺伝子に愛情を注ぐように命じられた結果なのですから、そう振る舞うのが「当たり前」なのです。

そして、それが最善の策です。

 

一方、男はと言うと、、、これが情けない(トホホ)

女性と違い、男はいくらでも自分の遺伝子のタネを蒔くことができます。

その数に限りはありません。(精力と財力次第ですが、、、(失笑))

だったら、いくらでも外でオンナ作って、いくらでもタネを蒔くべきです。

なので、あっちこっちに作らせた子ども一人ひとりの子育てなんかしてられません。

「『認知しろ』って? いちいち知るかっ! うっせー!」

こんな「人でなし」もいますよね。(ホンマ情けない。。。)

でも許してやって下さい。

彼はただ、「利己的遺伝子」の命じるがままに突き動かされているだけなのですから。。。

なに? 許せない?

そりゃそうです^_^

 

利己的遺伝子はあくまでも自分勝手です。

自分の遺伝子を残すためなら、他者がどうなろうと知ったこっちゃありません。

そう、男はたくさん子供を産ませておいて、後は生ませたオンナに任せっきりのほったらかしの方が、自分の遺伝子を「できるだけたくさん」残すという点では圧倒的に効率がいいのです。

 

このオトコとオンナの行動の違い。

すべて利己的遺伝子の戦略」の違いによるものです。

 

ヒグマも、オスは子育てには全く参加しません。

メスと交尾したら、それっきりです。

つまりヒグマのオスは、生涯を通じてわが子の顔を全く知りませんし、また知る必要などないのです。

利己的遺伝子的には、それでまったく「No問題」なのです。

 

ヒグマのオスは、翌年の繁殖期には、また別のメスと交尾できます。

ですから、子育てに参加することで時間を浪費するようなことをしない方が、子孫を残す上で戦略的に有利なのです。

でも、メスは出産と2年の子育てがありますから、3年おきにしか繁殖できないのです。

ですからメスは、子供が独り立ちするまで大事に育てる必要があるのです。

 

⑤ 我われ人間は、知性と理性によって本能をも克服した唯一の存在

 

利己的遺伝子の支配力は非常に強力で、ヒグマのような高等哺乳類ですら、遺伝子の意のままに行動を操られます。

ましてや、昆虫などの原始的な動物になると、自己の意思や感情などは一切なく、遺伝子の命じるがままに突き動かされる、単なるマシーンのようなものです。

その最たる例が、アリやハチなどの社会性昆虫です。

 

しかし、我われ人間には知性と理性があり、利己的遺伝子の命令にも抗って子供を育て、パートナーへの忠心を尽くし、他者への献身的な行動ができる地球上で唯一無二の存在です。

ここんところが、人間が他の生物と違う点です。

 

他のほとんどすべての生物が抗うことのできない「利己的遺伝子」の強力な支配力をも打ち砕く「知性と理性」を獲得した我われ人類は、道徳心と倫理観を重んじ、「利己的」ではなく、他人のため、社会のために意義のある「利他的」な行動を心がけなければならないと思うのです。

でなければ、「人」として生まれてきた甲斐がないというものです。

 

 

今回も最後までお読み頂き、ありがとう御座います。

 

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052【関節リウマチ(その3)】制御性T細胞研究から生まれた薬「アバタセプト」がリウマチに効く訳

本ブログを始めた当初は、週に1回のペースで最低でも1年間、つまり52回を目標に始めました。

それが今回でその52回目を迎えることができました。号外を含めれば60回以上になります。

1年の予定が、わずか3ヶ月余りでのこれだけの記事を掲載できたのも、多くの皆様が私の記事を読んで下さったおかげです。

そう、最初は1年のつもりでしたが、書き始めてみると楽しくてしようがなく、次々と筆が進んでいくのでした。

皆さま、本当にありがとう御座います。

 

正直なところ、とっくにもちネタが尽きた状況の中で、毎日ネタ探ししながら書いている状況に陥っていますが、それでも100回を目指して頑張ります。

今後ともご支援のほど、よろしくお願い致します。

 

前回に引き続き「関節リウマチ(その3)」をお送りします。

 

目次:

① 制御性T細胞が自己免疫反応を抑える仕組み

② ハイテク人工タンパク質製剤「アバタセプト」

③ 生物学的製剤はなぜ高額なのか?

④ 生物学的製剤の功罪

 

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① 制御性T細胞が自己免疫反応を抑える仕組み

 

リウマチ治療の最期の砦、「アバタセプト」。

タンパク質からできた生物学的製剤であり、ヘルパーT細胞の活性化を抑える、強力な免疫抑制剤です。

 

このアバタセプトが、どうしてこれほど強力に免疫を抑えることができるのか?

それは、制御性T細胞(Treg)が免疫を抑える仕組みを巧みに利用しているからです。

Treg研究の成果から生み出された最先端医薬と言えます。

 

Tregが免疫を抑えるメカニズム(仕組み)はいくつかあって、そのすべてが解明された訳ではありませんが、最も理解が進んでいるのが、Tregが細胞の表面に発現するCTLA-4というタンパク質を介したメカニズムです。

 

アバタセプトが免疫を抑える仕組みを理解するために、まずは、抗原を貪食した樹状細胞などが、どのようにしてヘルパーT細胞を活性化するのか、そして、Tregはどのようにして、ヘルパーT細胞の活性化を抑制するのか、を知らなければなりません。

その仕組みを見ていきましょう。

 

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樹状細胞が異物を食べると、細胞内でそれを分解して、その破片を抗原として細胞表面に提示します。こうして活性化した樹状細胞は「抗原提示細胞」になります。

この細胞表面に提示された抗原をヘルパーT細胞が認識するのですが、それは、ヘルパーT細胞の表面にある「T細胞受容体」と言うタンパク質で認識します。

この抗原提示細胞表面の抗原の形と、ヘルパーT細胞の表面のT細胞受容体の形とが、あたかも鍵と鍵穴のようにピッタリと合わさったとき、抗原提示細胞からヘルパーT細胞に「活性化シグナル」が入って(図の①)ヘルパーT細胞が活性化し、獲得免疫が働き始めます。

 

実は、正確に言うと、抗原提示細胞表面の抗原とヘルパーT細胞表面のT細胞受容体が結合するだけでは十分ではありません。

異物を食べて活性化し、抗原提示細胞となった樹状細胞の表面には「CD80/86」(こんな名前、覚えなくてもいいです)というタンパク質が発現します。

このタンパク質が細胞表面にあるということは、「自分は活性化した抗原提示細胞ですよ」という身分証明書を示しているようなものなのです。

一方、ヘルパーT細胞の表面にはCD28(これも覚えなくていいです、笑)というタンパク質があって、これがCD80/86と結合します(図の②)。

ヘルパーT細胞のCD28が、「確かに」と身分証明書を確認するわけですね。

これで初めて、抗原情報を得たヘルパーT細胞の活性化が起こります。

 

免疫とは非常に用心深いシステムです。

ヘルパーT細胞は、抗原を確認しただけでは活性化せず、相手が本当に活性化した抗原提示細胞であることまでダブルチェックしない限り、簡単には活性化しないようになっているのです。

 

さて、抗原提示細胞が細胞表面に提示している抗原は、何も異物だけとは限りません。

なんと自分の抗原、「自己抗原」まで提示しています。

なんで自己の抗原を提示する必要があるのか分かりませんが、どうやら抗原提示細胞は、自己と非自己を区別せずに細胞表面に提示しているようです。

そして、本ブログ【017】でお話ししたように、健康な人でも、誰でも、自己に反応する免疫細胞を持っています。

takyamamoto.hatenablog.com

 

抗原提示細胞上に提示された自己抗原を自己反応性のヘルパーT細胞が認識し、抗原提示細胞の身分証明書であるCD80/86を確認してしまったならば、提示抗原が自己だろうと異物だろうとお構いなく、ヘルパーT細胞は活性化します。

これが自己免疫疾患の大元の原因です。

 

でも、たいていの人が自己免疫疾患にならないのは、Tregが働いているからです。

もう一度、先ほどの図を見て下さい。

活性化したTregは、細胞表面にCTLA-4(こいつだけは覚えておいて下さい)と言うタンパク質が発現しています。

このタンパク質は抗原提示細胞の身分証明書CD80/86に結合します(図の③)。

CTLA-4がCD80/86に結合すると、抗原提示細胞に「抑制的シグナル」が入る(図の④)とともに、CD80/86がどんどん消えていくのです。

そして、身分証明書を失った抗原提示細胞は、ヘルパーT細胞を活性化できなくなります。

こんな仕組みでTregは自己に反応する免疫細胞の活性化を抑えているのですね。

 

② ハイテク人工タンパク質製剤「アバタセプト」

 

アバタセプトは、Tregがもつタンパク質CTLA-4の一部と、抗体の一部を遺伝子工学技術を駆使してつなげ合わせた「融合タンパク質」です。

患者に投与されると、CTLA-4の部分は抗原提示細胞の身分証明書CD80/86に結合します。

そうすると、TregのCTLA-4が結合した時と同じように、抗原提示細胞に抑制シグナルが入り、かつCD80/86は消えていきます。

このCTLA-4のCD80/86に対する結合力は、ヘルパーT細胞のCD26の20倍も強力なのです。

ですから、否応なし! 強制的!

ヘルパーT細胞は手出しする暇もなく、抗原提示細胞は身分証をどんどん失っていきます。

これによってヘルパーT細胞は活性化されなくなります。

これが、アバタセプトが免疫系全体を強力に抑制するメカニズムです。

 

それから、アバタセプトでは、CTLA-4の一部に抗体の一部を融合させていますが、抗体部分をくっつけることによって体内での安定性が格段に増し、それによって、1回の投与で数週間から1ヶ月以上も効果が持続するのです。

 

③ 生物学的製剤はなぜ高額なのか?

 

従来の医薬品の多くは、人工的に合成された低分子化合物です。

低分子化合物とは、すなわち化学物質であり、ほとんどの場合、安い原料から工場で大量に生産されます。

ところが、タンパク質である生物学的製剤は、現在の技術では、生き物の細胞を使わない限り大量生産は不可能です。

 

CTLA-4の遺伝子(DNA)と抗体の遺伝子(DNA)を結合して、動物の細胞(よく使われるのは、チャイニーズハムスターの卵巣細胞)に組み込みます。

それを巨大なタンクで培養し、増殖した細胞から培養液中に大量に産生された目的のタンパク質が放出されます。

これを高純度に精製して薬にします。

 

ところが、この培養液が実に高い。

「無血清培地」という、タンパク質をほとんど含まない特殊な培養液を使うのですが、これがメチャンコ高いのです。

研究者も実験で使いますが(使わざるを得ないときのみですが)、500mLが数万円ですよ!

貧乏研究室では、とても買えない代物です。

工場で生物学的製剤を作るときには、これを何トンも使うのですから。。。

 

それから、培養液中には、目的のタンパク質以外にも、細胞が作り出した様々なタンパク質が含まれます。

薬にするときには、不純物を取り除き、限りなく100%に近い高純度に精製しなければなりません。

もし、他のタンパク質が少量でも含まれていると、投与された人にアレルギー反応を引き起こす可能性があります。

一番怖いのはアナフィラキシーショックです。これは死に至りますからね。

 

そんなわけで、何段階もの精製工程を経て純度を上げるのですが、当然、精製するたびにロスが生じます。

精製工程を何度も繰り返すほどロスが多くなるので、収率が悪くなります。

ですから、製造効率が悪いのですね。

収率を上げるような効率のいい精製方法の工夫や改善が重要です。

 

④ 生物学的製剤の功罪

 

生物学的製剤は、確かに効果の高いものがたくさんあります。

もちろん、何の問題もないものなんてありません。

それなりの問題を抱えつつも、ベネフィットとリスクを考慮しつつ、適切に使用されるべきものです。

 

ただ、医療費の高騰に警鐘を鳴らす立場としては、高額な生物学的製剤を声高に奨励する気にはなれません。

使わずに済めば、それに越したことはないのです。

 

生物学的製剤のメリットとデメリット。

末期ガンからの生還をも可能にする「免疫チェックポイント阻害剤」。しかし、効く患者と効かない患者の見極めがまだできない。

高い効果を示すガンの「分子標的薬」。でも、一部の適合した患者にしか効果がない。

既存薬で効果のないリウマチ患者に高い効果が期待できる「アバタセプト」。致死的な感染症のリスクがある。

 

う~ん、効果は期待できるが問題もリスクあるし、なんちゅっても金もかかる。

生物学的製剤の事を考えると、いつもブルーな気分になるのです(笑)

 

 

今回も最後までお読み頂き、ありがとう御座います。

 

お薬を作っていらっしゃる側の方のご意見も伺えればうれしく思います。

 

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是非、お読みになったご意見やご感想、お叱りをコメントでお寄せ下さい。

大変励みになります。

 

 

051【関節リウマチ(その2)】病気の原因の大元を叩く生物製剤

本ブログ【046】でお話した「関節リウマチ」。

今回「その2」をお送りします。

 

目次:

① 原因の大元を叩く薬があった!

② おさらい ~司令塔が機能しなくなったらどうなる?~

③ アバタセプトは超強力な免疫抑制剤

④ 「関節リウマチに対するアバタセプト使用ガイドライン

 

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① 原因の大元を叩く薬があった!

 

本ブログ【046】にて、「自己免疫疾患(その1)」として、関節リウマチのお話をしました。

その中で、抗体医薬など、タンパク質でできている生物学的製剤が効果を上げているということでした。

046【関節リウマチ】自己免疫疾患(その1) - Dr.やまけんの【いつまでも健康に過ごすために大切なこと】

 

【046】でお話したのは主に、リウマチで強い炎症反応を引き起こす原因となっている炎症性サイトカイン、TNF-αまたはIL-6の働きを抑える薬でした。

これで炎症を抑え、病気の進行を止めたり、症状の改善(寛解)が期待できるものです。

しかし、大元の原因である、これらのサイトカインを出す免疫細胞は依然、健在であり、根本的な治療にはなっていないとの指摘をしました。

攻撃してくるミサイルを打ち落としても、ミサイル基地を破壊しない限り、いくらでもミサイルは飛んできます。

これでは消耗戦です。

 

病気の根治のためには、大元を叩かなければなりません!

 

実は、比較的新しい生物学的製剤で、大元の免疫細胞を抑える薬があるのです。

 

「アバタセプト(商品名:オレンシア)」というのがそれで、米国では2005年12月、日本では2010年7月に承認された、比較的新しい薬と言えます。

 

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② おさらい ~司令塔が機能しなくなったらどうなる?~

 

アバタセプトの適用は、生物学的製剤も含む既存のリウマチ治療薬を3ヶ月以上継続的に使用しても症状がコントロールできない、非常に効果の宜しくない患者になります。

つまり、この薬はリウマチ治療薬の「最後の砦」的な存在です。

 

この薬は、病気の大元を叩く訳なので、大きな効果が期待できますが、一方でリスクも大きいのです。

すなわち、「副作用」です。

 

ここで、なぜアバタセプトがリウマチに効くのかを理解するために、もう一度、免疫系全体の復習を致しましょう。

 

過去ブログ【019】のおさらいです。

 

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まず、体内に異物が侵入すると、自然免疫の貪食細胞たちがこれを捕まえて食べます(図の①)。

貪食細胞のうち、特に樹状細胞は、食べた異物(抗原)を細胞内で分解し、分解してできた抗原の破片を自身の細胞の表面に出します。

次に、まだ活性化していないヘルパーT細胞が、この樹状細胞と結合し、樹状細胞の表面に提示された抗原の情報を受け取り、これによってヘルパーT細胞は敵の正体を知るのです(図の②)。

こうして活性化したヘルパーT細胞は、細胞性免疫(図の③、④)と液性免疫(図の⑤~⑦)の両方を臨戦体制にするのです。

 

この薬は、図の①から②の部分、即ち、樹状細胞などの「抗原提示細胞」と呼ばれる細胞が、免疫系の司令塔であるヘルパーT細胞に抗原の情報を伝達して活性化するところをブロックします。

熱心な読者でしたら、もうご存知の通り、司令塔が活性化しなければ、細胞性免疫と液性免疫の両方が機能しませんし、マクロファージやナチュラルキラー細胞などの自然免疫の細胞への刺激もなくなります。

ですから、TNF-αやIL-6を産生する免疫細胞も大人しくなるのです。

そして当然、自己抗体を作るB細胞も活動を停止します。

 

なんだか、いいことだらけのようです。

 

③ アバタセプトは超強力な免疫抑制剤

 

ヘルパーT細胞が機能しないとどうなるかについては、本ブログ【020】でAIDSのお話をしました。

020【免疫力の本来のパワー(その2)】「AIDSが明らかにした免疫系の“アキレス腱”ヘルパーT細胞!」 - Dr.やまけんの【いつまでも健康に過ごすために大切なこと】

 

HIVはヘルパーT細胞に感染し、これを破壊しながら増えて別のヘルパーT細胞に感染し、また増えて別のT細胞に、、、と言う風に、どんどんヘルパーT細胞が死滅して減っていきます。

その結果が「後天性免疫不全症候群」AIDSです。

アバタセプトは、これと似た状態を引き起こす、非常に強力な免疫抑制剤である訳です。

(そりゃあ、リウマチの症状も良くはなるわな)

 

ですから当然、アバタセプトで最大限注意すべき副作用は感染症です。

特に、風邪を含め、呼吸器感染は致死的です。

致死性の感染症にかかった場合は、リウマチ治療どころではありません。

すぐに投与を中止し、感染症治療に専念すべきです。

 

④ 「関節リウマチに対するアバタセプト使用ガイドライン

 

効果的ではありますが、致死的なリスクのあるこの薬。

2017年3月に日本リウマチ学会などから「関節リウマチに対するアバタセプト使用ガイドライン(改定版)」が出され、注意が促されています。

https://www.ryumachi-jp.com/info/guideline_abt.pdf

 

ガイドラインの内容は、大体以下のような感じです。

特に感染症やワクチン接種に関する要注意事項です。

 

まず、明らかに活動性の感染症に既にかかっている人には禁忌(「きんき」絶対ダメと言う意味)です。

また、一見健康そうでも、結核菌やB型、C型の肝炎ウイルスを持っている、いわゆるキャリアへの使用は慎重に検討し、ベネフィット(利益)がリスクを十分に上回ると判断される場合にのみ使用されるべきだとのことです。

 

それから、生ワクチン(弱毒化した生きた菌やウイルスを使用したワクチン)の接種も禁忌です。

無害なはずの生ワクチン株に感染するリスクがあるとのことです。

 

それから、それから、このガイドラインを読んで一番驚いたのは、妊娠後期の妊婦にアバタセプトを投与した場合、生まれてきた赤ちゃん(生後6ヶ月まで)に生ワクチンを接種すると、なな、なんとなんと、ワクチン株に「感染」する危険性があるそうです。

アバタセプトを投与されたのはお母さんの方ですよ!?

なんで!?

 

生まれたての赤ちゃんは、ほとんど抗体を作れません。非常に無防備な状態です。

でも、そんな赤ちゃんを外敵から守る仕組みがあります。

それは、妊娠の後期に、お母さんの抗体が胎盤を通して赤ちゃんの血液の中に入っていくのです。

これを「移行抗体」と言い、赤ちゃんにしっかりした免疫ができる生後数ケ月の間、このお母さんからもらった抗体で赤ちゃんを守るのです。

 

理論的には、抗体医薬に近いアバタセプトが、投与を受けたお母さんから、胎盤を通して、胎児の中に移行するということが考えられます。

 

抗体医薬を含むほとんどの生物学的製剤は、血中でかなり安定です。

1回投与すると、数週間から1ヶ月は効果が持続しますので、アバタセプト投与患者が感染症にかかってから慌てて投与を中止しても、すぐには免疫力が回復しない訳です。

これは非常に厄介です。

 

アバタセプトは、既存薬が効果のなかった患者への有効性が高く、実際の副作用発現率はそれほど高くないと言いますが、感染力や病原性の強い感染症のリスクはもちろんのこと、日頃は悪さをしないような病原体の感染でも重篤化する日和見感染の可能性もあります。

 

免疫抑制によって予測されるリスクと言えば、感染症以外では、がんでしょう。

しかし、この薬の発がんリスクへの影響を評価するには、あまりにも長期データがなさすぎます。

ガイドラインでは、がんの既往歴・治療歴のある人や前がん病変を有する人への投与は「避けることが望ましい」とだけ言及しており、がんの危険性については多くを語っていません。

 

このガイドラインは、この薬の日本での承認が遅かったことから、日本人での長期データが不足しており、そのため外国での臨床データを基にして作成されたとのことです。

日本人では何が起こり得るのか? まだまだ分からないことが多いのです。

 

このように、アバタセプトは非常に有効ではありますが、生命にかかわるような非常に危険な面もありますので、投与を受けている人は、感染症にかからないよう、日頃の生活にはくれぐれも注意しましょう。

と、いうくらいのことしか言いようがないのでした。。。

 

 

今回も最後までお読み頂き、ありがとう御座います。

 

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大変励みになります。

 

 

050【アンカリングとは?】イチローもやっている、緊張を解き、集中力を高める方法

目次:

ゴルゴ13ギラン・バレー症候群ではなかった!!

② 手の震えが止まらない! 「本態性振戦」とは?

③ 自律神経の働きをコントロールできる人がいるって!?

④ あがり症の私が、人前で話す前に行っていること ~イチローもやっている「アンカリング」とは?~

 

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ゴルゴ13ギラン・バレー症候群ではなかった!!

 

本ブログでは何度か、ゴルゴ13の持病「ギラン・バレー症候群」について触れました。

 

完全無欠の殺人マシーン「ゴルゴ13

そんな彼にも人間的な弱点があり、それが読者のシンパシーをくすぐり、またゴルゴがその弱点の故に窮地に陥ることを、多くの読者が密かに期待するのでした。

そして、読者が本当に期待しているのは、絶体絶命の窮地から一転、ゴルゴがどのようにして起死回生の銃弾を撃ち込むのか?

そこんところに爽快感を感じるのですね〜^_^

いや、ゴルゴは死ぬまでやめられん(笑)

 

ところが先日、「ゴルゴ13シリーズ」の最新刊、Vol.196を買って読んだところ、長年ゴルゴを悩ませていた彼の右手の震えが、実はギラン・バレー症候群によるものではないことが判明したのです。

(ご注意:これから読まれる方。本記事には一部ネタバレがありますので、十二分にご注意下さい)

私もビックリ!

今までの話は一体何だったのか? 読者はみんな騙されていたのか?

 

これまでにいくつもあった、ゴルゴのギラン・バレー症候群に関するエピソード。

その中には、医師による診察シーン、診断内容の説明などについての描写がありましたが、多くの人から「おかしい」ギラン・バレー症候群の症状ではない」との指摘があることは私も知っていました。

まぁ、漫画やねんから、そうムキにならんでも。。。まっ、そんな感じ^_^

 

ゴルゴがギラン・バレー症候群ではないという主な理由は二つ。

まず、ギラン・バレー症候群では四肢のすべて、すなわち両手両足すべてに症状が出るということです。特に足から出ることが多いと。。。しかし、ゴルゴの震えは右腕だけです。

もう一つは、ギラン・バレー症候群は一過性の病気で、たいてい予後は良く、ゴルゴのように数年を経て何度も繰り返し発症することはない、というものです。

 

ギラン・バレーのエピソードでは、医師監修のもとに描かれたものもあったそうですが、さすがに、さいとう・たかを先生も、この病気の原因や症状や診断方法などの詳細について、医学的な側面での調査が不充分なまま描いてしまったようです。

 

さて、今回明かされた彼の右腕の震えの原因は何なのか?

作中では病名は特定されませんでしたが、症状や考えられる原因の説明を読んでいると、この病気じゃあないでしょうか。

動画をご覧ください。

ゴルゴがこの病気だとすると、結構ショッキングですよ。

【福岡みらい病院 オリジナル動画】字が書けない(本態性振戦の動作時振戦) - YouTube

これではスナイプは不可能ですね。

 

② 手の震えが止まらない! 「本態性振戦」とは?

 

これだけ批判が噴出しては、今後はギラン・バレー症候群をネタにしたエピソードは、いかにも描きづらい。どうにか落とし前をつけないといけない。

さいとう先生はそう思われたのでしょう。

「ほんなら、いっそのこと開き直って、始めっからギラン・バレー症候群やなかったことにしたらええんちゃう?」(さいとう先生は私と同郷、大阪府堺市のご出身ですわ)。

「これは名案💡」

 

では、ゴルゴのこの症状に似た病気はないのか?

ありました。症状、そして、特にその原因が、ゴルゴの職業上の理由から見事に説明できる病気です。

 

この病気、本態性振戦(ほんたいせいしんせん)といいます。

(あくまでも作中では病名は特定されていません。。。)

聞き慣れない病名だと思いますが、知らずにこの症状を経験したことのある人は結構多いと思います。

この病気、年齢が高くなるほど患者が多くなり、40歳以上の年齢層では発病率は6.1%、つまり16人に1人が患者であるそうです。

やはり、多いのですね。

症状は手だけで、体全体が震えることはないそうです。

 

原因は、不安や緊張などからくるストレスです。

例えば、人前で字を書くときに手が震えたりとか。。。

あと、人前でしゃべるときに緊張で声が震えたりとか。。。これは手の震えではありませんが、原因は同じです。

ただ、このように特定の状況で、手以外の震えが出るのは「社会不安障害」の可能性が高いですね。

後で話しますが、私がそれです。

 

③ 自律神経の働きをコントロールできる人がいるって!?

 

本態性振戦の原因は、不安や緊張などのストレスからくる自律神経の失調です。

この点では、前回【049】の「過敏性腸症候群」と原因が共通しています。

049【内科では分からない?】心の病気「過敏性腸症候群」 - Dr.やまけんの【いつまでも健康に過ごすために大切なこと】

 

自律神経とは、自律して働いている神経です(そのまんまやんけ!)。

聞きなれた交感神経と副交感神経がそれです。

心拍数や血圧や腸のぜん動運動なんかをつかさどっており、自分の意思ではコントロールできないと言われているものです。

 

しかし、まったくコントロールできないかと言うと、そうでもありません。

緊張で心拍数が上がっても、目を閉じて神経を集中させたり、邪念を払うように努めたりすることで恐怖心を制御できれば、心拍数も自ずと下がってくる、、、なんてことは、私たちも経験するところです。

今回のゴルゴ13のエピソードでも述べられていますが、ヨガなどで解脱の境地に達したマスターなどは、瞑想により、心拍数や血圧を抑えたり、果ては痛みですら制御できるそうです。

まさに、「心頭滅却すれば火もまた涼し」です。

 

しかし、我々常人には、そのようなことはとても無理です。

せめて、日常生活のなかで、不安や緊張を少しでも和らげる方法ってないものでしょうか?

 

④ あがり症の私が、人前で話す前に行っていること ~イチローもやっている「アンカリング」とは?~

 

私は子供のころからあがり症でした。

成人してからそれが顕著になり、学会発表や社内の研究成果発表など、人前でプレゼンすることが避けられない「研究者」と言う職業が苦痛で、何度やめようと思ったかしれません。

 

そう、ずいぶん前、「社会不安障害」と診断されたことで(本ブログ【049】ご参照)、私は社交的な状況、つまり人前で何かをするということに対して、強い恐怖心を持っているのだということがハッキリと分かりました。

 

そんな私が、人前で話す前に行っている、緊張を解き、集中力を高める方法についてお話します。

それは、「アンカリング」と言う、心理学に基づいた手法です。

 

皆さんは、ある曲を聴いたり、ある映画のことなどを思ったりしたら、必ず決まって特定の人のことを思い出したりしませんか?

私は、ボーイズ・タウン・ギャングの「君の瞳に恋してる」(1982年)を聴くと、今でも当時好きだった女の子のことを思い出します。

 

まぁ、私の若い頃のほろ苦い恋の話なんかはどうでもえぇとして、あるものと、別のあるものとが、頭の中で強力に関連付けられた状態。

あたかも、錨(アンカー)が撃ち込まれたように、切り離そうにも離せないくらいに強力につながった状態。

これが「アンカリング」です。

 

イチローがバッターボックスで行う、あまりにも有名なルーティン。あれこそアンカリングです。

(ただのカッコつけじゃないんですよ)

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「靴下は必ず左足から履く」なんていうような、いわゆるジンクスとか、ゲン担ぎとか言われているものも、それに似ていますが、アンカリングははるかに強力なものです。

 

マエケン体操? さあ、どうでしょう?

あれで集中力を高めていないとも限りませんね(笑) 

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要は、ある決まった動作を、自分の調子の良かったころの心理状態とか、成功体験に結び付けるのです。

自分の求めるイメージとまったく何の関係もない動作でも構いません。

人に気付かれたくなければ、目立たない小さな動作でもいいのです。

(プレゼン前にマエケン体操始めたらヤバイ奴ですからね(笑))

とにかく、その動作が、自分の望むイメージと強力に結び付けることさえ出来ればいいのです。

 

具体的なアンカリングのやり方については、以下のサイトを参照して下さい。

実際に私も、このサイトを見てトライしました。

visionary-mind.com

 

私が人前で話す前に行っている、アンカリングの具体的な方法についてお話します。

右手である種のサイン(ピースサインとか、その程度のもの)を作ります。それだけです。

その動作は余りにも目立たないので、聴講者に気取られることはありません。

例えば、講演会で司会者が私のプロフィールを紹介している間(いよいよ私の出番です。緊張は最高潮のはずです)、私は会場の後方に立って、紹介が終わるのを待っているのですが、その時、右手で「メロイック・サイン(コルナ)」を作っているのです。

コルナ - Wikipedia

 

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Ronnie James Dio, The greatest hard rock singer

 

私は、右手でこのサインを作る動作と、自分が過去にとても上手くできたときの体験を自己暗示でつなぎ合わせ、アンカリングしました。

登壇する直前に右手でこのサインを作りながら、目を半眼に開いて、「俺は話がうまい」「俺の話はウケる」と念じ、過去にウケた講演会のことや、人から「良かった」「面白かった」「話が上手い」と言ってもらった言葉などに思いを巡らせ、自己暗示をかけるのです。

これでスイッチONです。

 

それでその日の話もうまくいくと、このサインと成功体験とのつながりが強化されます。

これを繰り返して、さらにさらに、この単純な動作と成功体験とのつながりを強めて行きます。

そうなると、このルーティンによって簡単に集中力を高められ、自信を持てるようになります。この積み重ねです。

イチローのルーティンはまさにこれだと言えます。

 

子供が、親の励ましでチャレンジして成功体験を重ねれば、大きな自信につながるように、自分自身で成功体験を積み重ね、確たる自信を得るのです。

 

アンカリングを成立させることは必ずしも簡単なことではないかもしれません。

まずは、どんな小さな成功でもいいので、成功体験を作らなければなりません。

何もないところからはアンカリングできないのですから。

ホント、小さなところから始めて下さい。

また、本当に強固なつながりを形成するには、それなりの自己暗示の訓練が必要で、それにも時間がかかるかもしれません。

一朝一夕にはいかないかもしれませんが、ひとたびアンカリングが成立すれば、貴方の強力な味方になります。

 

 

今回も最後までお読み頂き、ありがとう御座います。

 

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