前回【059】の続きです。
目次:
1.iPS細胞の再生医療導入第1例目
2.自家移植療法の限界
3.iPS細胞による他家移植療法??
4.未来に向けてのさらなる可能性の探求
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1.iPS細胞の再生医療導入第1例目
iPS細胞の再生医療に向けての実用化研究は、日本が世界の先頭を走っています。
中でも、最も実用化に近いのは、神戸の理化学研究所・高橋政代プロジェクトリーダー率いる、加齢黄斑変性への応用です。
眼の網膜の一番奥に、色素上皮細胞と言う黒い細胞が一層のシートを形成していますが、このシートが加齢によってゆがんだり破れたりして、視力が失われていくのが加齢黄斑変性で、患者は年々増加傾向にあります。
網膜色素上皮
高橋先生のチームは、患者さんの皮膚の細胞からiPS細胞を作り、そのiPS細胞から色素上皮細胞のシートを作りました。
高橋政代 理化学研究所 多細胞システム形成研究センター 網膜再生医療研究開発プロジェクト プロジェクトリーダー
さて、そのシートを手術によって患者さんの痛んだ網膜部分と入れ替えました。
2年以上が経過した現在も視力を保ち、がん化など、心配された副作用もないとのことです。
これが、iPS細胞を実際に病気の治療に応用した、記念すべき第1例目です。
まだまだ、iPS細胞から心臓やすい臓などといった、複雑な構造を持つ「臓器」を作り出すことは出来ません。
しかし、一層の細胞の並びから成るシートなど、構造が単純なものは比較的作りやすく、加齢黄斑変性は最初のチャレンジに適した病気だったのでしょう。
現在、大阪大学が進めているのは、心筋のシートです。
シャーレの中で、細胞が同調して拍動する様には驚きを禁じ得ません。まるでマジックですね。
動画をご覧下さい。
さて、大成功に見える第1例目ですが、実際にiPS細胞を治療に応用してみて見えてきた大きな問題があります。
それは、「自家移植療法」の限界です。
2.自家移植療法の限界
私は、iPS細胞が出てきたときには、それはもう「画期的」だと思ったものです。
ビフォー・ヤマナカ時代には、再生医療の実現に最も近かったのはES細胞です。
しかし、受精卵から作製されるES細胞から作られた細胞や組織は、誰に移植したところで「異物」です。
つまり、ES細胞を利用した再生医療では、「他家移植」にならざるを得ないのですね。
ということは、拒絶反応の問題が常に付きまとう訳です。
しかし、iPS細胞なら、自分の細胞を元に作製された組織の移植、即ち「自家移植」が可能なのです。
これで拒絶反応の問題とは永久にオサラバです。
メデタシ、メデタシ。
ところがどっこい、そうは問屋が卸しません。
最初から分かっていたことですが、患者の皮膚や血液の細胞からのiPS細胞の樹立、iPS細胞から所望の細胞に分化を誘導し、望みの組織の形態を形作り、そして、医療品レベルの厳しい品質検査を経ての手術。
これはもう、容易なことではありません。
一人の患者のために、どれだけの人間の労力と時間と財を費やさねばならないのか!?
それに、そんなことをしている間に半年、一年と経過し、患者の容体は悪化して手遅れなんて事態もあり得ます。
だいたい、iPS細胞に必要な培養液や試薬と言うのはものすごく高価なのです。
加えて、腕のいい培養技術者が必要です。
カネはあるところにはあるでしょう。でも、人はそう簡単には育ちません。
これは普遍的な医療技術とするには、極めて非現実的です。
実際にやってみて、そのことが確実になりました。
ここで、山中先生らは、大きく方向転換をします。
3.iPS細胞による他家移植療法??
せっかくのiPS細胞なのに、「他家移植」??
それっじゃあ、他人の細胞を移植するES細胞とおんなじじゃん。意味ないじゃん!
いやいや、おんなじじゃぁありません。全然違います。
他家移植とは言え、iPS細胞を用いた場合は、ある程度HLAを適合させることが可能なのです。
ES細胞では、こうはいきません。
他家移植においては、拒絶反応を抑えるため、白血球の型(山中先生は「免疫の型」と表現されます)であるHLAをできる限り一致させることが望ましいです。
(HLAについては、過去ブログ【025】をお読み下さい)
HLAの型は、計算上は何百億通りもあります。これを完全一致させて、他人から移植するのは、実質的に不可能です。
その何百億通りもあるHLAですが、大きなグループに分けることができます。
その同じグループに該当する人同士の移植なら、比較的うまくいきます。
たとえ話でご説明しましょう。
日本人の苗字っていくつあるのか知りませんが、「佐藤」さんや「鈴木」さんのように多い苗字もあれば、「御手洗」(みたらい)さんや「一口」(いもあらい)さんみたいな珍しいのもあります。
そして、こう考えて下さい。同じ苗字の人の間では、他家移植が上手くいくと。
同じHLAのグループに属する人を、同じ苗字の人に例えているのです。
鈴木さん同士なら、下の名前はイチローさんとか二郎さんとか、細かいところは違っても、移植が上手くいくことが多いという訳ですね。
こんな例えで分かるでしょうか? 不安だなぁ~。
通常の骨髄移植や臓器移植でも、HLAの細かい部分の不一致には目をつむって、大きなグループ分けで、同じグループに該当するドナー(提供者)とレシピエント(受け手)の組合せを選んで行われることが多い訳です。
そこで、iPS細胞の他家移植療法を実現する上で考えられた方法が、まず日本人に多い型、たとえば全国の佐藤さんと鈴木さんに適合するiPS細胞を樹立して、ストックしておこうというものです。
患者本人の細胞を用いたiPS細胞の自家移植は、いわば「オーダーメイド」です。
一人ひとりに合わせて個別の処置をしなければなりません。大変な手間です。
しかし、iPS細胞の他家移植療法では、できるだけ多くの人に適合する「レディメイド」の細胞ストックをあらかじめ凍結保存しておき、適合する患者が現れたら、凍結細胞を融かして培養し、分化誘導すれば、治療に使用できる訳です。
4.未来に向けてのさらなる可能性の探求
山中先生らは、細胞の提供者のHLAの型が登録されている骨髄バンクや臍帯血バンクの協力を得て、既に、日本人で一番目と二番目に多いHLAグループのiPS細胞を樹立、外部への提供を開始しており、これによって日本人の約24%、約三千万人がカバーできると言います。
提供先は各大学や研究機関、民間企業等であり、様々な病気に対するiPS細胞の臨床応用や医薬品開発、難病の原因解明などへの研究が広がりを見せています。
全国三千万人の佐藤さんと鈴木さん(あくまでも例え話ですよ、例え話)に使用可能な細胞ストックはできました。
次には、田中さん、山本さん、加藤さんと広げていけばいい訳です。
でも、御手洗さんや一口さんなど、非常に珍しいHLAを持つ患者への対応はどうなるのかという問題はあります。
そういう人に対しては、第1例目の患者さんのように、オーダーメイドで個別対応するしかないのでしょうか?
そうなると、医療費の制度の改革も必要になってくるかもしれません。
京都大学iPS研究所
山中先生によると、現在、iPS研究所では、70名程度で細胞ストックの作製を行い、総勢500名以上のスタッフで再生医療の他、創薬、さらには未来に向け、iPS細胞の新たな可能性を探る研究が行われているとのことです。
果たして、私が爺さんになるころには、医療は様変わりしているのでしょうか?
今から歳とるのが楽しみです(笑)
今回も最後までお読み頂き、ありがとう御座います。
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